襟赤栗鼠(2)
「色が個性的だから、もっとくせのある味かと思ったけど、意外に飲みやすいな。ほのかな酸味がいいね」
「……そ、それはよかったです。でも、本当にご無理はしなくても大丈夫ですから!」
「その赤い栗鼠は信頼できるのだろう? ならば安心だ。ああ、こちらの菓子も珍しいな。何が入っているのだろう」
「えっと、これは……あ、私が先に食べてみますから、少しお待ちください!」
私が半球状の形の焼き菓子が載っている皿に手を伸ばそうとしたのに、トゥル様が先に手に取っていた。
「トゥル様!」
「……本当を言うと、私は外の食べ物は怖い」
それは当然だ。
私はわかっていることを伝えたくて、いつもより大きく頷いてみせた。
「大丈夫です。お気持ちは理解しているつもりです」
「……ありがとう。君が先に口をつけてくれたのは、気持ちとしてはとても助かったんだ。でもこの地では私より君の方が大切で、年若いお嬢さんだ。毒見役なんてさせたくはない」
「気にしないでください。私は安全であることをアピールしているだけですから。だから、私を利用してください。先に私が食べて、トゥル様を安心させてみせます。このお菓子は本当に美味しいんですよ!」
私がそう言って笑うと、トゥル様もやっと微笑んでくれた。
でも、お菓子のお皿を持ったまま。これでは毒見が……安全のアピールができない。
どう言ってお皿を返してもらおうかと悩んだ時、トゥル様は襟赤栗鼠がもたれかかっていたフォークを手に取った。そのフォークで丁寧に半球状の菓子を一口大に切り取り、襟赤栗鼠に差し出す。赤い栗鼠は匂いをたっぷりと嗅いで、ちらとトゥル様を見上げた。
「この反応は、安全と言うことかな?」
「はい、そうです。ですから、あの、私が先に……!」
「そうだね。甘えさせてもらうよ。だからせめて私が給仕しよう」
……給仕?
首を傾げた私の口の前に、一口大の焼き菓子が差し出された。
「どうぞ」
「……えっ?」
「あ、これ、君が一口で食べるには大きすぎたかな?」
「一口? えっと、ちょうど一口で食べられる大きさですが……あの?」
「口を開けなさい」
トゥル様はニコニコと笑いながら、私に命令をした。
穏やかな声だったのに、私は思わず口を少し大きめに開けてしまう。そこへ、するっとお菓子が入れられた。
舌に甘い味が広がる。
――美味しい。
そう感じた瞬間、私は口を閉じてしまった。もぐもぐ、ごくんと飲み込んで一瞬幸せに浸って、すぐにトゥル様の笑顔に我に返る。
これは毒見だ。
そして、何が入っているかを正確に伝えなければいけない。
それが私の役割だ。
「……アンズが入っています。それから何か木の実も入っているようです。ミネの実かな。それに豆も入っていると思います」
「ミネの実は最近の朝のパンにも入っていたね。もしかして、ミネの実は今が美味しい季節なのかな?」
「収穫は少し前のはずですが、一定期間貯蔵をした今くらいからちょうど美味しくなるようです」
「追熟みたいなものか」
私の言葉にいちいち頷いていたトゥル様は、残っている焼き菓子をまた切ってフォークを刺した。
今度はそのまま、自分の口に運ぶ。
口に入れる瞬間だけ、手の動きが止まったような気がしたけれど、口に入れた後はためらいなく咀嚼した。
「あの、大丈夫ですか? お口に合いますか?」
屋敷で出している食事は少しだけ王都風にしているし、お菓子も素材は王都風に近いものが多い。
でも、この菓子は地元のものばかり。
私は緊張して待つ。
トゥル様は無言のまま、もう一口、さらにもう一口と菓子を口に運んだ。
「えっと……トゥル様?」
「美味しいね」
お皿が空になって、ようやくトゥル様が微笑んだ。
「風味が少し珍しい感じだけど、とても美味しい。砂糖も、もしかして王都の砂糖とは違うのかな」
「違うと思います。この辺りではバーラの樹液を多く使いますから」
「そうか。つまり、伯爵家では私に気を遣って、普段は使わない種類の砂糖を使っているんだね」
「……あ」
美味しいと言ってもらえたのが嬉しくて、私はつい口を滑らせてしまった。




