薬草園の鳥たち(2)
「スオロは羽毛をたっぷり使った大きな巣を作ります。卵を温めている時しか使わない巣ですが、巣を回収して採取した羽毛は最高品質のものだとされています」
「巣に使ったものが一番なの? むしったりしないのか」
「スオロの羽は小さな鳥より硬いので使いにくいんです。でも巣のものは柔らかいところだけが使われています。量は少ないですが、王都にも輸出されています。王宮でも使われているかもしれません」
「……もしかして『白雪羽毛』かな? 東方産とだけしか明かされていない謎めいた羽毛で、極めて高値がついていると聞いたことがある」
「はい、それです。我がブライトル家がこの地を選んだのは、スオロの繁殖地だったこともあるのです」
思いがけないところまで、トゥル様はとても博識だ。まさか羽毛の種類まで詳しいとは思わなかった。
羽毛で初期のブライトル家を支えたスオロは、今もひっそりと利用されている。それに魔の森を超えていく渡り鳥なので、変わった薬草の種を運んでくれる役割も果たしている。
ホバ池の周りは、栽培試験場にもなっているのだ。
「さて、そろそろ食事にしませんか?」
「そうだね。食欲旺盛なヒナたちを見ていると、私もお腹が減ってきたよ」
トゥル様がようやく立ち上がった。
やや不慣れな手つきで椅子を折りたたむと、すかさず控えていた従者が受け取った。私と同じくらいの年頃の従者は、仕事を得て嬉しそうだ。
トゥル様の身支度ができたのを見てから、私は先に立って歩く。
池の周りはぬかるみが多くて、板や石を敷いた場所以外は靴や服が汚れてしまう。用心深く歩いていると、突然スオロのヒナが私の前を横切った。
兄弟たちから弾き飛ばされたらしい。小さな青い体が、つま先のすぐ前をトトッと走っていく。
私は思わず足の動きを止めた。
でも私には少し負荷がかかりすぎる動きだったようだ。体のバランスが崩れ、大きく傾いた。
(ぬかるみの上に落ちる!?)
とっさに身構えた時、腰をぐいと抱え込まれた。視界の端に金色の輝きが見えた。
トゥル様は私を片腕で支えてくれながら、わずかに眉を動かした。
「……大丈夫かな?」
「は、はい。ありがとうございます」
私は慌てて自分の足でしっかりと立った。
でもトゥル様の手は、まだ私の腰に添えられている。戸惑う私に覗き込むように笑いかけ、もう一方の手を差し出してきた。
「ここは歩きにくいから、お手をどうぞ」
「え、でも……」
「手を出して」
微笑みながら、トゥル様は私に命じた。
……時々トゥル様はずるくなる。王族としての威厳を発して私に命令をする。
その威厳に気押され、私は手を重ねてしまう。
でも、ここの道は狭くて、二人が並んで歩く幅ではないのに……。
そう思った次の瞬間、トゥル様は無造作にぬかるみへと足を下ろした。
「え、トゥル様?!」
「私の靴は、本当は泥道も歩けるんだよ。手入れが面倒だから、いつもは汚れない道ばかりを選んでいたけどね。でも、たまには手入れを頼んでもいいかもしれない。……あとで頼むよ」
「は、はい! お任せください!」
もう一人いた若い従者が胸を張った。
今日は従者二人に仕事ができたようだ。とても嬉しそうだから、きっといいことなのだろう。
そんなことを考えて逃避をしている間も、トゥル様はぬかるみを歩き、私は支えられながらゆっくりと板と石の道を歩いていく。
王子殿下にぬかるみを歩かせてしまうなんて、心が痛む。そして……重ねている手と、支えられている腰が落ち着かない。
踏みつけた石がころりと転がり、ぐらりとまた体が大きく揺れてしまった。
でも今度は体は傾かない。トゥル様に支えてもらっていて、揺れた体はトゥル様の体に当たって止まったから。
まるでトゥル様に包まれているようで……私はできるだけ足元だけに集中することにした。