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【2巻3/24】辺境領主令嬢の白い結婚 〜殿下の命をお守りするために結婚しましたが、夫は毎日楽しそうにお過ごしです〜【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
本編

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蝶の群れ(2)


 私が塔の階段へと戻ろうとした時、耳のカートルが、チリーン、と鳴いた。あと少しまで近付いていた暗い階段から、周囲へと目を向ける。すぐ近くの空に、また赤揚羽が群れをなして飛んでいた。

 いつの間に、あんなに近付いていたのだろう。


「……どの群れにも、赤揚羽ではないものが交じっている。来るぞ」


 静かな声が聞こえた。

 トゥル様だ。

 南側に現れた群れを見ている。大きな声ではないのに、この場にいる全員に聞こえたようだ。お母様の指示を待たずに緊急を告げる笛が鳴らされ、階下から新たな兵が駆け上がってくる音がした。

 屋敷から少し離れたところにある待機場から、複数の翼竜が飛び立つのが見える。


 耳元で、チリーン、チリーン、とまたカートルが鳴いた。トゥル様が翼竜の側へと動きながら腰の剣を抜いている。

 その次の瞬間、突然、赤揚羽たちが散り散りになった。

 逃げるように飛んでいくもの。片羽がちぎれてくるくると落ちていくもの。そして——蝶に似た形を取っていたものたちが、姿を変えて本性をあらわにした。


「爪燕か!」


 一瞬でトゥル様へと襲いかかった鳥のような姿の魔獣を、剣で防ぎながらお母様が舌打ちをした。剣で弾いたはずなのに、お母様のマントの裾が切り裂かれている。

 身を翻して再び襲いかかってきたその魔獣は、次の瞬間にはトゥル様の足元に真っ二つになって落ちていた。

 トゥル様が切り落としたらしい。

 別の魔獣を切り伏せながら、お母様が目を丸くした。


「ほう、これはお見事!」

「伯爵夫人が脚を二本切ってくれたおかげだな」


 トゥル様は淡々とそう言って、翼竜へと駆け寄ろうとする。でもその前に、燕のような速さで飛ぶ魔獣が行く手を阻んだ。

 三体がトゥル様を囲んでいる。

 一体なら、トゥル様はきっと対応可能だ。二体でもカートルがお守りするだろう。でも、三体同時は……カートルが頑張るとしても、どこかに傷を負う。


 それはダメだ。

 トゥル様に、醜い傷跡を残してはいけない。

 私は階段に戻りかけた足を戻した。急な動きに、体がバランスを崩してしまう。でも、私は体が傾くのも気にせずにトゥル様へと走った。

 走りながら口に指を当てて、ピュー、と鳴らした。

 私の指笛は大きな音ではなかったはずだ。でもそれで十分だ。空を飛ぶ魔獣なら、私を無視できないから。

 私に気を取られるのは、一瞬だけでもいい。

 それだけでトゥル様は対処できる。お母様が動く。翼竜が間に合う。


 指笛を吹いた途端に、鋭い爪を持つ魔獣たちが私を見た。

 大きく体が傾いて、ほとんど転びそうになっている私を見た。銀色の目が私を見て、反射的に私の方へと向きを変え……トゥル様の剣が魔獣を切り裂いた。


「シア!」


 別の魔獣を切り伏せたお母様が駆け寄ろうとする。

 でもそれより早く、カートルが銀色の体を広げて私の背中を守った。カートルに爪燕より大きな魔獣がぶつかっている。鋭い牙と爪はカートルで阻まれたけれど、ぶつかってきた魔獣の巨体の勢いまでは殺せなかった。


 ぐん、と体が押された。

 衝撃はない。カートルが守ってくれているから。でもすでにバランスを崩していた私の体は、簡単に宙に投げ出された。

 見張りの塔の壁を越えて、何もない空間へ。

 ——まっすぐに落ちていく。


「オルテンシア!」


 誰かが、私の名前を呼んだ。壁から身を乗り出すように手を伸ばしている。私が手を伸ばせば届きそうだった。

 でも、私は手を伸ばさない。

 一人で落ちていく。

 大きく目を見開いたその人の背後から魔獣が迫っていた。その魔獣を切ったお母様が、呆然とするその人を壁の内側に引っ張り戻そうとしている。


(……あれは……)


 明るい金髪だった。

 背後から迫る魔獣のことを忘れたように、落ちていく私を見ていた。

 私を、助けようとしてくれた? ……トゥル様が?

  

 ぐん、と体が落ちる速度が加速する。

 強烈な恐怖が湧き、服が、髪が、全てが風を受けている。何度落ちても、これだけは慣れない。


 そして……唐突に、私の体がふわりと浮かんだ。

 緩やかに高度を下げ、やがて地面に足が着く。しっかりと踏みしめると、服もゆっくりと降りてきた。

 髪がゆっくりと背中に戻って——突然、体が重さを取り戻した。


 バランスが取れずに、体が大きく揺れた。でもなんとか膝をつかずに済んだ。ほっとしながら姿勢を正した時、翼竜がすぐ近くに降りてきた。

 見張りの塔の頂上にいた翼竜だ。お母様が手綱を握っている。そして、トゥル様が翼竜の背から飛び降りた。

 私の前で足をとめ、私の全身を見たようだ。どこにも血がにじんでいないことを確かめて、トゥル様は硬い顔のまま口を開いた。


「……怪我は?」

「どこにもありません。カートルが守ってくれました」

「それは見たよ。一気に広がった銀色の紙のようなものが、全てを受け止めていた。でも……君は落ちた」

「ご心配をおかけしました。でも、私は大丈夫なんですよ」


 お母様が翼竜を降りて、手綱を持ったまま翼竜の首を撫でる。

 少し興奮したような翼竜は、じっと私を見ていた。

 お母様がすでに何か説明してくれたようだけれど、私から改めて説明することにした。


「私は、どこかから落ちても怪我をすることはありません。私の体は、重さの比重が一部変化しているんです」

「伯爵夫人からそれは聞いたが……いったいどういうものなのかな?」

「我が一族に伝わる秘術です。翼竜の幼体から、翼を切り取って移植するのです。それによって、私の体は翼竜と同じ比重になっている部分が混じっています」

「……だから、普段からバランスを崩しやすかったり、時々ひどく軽かったりしたんだね」

「急激に倒れたり落ちたりした時には、体が完全に翼竜と同じように変化して、ゆっくりと地表に到達します」


 秘術により、私は空を飛ぶものたちに近い体を部分的に得た。

 でも、それは不自然で歪んだものだ。

 だから空を飛ぶものたちの視線を集めてしまう。魔獣たちは私を忌避する。翼竜は特に私を嫌う。その代わり、私は殺されにくい体を得た。それが正しい選択だったかはわからない。

 次期領主として、私は後悔していない。

 今回も、この歪な体のおかげでトゥル様をお救いできたから。……たとえ異形と疎まれたとしても。


 トゥル様はどう感じたのか、表情を消したままだった。じっと私を見つめていた。

 やがて目を逸らして、私に背を向けた。


「……少し君から離れていたい。別荘に送ってくれるだろうか」

「殿下のお望みのままに」


 安全で閉鎖的な場所を望むトゥライビス王子殿下に、私は迷いなくそうお答えして、恭しい礼をする。

 ———胸が、無性に苦しかった。




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