表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【2巻3/24】辺境領主令嬢の白い結婚 〜殿下の命をお守りするために結婚しましたが、夫は毎日楽しそうにお過ごしです〜【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/58

羽虫もどき(1)


 私の十七歳の祝福の日から、一ヶ月と少しが過ぎた。

 アマレの花は全て散り、木は再び青い葉ばかりの姿に戻った。


 最近の私は、半分は既婚女性らしく髪をあげつつ、半分は背中に垂らすようになった。この髪型をすると、トゥライビス殿下が……トゥル様が満足そうに笑ってくれるから、なんとなく続けてしまっている。それだけの理由だ。


 トゥル様はまだこの屋敷に滞在していて、晴れた日には中庭や隣接した薬草園で植物や動物、虫や魔獣を観察しながら、何やらメモやスケッチをとっている。

 だから、朝食の前にトゥル様を探しにいくことが、また私の日常になった。

 でも、ここは人の出入りが多く、別荘に比べると守りに徹することは難しい。そのことは、あの日の襲撃で実感した。だからそのうち、また別荘にお送りするはずなのだけれど……送り届ける警備は万全にしなければならないという理由で、別荘へ向かう日取りはまだ決まっていない。


 今朝のトゥル様は、中庭にいた。

 でも、なんだか様子がおかしい。いつもなら地面に座って、じっと何かを見ているのに、今日は立ち上がっていた。しかも、何かを探すようにきょろきょろと周りを見ている。

 見つけやすくて助かるけれど、いったいどうしたのだろう。


「おはようございます」


 そう声をかけると、トゥル様はすぐに私を振り返った。


「おはよう。オルテンシアちゃん」


 目が合うと優しく笑いかけてくれたけれど、トゥル様はまたすぐに周りを見始める。地面を見たり、草の葉の上を見たり、探す場所もさまざまだ。


「何かをお探しですか?」

「うん、実は久しぶりにいつもの変わった羽虫がいたんだ。それでスケッチをしたんだけど、ちょっと目を離したらまたいなくなってしまってね。……あと少しで完成するところだったんだけどな」


 そんなことをつぶやいて、ため息をついている。

 つまりトゥル様は、今日も朝早くからとても充実したひとときを過ごしていたようだ。

 私はそっと笑いを噛み殺す。

 でも、あまりにもがっかりしているお顔をしているから、こほんと咳払いをした。


「その虫は、どんな姿だったのですか?」

「こんな感じだよ」


 私がそばに行くと、トゥル様は手に持っていた紙を差し出して見せてくれた。他の植物を描いている横に、簡単な輪郭と、一部だけ詳細に描き込まれた絵がある。でも、確かに完成はしていない。

 いつもより線が荒くて未完成なのに、トゥル様の絵はとてもお上手だ。そのまま動き出しそうな立体感がある。


(描き込みの多い前脚は質感がリアルだわ。それに翼のつき方とかもわかりやすいし、輪郭しかないけど後脚も動き方まで想像できそうというか……)


 そう感心していた私は、ふと「それ」の全体像に気付いた。何度も何度も見直して……思わず息を呑んだ。


「今日はちょうど紙とペンを持ってきていたから、頑張って描いてみたんだけどね。とても小さいから、特徴を確認するだけでも時間がかかってしまった。こんなことなら、拡大鏡も持ち歩くべきだったよ。でも、大体の特徴は描けているんじゃないかと……オルテンシアちゃん? どうしたの?」


 悔しそうにしていたトゥル様は、私の異常に気付いて驚いている。

 でも、私は表情を繕えなかった。


「……あの、これが、本当にいたのですか?」

「うん」

「大きさはどのくらいでした?」

「そうだな、このくらい……少し大きめの羽虫くらいかな」


 殿下が指で示してくれる。ちょうど指一本分の幅くらいだ。

 でも、私はさらに青ざめてしまう。息苦しいくらいに動悸がする。なんとか少し落ち着こうと、もう一度、未完成のままのスケッチに目を落とした。

 二対の脚に、一対の翼。尾は長く、首も少し長い。スケッチに添えられた走り書きの文字によると、全身の色は黒いらしい。


 確かに、この翼はコウモリに似ている。

 もっと似た生物といえば翼竜だ。でもこの絵の生物と翼竜とは、決定的に違う特徴がある。コウモリも翼竜も、翼は前脚が変化したもの。だから脚一対に翼が一対だ。

 だから「これ」はコウモリではない。

 翼竜でもない。


「もしかしてオルテンシアちゃんは、これが何か心当たりがあるのかな?」

「……はい。多分知っていると思います」


 そう言った途端、目を輝かせた。

 でも私は何と言えばいいかがわからず、途方に暮れていた。

 この絵が正確なら、私はこの「羽虫もどき」の正体を知っている。でも、もしかしたら描き間違えているかもしれない。トゥル様に限ってそんなことはないと思うけれど、とても小さくて観察に苦労していたようだし、何事にも完璧はないはずだ。

 もし、特徴を描き間違えていたら、私が思ってるものとは全く違う生物となる。期待させてしまうと、違った時の落胆が大きくなるだろう。


 正直に告げるべきか、よくわからないと誤魔化してしまうべきか。

 私が迷っていると、トゥル様が「あ」と小さく声を上げた。

 顔を上げると、トゥル様が目を輝かせて手を伸ばしているところだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メディアワークス文庫様より『辺境領主令嬢の白い結婚』に改題して発売中
(書籍版は大幅に改稿しています)
2巻 3/24発売予定!

コミカライズ連載中
コミックス1巻 2/17発売中!
連載はこちら→ カドコミ
(FLOS COMIC様)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ