別荘へ(2)
翌日、私たちは別荘へと向かった。
トゥル様用に馬を何頭か用意したけれど、直前まで乗馬するつもりでいたトゥル様は、結局私と一緒に馬車に乗っている。
理由は単純。
メイドが、アバゾルを詰め込んだカゴを私の隣に置いたからだ。
別荘にも人手は十分にあるけれど、身の回りの世話をしてもらうためにメイドと従者を何人か同行させている。
メイドたちは後続の馬車に乗っているけれど、途中でアバゾルたちが紛失しないように、揺れの少ない私の馬車に乗せた。もちろん掃除用だ。
それをトゥル様が目敏く見つけてしまって、乗馬服のまま私の隣に座っている。今は、アバゾルの捕らえ方を聞いている真っ最中だ。
「なるほどね。埃を餌にした罠か。とすると、罠はアバゾルが外に出ないような工夫があるのかな?」
「は、はい。こう、角度のある折り返しがあると、アバゾルは登ることができないんです」
「ああ、そうだった。どのくらいの角度にしているの?」
「えっと、私はこのくらいになるように作ります」
「ん? 君が罠を作っているの? それはすごいね!」
緊張しているメイドが手振り身振りで一生懸命に答えると、トゥル様が身を乗り出した。トゥル様は本当に好奇心旺盛だ。でもその間も、カゴを抱えてアバゾルを撫でているし、アバゾルたちも逃げようとせずにトゥル様の指に触角を絡ませている。
不思議な光景だ。
トゥル様が凛々しい乗馬服姿だから、一層不思議に見えてしまう。
緩やかに垂らしていることが多い金髪は、今日はスッキリと束ねている。乗馬服は体の動きを妨げないように体に沿ったデザインだから、細身に見えても意外に鍛えている体つきもわかりやすい。
出発前、馬を撫でていたお姿は周囲の騎士たちと溶け込んで見えた。もしかしたら、剣の腕前もかなりのものなのかもしれない。
朗らかで、親しげで、でも周囲を圧倒するような気品があって、今日のトゥル様はまさしく高貴な王子殿下だった。でも、アバゾルを見た瞬間に駆け寄ってきて……不覚にも「ああ、トゥル様だな」と安心してしまった。
今回の別荘行きは領内に関する文書の中でも、機密性が高いものをお見せするためだ。でも、他にもトゥル様に楽しんでいただけるものがたくさんある。お父様から勧めてもらったように、少し長めに滞在してもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、馬車の外を見る。
すぐ近くには護衛の騎士が並走している。空の馬の手綱を引いている騎士もいる。今日はお乗りにならなかったけれど、トゥル様は本当に馬がお好きなようだから、あの馬たちにも何度も乗ることになるだろう。
本領の屋敷に比べて、別荘は人の出入りが少ない。
その分、警備は極めて厳重だ。トゥル様にも、もう少し伸びやかにお過ごしいただけるだろう。
とその時、並走している騎士のマントが大きく揺れた。他の騎士たちのマントも激しくはためいているから、強い風が吹いたようだ。
今回の護衛の隊長格の騎士グレムが空を見上げ、すっと馬を馬車に寄せてくる。私が窓を開けると、馬上で敬礼をしてから空を指差した。
「銀鷲隊と合流しました。まもなく別荘の敷地内に入ります」
「わかりました」
私が頷いたけれど、グレムはまだ馬を寄せたまま。どうしたのかと首を傾げると、少し馬車の奥を覗き込むようにしてからニヤッと笑った。
「あの黄色いやつに夢中のようですが、殿下に一応お知らせして差し上げるべきかと」
「……あ、そうですね」
私が振り返ると、まだトゥル様はアバゾルを撫でている。
でも私の視線にすぐに気付いて、顔を上げた。
「どうかしたのかな?」
「もうすぐ別荘につきますが、銀鷲隊が来ていますよ」
「……銀鷲隊……というと、最速と呼ばれている、あの銀鷲?!」
突然、トゥル様が腰を浮かせた。
走行中で揺れているのに、気にせずに窓へと体を寄せる。銀鷲が見える窓は私の側にあるから、私は馬車の壁面とトゥル様の体に挟まれてしまった。
「あんなに大きいのか! それに羽根が本当に銀と同じ色と光沢だ! ああ、翼の内側はあんなに鮮やかな青色をしているんだね!」
「……トゥル様、銀鷲隊は別荘警備を担当していますから、到着してからよく見ることができますよ」
「うん、でも飛んでいる姿を見てみたかったんだよ! 銀鷲についてはそれなりに知られているけれど、書物で見て想像していた以上だ。本当に美しいな!」
トゥル様は興奮しているようだ。
私が窓に張り付く形になって慌てているのに、全く気付いてくれない。でも、カゴはしっかりと抱えたままだから、アバゾルたちも転げ落ちたりはしていない。
だから問題はないのだけれど……私の顔のすぐ前にトゥル様の乗馬服があって落ち着かない。
「殿下。我らのお嬢様が困惑しておられます。どうかご容赦して差し上げてください」
外を並走しているグレムが、笑いを噛み殺しながら言ってくれた。
それでやっと、私の顔がほとんどトゥル様の胸につくくらいに密着していることに気付いてくれた。
「あ、ごめんね」
トゥル様が慌てて離れてくれた。
でも、視線はまだ馬車の外へと向いている。
……騎士たちやメイドが、なんだか視線を逸らしている気がする。まだ近くに残っているトゥル様の香りを気にしないようにしたけれど、熱くなった頬だけは持て余してしまう。
「今まで気が付かなかったけど、周囲の風景もかなり変わってきたね。それにあの林は、葉の色が青というより水色に近くてきれいだ」
「……その林の向こうが、別荘がある場所です」
何度も咳払いをして、やっと声が出た。
少し掠れていたけれど、トゥル様にははっきりと聞こえたようだ。前方に見えてきた林を見つめ、うっとりとため息をついた。
「ああ、確かにあの絵にあった水色の木だ。なんて美しいんだろう」
夢を見るような、どこか熱に浮かされたようなつぶやきだ。
それがまた、妙に色っぽくて……私はまた落ち着かなくなった。仕方がないから、トゥル様が抱えているかごの中でゆらゆらと揺れているアバゾルたちに、無理やり視線を固定した。




