毒持ち(2)
再び止まった馬車から降りようとメイドが扉に手をかけた時、扉は外から開かれた。そこに立っている人の華やかな金髪が輝いている。
トゥル様は私に手を差し出してくれた。
「お手をどうぞ」
「……ありがとうございます」
ゆっくりと降りながら、私はトゥル様になんと申し上げればいいかと悩んだ。
地面にしっかり足が着いて、騎士隊長が用意した木陰の簡易椅子に向かいながら、エスコートしてくれるトゥル様をそっと見上げた。
「申し訳ありません。その、またアリアードのおじさまが……」
「構わないよ。翼狼をゆっくり鑑賞するいい機会だ」
「……本当に申し訳ありません」
それ以上の言葉が思いつかない。
身を縮めながらもう一度つぶやいた時、遠くからチリリンと涼やかな音が聞こえてきた。
翼狼だ。他家の領内に入る騎獣は、友好的な訪問であることを示すために鈴などをつけることが多い。アリアードのおじさまの翼狼にも取り付けている。
空を飛翔しながらこちらに向かっているが、それほど速度は出ていない。でも翼狼の本領は、地面を走る時だ。
はっきり見えてきた翼狼は三頭だけ。
今回はおばさまは来ていない。それだけはよかった。
「あら、あの翼狼は黒金ですね。とても珍しい毛並みです」
漆黒の中に、まるでトゥル様の金髪のような金色の毛が混じった翼狼は、その美しさと俊敏さのために大変な高値で取引されているらしい。
それに、黒金の種は忠誠を誓った主人にはとても忠実で、命を失ってでも主人を守ろうとするとも聞いている。
椅子に腰掛けた私は、そういう説明をトゥル様にしようとして……トゥル様が翼狼を見ていないことに気付いた。
どうしたのだろう。
「……オルテンシアちゃん。あの魔獣は君のペットかな?」
「え?」
トゥル様は私の背後を見ていた。
振り返ろうとした時、突然トゥル様が私の腕を引っ張った。
体ごと抱え込まれるように引き寄せられ、直後にヒュンと突風が吹いた。
いや、何かが飛んできた。
私がいた場所を、私が直前まで座っていた簡易椅子の真上を通っていく。直後に、椅子が倒れながら砕けた。
鋭い何かに切り裂かれたように四散する。あのままそこに座ったままだったら、私は……。
ぞっとするのに、私の目はまだ通り抜けたものを追っていた。騎士たちが走ってくる。
上空から銀鷲が降下して、私たちに向かってきたものを鋭い爪で押さえつけた。大型の犬くらいのものが、苦しそうに暴れている。
「魔獣か! お嬢様、お怪我は!?」
「……大丈夫です。アリアードのおじさまは?」
「翼狼が反応したようで、一旦離れました」
騎士隊長がそこまで言って、ハッとしたように剣を抜いた。銀鷲は押さえていた魔獣の首を捩じ切って絶命させて、新たに襲いかかってきた魔獣へと爪を向けた。
新たな魔獣も一瞬で捕えられ、別の一体も騎士たちに切り伏せられる。
魔獣が複数いる。複数いた。だが私たち一行は、人数は少ないけれど第一級の防御力を有している。襲いかかってきた魔獣は、それほど時間をかけずに全て絶命させていく。
残りは一体。鋭い牙と鹿のような敏捷さを持つ魔獣だ。だがそれも背後に回り込んだ銀鷲の爪で切り裂かれ、騎士たちに囲まれて悶絶している。絶命も間も無くだろう。
一瞬ほっとしかけた私の耳元で、チリーン、と小さな音がした。金属が鳴り響くような音は、護身用の魔獣カートルの鳴き声だ。警戒を促している。
私が身を固くした時、すぐ近くで銀色の光が見えた。カートルではない。剣だ。そして鮮やかな金髪も揺れている。
トゥル様が剣を抜いていた。
慌ててそちらへ目を向けると、トゥル様が地面を見ていた。真っ二つに断ち切られたそれは、まだうねうねと動いている。
蛇のような形だ。でも目はなく、尾は二股になっていて、八対の脚がついている。
「これは、毒持ちです!」
素早く観察した騎士が注意を促す。別の騎士が頭部を刺し貫くと、やがてそれは動かなくなった。
カートルが、チリリ、と鳴いた。
安全を告げる合図だ。
騎士たちはまだ剣を手にしていたが、トゥル様は剣を一振りしてから鞘に収めた。でも、そのきれいな顔から表情が消えている。感情を含まない青と緑の間の色の目は、動かなくなった毒持ちの魔獣を見ていた。




