薬草園の鳥たち(1)
我がブライトル家の屋敷は広大だ。
領主とその家族の生活の場というだけでなく、領地を動かすあらゆるものがここに集まっている。伯爵軍も常駐している区画があるから、食糧庫もある。
屋敷のすぐ隣にあるのが、薬草園。
貴重な薬草はもちろん、何かあれば大量に消費される日常的な薬草を栽培している。
そして、この薬草園にはもう一つの顔がある。
畑の水源として利用されているホバ池の周辺は、水鳥たちの繁殖地になっているのだ。
初めてトゥル様をご案内した日も、私たちがスオロと呼ぶ水鳥たちがヒナを連れて池を泳いでいた。
予想していた通り、トゥル様はとても驚いていた。
スオロは王都の鴨によく似ているらしい。でもやはりそれだけではなかったようで、トゥル様は「大きいな」とつぶやいてから無言で立ち尽くしていた。
あれから一週間。
私は毎朝、薬草園にトゥル様を探しに来るようになった。
「あ、おはようございます、お嬢様。ご夫君様は今日も早くからお見えになっていましたよ!」
薬草園は重要な場所だから、出入りすると必ず門番が気付く。
トゥル様付きのメイドたちが不在に気付くより早く、薬草園から訪問の知らせが届くようになった。待ち時間が少なくなった一方で、薬草園まで出向かなければいけない。
メイドたちは「オルテンシア様が行かなくても……」と言ってくれるけれど、これも妻の役目。朝の運動と思って薬草園に通っている。
厳重な門を抜けて、石を敷いた道を進む。
朝露が残るうちに行う朝の収穫は終わったようで、専属の農夫たちが薬草のカゴを運んでいる。彼らの挨拶を受け、ついでにトゥル様の居場所についても教えてもらう。
昨日は畑にいたけれど、今日はまたホバ池にいるらしい。
平らな石を丁寧に敷いた道が、不揃いな石と板を並べただけの道に変わる。こういう道は気をつけなければいけない。私は凹凸の多い道は苦手なのだ。
もし転んだとしても、怪我をすることはないけれど、一緒に来ているメイドやこの場所の責任者たちが青ざめるから、転ばないようにしなければ。
用心深く進むと、鳥たちの賑やかな鳴き声が聞こえ始め、やがて池のすぐ近くに金色の髪が見えた。
トゥル様だ。
初日はずっとしゃがみ込んでいたのだけれど、二日目以降は質素な折りたたみ式の椅子に座っている。農夫が新しく作っていた作業用の椅子を譲ってくれたらしい。
ちょっと座るくらいならともかく、長時間座るには粗末すぎると思うのに、トゥル様は特に気にした様子もなく愛用している。
「おはようございます」
声をかけると、じっと足元を見ていたトゥル様が顔を上げた。
「おはよう。いい朝だね」
「今日は何を見ているのですか?」
近付いてみると、足元にはスオロがいた。
農夫たちが用意した野菜クズを元気に啄んでいる。大きくて真っ白いのが親鳥、小さくてふわふわしているのがヒナたち。餌をもらっても懐くことのないはずのスオロたちが、平然とトゥル様の靴の周りを歩いている。
「昨日より懐かれたようですね」
「うん、見慣れたみたいだ。近くから見ることができて嬉しいんだけど……」
トゥル様の言葉はなかなか続かない。
どうしたのだろう。
首を傾げた時、トゥル様がうーんと低くうなった。
「どう見てもやっぱり鴨だ。でも大きさは雁に近い。いや、雁より大きいし、体の丸さは鵞鳥のようだな。でも、鴨なんだ。……不思議だね」
スオロは、トゥル様が知っている鴨に似ているのに、体の大きさがかなり大きいらしい。
さらにトゥル様は地面に手を伸ばす。
手のひらにスオロのヒナがぴょこんと乗る。それを両手で包み込むようにそっと持ち上げて、顔の前でしげしげと見つめた。
「もっと不思議なのは、ヒナが青いことだよ。きれいな青色だ」
「保護色ですから」
「うん、そうだよね。この辺りの水草は青いものが多いからこうなるんだよね。でも、この青が、大人になると白鳥のような白色に変わるのだからね……」
辺境地区に来て三ヶ月経つのに、まだこんなに新鮮な驚きを示してくれる。
そんなトゥル様に、ガー、と親鳥が迫った。
「ああ、ごめんね」
急いでヒナを地面に下ろす。青いヒナは何事もなかったように、また野菜クズを突き始めた。そんなヒナを見ていたトゥル様は、また首を傾げた。
「……このヒナたち、成長が遅いのかな。一週間通っているのに小さなヒナをよく見る」
「成長は遅くはありませんよ。次々と卵がかえっているだけです。向こうの茂みに、まだ卵を抱いているスオロがたくさんいるはずですよ」
「ああ、そういうことか」