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【2巻3/24】辺境領主令嬢の白い結婚 〜殿下の命をお守りするために結婚しましたが、夫は毎日楽しそうにお過ごしです〜【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
本編

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領主の娘の秘密


 私はブライトル伯爵の一人娘だ。

 兄弟はいない。


 お母様は、私が生まれる前に何度も流産をしていたそうだ。翼竜に乗り続けることがよくないのではないかと、完全に翼竜から離れた時期もあったと聞いている。

 でも結果は同じで、思い悩んだお母様は離縁を打診していたらしい。お父様は弟ガザレスを後継者にすると決め、周囲とお母様を説得して翼竜隊長に復職させた。


 全てが落ち着いた頃、私が生まれた。

 お父様は奇跡が起きたと喜んだけれど、弟を後継者から外すつもりはなかった。お母様も、私をいつかは嫁いで行く普通の娘として育てようとしていた。


 でもガザレス叔父様は、自ら後継者の地位を辞退した。そして私をとても可愛がってくれた。

 先天的に動物や魔獣たちに好かれていた叔父様は、いつも私を馬に乗せてくれた。どうしても乗りたいと駄々をこねた私をこっそり翼竜に乗せて、危険なことはするなと激怒したお父様とお母様に説教されたこともある。

 それでもガザレス叔父様は、私がねだれば「仕方がないな」と笑って、こっそり翼竜に乗せてくれて、その度にお父様に叱られていた。


 今思えば、ガザレス叔父様は私を翼竜に慣れさせようとしていたのだろう。そして、お父様と叔父様が隠していただけで、私はずっと危険な目に遭っていた。乗馬を禁止されたのも、飼育魔獣がいつもそばにいるようになっていたのも、危険を回避するためだった。



 十三歳の時、私は初めて表立って命を狙われた。

 ガザレス叔父様を領主にすることを諦めきれなかった誰かが、私を邪魔だと思ったらしい。でも死んだのは私をかばって高所から落ちた叔父様で、私は叔父様の翼竜によって守られた。

 魔獣たちから私を守り抜いた翼竜は、そのまま死んでしまった。その翼竜の子である幼体も、私をかばって死んだ。


 命を狙われる恐怖を知ってしまった私は、領主一族に伝わる秘術を望んだ。

 翼竜の幼体は私の親友だった。私がほとんど怪我をしないように守ってくれた親友は、私の腕の中で息絶えた。その幼体の翼の根の部分を背中に移植した。失敗する可能性も高いと言われたけれど、翼竜の翼組織の一部は問題なく体に取り込まれた。翼竜の幼体の体が、ちょうど私と同じくらいだったことがよかったのかもしれない。


 今でも、私の背中には移植の跡がある。

 鏡越しに見えた肌は、美しいものではない。だから事情を知っている一族の誰かか、傷跡など気にしない辺境貴族の誰かと結婚するつもりでいた。



 なのに、私はトゥル様と——トゥライビス殿下と結婚することになった。白い結婚だから醜い背中を見られずに済むと思うとホッとした。


 私よりももっと長く執拗に命を狙われ続けてきたはずなのに、トゥライビス殿下はとても明るく笑っていて、周囲への配慮を忘れない人だった。

 過酷な生い立ちをしてきて、魔獣への恐怖心もあったはずのに、とても楽しそうに辺境地区の生き物たちに接している。


 正直に言えばこっそり呆れることもあったけれど、気がつくと殿下の全てがまぶしかった。どうしたらもっと笑っていてもらえるだろうかと、毎日考えるようになっていた。


 私は、死にたくないとしか思えなくなり、生き延びるために親友の体をもらってしまった。

 なのに殿下は、大切な人を守ることを第一にして、どれだけ命を狙われても王宮から逃げ出すことはしなかった。命を守るために王宮を離れる選択をしたのは、乳母だった女性が死去した後だ。


 そういう人だから、殿下をお守りしたいと思った。

 これからも、全てをかけてお守りしようと決めている。私の醜い異形の体質が役に立ってよかった。魔獣の気を引くことができたあの瞬間は、とてもうれしかった。


 殿下がお望みなら、いつまででもブライトル領でかくまうつもりだ。殿下が一人でいることを選ぶなら、もちろんその環境をお作りする。

 別荘に一緒に赴いたのは、お母様が一番信頼している騎士グレムとその部下たちだ。殿下もグレムとはよく言葉を交わしていたから、おそばで護衛してもそれほど気にならないだろう。アバゾルもカゴいっぱい分を荷物として託した。掃除をする姿に和んでくれればいい。



 殿下が別荘に移って、そろそろ二ヶ月が経つ。

 書物庫でお過ごしになる時間が多いようだけれど、銀鷲隊とも交流をしていると報告が来ている。

 きっと、穏やかな日々をお過ごしだろう。

 とてもいいことだ。


 そう満足しているはずなのに……殿下がいない中庭を見ると、私は寂しくてたまらない。ハチミツのような明るい金髪がどこかに隠れていないかと探してしまう。

 ———もし殿下がここに戻ってきてくれても、もう私には笑いかけてくれないかもしれないのに。



   ◇◇



 私は、ため息をついて中庭から目を逸らして屋敷の中へと戻った。

 屋敷の中は、いつもより少し慌ただしい雰囲気がある。半月後に私の誕生日がくるためだ。

 辺境地区において、毎年の誕生日は「祝福の日」として大切にされている。

 王都の貴族たちも「祝福の日」を祝っているようだけれど、毎年の祝いより、十歳を区切りとして盛大なお祝いをするらしい。

 十歳まで無事に成長したことを祝う、と言う意味はわかる。

 それがこの辺境では毎年に変わっていったのは、きっと異界との境界が曖昧な場所だからだ。一年を生き延びるだけでも大変だった時代があったのだろう。


「……祝福の日か……」


 去年、私は十六歳の誕生日には、ほぼ成人ということで、お父様からもお母様からも装飾品をもらった。ドレスも大人のものと同じデザインになったし、色も自由に自分で選ぶことができるようになっている。

 でも、私が着るドレスはいつも似たデザインだ。背中が広く開いていないものを選ぶと、自然とそうなってしまう。色もいつも濃い色。王都の流行りからは外れているから、殿下は若い娘らしくないと思っていたかもしれない。


 半月後の誕生日で、私は十七歳になる。

 お父様たちは、今度は何を贈り物として選んでくれるのだろう。白い結婚とはいえ、私はもう結婚している。身につけるものも少し変わった。

 でも、そういう未婚と既婚を明確に分ける風習も、王都近辺ではもう廃れていると言う話も聞いた。だから、独身の娘のように華やかなものを身につけてもいいらしい。

 とは言っても、今さら身を飾りたいとは思わない。……見せたい相手はいないから。


「シア」


 名前を呼ばれて振り返る。

 お母様だ。

 山のような書類を抱え、さらにたくさんの巻紙を抱えた副官を従えている。


「あなたの祝福の日の祝宴についてですが、出欠の返事がほぼ揃ったようですよ。家令が打ち合わせをしたいと言っていました」

「わかりました。すぐに向かいます」

「でも、その前に……少しいいかしら」


 お母様が周囲をチラリと見る。

 どうやら、私にだけ話があるらしい。

 私が頷くと、お母様は抱えていた書類を秘書官に渡した。若くて痩せた秘書官は、受け取った瞬間、ぐらりと傾きかける。でもすぐに抱え直し、ふうふういいながら運んでいった。

 私がなんとなくそれを見送っていると、お母様はため息をついた。


「シア、トゥライビス殿下から、何か知らせはありましたか?」

「……いいえ」

「やはりそうですか。もしかしたら、あなたのところには直接お返事が来ているかと思ったのですが」


 祝福の日の宴のために、私たちは一族の人たちを招待した。近隣の貴族たちにも招待状を出した。将来の領主である私の顔見せを兼ねているから、王都の主だった貴族にも、一応は招待状を送っている。

 王都の方々は代理人を出席させるか、お祝いと称して品物を送ってくることが多い。私たちもそのつもりで招待状を送っているから、それはいい。


 多分、今回招待状を送った中に、王妃様と繋がっている貴族もいるだろう。

 魔獣を使った暗殺は手がかりが残りにくい。怪しいと思っても、明らかな証拠がなければ糾弾もできない。巨大な武力を持つ辺境地区領主同士なら、下手に動くことすらできない。

 ならば、何も気付いていないふりをして、平然とした姿を見せるに留めるべきだろう。

 幸いなことに、怪我人は出なかった。何もなかったと見なせないこともない。


 でも……トゥライビス殿下からは、何も返事がない。

 お父様のお名前で招待状を差し上げていたのは、もう一ヶ月前だ。それでまだお返事がないと言うことは……やはり、もうこちらにはお戻りにならないのかもしれない。


「もう一度、殿下にご意向を伺いましょうか? 私が直接、お言葉をいただいてきてもいいのですよ」

「そこまでしていただく必要はありません」

「でも……!」

「私と殿下の結婚の条項に、祝宴への出席を求める項目はなかったはずです。全ては殿下のお望みのままに。我らは殿下のお命をお守りするだけです」

「本当に、それでいいのですか?」


 お母様は私の顔を両手でそっと挟んだ。優しい手つきだけど、手のひらはしっかりとかたい。翼竜の手綱を握り、剣を振るう手だ。

 私はお母様のこの手が大好きだ。

 貴族の婦人としての枠からは外れているけれど、誰よりもお父様を支えているし、私を愛してくれる。お父様も、私をとても大切にしてくれる。

 だから、私の人生は幸せだ。


「それで十分です」

「……そうですか。でも、私が個人的に殿下にお手紙を差し上げることはあるかもしれませんね。ええ、少しだけこちらの今後の行事をお知らせしてもいいはず!」

「でも、お母様、それでは……」

「シアでも、私を止めることはできませんよ」


 お母様は私の顔を、軽くぎゅっと押す。

 頬が押されて珍妙な顔になってしまった気がする。でもお母様は少しも笑わず、ため息をついてから歩き去っていった。


「……私も、打ち合わせに行かなければ」


 お母様を見送り、私は祝宴の話をするために家令がいるはずの執務室へ向かった。




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