祝福の日(2)
「ブライトル伯爵、騒がせてしまって失礼した。でも、どうしても今日に間に合わせたくてね」
「……殿下、まさか、お一人で来たのですか?!」
「大勢で動くと、私が移動していると知られてしまうだろう? 一応、もう一騎の銀鷲と一緒だったから安心して欲しい」
驚いているお父様に、なんでもないことのようにそう言って、トゥライビス殿下は私の前に立った。
二ヶ月ぶりの殿下は、以前と同じように穏やかなお顔をしていた。でも、少しだけ日に焼けている気がする。まるで毎日翼竜に騎乗するお母様のようだ。
……いったい、どういうこと?
殿下が、お一人で銀鷲を乗りこなしていた?
でも、そんな、まさか!?
「……いつの間に銀鷲に乗れるようになったんですか?」
「こっそり特訓したんだ。今日は絶対にここに来たかったからね」
銀鷲は難しい騎獣だ。
相性が必要だし、高速飛行に耐える技量も必要だ。
なのに、殿下はそれを二ヶ月で克服してしまったらしい。
……ああ、でも殿下なら可能かもしれない。殿下は優雅なお姿に合わず体を鍛えていらっしゃるし、乗馬もとてもとてもお上手だ。何より銀鷲にとても好かれていた。多少の技量不足なら銀鷲が補ってくれるだろう。
でも、危険を伴っていたのは間違いない。
もし殿下だと露見してしまったら、道中は極めて危険だった。
「……なぜですか? なぜそこまでして、ここにお戻りになったのですか?」
「なぜって、君の祝福の日だからだよ。この地では毎年の誕生日を大切にするのだろう?」
殿下は当たり前のように言う。
確かにその通りだ。その通りだけど……それだけのために?
「オルテンシアちゃん、誕生日おめでとう。新たな一年に喜びがあふれるように、私から心よりの祝福を」
片膝をつき、震えている私の手を取り、恭しく手の甲に口付けの形をとる。そして私を見上げ、柔らかく笑った。
「ここから見ると、君は白い花を背景にしているね。君も、花も、とてもきれいだ」
「……あれがアマレの花です」
「ああ、そうなのか! やっと見ることができたよ!」
私の後ろの白い花を見て嬉しそうに笑い、トゥライビス殿下は立ち上がった。途端に、飛行服から銀色の微細な粉がはらりと落ちて風に流れていく。
それを見て、殿下は少し慌てた。
「しまった。これは早く着替えをした方が良さそうだな。儀礼用の服はこちらに置いたままだったから、着替えてくるよ。ブライトル伯爵、宴に少し遅れるかもしれないが、いいように誤魔化してくれるかな?」
「そういうことは得意ですので、ごゆっくり身支度を整えてください」
お父様はニヤリと笑う。
きっといつも以上に、何か騒々しいことをやる気のようだ。
……殿下が出席してくださるのなら、できれば辺境地区の品位を下げるようなことは控えてもらいたいけれど……辺境地区の騎士らしい出し物をするのだろう。
もしかしたら、急ごしらえの寸劇かもしれない。
お母様の男装は凛々しくて屋敷のメイドたちにもとても好評だけれど、お父様の女装は……お客様の受けは、いつも悪くはないけれど。
そんなことを考えているのに、私は早足で遠ざかっていく殿下の後ろ姿から目を逸らせなかった。
お父様のごまかしは、やはり寸劇だった。
台本は一応、お客様が席に着くまでの間に配って覚えていたらしい。でも、全てを覚えているはずもなく、でもお父様とお母様の息がぴったり合っているために、なぜか破綻を感じさせず、私が密かにひやひやしているのをよそに、笑いと拍手を沸き起こしていた。
もうすぐ寸劇が終わりそうになった頃、私の隣の席に、殿下が座った。
髪も体も念入りに洗ったのか、銀鷲の翼粉は残っていない。でも、まるで銀粉をまとってるままであるように華やかな姿だった。
ハチミツ色の金髪は緩めに一つに束ね、腰にいつもの剣を帯びている。でも辺境地区に溶けこむほど猛々しくはなく、王都風の衣服は第二王子の生まれにふさわしい華やかさがあった。
でも私が目を奪われたのは、髪を束ねているリボンと、剣を飾る組紐だった。殿下ならもっと明るい色がお似合いだと思うのに、リボンと組紐は濃い紅色。まるで今日の私のドレスの色と合わせたようだ。




