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七色の花(3)


「……えっと、これはどういう意味だろう?」


 トゥル様が首を傾げた。

 解説を求めて私を見上げたけど、私は絶句してしまってすぐには言葉が出てこない。

 テドラはおとなしい魔獣だ。でも魔獣だから、小さくてかわいい外見だからと油断してはいけないし、決して侮ってもいけない。魔獣は人間に屈しない存在なのだ。

 でも、何事にも例外がある。テドラという魔獣が示した、トゥル様への敬愛のように。

 もう一度、リュー、とテドラが鳴いた。その声で我に返った私は、驚きすぎたことをごまかすために咳払いをした。


「もしかして、トゥル様は魔獣に好かれる体質ですか?」

「うーん、今まで魔獣に接したことがないから、わからないな。騎乗用の翼竜はそれなりに近くで見たことはあるけど、王都では騎獣を遠くから見るくらいだったよ」

「その翼竜たちの反応はどうでしたか?」

「どうだろう。じっと見られている気がして、私は警戒していたな」


 ……とても好かれていたようだ。

 そういうことなら、テドラのこの反応もよくわかる。


「おめでとうございます。トゥル様は魔獣に好かれる体質のようですよ」

「えっと、それはいいことなのかな?」

「辺境領主の一族にそういう子供が生まれると、一族総出でお祝いをします」

「どんないいことがあるのだろうか?」

「騎乗用の魔獣たちに好かれます」

「うん」

「もしかしたら、野生種も寄ってくるかもしれません」

「……それは、とてもいいことでは?」

「はい。ですから一族総出のお祝いになるのです」


 私の一族では、亡くなった叔父様がそうだった。その叔父様ほどではないけど、お母様も魔獣に好かれる体質だ。トゥル様はお母様より上位のようだから、私の一族なら徹夜の祝宴になるだろう。

 トゥル様が国王陛下のお子であることが残念だ。

 しばらく考えていたトゥル様は、ちょいちょいと手のひらのテドラを突いた。


「ということは、私が君の夫になったことは、この家の利益になるだろうか?」

「利益と言っていいのかわかりませんが、新しい騎乗用の魔獣を得られる可能性はあると思います」

「……そうか。そうなればいいな」


 トゥル様は微笑んだ。

 中庭でよく見せてくれる明るい笑顔ではない。もっと大人の雰囲気で……私は今までで一番王族らしいと感じていた。

 高貴で、お美しくて、思慮深くて、第二王子というお生まれに相応しい。

 でも、私はいつもの笑顔の方がほっとする。

 ここは王都の王宮ではない。

 辺境地区で、木々は青い葉をつけ、魔獣が至る所に姿を見せる場所。それほど遠くない日に、私がお父様の後を継いで領主として守り治める地だ。

 この地では、トゥル様にはのんびり過ごしていただきたい。

 ここでしか命を長らえることができないのなら、できるだけ楽しく過ごしていただきたい。

 それが、私のわがままな望みだ。


 私はすぐ近くをコロコロと転がっていた毛玉を拾う。紫色の落ち葉の下に隠れていた毛玉も拾った。

 あっというまに五体の毛玉が集まった。やっぱりいつもよりたくさんいる。それを全部、トゥル様の手のひらに載せた。


「見てください。テドラの毛の色は個体によってかなり違うんですよ」


 トゥル様は、私の顔を探るように見ていた。

 でもふわりと笑って、手のひらのテドラをまじまじと見つめた。


「確かに色が違っているね」

「普通はこんなに一気に見つけられません。だからもっと幼い頃は、従兄弟たちと手分けしてたくさんの色を集めようと必死になっていました」

「では、今の私は、この地の子どもたちの憧れの的かな?」

「はい」


 私が頷くと、トゥル様はとても嬉しそうに笑った。

 第二王子殿下なのだから、子供たちに憧れられることなんてどうでもいいはずなのに、とても誇らしそうに見える。

 私の気遣いを察して、そういう顔を作ってくれただけかもしれない。

 それでも、王族らしい笑顔よりいい。

 あの笑顔は美しい。でも同時に、多くのものをあきらめてきた者の顔だ。期待することをやめた者だけが持つ寂しさが含まれていた。


 屋敷の中から、数人のメイドたちがやってくるのが見えた。

 大きな籠を抱えている。くるくると巻いた敷物も抱えていた。

 もう食事の支度ができたようだ。


 トゥル様に目を戻すと、トゥル様は手のひらのテドラを近くにまとめてそっと置いていた。

 でもとても名残惜しそうに見ていたので、メイドたちが敷物を広げて食事を用意している間に、近くにあった細長い草の葉を使って簡単な容器を作った。

 容器といっても草で作る船の形と同じ。そしてその中に、集めたテドラを一列に並べる。近くに細長い草しかなかったからこんな並べ方になったけど、少しずつ色が違う様子がわかりやすい。

 一人で満足感に浸ってから、私は草の容器をトゥル様に差し出した。


「いかがでしょう」

「へえ、これはいいね! 見ているだけでとても楽しくなる」


 眺めながら、トゥル様はにこにこととても嬉しそうに微笑んでくれた。



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