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【2巻3/24】辺境領主令嬢の白い結婚 〜殿下の命をお守りするために結婚しましたが、夫は毎日楽しそうにお過ごしです〜【コミカライズ】  作者: 藍野ナナカ
本編

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雨(4)


「小さいですが、物理的な攻撃を防いでくれる魔獣です。……試してみますか?」


 そう聞いたのは、トゥル様の目がなんだか真剣だったからだ。

 少し曖昧な色合いの目が、いつもより青く見える。口元にまだ微笑みの名残りがあるのに、笑っているようには見えなかった。実際に切り付けたらどうなるか、と考えているはずだ。

 トゥル様はすぐには反応しない。でも恐ろしいほど真剣だった目が緩み、口元に微笑みが浮かんだ。


「……いや、やはりやめておこう。その子に嫌われてしまいそうだから」

「これは防護専門の魔獣だから、攻撃したりはしませんよ?」

「でも、君には懐いているのだろう?」


 それは……そうかもしれない。

 魔獣という存在は、人間に対して悪意しか持たないとか、狩るべきものと思っているとか、そんなことを言う人がいる。高名な学者でもそう主張する人がいるらしいし、そういう面はあるとは思う。


 でも、人間のそばで生きる魔獣たちは、必死に良い環境を与えようとする人間に寛容だ。トゥル様のように何の先入観を持たずに接する人の目には、懐いていると表現したくなるのかもしれない。

 幸いなことに、我が家で育てる魔獣たちは、私たちにとても好意的でいてくれる。


 この小さくて、一見頼りなさそうな銀色の防護用魔獣も、可能な限り私を守ってくれる。

 魔獣たち自身に命の危機が迫らない限り、という条件があるにしろ、私がこの辺境地区でくつろいでいられるのは、この魔獣たちのおかげだ。


「では、触ってみますか?」

「……いいの?」

「トゥル様なら問題はありません。ただ、うごいてくれないかも……あ」


 私の言葉の途中で、トゥル様が耳飾りもどきにさわっていた。用心深く自分の手のひらに乗せ、しげしげと見ている。


「……すごいな。金属に見えるのに、金属の感触ではないね。冷たくはなく、かと言って君の手の体温が移っているわけではない。不思議な感触だ」


 そんなことをつぶやきながら、そっと指先でつついた。

 と、その時、銀細工に見えた銀色のものがくねりと動いた。ぺらりと薄い体が丸くなり、埋もれていた顔がむくりと起き上がる。

 チリーン、と鈴のような音がした。

 それがこの魔獣の鳴き声だ。私をチラッと見てから、すぐそばにあるトゥル様の指に頭のような部分を擦り付けた。


「これは……友好的な態度をとってもらったと自惚れていいのかな?」

「自惚れてください。この魔獣、私たちはカートルと呼んでいますが、守護対象以外には本当の姿をほとんど見せません。鳴き声も上げないと言われています」

「君は聞いたことがあるの?」

「多くはありませんが、聞いています。危険を察知した時とか、その後にねぎらってあげた時とかでしょうか」

「ふーん。忠誠心の強い子なんだね」


 トゥル様はカートルの頭のような箇所を指で撫でる。

 カートルはプルプルと震え、それからまた平べったい形になった。でも、よく見るとさっきまでとは形が違う。

 私はため息をついた。


「トゥル様。このカートルはトゥル様をお守りしたいようです。こちらはお持ちいただいた方が良さそうです」

「でもこれは君の護衛だろう?」

「これだけ懐いて、形もトゥル様向けに変えようとしていますから、どうか使ってあげてください」

「……本当にいいの?」

「トゥル様の護衛になるのなら、喜んでお譲りしますよ。この魔獣は必ず双子で生まれ、二匹で対になるものなので、もう一方のカートルも、きっとトゥル様に……」

「私は、この子だけでいい。もう一方の子は、オルテンシアちゃんが身につけておくべきではないかな。この子は君のことも大好きみたいだから、双子の片割れが君と一緒にいる方が落ち着くだろう」


 トゥル様はそう言って、片方だけの飾りを首元のチェーンに引っ掛けた。落ちにくい角度に曲がっていただけの先端が、するりと塞がってしまう。

 その場所が気に入ったらしい。銀細工風の姿なのに、嬉しさを示すようにぷるりと震えた。

 トゥル様のことが本当に好きなのだろう。……ここまでわかりやすいのは、とても可愛い。

 笑いそうになって、私はこほんと咳払いをして誤魔化した。


「トゥル様。できるだけ身につけてあげてください。枕元に置けば、それに相応しい形に変わるはずです。きっと昼も夜もトゥル様をお守りしますから」

「そうさせてもらおう。こんな小さな子なのに、なぜかとても安心する。不思議な感じだね。……これなら眠れそうな気がする」


 トゥル様は微笑んだ。

 目元のクマがなければ、もっと美しいだろう。

 よく眠れたら、少し遠出しても体に負担はかからないはず。


「では、しっかり眠れるようになったら別荘に行きませんか? 馬車で行ってもいいですし、気分転換に馬に乗っていくのもいいかもしれません。トゥル様は乗馬はお好きなのでしょう?」

「そうだね、馬は好きだ。どこまでも行けそうな気がするから」

「では、馬をご用意します。ちょっとの雨ならこの地の馬たちは平気ですし、馬具に護衛用の魔獣を潜ませることもできるんですよ」

「いいね。楽しそうだ」

「では、一週間後くらいを目標にして、様子を見ながら……」

「明日の出発は無理かな?」

「……え?」

「明後日でもいいんだけど」


 急に、トゥル様が前向きになった。

 懐いた魔獣を身につけているのが嬉しいのかもしれない。

 いいことだ。明日は無理ですとお断りはしたけれど、なんだか私まで楽しくなってきた。やっぱりトゥル様はこうでなければ!


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