別荘での日々(2)
「アリアード子爵と君は仲が良さそうに見えたよ。なぜ追い返そうとしたのかな?」
「おじさまは賑やかで楽しい方ですが、今回はのんびり過ごすために来ています。そもそも、先ぶれなしでいきなり来ているのですから、おじさまも断られることも覚悟しているはず。でもせっかく来ていただいたのですから、明日か明後日に、私がおじさまの屋敷にご挨拶に行こうと思っています」
できるだけ何でもないことのように、私は軽い口調を心がける。でもトゥル様は、困ったような顔をしてため息をついた。
「私のために、追い返そうとしているのだろう?」
「それは……今回はトゥル様のためにここに来たのですから、当然です。それにおじさまだけでなく、きっとおばさまもご一緒です。おばさままでいると、何倍も騒々しくなってしまいます!」
「君に不都合がないのなら、アリアード子爵をお迎えするべきではないかな?」
「でも、トゥル様にご迷惑をおかけするわけには……!」
「君が気を揉む必要はないよ。アリアード子爵は重要な親戚なのだろう?」
トゥル様は優しく微笑んでいる。
そんなお顔をしていると……この美しい人は第二王子殿下なのだと思い出してしまう。
トゥル様のお言葉は正しい。でも、私はトゥル様にあんな顔をして欲しくはなかった。呑気に笑っていただくためにここに来たのに。
でも、私はぐっと昂りそうになった感情を抑え込む。
密かに息を吐き、いつも通りの顔でグレムを振り返った。
「アリアードのおじさまをお通しして。他の者たちにも、来客の準備をするように伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
グレムは騎士らしい丁寧な礼をしてから去っていく。
その後ろ姿を見送った私は、ため息をついてから書物庫へと向き直る。トゥル様はもう棚のところに戻っていて、取り出した書物のほとんどを管理官に返しているところだった。
アリアード子爵の領地は、我がブライトル領と接している。そのため昔から縁組を繰り返していた。騎獣の飼育が盛んで、お父様は血縁があるからという以上に、アリアード子爵家との繋がりを大切にしている。
そんなアリアードのおじさまは、やはり一人ではなかった。
私と目が合うと、乗馬服姿のおじさまは申し訳なさそうな顔になる。それからチラと横に目をやりながら咳払いをした。
「あー、今日はね、殿下に私の妻を紹介したくて来たのだよ。いや、殿下が静かな環境を好む方だとは存じ上げているが、妻がどうしてもお会いしたいと騒いでしまいまして」
「まあ、あなたったら、それでは私が厚かましい女のようではありませんか! オルテンシア様、お久しぶりですね! 結婚式の日はちょうど娘の嫁ぎ先に滞在していましたの。急な結婚式だったとはいえ、欠席してしまって本当にごめんなさいね! 遅くなりましたけれど、結婚おめでとう! こんなに素敵な方と結婚できて幸せですね!」
ロディーナおばさまは私の手を握って、早口にまくし立てる。
私が言葉を挟む暇もない。
私より背の高いおばさまは、おじさまと同じく乗馬服姿だった。でも、アリアード子爵領は優雅な乗馬で往復する距離ではない。馬で日帰りするには、早馬や伝令ほどではないにしろ、かなり馬を駆けさせる必要がある。
でも、二人の服装に汚れは見当たらない。きっと騎獣に乗ってきたのだろう。アリアード領は翼狼の飼育もしているから、きっとそれだ。
そういえば、トゥル様に翼狼のことはお話ししただろうか。
おばさまと話をしながら、何気なくトゥル様に目を向けると、トゥル様はアリアードのおじさまと和やかに話をしているところだった。
王都風の優雅な服を着て、微笑みを浮かべている姿はとても美しい。
でも、私は違和感を覚えた。
何がそんなに気になってしまうのだろう。
しばらくわからないままだったが、お帰りになるおじさまたちをお見送りする頃になって、ようやく気がついた。
トゥル様の表情が、完璧すぎるのだ。
翼狼に騎乗したお二人を見送りながら、私はそっとトゥル様を見上げる。私の隣で微笑みを浮かべていたトゥル様は、翼狼が見えなくなると小さく息を吐いたようだった。
「とても賑やかな人たちだったね」
見上げている私に、トゥル様はそう言って微笑んだけれど、その微笑みも私が知っている微笑みとは違っていた。
「トゥル様」
屋敷の中へと戻ろうとするトゥル様に声をかける。
ゆっくりと振り返ったお顔は、やはりいつもより表情が薄い。
「翼狼は見慣れているんですね」
「うん、王都ではよく使われているんだよ。混み合った路地にも対応できるからかな」
飛翔力はそれほど高くないかわりに森林地区で力を発揮する魔獣だから、確かに翼狼は都市向けなのかもしれない。
でも、やはりトゥル様はいつもと違う気がする。私はためらったけれど、思い切って聞くことにした。
「その……もしかして、トゥル様はお疲れなのですか?」
「別にそうでもないけれど。どうしてかな?」
「お顔が硬いです。アリアードのおじさまたちが騒々しすぎましたか?」
迷いながらもそう聞くと、トゥル様は私をじっと見つめて、それからやっと困ったような顔をした。
「……いつも思うけれど、君はとても目敏いね」




