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街への外出(1)


「今日はお父様が街に視察に行く予定になっています。トゥル様も一緒に行きませんか?」


 結婚生活が四ヶ月目になった頃、私はトゥル様をお誘いしてみた。

 スオロのヒナたちが成長して薬草園から離れていってしまい、最近のトゥル様は少し寂しそうだった。

 だから、お父様に相談して視察に同行させてもらう許可を得た。

 中庭でまた変わった虫を見かけたのに見失った、と残念そうだったトゥル様は、少し考えてから頷いてくれた。

 そして、今は街まで馬車で移動している。お父様が先行している馬車に乗っているから、護衛の数は十分にいる。街にも様々な護衛を紛れ込ませているから、危険性についての不安はない。


 ブライトル領を始めとした辺境地区では、魔獣の数が多い。

 野生状態では普通の動物たちと同じくらいで、私はそれが当たり前だと思っていた。でもトゥル様の反応を見ると、魔獣の割合は私が思っていたより高く、日常の中にも大きく影響しているらしい。


 例えば、街の視察に向かうために私たちが乗っている、この馬車。

 頑丈な車体の内部は丈夫で滑らかな革張りになっているけれど、これはコドルという魔獣の外皮を使っている。でも、馬や牛のように解体したものの革を利用するのではないから、魔獣を傷つけることもない。

 そう話すと、トゥル様はとても不思議そうな顔をした。

 散々悩んだ末に、蛇の脱皮した後の表皮と同じだと説明すると納得してくれた。


 ただし、先ほどから指先で革張りの座面を撫でている。

 魔獣の革ということが気になるのか、あるいは肌触りが気になっているのか。

 トゥル様がいつものように「見慣れない感じだけど、これは何?」と聞いてきたから、うっかり魔獣の革であることを言ってしまったのだけれど。

 もしかしたら、生理的に受け付けないということも……外から来た人には拒否反応を示す人が多いけれど、トゥル様だからと油断してしまった。

 座り心地はとてもいいし、いざという時には防具にもなる強度がある、と追加の説明をしておく方がいいのかもしれない。

 そう気を揉んでいると、トゥル様が小さくため息をついた。


「……コドルの皮膚は、元々は何色なんだろう」


 トゥル様がぽつりとつぶやいた。

 どうやら、気になっていたのはコドル本体の方だったらしい。青と緑を混ぜたような目は、とても真剣に革張りの壁を見ている。

 トゥル様は、今日も好奇心でいっぱいだ。

 その楽しそうな様子に、私は心からほっとした。


「気になりますか?」

「うん。こんなに鮮やかな青色の革は初めて見たんだ。手触りは似ているけれど、牛の革はこんな色には染まらないと聞いたことがある。でも、この革は絹のように鮮やかな色をしている。だから、染色術ではなく素材の違いなのかなと思ってね」


 なるほど。

 トゥル様は好奇心旺盛なだけでなく、知識もとても広い。

 まるで職人たちに直接話を聞いたような……いや、トゥル様のことだから、機会があれば職人たちと話をしていたのかもしれない。


「それに、この壁面の分は、継ぎ目が全くないように見える。もしかして、コドルは大きな魔獣なのかな?」

「大きいです。特に脱皮を繰り返した成体はこの馬車の二倍くらいはあると思います」

「それは、とても大きいね」

「でも比較的おとなしい気性なので、放牧場で飼うことができます。色は、青と緑の中間のような保護色です」

「ああ、そうか。ここでは保護色なのだったね」


 トゥル様は感心しながら頷いている。

 ……本当は、もっとそっくりな色がある。でも、コドルはトゥル様の目の色とよく似ていると申し上げるのは、さすがに不敬なのではないかとためらってしまった。

 きっと、トゥル様はわかりやすいと言って喜んでくれるだろうけれど。


 それより今、気になっていることがある。

 トゥル様は周囲への配慮ができる方で、自分の要望が周囲を振り回すものだと理解している。だからコドルへの興味は口にしても、それ以上は言葉にしない。でもたぶん……コドルを見たいと思っているはずだ。

 ここは、私が踏み込むべきだろう。


「……興味があるのなら、そのうちコドルを見に行ってみますか?」

「見たいね! この辺りでも見ることはできるだろうか」


 即答して身を乗り出してきた。

 コドルとお揃いの色の目もキラキラ輝いている。見ている私まで頬が緩んでしまいそうな、とてもいい笑顔だ。

 でも……申し訳なく思いつつ、私は深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。コドルの放牧地は、一番近くても馬車で二日ほど離れた場所なんです」

「……二日か……近いとは言えないね」

「大きな魔獣ですから」

「そうか。確かにそうだね。残念だ」


 トゥル様は心からがっかりしたようにため息をついた。

 私の言葉が足りなかったせいで、期待をさせてしまったようだ。申し訳なくなって、さらに頭を深く下げた。

 やはり、近いうちに放牧地にご案内してみよう。お母様も近場なら外出を勧めていい時期だと言っていた。魔獣飼育の牧場なら、きっと楽しんでいただけるだろう。


「コドルの放牧場にも、そのうちご案内します。往復するとちょっとした旅行になるでしょうから、きっといい気分転換になりますよ」

「それは楽しそうだけど……いいのかな」

「え?」


 トゥル様の言葉の意味がわからなくてぽかんとしていると、トゥル様は優しくてとてもきれいだけど、どこか作り物めいた微笑みを浮かべた。


「私に、そんな自由は許されているのだろうか」

「それは」


 私は一瞬迷って、結局口をつぐんでしまった。



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