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突然の縁談(2)


 実はお母様は、辺境地区では有名な翼竜騎士だ。

 もちろんお父様も、領主ではあると同時に勇猛な騎士。そんな二人だから、険悪な空気が流れると娘としてはひやひやしてしまう。

 二人とも、夫婦喧嘩で刃物を持ち出さない理性はあるけれど……お母様の目が殺気だっている気がする。

 逃避気味にため息をついた時、お母様はお父様の大きな体を乱暴に揺さぶった。


「いま、結婚式と言いましたか?」

「言った」

「一ヶ月後というのは、私の空耳でしょうか?!」

「……空耳ではない」

「どういうことですか! ただの縁談ではなく、もう式の日取りまで決まっているというのですか?! 結婚式を舐めているのか、オルテンシアを出戻りと勘違いしているのか、あるいは年若い乙女に執着する好色ジジイなのか! 返答によっては伯爵軍を動かします!」


 お母様の顔が怖い。

 それ以上に、言っている内容が怖い。

 私の聞き間違いでなければ、相手を攻めると言っている。伯爵家とはいえ、辺境地区の領主の戦力は相当なもののはず。いつも魔獣を相手にしているのだから。

 お母様が率いる翼竜隊を王都近郊の貴族に向けたら、どう甘く見ても瞬殺状態になるだろう。


 いや、それは駄目だ。

 翼竜隊を動かした時点で、内乱罪の名目で王家から潰されてしまう!

 私が密かに青ざめていると、ガクガク揺さぶられていたお父様が、ポツリとつぶやいた。


「…………第二王子だ」

「……は?」

「オルテンシアの婿に決まったのは、第二王子トゥライビス殿下なのだ」


 鬼のようだったお母様の顔からすっと表情が消えた。胸ぐらを掴んでいた手からも力が抜ける。

 悲壮な表情のお父様は、ひたすら重々しいため息をついた。


「この縁談は、王妃様から直々に頂いた。あの方は第二王子を嫌っておられる。もしかしたら、急すぎると私が拒絶することを期待していたのかもしれない。その結果として殿下が王都に残り続けると……暗殺される未来しかなかっただろう」

「それは、しかし」

「実は少し前から、国王陛下から謎かけのように莫大な結納金を提示されていたのだ。ずっと意味がわからなかったが、おそらく王妃様が実力行使をするのを察していたのだろう。断れるわけがない」

「……確かに断れませんね。私も第二王子の亡き母君は嫌いではありませんでしたから」


 お母様がため息をついた。

 結婚前のお母様は、お父様の警護のために何度も王都に出向いていたと聞いている。その頃の話を何度も聞かせてもらった。

 その中には王宮の話もあった。私は華やかな王宮にこっそり憧れていたけれど、実際の王宮は、かなりドロドロした場所のようだ。

 そんなドロドロに巻き込まれてしまったお父様は、真剣な顔でやっと私を見た。


「こういう事情があるから、どうか殿下との結婚を受け入れてほしい。国王陛下からも、できれば三年かくまってくれと頼まれた。もちろん『白い結婚』の約束を取り付けているぞ。どうしても気に入らなければ、そのうち『病気』になっていただいてもいいし、どこかで『静養』していただいてもいいからな!」


 「白い結婚」とは、結婚式を挙げても寝室を別にし続けることだ。

 実質的な結婚に至っていないということで、離婚の手続きも簡単に済む。まだ大人になりきっていない子供が結婚する時によくある条件でもある。

 政略結婚に年齢制限はないけれど、子供を守るための手段はしっかりあるのだ。


 でも、お父様の口ぶりから察すると、『病気』という口実でどこかへ監禁するとか、『静養』ということでどこかへ追い出すとか、そういう物騒な話を含んでいる気がする。

 王宮での立場がお弱いらしいとはいえ、第二王子殿下相手にそんなことが許されるのだろうか。

 私が戸惑っている横で、ずっと考え込んでいたお母様が小さくため息をついた。


「……『白い結婚』を厳守するなら、悪くはないかもしれません。第二王子殿下に悪い噂はなかったはず。我が家が殿下を保護するのなら、シアも強く出ることができるでしょう」


 お母様は顔をしかめているが、やはりそこまで最悪な縁談ではないようだ。

 それに、結納金は莫大らしい。

 ならば反対する理由はない。私は十六歳。まだ大人と認められる年齢ではないけれど、次期領主としての覚悟はしてきたつもりだ。

 我がブライトル家にとって悪くない縁で、国王陛下へも恩が売れて、一人の王子殿下の命をお救いできるのなら……迷うまでもない。

 心配そうなお父様とお母様に、私はできるだけ平然と見えるように意識してお辞儀をした。


「この縁談、ありがたくお受けいたします」


 ――こうして、私は一ヶ月後に結婚することになった。



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