祝福の日(1)
私の十七回目の祝宴の日は、久しぶりによく晴れていた。
いつもの「晴れた空」とは違い、本当に青い空が広がっている。
上空を旋回しているのは翼竜。下からは見えないけれど、お母様の配下の翼竜騎士が騎乗しているはずだ。
宴に出席するお客様たちは何日も前から馬車を使ってやってきているから、屋敷の中はとても賑やかだ。中庭も多くの人が歩いていたから、アバゾルは茂みのどこかに隠れているようだ。この数日は黄色くて無害な魔獣を全く見かけない。
当然、用心深いコドルの姿も全くない。でも中庭は少しも荒れていないから、人が誰もいない夜中に出歩いているのだろう。
いつもの魔獣たちが姿を消して寂しくなっているけれど、ブライトル領は花の季節を迎えている。アマレの枝にも真っ白な花が咲いた。今年も一斉に開花しているから、青い葉を完全に覆い隠してしまっている。
その白い花を見上げ、私はそっとため息をついた。
「……アマレの花びらは、七枚だったわね」
五枚でもなく、重なり合う八重咲きでもなく。
ひらりとした花びらが七枚。
開花が始まってから、宴の準備の合間にいくつかの花で確かめた。枝のまま、あるいは花だけで押し花も作っている。もちろん青い葉も。
気がついた特徴も、私なりに書いてみた。
これが役に立つ日が来るかはわからないけれど……もし、トゥライビス殿下が興味を持った時にお見せできればいい。
押し花というものは、今までほとんど作ったことはなかった。
でも、アマレの花を見た時、殿下が熱心に見ていた古い記録に、同じような標本が添えられていたことを思い出した。あの記録をつけていた村の人を呼び、どうやって作るか、どういうものを作ればいいかを教えてもらった。
薬草園で栽培している中にも、辺境地区の固有種があると聞いて、その標本も作っている。
もし殿下が興味を持つことがなくても、目を通す機会がなくても、いつの日か王都から来た人が参考にできるように。
この地の植物についても、図鑑があればいいのにと思う。
今すぐは無理でも、そのうち……私がこの地の領主である間に、王都から学者を招聘できれば。この地にしかない植物を分類し、王都近辺の植物との相違点をまとめた書物が完成すればいいと思う。
そうしたら、いつの日か、殿下が所有していたような美しい図鑑が作られることもあるかもしれない。
「お嬢様、まもなくお時間です」
メイドが呼びにきた。宴のための濃い紅色のドレスはもう着ているけれど、髪にはまだ装飾品をつけていない。一度部屋に戻って、最後の仕上げをしなければ。
中庭に背を向けた時、突然、耳のカートルが鳴きだした。
チリチリ、チリチリ、と盛んに鳴いている。
警戒を促すものではない。
でも何かを訴えるように鳴いている。銀色の体も動かしているのか、耳元でゆらゆらと揺れている感覚がある。メイドが驚いたような顔をしているのは、動いているカートルを初めて見たためだろう。
危険はないようだけれど、私は念のために周囲を見て、空を見上げた。
「……あ」
翼竜が旋回している青い空に、何かが見えた。翼竜とは違うようだ。
見えた、と思った直後、もう「それ」は大きく見えるようになっていた。とても速い。あの速さは翼竜ではない。
同じくらいに大きくて、圧倒的に速く飛ぶ魔獣——銀鷲だ。
上空の翼竜に変化はないから、友軍のようだ。
(別荘を守る銀鷲隊が、どうしてここに? もしかして……まさか殿下の御身に何かあったのかしら?!)
でも、それにしては緊急識別旗をつけていない。では、いったい……。
呆然と見上げている間に、銀鷲が降下を始めた。
中庭に風が吹く。木々が揺れ、落ち葉が舞い上がり、薄く土煙が広がる。
「オルテンシア! 下がりなさい!」
走ってくるお父様が叫んでいる。でもお父様の声は、私にはよく聞こえなかった。カートルが、チリチリ、チリチリ、と騒いでいるから。
ひときわ大きく風が舞い、それからぴたりと風がおさまった。
目を開けると、中庭に翼をたたんだ銀鷲がいた。
美しい銀色の体から、もやのように銀粉がたちのぼっている。
そしてその背から、飛行服を着た人が降りてきた。
長距離飛行用の厚手の飛行服は、銀粉に染まっている。でもその銀色以上に明るい金髪が肩にこぼれ落ちていた。目を保護する飛行メガネを外し、乱れた髪を無造作にかきあげたその人物は、華やかだけど穏やかな微笑みを浮かべた。




