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第二王子(1)


 第二王子であるトゥライビス殿下は、王妃様の子ではない。

 生母様は平民出身の女騎士だった。大規模な魔獣討伐があった時に国王陛下と出会って、その後お手が付いたらしい。

 第二王子殿下を出産後、生母様は「事故」により亡くなった。状況がとても事故には見えなかったらしいけれど、それが問題になることはなかった。


 真相は……深入りする覚悟がないなら、知るべきではないだろう。

 領地から出たことのない私は、トゥライビス殿下とは全く面識がない。だから結婚式を挙げる前に、少しだけでもお話をしてみたいと思っていた。

 でも、こちらに来るまでの間に何かがあったようだ。殿下の到着は予定より大幅に遅れ、結婚式の当日になってしまった。


 これについて、お父様とお母様が気を悪くした様子はない。

 それどころかとても心配していて、馬車の到着を聞いてほっとしていた。


「馬車を見ましたが、かなりひどい状態でした。殿下がご無事で何よりです」

「全くだな。……もしかしたら、殿下はあえてギリギリの到着を目指したのかもしれないな。我が領地のような僻地であろうと、生きているだけで不快に思う御方もいるようだから」

「なんともお気の毒な……」


 お父様とお母様は、深刻そうな顔で小声で話している。

 私に聞かれないように気を遣っているようだけれど、私は人より耳がいいから聞こえてしまう。


 ちなみに莫大な結納金については、お父様が王都から戻った三日後に翼竜近衛騎士隊によって運ばれてきた。領民たちが驚いて騒いでしまったほど大規模な一団で、私としては「そこまでするなら、第二王子も送り届けてくれればいいのに」と言いたかった。でもそれだけは、いろいろな理由のために実現しなかったのだとか。

 その結果が、ボロボロの馬車でのぎりぎりの到着だ。……ため息しか出ない。



 でも、結婚式の場に現れたトゥライビス殿下は、そんな暗い緊張感を全く感じさせない人だった。

 長めの髪は、太陽の光を受けたハチミツのような明るい金色。目は青と緑の中間のような色をしている。

 豪華な花婿衣装を着た姿は、スラリとしていて美しい。


「君が、私と結婚してくれる幸せの女神かな?」


 そう言って笑いかけてくる顔は、思わず瞬きを忘れてしまうほど整っていた。

 まるで物語に出てくる王子様のようだ。

 そう考えて、この方は本当に王子様だから「まるで」なんて言い方はおかしいと気付く。

 思わず苦笑してしまうけれど、このきれいな人は辺境に追いやられて、私のような女の夫となる不幸な人だ。

 ……なんだか、急に気の毒になってしまった。

 でもそれを顔に出すと失礼だと思ったから、私は丁寧な挨拶をすることで顔の表情を隠した。


「オルテンシアでございます。ふつつかものではありますが、どうぞよろしくお願……」

「堅苦しい挨拶はいいよ。君のこと、オルテンシアちゃんと呼んでもいいかな?」


 トゥライビス殿下は、私の言葉を途中で遮ってしまった。

 それはいい。殿下のお好みのままに。

 ……でも結婚する相手に「ちゃん」付けというのは、どうなのだろう。確かに私はまだ十六歳で、殿下に比べれば子供かもしれないけれど……なんとなく複雑な気分になる。

 それをぐっと隠し、私は微笑みを浮かべて頷いた。


「殿下のお好きなようにお呼びください」

「ありがとう。では私のことは、トゥル、と呼んでほしい」

「えっと……トゥル様、ですか?」


 一瞬、私は耳を疑った。やっと声は出たけれど、その後の言葉が続かない。

 殿下でもなく、トゥライビス様でもなく……トゥル様?

 そんな呼称が許されるのだろうか。

 あまりにも軽すぎる。まるでペットの犬や猫のようだ。

 それとも、王都の貴族たちの間では、このくらい軽い呼び名が流行っているのだろうか。

 ……でも、やっぱり軽すぎる。



 密かに悩んでいる間に、トゥライビス殿下……トゥル様が窓辺へと移動していた。窓から外を見ているようだ。視線は上に向いている。

 何を見ているのだろう。視線をたどっても、その方向は木が繁っているだけだ。珍しい鳥がいるのだろうか。


「あの、殿下……トゥル様?」

「ここの木は面白いね。葉が青いものが多い」

「……木は青いものでは?」


 それのどこが面白いのだろう。

 思わず首を傾げていると、トゥル様がちょっと困ったような顔をした。


「王都にある木は青くないのだよ」

「え、そうなんですか?!」

「でも、この葉の形は王都でよく見る木と似ている。もしかして近い種類なのかな」

「この木のことは、私たちはアマレと呼んでいます」

「アマレ、か。語感はかなり違うな。花は白い?」

「白かったと思います」

「花びらは五枚? それとも八重咲きかな」


 私は答えられなかった。

 アマレの木は毎日見ている。夏の初めに花をつけるし、満開の時は白い雪のように青い葉を隠してしまう。

 でも、花びらの数までは数えたことはなかった。

 王都の貴族令嬢たちなら、普通に答えられるのだろうか。もしそうなら、私が子供扱いされるのは当然だ。

 密かに青ざめていると、トゥル様が「あ」とつぶやいて、少し慌てたような顔をした。


「ごめん! 私は植物の観察が好きで、いろいろ細かい話を聞きたくなるんだ。いつもご婦人たちを困らせてしまうから気を付けていたんだけど、ここは面白すぎて、つい」


 トゥル様は申し訳なさそうに眉を動かした。そんな顔をすると、周囲を圧倒するような優雅さが急激に薄れる。まるで……こんな喩えが許されるのかわからないけれど……叱られた子犬のようだ。

 十歳も年上の男性に対して、つい不敬なことを考えて、込み上げそうになった笑いを慌てて抑え込む。

 それに、植物の花びらの数は貴族令嬢の必須教養ではないらしい。

 少し元気になった私は、思わず一歩踏み出していた。


「大丈夫です。むしろ、自分の無知に気付けて助かります。私はこの地の領主の娘ですから、あらゆることに目を配っておくべきでした」

「んー、まあ、そうかもしれないけど、植物のことは詳しく知らなくても大丈夫じゃないかな?」

「いいえ! 領主は常に完璧を装わなければいけないのです!」

「……そうか。さすが辺境地区だね。君はまだ若いのに、まるで大人のように覚悟ができている」


 トゥル様は独り言のようにつぶやいて、それから改めてわたしの前に立った。



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