別荘での日々(1)
我がブライトル家の別荘は、「別荘」という言葉の響きからは程遠い厳重な警備が敷かれている。
領主一家が生活をする屋敷より厳重と言ってもいい。
のどかな水色の林に囲まれているだけに見えても、その林がそもそも防壁の役割を果たしている。木々の枝を飛び回る小鳥や地面を走り回るネズミの中には、動物に擬態した飼育魔獣もまじっている。
そんな目立たない守りは無数にあり、美しく見える外壁には様々な仕掛けがある。さらに、この別荘は銀鷲に騎乗する騎士隊が常駐し、日夜を問わず上空から周囲を監視している。
この地に別荘が保たれているのは、名目上は密集地での飼育が難しい銀鷲のためだ。もちろん本当の役割は貴重な資料を保管するためであり、私たち領主一族の最後の砦となる場所だった。
そんな別荘は、トゥル様にとっては大変な娯楽の場であるらしい。
予想はしていたけれど、三日が過ぎても退屈する余地がない。初日は銀鷲とアバゾルで終わり、二日目はそれに林の木々が加わった。
やっと書物庫にご案内できたのは、三日目の今日。それも午後になってしまった。
「ここにあるものは、すべて読んでいただいて構いません。あ、でもこの辺りは地形についての資料ですので、取り扱いにはご注意ください。他は、部屋で読んでいただいてもいいですよ」
「それはありがたいね。でも、どれも興味深いな。植生だけでもこんなにあるということは、ブライトル領は思っていた以上に多様なんだね」
「魔の森に接していますから」
私がそう言ったのを、トゥル様は聞いているかどうか。
早速、手近な棚から書物を取り出している。
今日の午後はもちろん、明日も明後日も書物庫に通ってくれそうだ。
ほっとしていると、書物庫の扉を叩く音がした。
内部にいるのは、私とトゥル様の他に書物庫の管理官もいる。本来は扉は閉めておくべきなのだろうけれど、私とトゥル様は「白い結婚」中。細かな取り決めに従って、密室にならないようにと扉は開放されている。
だからノックの音は、入室のためというより、私に用事があるのだろう。
トゥル様が書物庫の棚の前で熱中しているのを確かめてから、私は扉へと向かう。そこには今回の護衛の騎士たちを束ねる立場のグレムがいて、少し困ったような顔で名刺を差し出した。
「アリアード子爵がお見えになっているそうです。今は敷地の外でお待ちいただいていますが、いかがいたしましょうか」
「……アリアードのおじさまですか」
私はため息をついた。
アリアード子爵は、お父様の従兄弟にあたる。別荘からそんなに遠くないところに領地と屋敷があるから、私がここに滞在していると知れば挨拶に来ることはおかしなことではない。
私は、アリアードのおじさまのことは嫌いではない。お父様とは全く違うタイプだけど、陽気で、賑やかなことが好きで、幼い頃はお会いするのが楽しかった。
ただ……今はトゥル様がいる。
せっかくおくつろぎいただいているのに、その時間を乱したくはない。それに、アリアードのおじさまが来たということはロディーナおばさまも一緒のはず。お二人が揃うと、何と言うか、とても……騒々しいのだ。
「おじさまには申し訳ないですけれど、今日はお帰りいただこうかしら」
「お言葉ですが、アリアード子爵に対しては、それは得策ではないと思います。あの方はプライドの高いお方ですから」
「それはわかっているわ。でも、今回はお断りしましょう。その代わり、後日に私がおじさまのお屋敷に直接お伺いします。そう伝えてもらえるかしら」
「……では、そのようにお伝えします」
お父様と同じくらいの年齢のグレムは、少し考えてから頷いた。私にも意見をしてくれる頼もしい騎士だ。お母様が護衛の隊長を任せただけある。
アリアードのおじさまにも、うまく対応してくれるだろう。
「——君、少し待ってくれるかな」
グレムが歩き去ろうとした時、穏やかな声がした。
私が慌てて振り返ると同時に、グレムが姿勢を正して敬礼をする。書物を抱えたトゥル様がこちらへやってくるところだった。
トゥル様は私の前で足を止め、少し首を傾げた。
「誰か、客が来たようだね」
「申し訳ありません。少し騒々しかったですか?」
「構わないよ。でも聞こえてしまってね。君は客を追い返そうとしているようだった。違うかな?」
全くその通りだ。
でも、トゥル様が気にすることではない。そうお伝えするために、私はにっこりと笑ってみせた。
「お見えになったのはアリアード子爵です。結婚式にも来ていただきましたが、私たちがここにいると知って、挨拶に来てくれたようです」
「アリアード子爵か。覚えているよ。華やかな赤い服を着ていた陽気な人だよね? 確か、ブライトル伯爵の……義父上の従兄弟だと言っていたな」
赤い服だったかどうかは、私は覚えていない。でもお父様の従兄弟で陽気な人というのは合っている。だからきっとそうだったのだろう。




