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【2巻3/24】辺境領主令嬢の白い結婚 〜殿下の命をお守りするために結婚しましたが、夫は毎日楽しそうにお過ごしです〜【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
本編

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十歳の望み(3)


「……この絵を見る限り、私が知っているコウモリと形は同じようです。翼竜の翼に似ているのではありませんか?」

「うん、似ている気がする。でも、翼竜の翼とも違う気がする。何が違うかよくわからないけど……」


 背後のトゥル様はまだ考え込んでいる。

 私はと言えば、トゥル様が身につけた香水の香りで頭がうまく動かなくなっていた。心臓が忙しく動いている。

 落ち着くために、無理矢理にゆっくりと深呼吸をした。


「……翼竜、見に行きませんか?」

「え?」

「トゥル様には、まだ翼竜をお見せしたことがないと思います。この機会に見に行きませんか?」

「それは、見てみたいけどね」


 トゥル様はそう言ってくれたけれど、ふぅっとため息をつく。私の首の後ろで、吐息を感じた気がする。

 ……やっぱり、トゥル様が近い。


「私は、あまり出歩くべきではないと思う」


 柔らかな声だった。

 でも私の浮ついていた心は、すっと冷静になる。トゥル様の声は、言葉は、また諦念に染まっていた。

 トゥル様は、お父様たちがどういう対応をとっているかに気付いている。自分のせいで私まで襲われたことを悔いている。

 状況を正確に把握することは大切なことだ。


 それでも、私はトゥル様に諦めてもらいたくはない。

 私は思い切って振り返った。予想していたより近くにトゥル様のお顔があった。静かに微笑んでいるのに、どこか寂しそうだ。

 急に振り返った私に、トゥル様の目が少しだけ大きくなっていた。


「翼竜隊の厩舎は屋敷の敷地の外にありますが、この屋敷の見張り台には翼竜が常駐しています。そこなら、警備が行き届いていると思いますよ」

「でもそこは、ブライトルの軍事的機密に含まれるのではないかな?」

「多少は。でもトゥル様ならきっと大丈夫です。それに子供の遊び場所になる程度の機密です。ご心配なら、お母様に許可をいただいておきます。いかがですか?」

「……可能なら見に行きたいな。翼竜は重要な軍備だから、私は近付くことが許されていなかったからね」

「では、ぜひ見ていただきたいです。お母様の翼竜は特に美しいのですよ!」


 私がそういうと、トゥル様は笑ってくれた。

 その明るくてとてもきれいな顔が、すぐ近くにある。


「では、いつなら見に行っても大丈夫かを聞いてきますね。今ならお母様は屋敷にいますから」


 トゥル様が頷いた。

 でも、動いてくれない。


「……だから、その、近すぎて動けません」

「あ、ごめん」


 トゥル様は慌てたように離れた。

 背中が、うなじが、急に寒くなった気がした。それを振り払うように立ち上がり、私はトゥル様の部屋を出た。





 私は廊下を歩く。

 必要以上に早足になりすぎてしまったのか、足が少し不安定になった。ぐらりと体がゆれかけて、慌てて体勢を整える。

 なんとか転ばずに済んで、私はほっとして顔を上げる。後ろを歩いていたメイドが手を差し出していた。そして……少し離れたところに、足を踏み出した姿で立つお母様がいた。


「……あ」


 目が合った途端、お母様が決まり悪そうに目を逸らした。伸ばしかけていた手もおろす。

 それから咳払いをして、改めて私のところにきてくれた。


「大丈夫でしたか?」

「はい。ご心配をおかけしました。でも、ちょうどよかったです。私、お母様を探しに行こうと思っていたので」

「そ、そう。私も偶然、本当に偶然にこちらに来ていたのですが、ちょうどよかった」


 お母様は、また目を逸らしている。

 どうしたのだろう。メイドたちがなんだか笑いを堪えているような顔をしているのも気になった。

 でも、お母様はいつもお忙しい人だ。時間を無駄にしてはいけないから、さっそくお願いしてみることにした。


「お母様にお願いがあります。近いうちに翼竜を見に行っていいですか?」

「翼竜?」

「見張り塔の翼竜です」

「ああ、見張り塔の翼竜ですか。もちろん構いませんよ。……あ、もしかして、トゥライビス殿下もご一緒に、という話ですか?」

「はい。翼竜を近くからお見せしたことがなかったので。でも、もし問題があるようなら、別の機会を考えます」


 お母様は少し考えていたけれど、小さく頷いた。


「殿下なら、あの場所にお連れしても大丈夫でしょう。その代わり、私がご案内します」

「え、でも、お母様はお忙しいのでは……」

「明日ならば時間が取れるはずです。そろそろ雨も上がりそうですし、ちょうどいいでしょう」


 お母様の言葉に、私は窓から外を見た。雨はまだ降っているけれど、小降りになっていた。空も少し明るくなっている。これなら夕方には雨が止んで、その後はしばらく晴れが続きそうだ。


(でも、お母様が案内をしてくれるってことは、護衛も兼ねてということよね? 私は嬉しいけれど、お母様はお忙しいのに申し訳ないような……)


 私がためらっていると、お母様が何だかちょっと照れくさそうに目を逸らした。


「シアを焚き付けたのは私ですからね。責任を持って立ち会います。良い関係なのは望ましいことですが、急に仲良くなりすぎるのも、まだ問題があるというか……」


 最後は口の中でつぶやくようになっている。

 でも咳払いをしたお母様は、すっと背筋を伸ばして腰の剣をガチャリと鳴らした。

 お母様は今日も美しくて猛々しい。でも……焚き付ける?

 もしかして……あの古い記録を取り寄せたのは、私がトゥル様とお話をする機会を作るためだったのだろうか。


(それは確かに、中庭でお話をする時間が減って、物足りなく思っていたけれど。……少しだけ、寂しく思っていたけれど……)


 私はそっと目を逸らす。

 お母様はそんな私に気付かないふりをしてくれた。そして「私が直接、明日の予定をお伝えしましょう」と言って、トゥル様のお部屋へと向かってしまった。



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