雨(1)
結婚式の日から半年が過ぎた。
ほとんど晴れた日ばかりだった我がブライトル領に、雨が降り始めた。
ここ一週間、晴れた空は見たことがない。強い雨は降っていないけれど、ぱらぱらと小さな水滴が長々と降っている。
ほどよい雨は恵みだ。
大地に染み込み、水路を作らなくても実りを約束してくれる。
でも、この雨はトゥル様には歓迎されていないのではないかと思う。雨の日は、中庭に出ることができないから。
今日は、朝から空が明るくなっていた。まだ降り続いているものの、小雨だから外に出ても体が濡れて不快になるほどではない。
だから、今朝は中庭にいくかもしれないと思っていたのに、食堂でのんびりと食事を摂ると、トゥル様はそのまま自室に戻ってしまった。
もしかして、この地の植物への興味は失ってしまったのだろうか。
そう考えると気が重くなる。
こっそりため息をついていると、お父様が食堂にやってきた。食事にしては、ずいぶんと遅い。執務室で秘書官たちと打ち合わせをしながらの食事をしたのかと思っていたけれど、今から遅い朝食だろうか。
そう思っていたら、お父様はきょろきょろと室内を見てから私にところにやっていた。
「オルテンシア。殿下はもう部屋に戻ってしまったのか?」
「はい。トゥル様にご用でしたか?」
「そういうわけではないんだが、そろそろ退屈なのではないかと思ってな。見回りついでに、外へお誘いしようかと思っていたんだが……」
お父様も、トゥル様には気を遣っている。
でも辺境で騎士もこなすお父様と、王都で王子様だったトゥル様とは気晴らしの方法が違うのではないか。そう首をひねってしまうけれど、外出が楽しいという方向性は似ている。体を動かすためではなく、植物を見るのがお好きなだけだ。
雨の日にしか見られないものがあれば、トゥル様も楽しんでいただけるかもしれない。何かないだろうか。
「……お父様。雨の日にしか見ない、あるいは雨の日に特有の行動をとる動物など、そういう存在に覚えはありませんか?」
「雨の日だけ? ああ、殿下が興味を示しそうなものということか。さて、魔獣ならいくつか心当たりはあるが、私が知っているのは危険なものが多いからなぁ」
お父様も真剣に考えてくれた。
でも、私もお父様も魔獣や植物の専門家ではない。
どちらかというと、危険かどうかしか知らない。
王都に何度も赴いているお父様は違うだろうけど、私やこの地出身の騎士やメイドは、葉が青くない木なんて想像したこともなかった。だから、すぐには思いつかない。
「うーん、来週なら学者たちが集まるんだが……」
悩んだ末に、お父様が申し訳なさそうにつぶやく。
来週ではちょっと駄目だろう。
学者たちには、今後の参考のためにいろいろ話を聞くとして、今日は諦めるしかないようだ。ため息をついた時、メイドが呼んできたお母様が微笑んだ。
「ならば、殿下を書物庫にご案内するのはどうでしょう? あそこなら色々な書物がそろっているし、通常は持ち出し禁止になっている資料が揃っているから、殿下の興味を引く内容もあると思いますよ」
「でも、あれは機密事項を含んでいるはずです。お見せしてしまっていいのですか?」
「あの方ならいいでしょう。最も重要な軍事内容はあそこにはありませんし。許可してもいいですよね?」
「……うん、まあ、トゥライビス殿下なら問題ないだろう」
お母様の言葉に、お父様は少し考えてから頷いた。
領主代行であるお母様が提案して、領主であるお父様が許可を出したのなら、完全に大丈夫だ。
私はお二人にお礼を言って、トゥル様に知らせに行くことにした。




