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虹色Days  作者: 日下千尋
2/2

下巻

8、初ステージは学校のホール!?


 初ステージまで残り数週間。私は放課後や休みの日などを利用してほぼ毎日練習に時間を費やしていきました。

 昨日も放課後に西棟のホールを借りて、スマホの音楽に合わせて練習したり、翌朝にはボイストレーニングをやりました。

 トレーナーさんは「虹村さん、無理し過ぎよ。本番はもうじきなんだし、体だけは壊さないでね。」と気にかけてくれました。

「ありがとうございます。」

「本当に無理しちゃだめよ。」

 トレーナーさんは心配そうなまなざしで私をずっと見ていました。


 昼休み、私がカバンから弁当を取り出した瞬間、佳代子が弁当箱を持って私の教室へ入ってきました。

「虹村ミカさん、いる?」

 佳代子は近くにいた人に声をかけました。

「虹村さんなら、奥の席です。」

 佳代子はこの学校の生徒会長であり、それと同時にトップアイドルでもあるので、みんなは憧れのまなざしで佳代子を見つめました。

 教室の中では「あれ、生徒会長だよね?」とか「生徒会長がミカに何の用かしら。」、「弁当箱を持っているところを見ると、一緒に弁当を食べるのかな。」などと、口々にささやき始めました。

「佳代子、ここだとみんなに注目されるから、校舎の裏庭にいこ。」

 私は佳代子と雪子を連れて、校舎の裏庭に向かいました。

「ミカちゃん、別に教室でもよかったんじゃない?」

「佳代子はそれでいいけど、私は教室で噂の種にされる。」

「そうなの?」

「佳代子、さっき注目されていたよ。それで、今日私に何の用で来たの?」

「ミカちゃん、最近無理してない?」

 佳代子は険しい表情で私に尋ねてきました。

「なんでそう思ったの?」

「昨日も学校で練習したあと、家に帰ってから虹ヶ丘公園で練習していたでしょ?」

「なんでわかったの?」

「昨日あれからミカちゃんのことが気になったから様子を見に行ったの。そしたら、案の定公園から音楽が聞こえたから、覗いてみるとミカちゃんが1人で練習をしていたから驚いたよ。」

「私、本番でうまくいけるか、正直不安になってきたの。」

「だからと言って、そこまで無理することないでしょ?」

「そうでもしないと、本番で失敗して大恥をかくだけだから。」

「失敗をして許されるのは、1年生の特権なんだよ。最初からそんなことを考えたらだめ。ちなみ1年生がして許されないことってなんだか分かる?」

「わかりません。」

「体調を崩すこと。過去にも本番前に1年生が高熱を出して、ステージをダメにしたの。当然その代償は大きかったわ。彼女に与えられた選択肢は退学か普通科への学科変更だったの。彼女は悩んだ末、普通科へ異動したの。異動したあとも彼女はアイドル科へ戻してくれないか先生にお願いをしたけど、先生は首を横に振るだけだったから、彼女はアイドル科の同期の子たちが活躍しているのをこれ以上見るに耐えきれなくなって、とうとう普通科も辞めることになったの。」

「厳しいんですね。」

 私は驚いた表情で返事をしました。

「体調を崩すことも出来ひんなんて、アイドル科って厳しいやな。」

 私の横で聞いていた雪子は売店で買ってきたいちごジャムのコッペパンをかじりながらつぶやきました。

「あくまでもステージのある時だけで、当然オフの時は体調を崩しても誰もうるさいことは言ってこないから。」

「そうなんだね。」

「まあ、だからと言って体調を崩すことは決して褒められることじゃないからね。」

「はい・・・。」

「気持ちは分かるけど、体を休めることも練習のうちなんだよ。」

「でも、当日デザイナーさんも来るって言うから・・・。」

「私の時も初ステージでデザイナーさんが来たけど、失敗しても何も言って来なかったわよ。それに失敗して許されるのは1年生の特権なんだし、むしろ今のうちにたくさん失敗すれば次はうまくいくと思うよ。」

「ありがとう。とても参考になったよ。」

「とにかく無理だけはしないでよね。本番で体調を崩したら意味がないから。」

「うん。」

「ミカちゃん、体調を崩してステージに出られへんくなったら、いややん?そのためにも無理だけは、したらあかんえ。」

「雪子もありがと。」

 私は残った弁当を食べたあと、教室へ戻ることにしました。


 午後の授業を終えて私は職員室でタブレット端末と小型スピーカーを借りたあと、1人で西棟へ向かおうとしたら後ろから雪子がやってきました。

「雪子も西棟に用事があるの?」

「ミカちゃん、ホールで練習するんやん?うちも付き合うで。」

「でも、雪子は今回ステージに出ないんじゃん。」

「そうやけど、半分はミカちゃんの監視も兼ねてるんやで。」

「監視って、もしかして昼休みに話していたこと?」

「そや。練習やりすぎて、本番直前に体調でも崩されたら困るしね。それに何よりもミカちゃんがアイドル科からいーひんようになられたら、嫌なん。」

「ありがとう。でも本当に大丈夫だから。」

「正直、ミカちゃんのこと心配やで。」

「じゃあ、行こうか。」

 更衣室でジャージに着替えてホールに向かったら、今度はジャージ姿の佳代子までがいました。

 私はびっくりして何も言えない状態でしたが、佳代子は厳しそうな表情でずっと立ったままでした。

「佳代子、なんでここにいるの?」

 私は少し緊張した感じで聞きましたが、返事はありませんでした。

「もしかして、私を監視するために来たの?」

「本番前に無理して倒れられたら困る。だから私も一緒に練習に付き合うよ。」

「それと同じことを雪子から言われた。」

「なら3人で練習ね。」

「あれ、佳代子もタブレット端末を借りてきたの?」

「ミカちゃんたちも?」

 佳代子は驚いた表情で私に聞きました。

「じゃあ、佳代子が借りてきた方を使おうか。」

「そうだね。じゃあ、練習を始めるわよ。」

 佳代子はタブレット端末にスピーカーをつなげて、音楽プレーヤーを起動しました。

 流れてきた曲は本番で歌う「ガラス越しのキッス」という曲で、とてもリズミカルなので、いつも苦戦していました。

「無理に合わせようとしたって、おかしくなるから自然にやってちょうだい。」

 佳代子は踊りながら私にアドバイスをしていきましたが、私は相変わらずでした。

「一つ気になったけど、この曲って誰が選んだの?」

 佳代子はヘロヘロになりながら私に聞きました。

「飛鳥先生と黒沢先生だよ。」

 私はスポーツドリンクを飲みながら返事をしました。

「初ステージにしてはちょっとレベルが高いわよね。」

 佳代子は気難しい表情を見せながら言いました。

「うちも。この曲、初めてにしてはややこしい思たで。」

 雪子も表情を曇らせながら私に言ってきました。

「ミカちゃん、今からでも遅くはないから先生に言って曲を変えてもらう?」

 佳代子は険しい表情をしながら、私に言ってきました。

「私思うんだけど、今曲を変えたら逃げることと同じになるのかなと思ったの。なんていうか、うまく言えないけど先生たち、私を試しているように感じたの。」

「試すって言うと?」

「なんていうか、どんなに難しい曲でも歌って踊れるアイドルになれるか、試しているんじゃないかなって・・・。」

「なるほどね。それは言えているけど、初ステージには難しい曲だと思うよ。やっぱ先生に言って変えてもらおう。」

「そうしたいけど、あと2週間しかないから・・・。」

「逆の言い方をすれば、まだ2週間あるんでしょ?職員室に行って曲を変えてもらおう。あとついでだから借りてきたタブレットとスピーカーも返そう。二つあってもしょうがないんだし。」

 佳代子は私の右腕を引っ張って職員室へ向かい、雪子もそのあと続くようについていきました。


 職員室へ入るなり私たちは借りたタブレット端末とスピーカーを返却したあと、飛鳥先生に当日ステージで使う曲の変更をお願いしました。

「曲の変更をするのは構わないけど、今から変更すると振付も歌も一から覚え直す感じになるわよ。それにあと2週間で習得するのは難しいと思うよ。多少難しくてもやってみたら?授業で習った内容の延長線だと思えばいいんだから。」

 飛鳥先生はコーヒーを飲みながら、私たちに言いました。

 私たちは飛鳥先生の言葉に何も言い返せず、首を縦に振ることしかできなかったので、そのままホールに戻って練習を続けることにしました。

「飛鳥先生と黒沢め。なんていう曲を選びやがった。」

 佳代子は少しいらだった感じでタブレット端末の音楽プレーヤーを起動させました。

 スピーカーからはテンポ早めのリズミカルな曲が流れてきましたが、今さら不満をこぼしても始まらないので、残りの2週間でマスターしようって決めました。

 ホールの使えない放課後や日曜日には佳代子と一緒に虹ヶ丘公園に行って、佳代子が用意した充電式のスピーカーにスマホをつなげて練習しました。

 特に日曜日の昼間は親子連れが非常に多かったので、私と佳代子が練習していたら親子連れが集まって拍手してくれました。

「ありがとうございます。」

 私は見ている人たちにお辞儀をしました。

「あなたたち、どこの学校の子?」

 ある母親が私と佳代子のジャージ姿を見て興味深そうに聞いてきました。

「私たちは横浜北フェアリー女子学園のアイドル科です。」

「そうだったのですね。私の姪もそこにかよっているの。」

「そうなんですね。ちなみ姪御さんはアイドル科ですか?」

「さあ、そこまでは分からない。」

「そうなんですね。ありがとうございます。私たち、このあとも練習を続けますので、よかったら見てください。」

 私はそう言ったあと、佳代子と一緒に練習を続けました。

 夕方になり、親子連れは次々と家に帰っていき、残ったのは私と佳代子だけになった。

「ねえ、これ以上続けたら近所迷惑になるから終わりにしない?」

 佳代子は私に練習を終わらせるよう言いました。

「そうだね。それに明日も学校があるし、続きは放課後、学校のホールでやろうか。」

 私はそう言って佳代子と一緒に片付けに入り、自転車で帰る佳代子を見送りました。

 外はすでに真っ暗。スマホの時計を見たら夕方6時を回っていたので、随分と遅くまで練習したんだなと思いました。

「ただいまー。」

 玄関のドアを開けたら、おばあちゃんが夕食の準備をしていました。

「お帰り。随分と遅くまで練習をしていたんだね。もう少しで夕食が出来上がるから手を洗ってきなさい。」

 私はおばあちゃんに言われ、洗面所で手を洗って夕食の準備を手伝いました。


 食事を終えて、いつものようにおばあちゃんと食卓でお茶を飲んでくつろいでいた時、おばあちゃんから初ステージの話題が出てきました。

「ミカちゃん、練習は順調なの?」

「うん、友達に付き合ってもらっているから、うまくいっているよ。」

「それならよかった。本番ではどんな曲を歌うの?」

「『ガラス越しのキッス』だよ。」

「あんな難しい曲を歌うの?」

「おばあちゃん、知っているの?」

「私の教え子が過去に何人か挑戦したけど、誰一人成功していなかったの。もちろん、その中には校長先生もいたけどね。」

「なら、私が今度のステージで成功させるよ。」

「頑張ってちょうだい。」

「うん、頑張る。」

 そのあと、いつものようにお風呂に入ったあと、部屋で次の日の準備をして寝ることにしました。


 本番前日、その日は雪子と一緒に学校に残って練習していたら、ジャージ姿の佳代子がやってきました。

「私も付き合うよ。」

「ありがとう。」

 私と雪子と佳代子が5時過ぎても西棟のホールで練習をしていたので、巡回の先生と警備の人がやってきました。

「お前たち、まだ練習していたのか?」

「あ、すみません。そろそろ引き上げます。」

「気持ちは分かるが、この辺にしておけよ。」

 私たちは巡回の先生に言われて片付けに入って、更衣室で制服に着替え、職員室で鍵とタブレット端末と小型スピーカーを返したあと、バス乗り場へと向かいました。

「ほな、2人とも私寮やさかい、ここで失礼するなぁ。」

 雪子がそう言って寮へ向かうバスに乗り込んだあと、私と佳代子も青葉台駅へ向かうバスへ乗り込みました。

 

 あざみ野駅に着いたころはすでに空は真暗。

 その日も遅くまで練習したんだなあと思いました。

 すすき野団地に向かうバスは4分から5分おきに走っているので、少しスマホをいじって待っていたらバスが来てしまうのです。

 2人で後部座席に座ったあとも、いつもは世間話で盛り上がっているのに、本番が近いせいなのか帰りのバスの中では無言でいたり、イヤホンで音楽を聴く機会が増えてしまいました。

 その日も音楽は聞いていませんが、降りるバス停までは終始無言でいました。

「じゃあ、私ここで降りるね」

「おつかれー、帰ったらすぐに寝るんだよ。」

「うん。」

 佳代子は私がまた練習すると思ったので、念を押すように言いました。

 家に帰って部屋着に着替えて、食事を済ませた後、おばあちゃんは私に「明日、初ステージなんでしょ?応援に行くからね。」と言いました。

 私は「ありがとう、明日頑張るからね。」と返事をしました。

「明日に響くから今日は早く寝るんだよ。」

 おばあちゃんは私にそう言っあとも、しばらくは食卓でお茶を飲んでくつろいでいました。

 


 そして迎えた新入生お披露目ライブ。

 会場は入学式で使われた場所だった。

 客席を覗いてみると、ほぼ満員になっていて、私の緊張は高まっていきました。

 楽屋に向かうと衣装やメイクなどが用意されており、私がクリス伊藤さんにデザインしてもらった衣装に着替えたあと、メイクが始まりました。

 化粧ケープをかけられ、ウィッグネットを被り、メイクアーティストがファンデーションを取り出して私の顔に塗っていきました。

 人にやってもらうのは初めてだったので、少しの緊張とくすぐったさが体中に伝わっていくのを感じました。

 つけまつげ、アイメイクをして、ピンクのルージュを塗ったあと、ピンクのウィッグを被って最後にサイバーグラスをかけました。

 左側のフレームにある丸いボタンを押した瞬間、レンズがカラフルに光りだしました。

 鏡で自分の変身した姿をみるなり、私は驚くばかりでした。

 これが私?なんだか別人って言うか、まるで変身したヒロインになったみたい。

 私は心の中で呟きました。

「すごくかわいいよ、まるでお姫様みたい。」

 メイクアーティストは顔をにこやかにして、私に大げさな感じで言ってきたので、少しだけ照れちゃった。

「ありがとうございます。」


 その一方、ステージでは他のクラスの人のライブをやっていました。

 曲が終わり、ステージ裏に入った瞬間、司会を務めている佳代子と雪子がマイクを持って会場を盛り上げていました。

「いよいよ、今日最後のステージとなりましたね。」

「そうどすなぁ。次はどないな人来るのでっしゃろか。」

「雪子ちゃん、メモ渡されているんでしょ?」

「あ、そうやった。えーっと、次の人は飛鳥翔子はんになってますけど。」

「先生がステージに上がってどうするのよ!」

 その瞬間、会場から大きな笑い声が広がり、私の緊張も和らぎました。

「それでは、歌っていただきましょうか。虹村ミカさん、ガラス越しのキッスです。どうぞ。」

 雪子のなまりのはいった紹介で、私は少し緊張気味な状態でステージに立ち、その直後音楽に合わせて歌いだしました。

 中央に照りつけられるスポットライトがまぶしくて、一瞬目をつむりそうになってしまいました。

 さらにステップを間違えてしまい、転びそうになりましたが、すぐに体制を直して私はそのまま歌って踊り続けました。

 あともう少しで終わる。そう思って肩の力を抜いた瞬間、歌詞を一か所間違えてしまいました。

 歌い直すことが出来なかったので、私はそのまま最後まで歌い続けることにしました。

 曲が終わって私が客席におじぎをしたあと、みんなの拍手が広がりました。

「みんな、今日は虹村ミカのコンサートに来てくれてありがとう!」

 私はマイクを持ってお礼を言いました。

「ミカちゃん、あんたの単独ライブちゃうんやさかい。」

 その時、雪子が横から突っ込みを入れてきて、客席は大爆笑。

 私もこれには何も言い返せませんでした。


 すべてのライブが終わって、客席のみんなはそのままバスに乗って帰り、先生とスタッフで片付けの準備にかかりました。

 そのころ私は楽屋へ戻り、ウィッグを外してメイクを落としてもらい、衣装から制服に戻りました。

「メイクさん、今日はどうもありがとうございました。」

「どういたしまして。さっきステージを見させてもらったけど、なんて言うか初々しかったよ。」

「正直に下手だとおっしゃってもらって結構です。」

「あのね、初めてのステージで成功した人なんていないんだよ。正直、あなたなんてまだマシな方だよ。ひどいのは転倒してけがをしたり、ミスの連発で大恥をかいた人だっていたんだから。」

「そうなんですね。」

「だから、もっと自信持ちなさいよ。それにちょっとくらいの失敗で、みんなは笑ったりヤジを飛ばすようなことはないから。」

「ありがとうございます。」

「じゃあ、私はこのあと用事があるからいなくなるけど、あとは適当に休んで、出る時は忘れ物がないか確認してね。」

 メイクアーティストの人はそう言っていなくなり、私はメイクスペースの椅子に座ってスマホをいじって休んでいました。

 こうしていても仕方ないか。そう思って帰ろうとした瞬間、ドアをノックする音が聞こえました。

 誰だろう。

「はーい、どうぞ。」

 ガチャっとドアが開く音がして、やってきたのは雪子と佳代子でした。

「おつかれー。今日のステージよかったよー。」

 佳代子はペットボトルのジュースを私に差しだしながら言ってきた。

「ありがとう。でも正直良い結果とは言えなかった。」

「そんなことないって。初めてにしては上出来だったよ。」

「でも、失敗した。」

「失敗は成功への近道なんだよ。それに前に言ったけど、失敗しても許されるのは1年生だけの特権なの。だから今のうちにたくさん失敗した方が勝ちなんだよ。」

「でも・・・。」

「ミカちゃん、今日のステージであなたを笑った人っていた?」

「いなかった・・・。」

「でしょ?だから、今のうちに失敗した方がいいって言うのはそのことなの。そりゃあ、成功することに越したことはないけど、何よりも自分の力でステージをやり遂げることが大切なことなんだよ。私の初ステージの時なんか、正直自信がなかった。でも、私自身失敗したって思っていなかったの。これは失敗じゃない、経験だと思っているの。ミカちゃんも今日のステージをもう一度振り返って、次へきちんと挑戦してみたら?」

「うん、そうする。」

 私は佳代子の力強い言葉に何も言い返せなくなりました。

「ほな、そろそろ帰ろか。」

 雪子は私のカバンを持って、帰るよう促しました。

 私は雪子からカバンを受け取って帰ろうとした瞬間、青葉台駅へ向かうバス乗り場は今日に限って長蛇の列。

 それに対し、寮に向かうバス乗り場は比較的すいていました。

「ほなうち、寮やさかい先へ帰るなぁ。」

 雪子は私と佳代子に手を振ったあと、寮へ向かうバスに乗ってしまいました。

「今日に限って人が多いね。これってみんなアイドル科?」

 私は佳代子に聞きました。

「まさかあ。普通科もいるわよ。逆にアイドル科だけでこれだけの人がいたら怖いって。」

 佳代子は苦笑いをしながら私に返事をしました。

「そうだよね。」

 バスに乗ってみるとすし詰め状態。それでも友達同士の会話が絶たず、青葉台駅までは賑やかな会話が続いていました。

「ファーストステージのあとってどんなステージがあるの?」

 私は再び佳代子に聞きました。

「分からない。でも、何かしらのステージの予定があるのは確かだと思うよ。」

「そうだよね。」

「あ、そうそう。私、今度歌番組に出ることになったの。」

「マジ!?どんな番組?」

「ザ・ミュージックタイム。」

「うそ!?あれって毎週、豪華な歌手が出る番組だよね。私毎週見ているよ。いつでるの?録画したいから教えて。」

 私のテンションはうなぎ上りになり、スマホで予定を確認する佳代子を急かす始末。

「ちょっと待って。」

 佳代子は私に急かされながらも、スマホで予定を確認をしていきました。

「あった。えーっと、収録が再来週の水曜日の午後2時からで、放送は日曜日の夜9時からになっている。」

「ありがとう。絶対に録画しておくから。」

 バスは青葉台駅に着いて、みんなは路線バスや電車に乗って家に帰っていきました。

 

 渋谷方面の電車にも同じ学校の生徒が何人かいたけど、あざみ野駅で降りたのは私と佳代子だけ。

 改札を出てバス乗り場に向かったら、ちょうど行ったばかり。

 仕方がないので、私と佳代子は空いているベンチに座って次のバスを待つことにしました。

「改めて聞くけど、今日のステージどうだった?」

 佳代子は少し真顔で私に聞き出しました。

「うーん、そうだね。少し緊張したけど、とても楽しかった。」

「今のその気持ち、忘れたらダメよ。」

「なんで?」

「ステージで大事なことは適度な緊張感と楽しさ。なんていうか、自分が楽しくならないとお客さんも楽しめないって言うか・・・。なんかうまく言えない。」

「お客さんと一つになるってこと?」

「まあ、そんな感じかな。」

 私と佳代子が会話に夢中になっていたら、いつの間にか後ろに長蛇の列が出来上がっていました。

 うひゃー、すごい人。

 私は心の中で呟きました。

 バスがやってきて、私と佳代子は二人掛けの座席に座って一休みに入りました。

「そう言えば、さっきミカちゃんがステージで使っていたサイバーグラス、よかったら見せてくれる?」

「いいよ。」

 私はカバンからサイバーグラスの入ったケースを取り出して佳代子に渡しました。

 佳代子はケースからサイバーグラスを取り出すなり、物珍しそうに眺めていました。

「ねえ、ミカちゃん。よかったら試着してもいい?」

「これ、度が入っているから気を付けてね。」

 佳代子はサイバーグラスを試着した瞬間、目がグラっとしてすぐに外しました。

「ミカちゃんに聞くけど、視力どれくらいあるの?」

「私?0.15かな。」

「何をしたらこんなに視力が落ちるの?」

「パソコンとスマホ。」

「1日にどれくらいやっているの?」

「3時間以上かな。」

「それ、やりすぎだと思うよ。」

「あとは明るさを絞った方がいいよ。あんまり光が強いと目が悪くなるから。」

「わかった、ありがとう。じゃあ、私ここで降りるね。」

「あ、ミカちゃん。これ。」

「ありがとう。」

 私は佳代子からサイバーグラスを受け取ってバスから降りました。


 家に戻ると、食卓の方からちらし寿司とお吸い物の匂いが漂ってきました。

 部屋に荷物を置くなり、私はおばあちゃんと食事の準備を手伝いを始めました。

 食事を終えて一休みをした時、今度はおばあちゃんからファーストステージの感想を聞かれました。

「今日のステージどうだった?」

「緊張したけど、とても楽しかった。」

「そう。私にはミカちゃんが初々しく見えたよ。」

「そうなの?」

「ミカちゃんはまだ原石だから、これから磨けば宝石のように輝けると思うよ。」

「本当に!?」

「だけど、これはミカちゃんの努力次第だけどね。」

 おばあちゃんはお茶をすすりながら、私に言いました。

 そのあと私は風呂に入ったあと、部屋に戻って灯りを消して、スマホを少しいじったあと、ベッドで寝てしまいました。



9、 私たちユニットを結成します。


 夏休みが明けて、普通科では中間試験、修学旅行などイベントなどが盛りだくさん。

 だからと言ってアイドル科にはイベントがないのか言えば、そうでもありません。

 秋の文化祭に向けて、準備まっしぐらです。

 当然私たちはアイドル科なので、出し物は演劇、ステージ、ミュージカルがメインとなっています。

 中には学校行事に参加できず、お仕事に出る人もいます。

 放課後、私と佳代子と雪子が帰ろうとした瞬間、放送でプロデューサーの工藤泰子さんに呼ばれて事務所へと向かいました。

「急に呼び出してごめんね。」

 工藤さんは少し申し訳なさそうな顔をして私たちに言いました。

「今日私たちを呼んだ理由って何ですか?」

 佳代子は表情を険しくしながら尋ねました。

「実はあなたたちにユニットを結成してもらおうと思って来てもらったの。」

「工藤さん、そのユニットとは?」

「それでユニット名なんだけど、自分たちで考えて欲しいの。」

「いつまでに考えればいいのですか?」

「そうねえ、文化祭の直前まで。」

「文化祭って10月の2週目の3連休ですよね。」

「そう。だから、3連休の前日までに提出してくれる?」

「それと気になったのですが、曲と衣装は出来上がっているのですか?」

 佳代子は険しい表情を見せながら工藤さんに聞きました。

「大丈夫よ。曲も出来上がっているし、衣装も先週発注かけておいたから。」

「どんな曲なんですか?それと衣装はどんなデザインなんですか?」

「衣装はこんな感じ。」

 工藤泰子さんはクリアファイルから資料を取り出して、私たちに見せました。

 全体的に黒でフリルのついたドレス。

「工藤さん、このドレスは?」

 佳代子は初めて見るドレスに驚いてしまい、しばらく眺めていました。

「このドレス、私が着てるのにそっくりだけど、どっか寒々しいもの感じるなぁ。」

 雪子もどこか違和感を感じたような顔をして呟きました。

 私だけ1人無言のまま資料を眺めていました。

「工藤さん、それと当日の曲なんですけど・・・。」

「あ、曲ね。こんなのだよ。」

 工藤さんは机の上にあるパソコンを動かし、音楽プレーヤーを起動しました。

 パイプオルガンの前奏から始まり、テンポがゆっくりな曲が始まりました。

「工藤さん、この曲は?」

「あなたたちが歌う曲だよ。」

「それはわかっていますが、私が聞いているのは曲のタイトルなんです。」

「あ、そうだった。曲のタイトルは『ガラスドールの涙』だよ。そして、これが歌詞だよ。あと曲のデータもみんなのスマホや教員たちのタブレットにも送っておくから。それじゃ、ユニット名よろしくね。」

 

 事務所を出て雪子と別れたあと、帰りの電車の中では、私と佳代子の会話はユニットの話題ばかりでした。

「急にユニットって言われても困るのよね。私の場合、お仕事もあるわけじゃん。」

 佳代子はため息を漏らしながら呟きました。

「あのドレスと曲にはびっくりしたよ。」

「確かに。完全にゴスロリじゃん。ああいう服って初めてだから、正直自信がないのよね。」

 佳代子の不満は少しずつ増していきました。

「佳代子、工藤さんに言ってドレスを変えてもらう?」

「でも、注文したんでしょ?」

「うん・・・。」

「だったら仕方がないよ。もう決まったわけなんだし・・・。」

「そうだよね。」

 あざみ野駅で降りたあと、私と佳代子はバスに乗って帰りましたが、その間もバスの中でユニットの話題が続いていました。

「佳代子、そう言えばユニットの名前ってどうする?」

「それって、明日雪子がいる時でもいいんじゃない?」

 疲れているせいか、佳代子は私の問いかけに冷たく返事をしました。

「確かにそうだけど・・・。」

「とにかく、この話は明日にしよ。」

 佳代子はそう言って私の隣で寝てしまいました。

 虹ヶ丘団地に着いたので、私は佳代子を起こして降りることにしました。

「佳代子、私ここで降りるからね。」

「うん、お疲れ。」

 佳代子は軽く手を振って私を見送りました。


 その日の夕食のあと、私はおばあちゃんにユニット結成の話を打ち明けました。

「ミカちゃんは今回のユニット結成にはあんまり乗り気じゃないの?」

「正直・・・。」

「何か引っかかることでもあるの?」

「いえ、特には・・・。」

「ただ・・・。」

「ただ、何?」

「用意されたドレスと曲に問題があるのです。」

「どんなドレス?」

「デビルゴシックのドレスなんです。」

「あのブランドってまだ出来たばかりじゃない?ゴスロリのドレスって可愛いし、女の子の憧れだと思うよ。」

「そうかな。私はやっぱりダンシングヒューチャーのドレスの方が好きだけどなあ。」

「一度着てみたら?」

「うん・・・。」

 私は今一つおばあちゃんの言葉に納得がいきませんでした。

「ダンシングヒューチャーもいいけど、デビルゴシックも似合うと思うよ。一度騙されたと思って着てみたら?」

「うん、そうする。」

「それで、曲は何にしたの?」

「『ガラスドールの涙』っていうの。」

「なんかよさそうだね。」

「でもテンポがゆっくりだから難しそう。」

「慣れちゃえばそれが普通になってくるよ。」

「そうかなあ。」

「そんなものよ。あ、そうそう、ユニット名決めたの?」

「それがまだ決まってないの。明日佳代子ちゃんと雪子ちゃんと一緒に考えようと思っている。」

「その方がいいかもしれないね。」

「うん。じゃあ私、先にお風呂に入らせてもらうね。」

 浴槽に入っても、正直新しいドレスと曲には未だに納得がいきませんでした。

 風呂から上がり、部屋に戻って次の日の準備をして寝ることにしました。


 翌日の放課後、西棟のホールで私たちは黒沢先生に振付を教わりながら練習をしていましたが、内容がむずかしく、正直黒沢先生についていくだけで精一杯でした。

「寺西、テンポがずれてる!虹村、お前もだ!」

 私と雪子がそろって黒沢先生の雷を受けてしまいました。

「長岡、お前までミスるとは何だ。お前はトップアイドルなんだから、もう少ししっかりしろ!」

「すみません。」

 一段落ついて、私たちが壁にもたれて休憩している間、黒沢先生はホールを出てトイレの方角へと向かいました。

「今日の練習、かなりハードだね。」

 私はタオルで汗を拭きながら呟きました。

「今日の黒沢、なんかいつもより鬼になっていたよ。」

 佳代子も疲れ切った顔で呟きました。

 ただ一人、雪子だけは何も言わず、壁にもたれて軽くうたた寝をしていました。

「それにしても黒沢のやつ、遅いなあ。」

 トイレに行っただけなのに、やけに遅いと感じた佳代子はまた一言呟きました。

「確かに遅いでなあ。どこへ行ったのかしら?」

 目を覚ました雪子も戻りが遅いことに気がついて、一言呟きました。

 その時、黒沢先生はスポーツドリンクの入ったビニール袋を持って私たちのところへやってきました。

「お前たち、疲れたんだろ。これを飲んでおけよ。」

 黒沢先生は私たちにスポーツドリンクを差し出しました。

「先生、ごちそうさまです。」

 私がお礼を言うと、雪子と佳代子もお礼を言い始めました。

「せんせ、おおきに。」

「黒沢、ごちそうさまです。」

「おい長岡、仮にも俺は教師なんだ。呼び捨てはやめろ。」

 黒沢先生は佳代子にきつく注意をしました。

「すみません、次から気を付けます。」

「わかればいいんだよ。じゃあ、飲んだら練習を始めるぞ。それと飲み終わった空容器は自分でごみ箱へ持って行けよ。間違っても、ここに辺に置き去りにするなよ。」

 黒沢先生がみんなに注意をしたあと、私たちは再び練習を始めました。

 今回はテンポの遅い曲なので、それなりの難しさを感じました。

 すべての練習が終わった時には夕方6時を回っていたので、その日の帰りは黒沢先生の車に乗って帰ることにしました。

「お前たち、片付けと着替えが終わったら駐車場へ来い。俺が家まで送ってやる。」

 黒沢先生はそう言い残して、ホールからいなくなりました。

 片付けを済ませて、ホールの鍵を閉めたあと、私たちは更衣室で制服に着替えて職員室に鍵とタブレット端末と小型スピーカーを返しに向かう時でした。

「そう言えは、2人はユニットの名前を考えたん?」

 雪子は私と佳代子に尋ねました。

「それがまだだなの。」

 私は疲れ切った顔をして返事をしました。

「私も何も考えていない。明日昼休みに弁当を食べながら考えない?」

 佳代子も私と雪子に提案をしました。

「そうだね。」

「ほな、明日中庭へ行って話し合おか。」

 私と雪子も佳代子に同意したので、次の日にどんなユニット名にするか決めることにしました。

 

 職員室でホールの鍵とタブレット端末と小型スピーカーを返したあと、私たちは教員用の駐車場へ向かい、黒沢先生の赤いノートオーラに乗って家まで送ってもらうことにしました。

 最初に寮へ行って雪子を降ろしたあとに、私と佳代子の家に向かいました。

 疲れていたのか会話することもなく、そのまま静かに眠ってしまいました。

「おい虹村、起きろ。着いたぞ。」

 黒沢先生は助手席に座っている私の肩を2~3回ゆすりました。

「先生、ここはどこなんですか?」

「お前んちの前だ。」

 私は先生に起こされ、ぼんやりと目を開けて辺りを見渡しました。

 すると目の前が団地になっていたので、思わず「先生、ここって長岡さんの家の前じゃないですか?」と言ってしまいました。

「何を寝ぼけているんだ。お前んちだ。よく見ろ。」

 私は眠い目を開けて、カーナビの矢印を見たら「虹ヶ丘団地」の場所を指していたので、私は荷物を持って降りたあと、先生にお礼を言いました。

「先生、今日はお世話になりました。」

「今日はゆっくり休んでいろよ。」

 黒沢先生は眠っている佳代子を乗せて、すすき野団地の方角へと走っていきました。


 翌日の昼休みのことです。

 中庭で私たちは弁当を広げながら、ユニット名のことについて話し合うことにしました。

「ねえ、2人はユニット名決めた?」

 佳代子は卵焼きを食べながら言いました。

「佳代子、雪子、ミカで・・・。うーん、思いつかへん。」

「何よ。思いつかないなら、口に出さないでよ。」

 佳代子は苦笑いをしながら、雪子に突っ込みを入れました。

「斜め50度は?」

「お笑いトリオじゃないんだから。」

 今度は私の出した考えに突っ込みを入れました。

「何か良い名前はない?」

 佳代子は箸を加えながらぼやきました。

「そう言えば、佳代子は何か考えてきたの?」

 今度は私が佳代子に聞き出しました。

「私は自慢じゃないけど、何も考えてないわよ。」

「威張って言うな!」

 私は佳代子の発言に突っ込みを返しました。

「とにかく今ここで考えてもしょうがないし、放課後、校内の喫茶店で話し合わない?」

 佳代子は私と雪子の意見に賛成をしました。


 そして放課後、校内の喫茶店で私たちはどんなユニット名にするか考えました。

「あれから何か良いユニット名を考えた?」

 佳代子は私と雪子に聞き出しました。

「佳代子は何か考えたの?」

「私?ちゃんと考えてきたわよ。」

 私は疑惑に満ちた感じの目つきで佳代子を見つめました。

「どんなの?」

「いくつか候補を上げてきたんだけど・・・。」

 佳代子はカバンからノートを取り出して私と雪子に見せました。

 ノートを広げて見ると、そこには<スイーティフルーツ、ポップンキャンディー、ハッピースイーツ>などが書かれていました。

「どれも、みんな可愛い名前ばっかりやんな。」

「そうだよね。」

 私と雪子は佳代子のノートを見ながら感想を言い合っていました。

「ねえ、佳代子。この中から選んでもいい?」

「いいけど、その前にあんたたちが考えたユニット名も教えてくれる?」

 佳代子は目の前のオレンジジュースを飲みながら私と雪子に促しました。

 最初に私のノート、その次に雪子のノートを見ました。

 私のノートには<黒薔薇Angel、フラワーフェアリーズ>の2つだけでした。

「たったのこれだけ?」

「なかなか思いつかなかったから・・・。」

 私は必死に言い訳をしました。

 次に雪子のノートを見たら<スペシャルサンシャイン、ビッグコスモ、エトワールズ、エターナルブルースカイ>などが書かれれていました。

「たくさん出てきたけど、誰のユニット名を採用する?」

 佳代子は私と雪子に確認をとりました。

「じゃんけん?それともアミダにする?」

 私は2人に確認をしたら、じゃんけんで決めることにしたので、3人でじゃんけんをしたところ、佳代子のノートから選ぶことにした。

 いろいろと話し合った結果、私たちのユニット名はハッピースイーツに決まりました。

 しかし、あのゴスロリ衣装に合わないユニット名だと言うのは、言うまでもありませんでした。


 喫茶店を出た私たちは一度事務所に立ち寄って、工藤さんに新しいユニット名の報告をしました。

「なかなか可愛い名前じゃない。じゃあ、これで登録をしておくね。」

「ありがとうございます。」

 私たちは工藤さんにお礼を言って、事務所を出ようとした瞬間、工藤さんに「ちょっと待って」と言われて呼び止められました。

「どうしたのですか?」

 私は少し表情を険しくさせながら聞きました。

「新しい衣装が届いたの。試着してみる?」

 工藤さんは少し顔をニヤつかせながら私たちに聞きました。

「では、せっかくなので・・・。」

 工藤さんは私たちに衣装を手渡して隣の部屋に案内しました。

「狭くて申し訳ないんだけど、ここで着替えてくれる?」

 案内された部屋は散らかっていて、とても着替えられるような雰囲気ではありませんでした。

 何この部屋、最後に片付けをしたのっていつ?

 足元を見ると段ボールや雑誌が散乱していました。

「工藤さん、着替える前に掃除をやらせてください。」

 私たちは段ボールや雑誌を片付けて、掃除用具を取り出して、ホウキとチリトリでほこりを集めて、雑巾できれいに拭き取り、最後にゴミ袋に不要なものを入れてゴミ捨て場に置いてきました。

「終わったー。」

 佳代子は疲れきった顔をして、椅子に座りました。

「こないなゴミ屋敷同然の部屋をきれいにしたなんて、うちらある意味天才よね。」

 雪子もヘロヘロになった状態で休みました。

「工藤さん、お願いがあります。私たちに部屋を貸すのは結構ですが、綺麗な状態でお願いします。毎日とは言いません、たまにで結構ですからお願いします。」

「すみません。」

 工藤さんは私にきつく言われたのがこたえたのか、しょんぼりとしてしまいました。

 一休みをしたあと、私たちは早速出来上がった衣装に着替えて、鏡の前に立ってみました。

 するとサイズもちょうどよく、着心地も最高でした。

 私たちは口々に感想を言い合ったあと、再び制服に着替えて、衣装を工藤さんに預けて西棟のホールへと向かいました。


 文化祭まで残り数日、黒沢先生は完全に鬼軍曹になって私たちに振付を叩きこんでいきました。

 少しでもミスをすると雷が飛ぶ始末。

「虹村、何度同じことを言わせればわかるんだ!ここは前に出るところじゃないだろ!」

「すみません!」

「寺西、お前も一緒だ!」

「気を付けます!」

「長岡、みんなより自分を気にしろ!」

「すみません!」

 私たちは黒沢先生の鬼指導のもとで何度も振付をやらされ続けていた。

「お前たち、さっきから謝ってばかりだが、文化祭はいつだか分かるよな?」

「10月の3連休です。」

「今日は何日だか言ってみろ。」

「今日は10月の3日です。」

「と言うことは、実際1週間ないんだぞ。本当に大丈夫か?」

「本番までにはきちんと習得します。」

 佳代子は疲れ切った表情で黒沢先生に返事をしました。

「歌の方はボイストレーナーから聞いたけど、特に問題がなさそうだと言っていたからな。それより、もう一つ気になったけど、なんで今日来るのが遅くなったんだ?」

 黒沢先生は今度は練習に遅れた理由を問い詰めてきました。

「事務所に立ち寄ってユニット名が出来上がったことを報告しに行ったのですが、そのついでに当日着る衣装を試着することになったのです・・・。」

「試着して遅くなったと言いたいのか?」

「それだけではないのです。」

「と言うと?」

「試着用に提供された部屋があまりにも汚くて、ダンボールや雑誌が散乱していたり、周りがほこりまみれだったので、掃除をしてきたのです。」

「それって工藤さんに言われてやったのか?」

「私たちが自主的にやってきました。」

 私は今までの経緯を黒沢先生に話しました。

「わかった。この件に関してはあとで工藤さんには言っておくから。じゃあ、振付の続きをするから定位置に戻れ。」

 その時、雪子が時計を見たあと、そうっと手を挙げました。

「どうした、寺西。」

「せんせ、寮へ向かうバスの最終終わってまいます。」

「バスのことは気にするな。あとで俺が責任もってみんなの家まで送ってやる。」

「でも、門限が・・・。」

「寮にはきちんと連絡してあるから安心しろ。」

 黒沢先生はそう言って、タブレット端末の音楽プレーヤの再生ボタンを押しました。


 練習が終わったのは7時前でした。

 着替えを済ませたあと、黒沢先生と一緒に職員室に行って、ホールの鍵とタブレット端末と小型スピーカーを返したあと、教員用の駐車場へ向かいました。

 黒沢先生はいつものように最初に寮へ向かって雪子を降ろしたあと、私の家に向かいました。

 私と佳代子はすでに爆睡状態。家に着いたことも気がつかず、私は黒沢先生に起こされて、車から降りて家に帰りました。

 佳代子は私が降りたことなどまったく気がつかず、後ろの座席で爆睡していました。

 黒沢先生は爆睡している佳代子を乗せたまま、すすき野団地の方角へとゆっくり車を走らせていきました。

 私は部屋に戻るなり、パジャマに着替えてベッドに体を投げ出して、食事もせずにそのまま寝てしまいました。

 目が覚めた時には朝の6時でしたので、私はすぐにお風呂に入って制服に着替え、学校へ行く準備をしたあと、食事の準備をしようとした時でした。

「おはよう、ミカちゃん。」

 後ろからおばあちゃんが声をかけてきました。

「あ、おばあちゃん。おはよう。」

「昨日は随分と疲れていたみたいだったね。」

「本番が近かったから、遅くまで練習をしていたの。」

「お疲れ様。そう言えば送迎バスの時間って遅くなると本数が減ってくるんでしょ。大丈夫なの?」

「ここ毎日黒沢先生が私と佳代子、雪子を送り届けているから大丈夫だよ。」

「先生も大変なんじゃない?」

「でも、その分練習もハードだから。」

「今日、おばあちゃんがあなたとお友達を乗せるから。」

「大丈夫だよ。今日は早めに切り上げてバスで帰るようにするから。」

「ちょうど、あなたの校長先生と話をしたいと思っていたところなの。」

「校長先生に悪いよ。」

「あの人は校長と言っても椅子に座って何もしていなんだから。とにかく今日練習が終わったらお友達を連れて校長室へ来ること。」

「はい・・・。」

「返事が小さい。」

「はい、分かりました。」

 食事を終えて歯磨きを終えたあと、私はすぐに学校へ向かいました。


 その日の放課後もいつものように練習をして着替えと片付けを終えたあと、私は佳代子と雪子を連れて校長室へ向かいました。

「お疲れ様。」

 中へ入ってみると、すでにおばあちゃんが紅茶を飲みながらくつろいでいました。

「おばあちゃん、来ていたんだね。」

「早めに来て、待たせてもらったよ。」

「それでは、帰りましょうか。羽岡さん、紅茶ごちそうさまでした。」

「あの、虹村先生・・・。」

 私たちが帰ろうとしたその時、校長先生が申し訳なさそうな顔をして声をかけました。

「どうしたの、羽岡さん。」

「よかったら、私も乗せて頂くことは可能でしょうか・・・。」

「それなら、黒沢君に頼んでちょうだい。黒沢君、今日悪いんだけど、羽岡さんを家まで送ってあげてくれる?」

 おばあちゃんは壁にもたれていた黒沢先生に校長先生を家まで送るよう、言いました。

「はい、わかりました。」

 黒沢先生はしぶしぶと返事をして校長先生と一緒にいなくなりました。


 私たちは来客用の駐車場からおばあちゃんの車に乗って、最初に寮で雪子を降ろし、その次に佳代子を家まで送っていきました。

「今日はどうもお世話になりました。」

「ミカのことをこれからもよろしくね。」

「はい、それでは失礼します。」

 佳代子はおばあちゃんに一言お礼を言って、いなくなってしまいました。

 おばあちゃんは、私を乗せて家に戻り、夕食の準備を始めました。

 食事を終えたあと、さすがに練習が出来なかったので、スマホで当日ステージで使う歌を聞いて感覚を身に着けようと思いました。


 そして、迎えた文化祭当日。

 私たちは早速ステージの楽屋へと向かいました。

 入り口には<ハッピースイーツ様控室>と書かれたプレートが貼られていました。

 中へ入ってみると、ハンガーにかかった衣装があったり、メイクアーティストが控えていました。

 私たちは早速衣装に着替えて、赤いカラコンを着けたあと、化粧ケープをかけられてメイクが始まりました。

 白いファンデーション、派手なつけまつげ、黒いルージュを塗られました。

 そして最後に黒いカールのかかったウィッグを被ったのですが、鏡を見た瞬間、まるで別人のように変わっていました。

 うそ、これって完全に魔女じゃん。

「とても可愛らしいですよ。」

 メイクアーティストは軽くにこやかに言いました。

「ありがとうございます。」

 私たちはそのままステージへと上がっていきました。

 ステージに上がると、客席には多くの観客がペンライトを振って待っていました。

「みんなー、おまたせー!ハッピースイーツだよー!」

 観客からは多くの歓声が沸き上がりました。

「私たちのデビュー曲、いくねー!」

 私がマイクで叫んだあと、「ガラスドールの涙」の曲が流れて、私たちは歌いながら踊りました。

 その間も観客たちはゆっくりとペンライトを振ってくれました。

 天井からはスポットライトによる熱で、私たちの汗が流れてきそうでした。

 このままだとメイクが落ちる。

 あともう少し、この部分で曲が終わる。

 私たちは最後の力を振り絞って、フィニッシュを決めました。

 観客からは、大きな拍手が送られました。

「みんなー、ありがとう!」

 私はマイクで大きく挨拶をしたあと、客席からは再び大きな歓声が広がりました。

 私たちが下がったあと、次の出番の準備が始まりました。


 楽屋に戻った瞬間、黒沢先生が待っていてくれました。

「よう、おつかれ。初めてのユニットデビューにしては上出来だったな。」

「ありがとうございます。」

 私たちはいっせいに黒沢先生にお礼を言いました。

「これ、俺と工藤さんからの差し入れだ。」

 テーブルの上には屋台で買ってきたものと思われる、焼きそばや焼き鳥、タピオカドリンク、ペットボトルのお茶などが並べられていました。

「先生、ごちそうさまです。」

「あ、そうだ。せっかくだから、メイクを落とす前に記念撮影しないか?」

 黒沢先生はそう言ってポケットからデジカメを用意して何枚か写真を撮りました。

「黒沢先生、1つお願いがありますが、私たちを個別に撮ってもらえませんか?」

 私は黒沢先生に頼んで個別に撮ってもらうよう、お願いをしました。

「ああ、いいぞ。最初は誰からなんだ?」

「では、私からお願いします。」

「虹村からでいいんだな。」

 黒沢先生は最初に私、その次に雪子、最後に佳代子の順で写真を撮っていきました。

「ありがとうございました。」

 私たちは再びいっせいに黒沢先生にお礼を言って、メイクアーティストにメイクを落としてもらうことにしました。

「このままでいいから聞いてくれ。今日の写真は文化祭明けのホームルームで飛鳥先生から受け取るようにしておくから。」

「わかりました。」

 私たちが返事をしたあと、黒沢先生は「じゃあ、あとは適当に楽しんで帰ってくれ。」と言い残していなくなってしまいました。

 メイクを落としてもらって制服に着替えた後、テーブルの上に置いてある黒沢先生と工藤さんからの差し入れを食べて、一休みすることにしました。

「たった1曲だけなのに、なぜか疲れたね。」

 私は焼きそばを食べながらぼやきました。

「ほんまにそやな。ユニットでの初舞台やさかい、少し力入ったんちゃうん?」

 雪子も焼き鳥を食べながら返事をした。

「私は慣れない衣装で疲れた。」

 佳代子も焼き鳥のクシを加えながらぼやきました。

「ねえ、このあとどこか回っていなかない?」

 私はタピオカの入ったストローを加えながら、佳代子と雪子に声をかけました。

「そうしたいけど、私疲れたからパス。」

「うちも初めてヒールのある靴を履いてほっこりした(疲れた)さかい、ここで休ましてもらうで。悪いけど、1人で回ってくれる?」

 佳代子も雪子も疲れ切った顔をして、楽屋で休んでいました。

「じゃあ私、適当にまわったあと、今日は1人で帰らせてもらうね。」

 私はそう言って、楽屋を出て普通科の出し物を見て回って行きました。

 占いやお化け屋敷、喫茶店を回って行くうちに、気がついたら夕暮れになっていました。

 教室ではそれぞれ片付けに入っていき、一般の人たちもいなくなってしまいました。

 私は再び、楽屋に戻って佳代子と雪子に一言声をかけようとしましたが、さすがにいなくなっていたので、私も帰ることにしました。

 帰りのバスや電車の中は決まって佳代子とおしゃべりをしていたのですが、この日に限って1人になっていたので、私はスマホの音楽プレーヤーを起動してイヤホンで音楽を聴いて帰ることにました。



10、私たちパパラッチに狙われる?


 文化祭が終わって、代休明けの水曜日のホームルームのことでした。

 飛鳥先生が黒沢先生から預かった写真を私と雪子に渡しました。

 さすがにここでは広げられないので、私と雪子はカバンの中へしまい込んで昼休みに見ようとしました。

 その日の昼休み、いつものように中庭で3人で弁当を広げていたら、佳代子から単独ライブの話が持ち掛けられてきました。

「実は近いうちにストロベリーハイスクールの新作衣装のお披露目ライブを行うことになったの。」

「え、すごいじゃん!」

 私は思わず大きな声を出してしまいました。

「それでいつなの?」

「たぶん、来月の中旬かな。」

「そうなんだ、みんなで応援に行くね。」

「ありがとう。」


 放課後、佳代子が本番に向けて練習があったので、私と雪子も一緒に練習に付き合うことにしました。

 私たちが佳代子の練習に付き合っているころ、普通科の新聞部では私たちアイドル科の取材に着々と準備を進めていました。

 部長の増原由美子さんは一眼レフカメラを持って部員の有馬香織さんと一緒に取材腕章を着けて、アイドル科のいる校舎へと向かいました。

 増原さんは廊下や教室などを辺りを見渡してはカメラを向けていました。

 しかし、これと言っていいスクープが取れませんでした。

 私たちアイドル科にとってはマスコミは一番の天敵なので、写真を撮られないよう、常に気を付けています。

 ましてや、普通科の新聞部が取材腕章を着けてやってきた時には、警戒を高めて早めの帰宅をするなど、隙を見せないよう注意を払っています。

「今日は収穫ゼロか。」

 増原さんはカメラを持ってぼやきました。

「他を当たってみます?」

 有馬さんは増原さんに他へ行くよう、促しました。

「他ってどこへ行くの?」

「例えば西棟のホールとか。案外練習しているところが撮れるかもしれませんよ。」

「そうだね。」

 増原さんたちは西棟の練習ホールへと向かいました。


 そうとも知らずに私と雪子は西棟のホールで佳代子の練習に付き合っていました。

「少し休憩しない?」

 私は佳代子と雪子に言ったあと、廊下に出て突き当りにある自動販売機に向かった時でした。

 何か目線を感じる。私はとっさに後ろを振り向きました。

 しかし、誰もいませんでした。

 確かに誰かいたはずなのに・・・。私は3人分のスポーツドリンクを買ったあと再びホールへ戻ることにしました。

 さっきの目線は何だったんだろう。

 そう思って再び練習を始めることにしました。

 その一方で増原さんたちは、別のホールに隠れていました。

「危うくばれるところだったよ。」

 増原さんはそう言って私たちがいるホールにカメラを向けました。

 ガラス張りから何か気配を感じる。

 私は練習を中断して廊下を見渡しました。

 しかし、誰もいませんでした。

「ミカちゃん、どうしたの?」

 佳代子は少し心配そうな顔をして私に声をかけました。

「なんか、さっきから誰かの気配を感じるの。」

「気のせいじゃない?」

「だといいんだけど。」

「じゃあ、続きをしようか。」

 私たちが練習をしている間、有馬さんは自動販売機に行ってジュースを買って飲んでいました。

「ちょっと有馬さん、何ジュースなんか飲んでいるの。」

 増原さんはあきれ顔で有馬さんに注意をしました。

「だって喉が渇いたから。」

「ジュースなんかあとにしなさいよ。それより、今このホールでハッピースイーツのメンバーが練習しているんだよ。近いうちにまたステージがあるみたいだよ。」

「本当に!?これは見逃せないよ。練習風景なんてなかなか撮れないじゃん。」

 有馬さんはジュースを飲むのをやめて、スマホを取り出して写真を撮り始めました。

「部長、何枚か撮りました。」

「じゃあ、見せてくれる?」

 増原さんは有馬さんのスマホの写真を何枚かチェックしました。

「なかなかの上出来じゃない。じゃあ、戻って編集にかかろうか。」

 増原さんと有馬さんはそのまま部室へと戻っていきました。


 その30分後、私たちも練習を切り上げて帰る準備をしました。

「ミカちゃん、今日練習に身が入っていなかったけど、どうしたの?」

 またしても佳代子が心配そうに声をかけてきました。

「今日廊下の方で、ずっとカメラを向けられていたような気がしていたの。」

「気にし過ぎ。こんなの卒業したら毎日気にするようになるよ。」

「確かにそうだよね。」

 更衣室で制服に着替えて鍵とタブレット端末と小型スピーカーを職員室に戻したあと、バス乗り場へと向かいました。

「ほな、うちは寮やさかい。ここで失礼するなぁ。」

 雪子はそう言って、寮へ向かうバスに乗って帰りました。

 私は佳代子に青葉台駅に向かうバスの中で練習中にカメラを向けられたことを話しました。

「ミカちゃん、本当にカメラを向けられていたの?」

「うん、ガラス越しから。」

「どんなカメラだった?」

「確か2人いて、1人は一眼レフ、もう1人はスマホだったような気がした。」

「気にしているなら、カーテンのあるホールで練習したっていいんじゃない?」

「そんな部屋あるの?」

「あるわよ。じゃあ、明日そこで練習してみる?」

「うん。」

「じゃあ、決まり。」

 

 私たちが青葉台駅から電車に乗って家に帰っているころ、増原さんと有馬さんは部室で写真の編集をしていました。

「部長、SNSの投稿終わりました。」

「ありがとう。」

 増原さんは自分のスマホでSNSを起動し、投稿した写真をチェックしていました。

「うん、これなら完璧じゃない?」

「ありがとうございます。」

「じゃあ今日は遅いし、バスの本数も減るから帰ろうか。」

 増原さんはそう言って戸締りをして帰ることにしました。


 翌日には増原さんは校内の電子新聞に私たちの練習風景を上げてみたり、アナログの記事を普通科の廊下に貼りつけていきました。

 他にも学食で大食いしているアイドル科の生徒を見かければ、ネタにして投稿する始末だったので、すでにプライバシーを守れない生活が始まっていたのです。

 記事を読んでみると<ハッピースイーツのメンバー、練習の休憩時間にスポーツドリンク一気飲み>とか<アイドル科の○○さん、喫茶店の苺パフェを大口でほおばる>などと書かれていました。

 それを読んでたみんなは大笑い。

 私たちのプライバシーってどうなっているの?

 私たちはこの記事を書いた本人に直接聞き出そうとしました。

 

 その日の練習は佳代子に勧められたカーテンのあるホールを選んで、練習中も誰も入れないように内側から鍵を閉めて練習をすることにしました。

 練習するのに、こんなに神経を張り詰めたのは初めてだったので、いつもより疲れを感じてしまいした。

 練習を終えて着替えた後、いつものように借りたものを職員室に返して、そのままバスで青葉台駅まで向かったのはいいのですが、なんか安心できないような気がして仕方がありませんでした。

 バスを降りたあと、駅の改札の中へ入っても誰かにつけられているような気がしていたので、私と佳代子は常時あたりをキョロキョロしていた。

 周りからどう思われてもいい。自分のプライバシーを守る方が先決だと思いました。

 さすがにあざみ野駅に着いてからは、私と佳代子だけになっていたので、バスに乗った瞬間車内を見渡して、同じ学校の制服の生徒がいないことが分かったら一安心しました。

 これで、やっと安心して眠ることが出来ました。


 翌日の昼休みも、誰もいない場所を選んでから弁当を広げるようにしていました。

 それでも常に誰かに見られていることを意識しながらだったので、正直食べた気にはなれませんでした。

「ねえ、いい加減新聞部を気にして動くのって嫌じゃない?」

 佳代子はしびれを切らせたような感じで私と雪子に言いました。

「確かにもうウンザリだよね。」

「うちに提案があるんやけど、うちらが新聞部をスクープするのんはどや?」

「それもいいけど、一度その前に新聞部に抗議しない?」

 私は雪子の意見に「待った」をかけました。

「それもそうなぁ。いっぺん新聞部の部長にガツン言うてからも遅ないよなあ。」

「じゃあ、今日の放課後新聞部の部室へ行って抗議しようか。佳代子も来てくれるでしょ?」

「そうよね。これ以上あとをつけまわされたり、スクープを撮られるのはいやだから・・・。わかった、いいわ。一緒に行きましょう。」

 

 放課後、私たちは普通科の新聞部の部室へ行って、部長の増原さんに抗議することにしました。

「失礼しまーす。」

 しかし、部室へ入ってみると誰もいませんでした。

「誰もいないわねえ。どうする?」

 私は佳代子と雪子に確認をとりました。

「私は待たせてもらう。」

「うちもそうさせてもらうなぁ。」

 佳代子と雪子はそう言ったあと、部室の本棚を眺め始めました。

「何かないかなあ。」

 佳代子がブツブツ言いながら読みたいものを探していたら、ちょうど何かの資料らしきものを見つけました。

 その時、ドアがガチャっと開く音がして中に入ってきたのは新聞部の部長である増原さんとその部員の有馬さんでした。

「あなたたち何しているの?」

 増原さんは少し声を荒げて私たちに言いました。

「ちょっと中で待たせてもらったよ。」

 佳代子は不機嫌そうな感じで返事をしました。

「ここは関係者以外立ち入り禁止なの。今すぐ出て行ってくれる?」

「別にいいじゃん。別に見られて減るわけじゃないんだし。それとも何か見られたら不都合なことでもあるの?」

 佳代子は増原さんのいらだちに、少し顔をニヤつかせて答えました。

「ここは部外者に見られると困るものがあるの。」

「それをアンタが言うかな?」

「何?」

「今までさんざん、他人のプライバシーを侵害してきたくせにそれを言うんだ。」

「別にいいでしょ。スクープだったら何を撮っても許さるんだから。」

「それって、顧問の先生は知っているの?」

「もちろんよ。」

「ふーん。あのさ、1つお願いがあるんだけどぉ。」

「何よ。」

「もう、こそこそと人のあとをつけまわして写真を撮るのをやめてくれる?非常に迷惑なんだから。」

「いいじゃない。あの記事、校内では受けているんだし、みんなが面白がっていたらそれでいいじゃん。」

「面白がっていたら、他人の人権なんかどうでもいいんだ。ま、いいわ。私らにも考えがあるし、一度失礼させてもらうよ。」

 私たちは一度新聞部の部室を出たあと、佳代子の教室へ向かいました。

 さすがに放課後だけあって、教室の中は誰もいませんでした。

「あの新聞部、マジでムカつくわよね。」

 佳代子は怒りをあらわにして言いました。

「なあ、うちらも新聞部の2人を撮って、ネタにしいひん?いっぺんおんなじ目にあわせたら、少しは懲りる思うで。」

「でも私ら新聞部じゃないし、勝手に掲載出来ないよ。」

「号外を発行したり、SNSにアップするっちゅう手もあんで。あと校内のサイトに写真を自由に投稿できるページもあるさかい、それ利用する手もあんで。」

 雪子は顔をニヤつかせながら、佳代子に言いました。

「その手があったか。明日の放課後、練習を休みにして新聞部の2人を尾行してみない?」

「そうやな、そうしよか。カメラはスマホでええでなあ。」

「そうしよ。その方がネットにアップしやすいし。」

 教室を出た私たちは、またしても新聞部に写真を撮られていることにも気がつかず、そのままバス乗り場へと向かい、家に帰りました。


 翌日の昼休み、私たちが中庭へ向かおうとした瞬間、廊下に人が群がっていました。

 近づいてみると、掲示板に新聞が貼られており、そこには<ハッピースイーツの3人、誰もいない教室で密談。いったい何を話していたんだ?>と大きな見出しで書かれていました。

 やられた。またしても新聞部が私たちを盗撮してネタにした。

 これじゃ、完全にプライバシーが守れない。

 中庭で弁当を広げて食べてみれば、SNSに<ハッピースイーツの3人、中庭で仲良くランチタイム。生徒会長の長岡佳代子は箸で揚げ物を一口でパクリ>と書かれていました。

「なんなのこれ。これじゃ、昼休みも満足にくつろげないじゃない!」

 佳代子の怒りがすでに頂点に達していました。

「佳代子ちゃん、落ち着いて。今日の放課後までの辛抱やで。」

「そうだね。」

 佳代子は雪子になだめられて、少し落ち着きを見せました。


 そして、迎えた放課後。

 私はスマホを片手に新聞部の増原さんと有馬さんを尾行することにしました。

 増原さんと有馬さんは部室を出て、アイドル科の校舎へと向かいました。

「行くわよ。」

 佳代子は声を押し殺して、私と雪子に言いました。

 そして足音を立てずに、そうっとゆっくりと尾行を開始しました。 

 なんか緊張する。相手をつけるのがこんなに緊張するなんて思わなかった。

 新聞部の2人はそのまま私たちの教室へ向かい、辺りをキョロキョロさせました。

 その時、佳代子はスマホを取り出し、カメラを起動させ写真を撮ったあと、私たちも後に続くように何枚か撮りはじました。

 教室に私たちがいないと分かったとたん、今度は西棟のホールへと向かいました。

 増原さんがカメラをホールの方に向けた瞬間、またしても佳代子はスマホで何枚か撮りました。

「これでバッチリ!」

 佳代子は顔をニヤつかせながら言いました。

 その直後、今度は有馬さんが自動販売機で買ったペットボトルのジュースを腰に当てて飲み始めました。

 私たちは当然この一瞬も見逃さずにスマホで写真を撮り始めました。

「有馬さんがジュースをオヤジ飲みしたスクープ、大成功でしたよ。」

 私も満足げな顔をして言いました。

「これだけ撮れば充分でしょ。」

 さらに、あとをつければ今度は売店に行って、増原さんは蒸しパンとジュースを買ってベンチでジュースの一気飲みと蒸しパンの大食いを始めました。

「これもスクープね。」

 佳代子はさらに写真を何枚か撮りました。

 極めつけはなんでもない場所で有馬さんがズッコケる始末。

「アイタタタ・・・。」

「有馬さん、大丈夫?」

 当然、佳代子はこの瞬間も見逃さずに写真に収めていきました。

「今日は大収穫。」

 新聞部の2人は私たちにあとを付けられていることも知らずに、そのまま部室へと戻り、帰る準備をしました。

「私たちも帰ろうか。」

 佳代子も私と雪子に戻るよう言いました。

「うちは号外を発行するさかい、佳代子ちゃんとミカちゃんはネットにアップお願い。」

 雪子は私と佳代子に指示を出したあと、そのまま寮へ向かうバスに乗って帰ってしまいました。


 翌朝、雪子は学校のコピー室で号外をすり上げて、校内に掲載をしました。

 学校の掲示物は基本、生徒会の許可が必用なんですが、校内新聞は例外として認められているので、雪子は刷り上げた号外を校内に貼りつけていきました。

 さらに私はSNS、佳代子は学校のホームページに写真を掲載しました。


 昼休みになって、案の定みんなはスマホのSNS、学校のホームページ、さらに雪子が発行した号外に目を向て読み始めました。

「なにこれ、マジうける!」とか「新聞部のスクープなんて、超新鮮じゃん!」など夢中になっていました。

 特にアイドル科は普段からスクープの対象となっていたので、新聞部の2人がスクープのネタになった時には大爆笑していました。

 しかし、何も知らない新聞部の2人は号外を見た瞬間、顔を真っ赤にして怒り始めました。

「なにこの記事、許せない!」

 増原さんは記事を読むなり、顔を真っ赤にして興奮していました。

「<手に腰を当ててジュースをオヤジ飲みをする新聞部員>って何よ!」

 有馬さんも怒りをあらわにしていました。

「こんなの私たちを侮辱しているだけじゃない!この記事を書いた犯人を見つけ出しましょ。」

 増原さんは号外をわしづかみにして、犯人を見つけ出そうとしました。

 それを見ていたアイドル科の人たちは「いい気味だ」と思って陰でクスクスと笑っていました。

「ねえねえ、この写真あなたでしょ?蒸しパン、美味しかった?」

 アイドル科の1人の生徒が笑いながら尋ねてきました。

「美味しかったわよ。それがどうしたって言うのよ!」

「別に。そんなに怒らなくてもいいでしょ。」

「この記事を書いたの、あなた?」

「違うわよ。」

「なら、なんでそんなに嬉しそうに聞いてくるの?」

「疑うなら証拠出してちょうだい。これ以上疑うなら先生に言うから。」

「もう、いいわよ!」

 増原さんの怒りはいっこうに収まる気配がありませんでした。

「絶対に犯人を捕まえてやる!」

 増原さんは1人ブツブツと文句を言いながら廊下を歩いていきました。

 それを見ていた私たちは、思わず吹き出しそうになりました。

 いい気味だ。これで少しは私たちの気持ちがわかったでしょ?

 私の気分はスカッとしました。


 放課後になり、増原さんと有馬さんはイライラしながら新聞部の部室へと入りました。

「本当にムカつく!あんなことをしたのはいったい誰なのよ!」

 増原さんは部室のドアを強く閉めるなり、奥の机へと向かいました。

「お疲れさん。」

 佳代子は増原さんの席に座ってニコニコしながら声をかけました。

「長岡佳代子、なぜあんたがここにいるのよ。」

「ここにいたら悪い?」

「当たり前でしょ。ここは新聞部の部室なのよ。いくらあんたが生徒会長でもこれは許されることではないわ。」

 増原さんはイライラしながら、佳代子に当たるように言いました。

「ずいぶんとイライラされているみたいね。原因は昼休みの号外のこと?」

 佳代子は顔をニヤつかせて言いました。

「だったら何だっていうよ。まさか、あんたがやったって言うんじゃいでしょうね?」

「そのまさかだったら、どうする?」

「決まっているでしょ?名誉棄損で訴えるわよ!」

「誰に?」

「弁護士によ!」

「じゃあ、その弁護士さんを呼んでもらおうかしら。」

「上等よ、呼んでやるわ!」

「でも、その前に私がやったと言う証拠でもあるの?」

「今、あんたが自分でやったことを認めたじゃない!」

「それだけでは、証拠にならないわよ。」

「なんですって!」

 増原さんは興奮しながら、佳代子に突っかかりました。

「私は今日、普段あなたがしていることをそのままやったの。どう?やられた側の気分は?」

 佳代子の目つきは急に冷たくなり、彼女の一言一言がきつく感じました。

「やっぱり、あなたたちの仕業だったのね。いいわ、この際だから弁護士を呼んで話そうじゃない。あなたたちがやったことは重罪だからね。」

「その言葉、あなたにそっくり返すわ。」

「なんですって!」

「あなた、自分がやってきたこと気がついてないみたいだね。あなたたちがしてきたことは、こんなものじゃないのよ。練習中、食事中、何をするにしてもずっとカメラを向けられた気持ち分かる?あなたたちは、記事をのせて喜んでいるかもしれないけど、私たちは動物園の猿でもないし、水族館のイルカや魚でもないんだよ。それを自分が同じことをされたとたん、ハチの巣をつついたように大騒ぎして本当に情けない。」

「あなたたちはアイドル、私は一般の人。一般の人がアイドルをスクープして、何が悪いって言うのよ!」

「じゃあ、そんなことを言うなら今日からあなたもアイドル科に転属してみる?そしてカメラに追いかけまわされる日々を送ってみたら?そうすればいやでも私たちの気持ちが分かるはずよ。」

「私は校内の人のためにやっているのよ。あなたと一緒にしないでちょうだい!」

「私も校内の人のためにやったのよ。私とあなた、どこが違うのかおっしゃってちょうだい。」

「私は新聞部、あなたはアイドル。それだけの違いよ。」

「要するに人には厳しゅう、自分には甘いんやんな?そやさかい、そう言うこと言えるんやん。」

 今度は今まで黙っていた雪子が口をはさんできました。

「目にには目、スクープにはスクープ。これで懲りたでしょ。」

 さらに私も横から口を出してとどめを刺しました。

「増原さん、記事を書きたいならこそこそ隠れて撮影なんかしないで、私たちに一言断って撮影した方がいい記事を書けるよ。それじゃ嫌なの?」

 今までとげとげしかった佳代子の口調も急に穏やかに戻りました。

「私はみんなが喜ぶ記事を書きたかっただけなの。」

「他人のプライバシーを探って、スクープにした記事を読んで誰が喜ぶと思っているの?読んだ人はただ面白がって笑っているだけ。喜んだうちにはならないよ。」

 増原さんは黙って下を向いたままでいた。

「今日の号外で、された側がどんな気持ちを味わっているか、はっきりわかったでしょ?」

「スクープにされるのが、こんなに屈辱的だなんて知らなかった。」

「わかったなら、今度からこそこそと写真を撮るのはやめにしてくれる?そうすれば、私たちもあなたたちの写真データを削除して、号外も今回限りにするよ。どうする?」

「わかった、約束をするよ。今まで迷惑をかけてごめんなさい。」

 増原さんは、申し訳なさそうな顔をして私たちに謝りました。


 その一週間後、増原さんと有馬さんは改心してスクープ記事を書くのを辞めにしました。

 その代わり私たちの専属カメラマンとなって、練習や日常などの記事を上げてくれました。

<長岡佳代子、新作衣装お披露目ライブに向けて友達と一緒に猛特訓。本番が待ち遠しい>と練習風景の写真と一緒に書かれていました。

 記事を呼んだ人たちから「お披露目ライブ、絶対に見に行きますから頑張ってください」とか「練習きついかもしれませんが、応援していますので頑張ってください」など、励ましの言葉をもらうようになりました。



11、作詞に挑戦します。


 文化祭、ハローウィンが終わって、いよいよクリスマス。

 駅前ではすでにクリスマス一色に染まっていて、洋菓子店ではケーキの予約販売が始まっていたり、子どもたちはサンタクロースにおねだりするプレゼントも考えていました。

 普通科では期末試験の準備に追われている中、アイドル科はクリスマスライブに向けて猛特訓でした。

 その日も遅くまで練習に時間を費やしていました。

「おつかれー、今日の練習はこの辺にしておこうか。」

 佳代子は私と雪子に練習を切り上げるように言ったので、すぐに片づけを始めて、更衣室で制服に着替えを始めました。

「そう言えば、今年のクリスマスライブ、どうする?」

 佳代子は私と雪子に聞きました。

「どうするって言われても・・・。」

「うちとミカちゃん、この学校で迎えるクリスマスは初めてだし・・・。」

 私と雪子は少し困った表情で返事をしました。

「あ、そうか。2人は初めてだったよね。実はこの学校、終業式のあとにクリスマスパーティを開くんだけど、アイドル科は毎年ステージに出ることになっているの。ソロでもユニットでも、どちらでもいいんだよ。それで私らはどっちで出ようか迷っているんだよ。」

「そうなんだね。じゃあ、ユニットで参加しようか。」

「せっかく、ユニットを組んやわけなんやし、3人でステージに出やで。」

 私と雪子はユニットで参加することを決めました。

「あ、それと言い忘れたけどステージに出るにあたって一つ条件があるんだけど・・・」

 佳代子は申し訳なさそうな顔をして私と雪子に言いました。

「その条件って何?」

「実は・・・、クリスマスライブの歌詞は自分で作ることになっているんだよ。あ、でも作曲は専門の人にやってもらえるから。」

「作詞!?」

 私は思わず大きな声を出してしまいました。

「大丈夫よ、3人で考えましょ。」

 私は佳代子の言葉に大きな不安を抱え込んでしまいました。


 バス乗り場で雪子と別れたあと、私と佳代子は電車やバスの中でも終始作詞のことばかり考えていました。

 家に帰るなり、私は食事と風呂を済ませて、部屋にある机に向かって作詞に専念していました。

 気になったおばあちゃんは、部屋に紅茶とロールケーキをを用意してくれました。

「ミカちゃん、作詞をするの?」

「そう。クリスマスライブで歌う歌詞を自分で考えなくちゃならなくなって・・・。」

「そうなの?ミカちゃんたちはステージでどんな歌を歌いたいの?」

「クリスマスだし、それに合った歌にしたいと思っているの。」

「例えばなんだけど、クリスマスってどんなの想像する?」

「クリスマスって、家族と過ごしたり、友達や恋人たちと過ごすイメージがする。」

「そうだよね。家族や友達と過ごすクリスマスはごちそうやゲームで盛り上げるイメージがするけど、恋人たちが過ごすクリスマスってどんなのを想像する?」

「イルミネーションの中を静かに手を握っていたり、愛の告白とかもする。」

「そうだよね。ミカちゃんが書きたいと思っているクリスマスのことを歌詞にすればいいのよ。」

「私が書きたいクリスマスか・・・。」

 私は一瞬、考え込みました。

「おばあちゃんなら、どんなのにする?」

「それって、おばあちゃんに考えてほしいってこと?」

「そうじゃないけど、若い時、おじいちゃんと過ごしたクリスマスってどんなのか気になっただけ。」

「私の時はそんなのは一切やっていなかったわよ。もともとおじいちゃんとの結婚だって、親が反対したのを無理やり押し通してやったことだし・・・。」

「確かその2年後にお父さんを産んだんだよね。」

「そうよ。じゃあ、おばあちゃんいなくなるけど、無理だけはしちゃだめよ。」

「ありがとう。」

 私はロールケーキを食べて、紅茶を飲んだあとに再び作詞に専念しました。


 日曜日、私は作詞のヒントを探すために3人で、たまプラーザ駅にあるショッピングセンターの中をうろつくことにしました。

「ここがミカちゃんと佳代子ちゃんの地元なんやな。駅も町並みもおしゃれやさかい、びっくりしたで。」

 雪子は駅前を見るなり、子どものようにはしゃぎました。

「雪子、見るところってそこ?」

 私は少し呆れた表情で雪子に言いました。

「別にええやん、今日初めてなんやし。」

 雪子は完全にマイペースになっていました。

「とにかく、いろんな場所を回っていこ。」

 佳代子は私と雪子を連れてショッピングセンターを隅々まで回って行きました。

 中を歩いていると、クリスマスツリーが飾ってあったり、天井には小さなサンタクロースが飾ってありました。

「疲れたから休憩にしようか。」

 私は佳代子と雪子に言って、フードコートに向かいました。

4人席に座り込むなり、順番に食べ物や飲み物を買ってきました。

「ふー、疲れた。ただ歩いただけなのに、こんなに疲れるんだね。」

 佳代子は疲れ切った顔をしてぼやいていました。

「ところで、佳代子と雪子は何か作詞思いついた?」

「私、まだ何も思いつかない。」

「うちも、何どないな風に書いたらええかわからへんで。」

 2人は完全にお手上げという状態になっていました。

「ミカちゃんはなんか考えたん?」

 雪子はジュースを飲みながら私に聞きました。

「クリスマスだし、それに合った歌詞にしようかなと思っているの。」

「おお!」

「それで?」

 雪子は身を乗り出すような感じで私の話を聞いていました。

「例えばなんだけど、どんなクリスマスをイメージした歌にするかなんだよね。」

「ふむふむ。」

 雪子と佳代子はメモ帳を取り出して書き始めていきました。

「家族や友達と過ごすクリスマス、恋人同士で過ごすクリスマス、他にもサンタクロースやトナカイ、プレゼントなどをイメージした歌とか。」

 雪子と佳代子は真剣に私の言葉に耳を傾けてメモを続けました。

「確かに。こんなんってええヒントになんでなあ。家族や友達同士でやるクリスマスってごちそう並べてプレゼント交換やってみたり、恋人同士やったら教会で誓いの口づけ、イルミネーションの前で愛の告白やらやりそやな。」

「それにクリスマスと言えば、なんて言ったって特別な日じゃん。何か奇跡とか起こりそうなイメージがしない?」

 私たちはそれぞれメモを取ったあと、家に帰って歌詩を作り上げていきました。


 月曜日の昼休み、私と雪子は弁当と作詞したノートを持って佳代子の教室へ向かいました。

 初めて入った佳代子の教室。上級生だらけだと、さすがに緊張する。

「おーい2人とも、こっち!」

 佳代子は後ろの席で大きく右手を振っていました。

「あの、私たちが座る分は・・・・?」

「あ、ごめん。今用意するね。」

 佳代子は2人分の机と椅子を用意しました。

「勝手に使って大丈夫なの?」

 私は少し不安そうな顔をして佳代子に聞きました。

「大丈夫よ。この辺の人たち、いつも食堂に行っているから。」

「それなら、いいんだけど。」

 私と雪子は少し遠慮がちで椅子に座って弁当を広げて食べ始めました。

「あ、2人とも早速作詞してきたんだね。」

 佳代子は机の上に置いてある私と雪子のノートに目を向けました。

「正直、自信あらへんけどなぁ。」

「私もだよ。」

「2人ともそう謙虚にならずに。食べ終わったら見せてよ。」

 弁当を食べ終えて、私と雪子は佳代子にノートを見せました。

 佳代子は私と雪子のノートを広げて見るなり、真剣な目つきで見ていました。

「2人ともなかなか上出来じゃない。ただ、誰の歌詞を採用するかだよね。」

「ねえ、その前に私と雪子の歌詞を見たんだから、今度は佳代子のノートを見せてよ。」

 私は佳代子にノートを見せるよう言いました。

「1人だけ見せへんのは、ずっこいで。」

「雪子、ずっこいって何?」

 私は初めて聞く言葉だったので雪子に聞きました。

「あ、かんにん。ずっこいっちゅうのんは『ずるい』って意味なんやで。」

「そうなんだ。初めて知った。」

 私は少し関心したように返事をしました。

「佳代子、うちらにもノートを見してや。」

 雪子は佳代子にノートを見せるよう、強く促しました。

「わかった、私の負け。」

 佳代子はしぶしぶと私と雪子にノートを見せました。

 ノートを見ると、とてもかわいらしい歌詞の内容が書かれていました。<ソリに乗ったサンタクロースは笑顔と一緒に子供たちにプレゼントを配る>とか<ごちそうとケーキの前で子供たちがはしゃぐ>など家族と一緒に過ごす夢の時間を描いたクリスマスの歌が書かれていました。

 タイトルも<みんなのクリスマス>となっていたので私としてはすぐに採用したかったのですが、雪子だけは少々納得のいかない顔をしていました。

「例えばなんやけど、<お星さまが輝く>の部分を<雪舞い降る静かな夜>にしたらどや?あとタイトルも<子供たちにしか見えへんサンタクロース>にすると、もっとええかもしれへんよ。」

「なるほど。ところで気になったけど、タイトルを関西弁にするの?」

 佳代子は少し疑問に感じたような顔をして雪子に聞きました。

「あ、かんにん。ここは<子供たちにしか見えないサンタクロース>にして。」

 雪子はあわてて訂正をしました。

「じゃあ、これにしようか。」

 

 その日の放課後、私たちは事務所へ行って作詞したノートのコピーを工藤さんに渡しました。

「工藤さん、お願いします。」

「じゃあ、それを曲作り担当者へ渡せばいいのですね。」

「はい、そうです。」

「わかりました。」

「よろしくお願いします。」

 佳代子は工藤さんに頭を下げたあと、事務所を出ました。


 一週間後、曲作り担当者から音楽データと歌詞カードが届いたので、早速スマホとタブレット端末に入れて、本番に向けて猛特訓が始まりました。

 振付は黒沢先生が担当していたので、難易度がとても高く、ちょっとのミスでも雷が飛んでくる始末でした。

 そんな時、黒沢先生から厳しい言葉が飛んできました。

「今日の練習で俺の指導に対し、誰か1人でもふてくされた顔をしたら練習は中止にするから、そのつもりでいろ。遊びでアイドルの真似事をしたいなら、家に帰ってから好きなだけやれ。クリスマスライブは一年で一番盛り上がるイベントだ。それを台無しにするな。」

 私たちはそれを聞いて、背中に氷を入れられたような気分を味わいました。

「お前たち、言われたら『はい!』と返事をするように教わらなかったか?」

 早速雷が飛んできて、私たちはとっさに「はい!」と返事をしました。

「では、練習の再開をする。」

 黒沢先生は再びタブレット端末の音楽プレーヤーを再生し、私たちのダンスを厳しい目で見ていたので、正直緊張してうまく踊れませんでした。

「虹村、どうした?」

「いえ、大丈夫です。」

 黒沢先生は音楽プレーヤーを止めて私の所へやってきました。

「さっきからミスが目立っているじゃないか。」

「今すぐ直します。」

「クリスマスライブまで時間がないんだ。頼むぞ。」

「わかりました。」

 黒沢先生は音楽プレーヤーを再生し、練習を再開しましたが、黒沢先生の目つきは相変わらず厳しいまんまで、思うようにうまくいきませんでした。

 その時、今まで黙っていた雪子が黒沢先生に意見をしました。

「先生、一言ええどすか?」

「どうした寺西、言ってみろ。」

「練習中に厳しい目で見るのを、辞めてもらえしまへんか?正直練習に集中出来やしまへん。」

「そんなのはただの言い訳だ。そんな理由で集中が出来ないなんて話にならん。不満があるなら辞めてもいいんだぞ。」

「・・・・」

 雪子は黒沢先生の正論すぎる言葉に何も言い返せなくなり、これ以上は何も言えなくなりました。

「お前たちに言っておく。本番は生徒や先生だけでなく、衣装のデザイナーさんたちも見に来る。デザイナーさんたちの目つきは半端なく厳しい。その時『目つきが厳しすぎて集中できません。』と言う理由は通用しないぞ。一応言ってくが、お前たちのミスが多いとデザイナーさんたちは怒って帰ってしまうから、そのつもりでいろ。」

 黒沢先生は終始笑顔を見せることもなく、私たちに厳しい言葉を言い続けていきました。


 練習が終わったのは夜の7時。

 黒沢先生は自動販売機で買ってきたスポーツドリンクを私たちに差し出しました。

「お疲れ。さっきはきつい言い方をして悪かったな。」

「いいえ、言われて当然だと思っています。」

「言っておくが、デザイナーさんは自分たちがデザインした衣装をちゃんと着こなしてくれているか、気になっているんだよ。だから目つきも当然厳しくなる。その時、寺西ではないが『目つきが厳しすぎてダンスに集中できません』って言ってみろ。怒って帰るどころか、二度と君たちの衣装を作ってくれなくなるぞ。それでもいいのか?」

「それは困ります。」

「だろ。だから俺はあえて厳しい言葉を出したんだよ。」

「そうだったのですね。」

 私は黒沢先生の言葉に対して相づちを打ちながら返事をしました。

「お前の衣装を作っているクリス伊藤さんは、俺なんかより何十倍も厳しい人だから、ちょっとでも不満をこぼしたり、嫌な顔をすると衣装を作ってくれなくなる。そうなったらどうする?他のブランドに切り替えるか?」

「それは困ります。私はダンシングヒューチャーの衣装が好きなので・・・。」

「なら、もっと気合いを入れて頑張らないと。それにミスが多いと他の生徒の笑いものにされてしまうぞ。」

「そうならないように、きちんと練習に集中します。」

「そう来なくちゃ。」

 そのあと、片付けと着替えを済ませたら、黒沢先生が私たちを家まで送ってくれると言ってくれたので、車に乗せてもらうことにしました。


 いつものように雪子を寮で降ろしたあと、黒沢先生は私と佳代子を家まで送りました。

 いつもなら練習に疲れてすぐ寝てしまうのですが、その日に限ってなかなか眠れませんでした。

「お前たち、眠かったら寝てもいいんだぞ。」

「いいえ、大丈夫です。」

「そうか。」

 黒沢先生は私の言葉に対して、一言だけ短く返事をしました。

 私は必死に何か話題を探そうとしていた時、黒沢先生は車を停めてUSBケーブルでスマホをつなげて音楽プレーヤーを起動しました。

「音楽も悪くないだろ。」

 黒沢先生はそう言って、私たちがステージで使う曲を流しました。

 さすがに歌は流れてこなかったのですが、メロディだけ聞いても悪くないと思いました。

 少し気を使ったのか、黒沢先生は音量を低めにして、車をゆっくり走らせました。

 家に着いたのは夜8時前、最初に降ろしたのは私の方でした。

 ハザードランプを点灯させて、私を降ろしました。

「先生、どうもありがとうございました。」

「明日も練習がきつくなるから覚悟しておけよ。その代り、帰りは今日と同じように家まで送ってやるからな。」

 黒沢先生はそう言ったあと佳代子を乗せて、そのまま車を走らせていきました。


 家に着いて、いつものように食事と風呂を済ませたあと、部屋で次の日の準備を済ませて、ベッドで当日ステージで使う曲をスマホで聞いていました。

 これ、今までの中でレベルが高いかもしれない。

 そう思って何度も繰り返し聞いて覚えることにしました。

 ちょうどその時、佳代子から電話がかかってきました。

「もしもし?」

「もしもし、ミカちゃん?まだ起きていた?」

「うん。」

「悪いね、こんな時間に。」

「それでどうしたの?」

「ステージで歌う<子供たちにしか見えないサンタクロース>って、もう覚えた?」

「覚えたって、歌詞?それともメロディの方?」

「両方。」

「今、スマホで聞いて覚えている最中。」

「そうなんだ。明日も練習じゃん。それで明日黒沢に言って前半歌にして、後半ダンスにしてもらおうと思っているの。」

「それ、いいんじゃない?」

「じゃあ、これから雪子に電話して、さっきのことを話しておくね。」

「うん、わかった。」

「お休み。」

 佳代子はそう言って電話を切りました。


 翌日の放課後、私たちは西棟のホールへと向かう前、ボイスレッスン室へと向かいました。

 中へ入ってみると、大きなグランドピアノが置いてあり、そこで飛鳥先生が静かに演奏していました。

「飛鳥先生、よろしくお願いします。」

 私は少し緊張気味に声をかけました。

「あ、来たわね。じゃあ、早速始めようか。最初は発声練習から行こうか。」

 飛鳥先生は柔らかい指で撫でるような感じでピアノを弾きました。

 私たちはピアノの音色に合わせて声を出していきましたが、音階が高くなるにつれて、声を出すのがしんどくなってきました。

「ラ」の音階に来た時、私は思わずむせて咳をしてしまったので、練習は一度中断になりました。

「虹村、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。ちょっとむせただけなので。それより練習を続けてください。」

「本当に大丈夫?」

「はい、私なら大丈夫ですから。」

「きつかったら言えよ。」

 飛鳥先生はそのままピアノを弾き始めて、練習を続けました。

 発声練習が終わったあと、いよいよ本番で歌う<子供たちにしか見えないサンタクロース>の練習にはいりました。

 私たちが歌詞カードを見て歌いだしたとたん、飛鳥先生からダメ出しが来ました。

「今は歌詞を見て歌っても構わないが、本番は歌詞カードを見るなよ。カラオケ大会じゃないんだから。」

 確かにその通りだった。

 その時、雪子が突然手を挙げました。

「どうした、寺西。」

「先生、質問なんどすけど、当日はカンペって出えへんのどすか?」

「歌番組じゃないんだから、そんなものはない。とにかく本番までにきちんと覚えておけ。」

「分かりました。」

 再び、歌の練習が始まったとたん、またしても飛鳥先生のダメだしが来ました。

「歌詞を覚えてないのは仕方ないが、さっきから下ばかり見ている。少しは前を見るように意識をしろ。客席は下ではなく前にあるんだからな。」

 私たちはなるべく歌詞を見ないで歌うよう意識をしたのですが、今度は歌詞を間違える始末。結局その日は歌詞カード見ながらの練習になってしまいました。

 歌の練習が終わるころ、私たちが気になったのか、黒沢先生がレッスン室の中に入って様子を見ていました。

 ピアノの演奏が終わり、歌の練習が終わった瞬間、今度は黒沢先生から一週間以内に歌詞を覚えてくるよう指示が出ました。

 さらに後半のダンスの練習も今度は歌いながらという指示が出てきたので、本番が近づくにつれ、練習のメニューがハードになりました。

「今日は歌詞が覚えていなかったらしょうがないとしても、明後日以降、少しずつ歌いながらの練習になるから、そのつもりでいるように。」

「・・・・」

 私たちが返事をしなかったとたん、黒沢先生は大声で「おい、返事はどうした!」と怒鳴る始末。

 私たちはあわてて、「はい、分かりました。」と返事をしました。

「挨拶と返事はお仕事していくうえで、とても重要なことだ。よーく覚えておけ!」

「わかりました。」


 帰りの車の中、雪子を寮に降ろしたとたん、私と佳代子はすぐに深い眠りについてしまいました。

 家に着いたことも気がつかず、私は寝ていたので、黒沢先生は運転席から私の肩を数回たたいて起こしました。

「おい虹村、家に着いたぞ。」

 私は眠い目をゆっくり開けて体を起こし、ドアを開けた瞬間でした。

 冷たい空気が顔に突き付け、眠気が一気に吹き飛びました。

「大丈夫か?なんなら玄関まで付いて行ってやるぞ。」

「いえ、大丈夫です。」

「そっか?じゃあ、気を付けて帰れよ。」

「ありがとうございました。」

 黒沢先生はそう言ったあと、警笛を一回鳴らして佳代子の家に向かいました。


 こうして厳しい練習を続けて、ついにクリスマスライブ当日を迎えました。

 前半は立食パーティとお楽しみ抽選会で、後半はステージという流れになっていたので、目の前にある料理をお皿に載せて、自分のテーブルで食べることにしました。

 鶏肉、魚、野菜、ご飯ものなどがたくさん並んでいたので、私はつい調子に乗っていろんな料理を取ってしまいました。

「ミカちゃん、気持ちは分かるけど、あんまり調子に乗って食べていると、後半のステージに響くよ。」

 佳代子は心配そうなまなざしで私に注意をしました。

 料理を食べ終えたあと、デザートで口直しをして、そのままお楽しみ抽選会へと進みました。

 実行委員から四桁の数字が書かれた小さな紙を数枚渡されて、当たったら壇上へ上がる仕組みとなっていました。

「さあ、皆さんお待たせしました。いよいよ豪華な賞品が当たるお楽しみ抽選会の時間がやってきました。今年はどんな賞品が出るのでしょうか。私が数字を読み上げていきますので、同じ番号の方は壇上まで来てください。」

 実行委員がマイクで実況したあと、私たちの緊張が走り出しました。

「では、最初の賞品です。なんでしょうか、大きな段ボールが出てきました。箱にはなんと、オーブン電子レンジと書かれています。しかもお肉などに付いている余計な脂を落としてくれるので、ダイエットされている方、おなかの体脂肪を気にされている方にには最適です。それでは番号を読み上げていきます。」

 実行委員は4つの箱に入っている数字の書かれたゴムボールを1つずつ取り出して読み上げていきました。

「では番号を読み上げていきます。最初は7、その次も7、3つ目は4、最後は2。7742の番号札をお持ちの方は来てくださーい。」

 当たった人は嬉しさのあまり、飛び跳ねて壇上まで向かいました。

「おめでとうございます。今の感想を教えてください。」

「とてもうれしいです。」

「学科とお名前をよろしいですか?」

「普通科の山本千春です。」

「千春ちゃん、この電子レンジをどうされますか?」

「実家にいる家族に使ってもらいたいです。」

「おお、何んとういう親孝行。それでは、送料は学校で負担しますので、千春ちゃんのご実家の郵便番号とご住所を記入して、実行委員に渡してください。」

「わかりました。」

 その後も出てくる賞品はブルーレイレコーダーとか、炊飯器、ゲーム機、最新式のタブレット端末などが出てきて、最後の賞品となりました。

「さあ、いよいよ最後の賞品となりました。今までずっと豪華な賞品が出てきましたので、最後はさぞかし凄い賞品が出てくるのではないかと期待されます。いったい何が出てくるのでしょうか。」

 実行委員がスタッフから一枚の小さな封筒を渡されました。

「えーっとこちらだけですか?」

 実行委員はスタッフに確認をとったら、スタッフは黙って首を縦に振りました。

「それでは、せっかくなので封筒の中身を確認しましょう。」

 実行委員はそーっと封筒から中身を取り出しました。

「おお!これは栃木県、鬼怒川温泉のペア招待券です。みんな、欲しいかー!」

 会場の中では「欲しい!」と言う大きい声が広がりました。

「それでは番号を読み上げまーす!」

「最初の数字は5、次が4、3番目が7、最後が9!5479の番号札をお持ちの方は壇上まで来てくださーい。」

「あ、私だ!」

 佳代子はびっくりして壇上に向かいました。

「おお!これは何と生徒会長!では改めてお名前をお願いします。」

「アイドル科の長岡佳代子です。」

「生徒会長、今の感想をお願いします。」

「とてもうれしいです。」

「温泉の招待券はどうされますか?」

「両親にプレゼントしたいと思っています。」

「さすが生徒会長。ちゃんと親孝行をされるのですね。」

 佳代子が少し照れた表情を見せた途端、みんなは少し笑っていました。

「それでは、このあとはアイドル科によるステージが始まります。」


 実行委員は早速ステージの準備にかかりましたので、私たちは楽屋へと向かいました。

 楽屋へ入ると、すでに3人分の衣装が用意されており、クリスマスをモチーフとした白い雪のデザインになっていました。

 私たちは着替えを済ませたあと、鏡の前に座ってカラコンを着けました。

 そのあと、メイクを済ませて、最後に金髪のロングのウィッグを被って終了となりました。


 ステージでは他のユニットたちが次々と披露していきました。

 終わりの方になって、ついに私たちの出番がやってきました。

「さあ、次のユニットはハッピースイーツですよね。」

「彼女たちが作詞した歌はどんなのでしょうか。」

「さあ、おそらく民謡ぽいのとか。演奏も尺八や三味線とか?」

「それは、ないって。」

 客席からどっと笑い声が聞こえました。

「それでは歌っていただきましょう、ハッピースイーツ、<君が代>です。ご来場の皆さん、恐れ入りますが国旗に注目してください。」

「国歌を歌ってどうするのよ!それに国旗もないし。」

「あ、そうだった。」

 会場は再び笑いの渦になりました。

「それでは歌っていただきます、ハッピースイーツ、<子供たちにしか見えないサンタクロース>です。どうぞ。」

 静かに前奏が流れ出したとたん、私の緊張が高まりました。

 私はマイクスタンドの前で雪子と佳代子と一緒に歌って踊りました。

 後半になって、一番の難関に差し掛かりました。

 3人同時にターンするところ。練習ではいつも黒沢先生の雷が飛んできたところでした。

 私たちは心の中で合図をして、いっせいにターンをしました。

 やったー、うまくいったー!

 曲が終わって客席に一礼をしたあと、私たちのステージは無事終了となりました。

 楽屋へ戻ってウィッグを外し、メイクを落としてもらい、カラコンを外して制服に着替えたあと、私たちは客席へと戻りました。

「長時間にわたってお疲れさました。これをもってクリスマスライブは終了とさせて頂きます。」

 実行委員のあいさつが終わり、私たちは青葉台駅で打ち上げをして帰ることにしました。


 あざみ野駅からバスに乗って数分も経たないうちに佳代子は疲れたのか、私の横で静かに眠っていました。

 虹ヶ丘団地に着いたので、私は一度佳代子を起こして「また来年、学校で。」と言い残して家に帰りました。

 冬休み明けまでは特に予定がなかったので、私はおばあちゃんと一緒に正月を迎えることにしました。



12、ニューヨークへ里帰り


 正月が明けて、私たちの学校は三学期を迎えたのですが、普通科と違って始業式の次の日からすぐに授業開始となりました。

 人によっては仕事のオファーが入ったり、レコーディングや歌番組の打ち合わせに入る人もいました。

 私たちハッピースイーツは特に大きな活動がなかったので、しばらくは自主トレに専念することにしました。

 その日の放課後、私たちが西棟のホールで自主トレをしていたら、プロデューサーの工藤さんがやってきて佳代子を廊下に呼びました。

 もしかしたら、新しいお仕事なのかなあと思いながら雪子と二人で練習をしていたら、佳代子が少しあらたまった感じで私と雪子の前にやってきました。

「佳代子、どうしたの?」

「ミカちゃん、雪子ちゃん、ちょっといいかな。」

 私と雪子は少し驚いた感じで佳代子の話に付き合うことにしました。

「佳代子、どないしたん?急にあらたまって。言いたいことあるなら、きちんと言うた方がええで。」

「・・・・。」

 しかし、雪子の問いかけに佳代子は黙ったままでした。

「佳代子?いったいどないしたって言うのよ。」

「・・・・。」

「工藤はんがやってきたのとなんか関係があるん?もしかして、お仕事がせわしなくなるん?」

 雪子は少し不安そうな顔をしながら佳代子に問いかけていましたが、終始黙っていました。

「佳代子、言いかけて黙っているなんて気分が悪いよ。言いたいことがあるならちゃんと言ってちょうだい。」

 今度は私が佳代子に問いかけました。

「実は・・・。」

「実は?」

 私はじれったそうな顔をして佳代子に聞き返しました。

「実はしばらくハッピースイーツとしての活動が出来なくなると思うの。」

「出来なくなるって、どういうこと?さっき工藤さんが来たことと関係あるの?」

 私は表情を険しくさせながら佳代子に聞き返しました。

「私、4月からお仕事のスケジュールが増えてくるの。」

「と言うことは、うちらと一緒にいられるんは残り2か月とちょいくらいなんやな。」

「2か月もあれば、充分楽しめるよ。」

「そうそう。うちらと一緒にいられる間は遊び倒してまおうで。」

「2人の気持ちはとてもありがたいけど、私にも準備があるから。」

「でも、今から準備ってわけじゃないんでしょ?」

「うん、早くても再来週から少しずつ始めてみようと思っているの。」

「スケジュールって渡されたの?」

「あとでスマホに連絡が来るって。」

「そうなんだ。ちょっと残念だね。」

「なあ、明日って授業午前中で終わるわけやし、3人でカラオケに行かへん?」

 雪子がカラオケに誘ってきたので、私と佳代子は賛成しました。


 翌日の放課後、私たちは青葉台の駅前にあるカラオケルームに立ち寄って、歌うことにしました。

「1人歌ったら交代でいいよね。」

 私はみんなに確認をとるような感じで聞いたら、雪子も佳代子も同意してくれたので、じゃんけんで歌う順番を決めました。

 最初に勝ったのは佳代子でした。

「ねえ、ただ歌うのもつまんないから、よかったら採点勝負しない?」

 佳代子は私と雪子に採点勝負を持ち掛けました。

「私はいいよ。」

「うちも。採点勝負やったら負けへんさかい。」

 私も雪子ものり気でいました。

 佳代子はタッチパネルの端末で採点を設定し、歌い始めました。

 佳代子が歌っている間、次の順番である雪子が真剣な目つきで自分が歌う曲を探していました。

「よし、決めた。これにしようっと。」

 雪子はそう言って、自分が歌う曲を予約したあと、端末を私に渡しました。

「ミカちゃん、次自分が歌う曲を決めといてや。」

「うん。」

 私は雪子から受け取った端末で、自分が歌う曲を選ぶことにしました。

 佳代子、雪子の順で歌って、私が歌う順番がやってきて、モニターに曲のタイトルと映像が映し出された瞬間、佳代子と雪子は思わずびっくりして「ミカちゃんってアニメの歌も歌うんだ。」と声に出してしまいました。

 歌い終わって採点が始まると、89点と言うそこそこのスコアだったので、私的には充分満足できたかなと思いました。

 その後も3人で点数を競っていたら、利用時間延長の連絡が来たので、私たちは延長なしでそのまま店を出てしまいました。

「楽しかったね。」

 私が満足げに感想を言ったら、佳代子が「まさかミカちゃんがアニソンを歌うなんて思わなかったよ。」と意外そうな顔をして言いました。

「私ね、最近アニメに夢中になっていたから、歌も覚えてしまったの。」

「そうなんだ。」

「私、卒業したらアニソンの歌手になってみようと思うの。」

「いいじゃない。あと私からの提案なんだけど、声優になると言う選択肢もあるよ。」

「声優って、養成所に行かないとなれないんでしょ?」

「そうでもないの。私の先輩も卒業したら、いきなり声優の所属事務所に入った人もいるんだよ。」

「一つ気になったけど、声優になるとアフレコメインだから仕事が少ないと聞いたんだけど・・・。」

「そうでもないの。その先輩、歌もやっているから、アフレコがない時にはCDを出したり、コンサートもやっているんだよ。」

「そうなんだね。」

 私は佳代子の言葉にだんだん興味を持つようになり、声優の道へ一歩歩き出そうとした。

「立ち話もなんやし、喫茶店に立ち寄って休憩しよか。」

 雪子が私と佳代子に喫茶店に立ち寄るよう、促しました。

 

 駅前の喫茶店の中へ入ってみると、よその学校の制服を着た女の子でいっぱいでした。

 奥の席で荷物を置いて一休みをした瞬間、ウエイトレスが「ご注文が決まりましたら、お声をかけてください。」と言って水とメニューを置いたあと、一度いなくなった。

 私たちは水を一口飲んだあと、メニューを広げてどれにするか選んでいました。

 メニューにはケーキ、パフェ、ババロア、コーヒーゼリーなどが書かれていました。

 どれもおいしそう。

「もう決まった?」

 私は2人に聞きました。

「うち、いちごのパフェにしよかな。」

「私はチーズケーキと紅茶のセットにする。」

 雪子はいちごのパフェ、佳代子はチーズケーキと紅茶のセットにしました。

 私がメニューとにらめっこしていたら、佳代子が「まだ決まらないの?」と聞いてきました。

 私は「もうちょっと待って。すぐに決めるから。」と返事した瞬間、雪子が穏やかな表情で「急がんでええから、ゆっくり選んでええで。」と言ってくれました。

 さんざん迷った結果、私はいちごのタルトと紅茶のセットにしました。


 ウエイトレスを呼んで注文をしたあと、私たちはしばらく何も話さないで、ただ黙ってスマホに夢中になっていました。

「佳代子、さっきの声優の話なんだけど・・・。」

「どうしたの?」

「アイドル科に声優のコースってあるの?」

「ホームページ見なかった?」

「うん。」

「実は声優コースが今年の春から新設されるの。専門の講師がやってくるから、やってみる価値があると思うよ。」

「じゃあ、そこにする。」

「たぶん、明日あたり担任から連絡が来ると思うよ。」

 私は佳代子の言葉にだんだん興味を持ち始めてきました。


 ウエイトレスが注文したものを運んできたので、私たちは食べることにしました。

 口に入れた瞬間、甘さが一気に広がり、それと同時に幸せな気持ちになりました。

「なあ、よかったらミカちゃんのタルト一口食べてもええ?その代わり、うちのパフェ食べてええさかい。」

 雪子はそう言って私の苺のタルトを一口食べた瞬間、私に自分のパフェを差し出しました。

 その直後、佳代子も自分のチーズケーキを差し出して、私のタルトを一口食べてしまいました。

「ミカちゃんのタルト、最高にうまいで。次来た時はうちもタルトにしようっと。」

「私もそうしようっと。」

「私は佳代子が食べていたチーズケーキにする。食べた瞬間、さっぱりして美味しかったから。」

 最後に紅茶を飲み干して、店を出た瞬間、顔に冷たい風がもろに突き付けてきました。

「つめたーい!」

 私は思わず声を出してしまいました。

「私も。これにはこたえるよ。」

 私と佳代子が電車に乗ろうとした瞬間、雪子が呼び止めました。

「呼び止めてかんにんえ。実はうちも二人のようにやりたいこと見つかってん。」

「何をやりたいの?」

 私は聞き返しました。

「うち、モデルに挑戦してみたい思てんねん。」

「モデル!?」

 私はびっくりして思わず大きな声を出してしまいました。

「うん、モデルになったら、世界中を飛び回ってみよう思うねん。」

「そうなんだ。4月になると、みんなそれぞれ別活動になるんだね。」

 私はため息交じりに呟きました。

「そう落ち込むことなんてないよ。永遠のお別れじゃないんだし、ちょっとの間、それぞれ別の道を歩くだけなんだから。」

「そや。佳代子ちゃんは歌手、ミカちゃんは声優、ほんでうちはモデル。ちょいの間だけ離れ離れになるけど、また会えるわけなんやし、そう落ち込むことなんてあらへんで。」

「そうだよね。でも、ハッピースイーツとしての活動ができなくなるのが残念・・・。」

「ちょい間だけ。別にハッピースイーツを解散するわけとちがうんだし・・・。落ち着いたら、また3人で活動したらええんやさかい。」

「そうだよね。」

 私はだんだん泣きそうになってきました。

「ほら、泣かない。」

 佳代子はカバンからハンカチを取り出して、私に差し出しました。

「ありがとう。あとで洗濯して返すね。」

 私と佳代子は寮へ戻る雪子を見送ったあと、電車で家に帰ることにしました。

「ねえ、電車に乗る前にもう少しだけゆっくりしていかない?」

 佳代子はそう言って私に他の店に連れていこうとしました。

「でも、もう暗くなっているし、そろそろ帰らないとおばあちゃんも心配するから。」

 私はそう言って断りました。

「そっかあ。無理言ってごめんね。」

「どうしたの?今日はらしくないよ。」

「実を言うとね、寂しいのはミカちゃんだけじゃないの。私もなの。本当のことを言うとね、もう少し3人でハッピースイーツとして活動したかったの。」

「せっかく決めたことなんだし、日本中だけじゃなく、世界中にも羽ばたいてほしいなあ。」

 私はちょっとだけ佳代子にくさいことを言いました。

「私ね、ミカちゃんや雪子ちゃんと会う前って友達少なかったの。教室にいてもいつも1人だったし・・・。」

「トップアイドルだから、たくさん友達がいるのかと思った。」

「確かに私はトップアイドルで、ファンもたくさんいる。でも、それはファンであって友達とは違うから・・・。」

「私ね、入学式で佳代子の歓迎ステージを見た時、すごく遠い存在に見えたの。生徒会長でトップアイドル。まるで宝石のように輝いていたから、私のような人間が近寄ることが許されないと思っていたの。」

「ミカちゃん、それはほめ過ぎ。私ね、本当のことを言うとファンにちやほやされるより、ミカちゃんや雪子ちゃんがそばにいてくれた方が嬉しいの。」

「照れるようなことを言わないでよ。」

「じゃあ、そろそろ帰ろうか。」

 私と佳代子は電車とバスに乗ったあと、終始無言のままでいました。

 佳代子と別れたあと、私は部屋で3月以降のことについて考えました。

 私は声優、佳代子は歌手、雪子はモデル。歩く道はそれぞれ別になってしまった。

 入学したのかと思えば、もう1年。この1年私はどんなことをして過ごしてきたのか考えてみました。

 ハッピースイーツを結成したのかと思えば、早くも活動休止になったので、正直驚きました。

 また活動再開をして3人でステージに立ちたい。

 私は明かりの消えた部屋で1人呟いたあと眠りました。


 2月も後半にさしかかり、3年生たちは自由登校だったので、学校にはいませんでした。

 普通科の生徒たちは大学や専門学校への進学、一般企業への就職をして、アイドル科の生徒たちはそれぞれ芸能プロダクションへ行きました。

 卒業式を控えたある木曜日の放課後のことでした。

 私と雪子と佳代子の3人が工藤さんに呼ばれて事務所で話をすることにしました。

「工藤さん、お話って何ですか?」

 私は少し疑問に感じながら、工藤さんに聞きました。

「実は卒業式の時にハッピースイーツとして、お見送りライブを開いてほしいの。」

「でも、私たち3月から別活動になるのですよ。」

「それまでの間、3人で活動して欲しいの。」

「それで、曲はどうされるのですか?」

「実はこれを歌ってほしいの。」

 工藤さんはそう言って私たちに一枚の紙を渡しました。そこには<卒業生お見送りライブ、ハッピースイーツによる「明日への扉」>と書かれていました。

「じゃあ、曲データーは教員用のタブレット端末に入れてあるから、それを借りて練習してくれる?」

「わかりました。」

「ちなみに振り付けはどうなるのですか?」

 私は振付の紙がないことに気がついて工藤さんに聞きました。

「ああ、振付の紙なら黒沢先生に渡してあるから。」

「そうなんですね。ありがとうございました。」

 事務所を出た私たちは、職員室に立ち寄ってタブレット端末と小型スピーカーを借りて黒沢先生と一緒に西棟のホールへと向かいました。

 黒沢先生は相変わらず厳しくて些細なミスでも大声で怒鳴る始末。

 私たちが3人で活動できるのがこれが最後なのに、せめて優しくしてほしかった。

 そんなことを考えていたら、黒沢先生が「虹村、何をボーっとしているんだ!?今はダンスに集中しろ!」と怒鳴る始末。

 私はとっさに「すみません!」と謝って練習に集中しました。

 5分間の休憩に入って、私は壁にもたれながらスマホをいじっていた時だった。

「どうしたの?今日はやけに黒沢に怒鳴られてばっかじゃん。」

 佳代子は気になって私に声をかけてきました。

「うん・・・。」

「何かあったの?」

「最後くらい3人でやる活動をもっと楽しくやりたかった。」

「そうだよね。でも、これだけは聞いて。私たちがやるお見送りライブはいつものライブと違って、3年生を気持ちよく見送ろうっていう気持ちがないとだめなの。なんていうか『3年生のみんなー、卒業おめでとう。』って言う意味を込めてステージに立たないと。その時に私たちがドジをしたらどうなる?」

「がっかりする・・・。」

「でしょ?あなたたちが入学して来た時、私が歓迎ステージやったのを覚えているでしょ?」

「うん・・・。」

「私ね、正直うまくいけるか緊張していたの。でもそんなことを考えるより、1年生のみんなに気持ちよく歓迎したいという気持ちの方が強くなったから、うまくいけたと思っていたの。」

「そうなんだね・・・。」

「ミカちゃんは3年生にどんな気持ちで見送りたいと思っている?」

「私は3年生たちが涙を流していても、笑顔で見送りたいと思っている。」

「だったら、そう言う気持ちでステージに立とうよ。このお見送りライブはとても重要なイベントなの。3年生たちが一生忘れることのないステージにしようよ。」

「うん。」

 休憩が終わって、再び黒沢先生による鬼指導が始まりました。

 

 練習が終わったのは夕方6時、着替えと片付けが終わった直後、私たちがバス乗り場へ行こうとした瞬間、黒沢先生が「虹村と長岡は家に電話しろ。今日このあとファミレスに行くから。寺西は寮だから連絡する必要はない。」と、私たちに伝えた。

 私と佳代子はすぐにスマホを取り出して、家族に電話をすることにしました。

 そのあと私たちは黒沢先生の車に乗って学校から少し離れたファミレスへ向かいました。


 ファミレスに入ってみると、ウエイトレスがメニューを持って奥のテーブルへと案内しました。

 そのあと、おしぼりと水の入ったコップを運んで「ご注文が決まりましたら、お声をかけてください。」と言って、いなくなってしまいました。

 メニューを広げると和食から中華、洋食までよろどりみどりの写真があり、後ろのページをめくってみると、デザートやドリンクバーもありました。

 たくさん練習したので、私がハンバーグとライス、スープのセットにドリンクバーを注文したあと、雪子と佳代子も私と同じように料理と一緒にドリンクバーを注文しました。

 ドリンクバーには順番に交代で行くことにしました。行ってみると炭酸からジュース、紅茶などたくさん用意されていて、私はコップを一つ取り出して氷を入れたあとにオレンジュースを入れました。

 席に戻って一気に飲み干した瞬間、みんなは私の飲みっぷりをしばらく見ていました。

「ミカちゃん、喉が渇ていたの?」

「うん、練習がきつかったから。」

 佳代子は顔を引きつりながら私に言いました。

「悪かったな。次はもう少し控えめに指導をするよ。」

 黒沢先生も少し申し訳なさそうな顔をして謝っていました。

「大丈夫です。明日も今日と同じくらい指導をお願いします。」

「よし、わかった。今日は先生のおごりだから遠慮なしに食べろよ。」

「ほな、お言葉に甘えて、プリンを注文しよかな。」

 雪子がプリンの追加注文をした瞬間、私と佳代子も便乗してデザートを注文しました。

 

 すべての料理を食べ終えて、ドリンクバーでサッパリとしたウーロン茶を一口飲んだあと、黒沢先生はあらたまった感じで私たちに今後のことについて話し出しました。

「君たちは卒業式でお見送りライブをしたあと、それぞれ別の道を歩くわけなんだが、長岡はソロの歌手として活動するんだよな。」

「はい。本当のことを言いますともう少しハッピースイーツとして活動したかったのですが、工藤さんからのすすめでソロ活動をしてみようと思ったのです。それにストロベリーハイスクールの新作ドレスのお披露目ライブにも出てみたいと思いましたので。」

「そっかあ。デザイナーのキヨミさんは相当厳しい人だ。中途半端なステージでは新しい衣装は作ってくれないから、それだけは覚悟をしておくように。」

「わかりました。」

「虹村は声優を志願するって聞いてあるが、もう準備は進んでいるのか?」

「少しずつですが準備を進めていて、今は雑誌やホームページなどで声優のことを調べています。」

「好きな声優はいるのか?」

「高津春子さんです。」

「キンキンとした可愛い声の人だよな。4月から講師としてやってくるみたいだけど、覚悟は出来ているか?相当厳しい人みたいだぞ。」

「はい、出来ています。」

「去年、養成所で講師を務めていた時、高津さんの厳しい指導に耐えきれなくなって辞めた生徒が何人かいたみたいだよ。」

「それに私、アニメを見てたくさんの夢をもらいました。今度は声優として多くのファンに夢を与えたいと思っています。」

「しかし声優の世界はそんなに甘くはない。それはわかっているな?」

「覚悟は出来ています。」

「よし、4月から君の活躍を期待をしているよ。」

「ありがとうございます。」

 そのあと、黒沢先生は目線を雪子に向けました。

「寺西は確かモデルを目指すと言ったけど、何か夢でもあるのか?」

「うち、世界中で自分を輝かしてみたい思てるさかい、そのためには卒業したらパリへ行ってみよう思てるんどす。」

「だとしたら、4月からフランス語をきちんと習わないといけないな。」

「モデルコースにフランス語の科目ってあるんどすか?」

「確か、選択必須科目であったような気がした。ここじゃ確認取れないから明日職員室で調べて教えるよ。」

「ほんまどすか?おおきに。」

 レジに行く前、私たちが財布からお金を取り出そうとした瞬間、黒沢先生が「今日は先生のおごりにするから。」と言ってくれたので、私たちは黒沢先生に「ごちそうさまでした。」と一言お礼を言いました。

 そのあと黒沢先生の車に乗って雪子を寮に降ろしたあと、私と佳代子を家まで送り届けてくれました。


 そして迎えた卒業式。

 入学式同様、会場の中は紅白の横断幕で飾られていて、校長先生を始めとる偉い人達がすでに椅子に座って待っていました。

 そのあと、3年生が拍手されながら入場してきました。

 教頭先生による会式の辞から始まり、国歌「君が代」の斉唱、卒業証書の授与、卒業記念品の授与と贈呈が終わり、校長先生、来賓、同窓会会長のあいさつが済んだあと、祝電の紹介、在校生の送辞、卒業生の答辞が終わり、最後に私たちのステージの順番が来ました。

「続きましてはアイドル科、在校生による3年生へのお見送りライブが披露されます。ステージの準備を行いますので、今しばらくお待ちください。」

 教員たちがステージの準備を進めている間、私たちはステージ裏で待っていましたが、その間、私の緊張が高まっていました。

「ミカちゃん、緊張しないでリラックスだよ。」

 佳代子が私に笑顔を見せて緊張をほぐしてくれました。

「ありがとう、もう大丈夫だから。」

「お待たせしました。続きましてはアイドル科、在校生によるお見送りライブ、『明日への扉』です。」

 司会者に紹介されたあと、私たちはステージの中央に出た瞬間、佳代子が代表で「3年生のみんなー、卒業おめでとう!最後は私たちハッピースイーツのライブを楽しんでくださーい!」と言いました。

 ステージの中央に立ち、音楽が流れた瞬間、私たちは曲に合わせて歌って踊り続けました。

 曲が終わり、佳代子が代表で「3年生のみんなー、未来に向かって大きく羽ばたいてくださーい!」と大きな声で言いました。


 卒業式が終わって私たちはメイクを落としてもらったあと、制服に着替えて楽屋の外に出ました。

「ハッピースイーツはしばらくお休みだね。」

 私はため息交じりに言いました。

「そんなに落ち込まない、また活動再開出来るから。」

 佳代子は軽く微笑んで私に言いました。

「そうだね・・・。」

「そうで、そないに落ち込まへん。また3人で活動しよ。」

「うん・・・。」

 このあと、私と佳代子は寮へ向かう雪子を見送ったあと、バスで青葉台駅まで向かい、そのまま家に帰りました。


 春休みの初日、私は久々にニューヨークへ里帰りをすることにした。

 おばあちゃんに成田空港まで送ってもらったあと、飛行機に乗って両親やジェイミーのいるニューヨークへと向かいました。

 空港へ着くと両親が到着ロビーで待っていてくれました。

「ミカちゃん、お帰り。」

「ただいま、お母さん。」

「しばらく見ないうちに大きくなったな。」

「お父さん、そんなに変わってないよ。」

「そう謙遜するな。」

 そのあと駐車場へ向かい、荷物を車のトランクに入れたあと、ニューヨークの郊外へと向かいました。

 家に着くなり、荷物を自分の部屋に置いて、居間で紅茶を飲みながら一休みをすることにしました。

「ミカちゃん、向こうで新しい友達出来た?」

「うん。京都から来た寺西雪子ちゃんと一つ上の長岡佳代子ちゃん。」

 私はスマホの写真を見せながら父さんと母さんに紹介しました。

「ミカちゃん、いいお友達が出来たわね。」

「本当は連れてきたかったけど、2人とも忙しくなったから、来られなくなったの。」

「お仕事?」

「うん、4月から佳代子ちゃんは歌手、雪子ちゃんはモデルとして活動するから、そのための準備をすることになったの。」

「あなたは何をするの?」

「私は4月から声優として頑張ってみようと思うの。」

「あなたは準備しなくて平気なの?」

「本当はしなくちゃいけないけど、本格的に忙しくなる前に一度顔を出そうと思ったの。」

「そう。」

 母さんはため息交じりに短く返事をしました。

「3人で作詞した歌があるから、明日それを聞いてほしいと思ったの。」

「ほう?どんな歌なんだ?」

 今度は父さんが興味を示すような感じで聞き出してきました。

「<子供たちにしか見えないサンタクロース>なんだけど、クリスマスライブで3人で歌った曲なの。」

「そう。ところでなんで明日にするの?」

「ジェイミーにも聞いてほしいと思ったから。」

「そうなんだ。じゃあ、明日ジェイミーちゃんを呼んでミカのミニライブを楽しもうじゃないか。」

 その日の夕食は久々に3人そろっての食事でした。

 食卓にはご飯とみそ汁の他に大きなハンバーグとハッシュドポテト、ボールいっぱいの野菜サラダがありました。

 コップにはオレンジジュースがあり、食べる前に乾杯をしました。

 食事を終えて、私はジェイミーに連絡をして明日の都合を確認したら予定がないと言っていたので、明日の午後、私の家に来てもらうことにしました。


 次の日の午後、ドアチャイムが鳴ってドアを開けたら、ジェイミーが私に飛びついてきました。

「ミカ、久しぶりー!元気だった?」

「うん、元気だったよ。ジェイミーは元気だった?翻訳の勉強、順調?」

「バッチリよ。日本語の資格、余裕でとれたよ。」

 ジェイミーは自慢げに私に言いました。

「実は私、4月からアニメの声優を目指すことにしたの。ちょっと大変だけど頑張るよ。」

「うん、私も応援しているから。」

「実はね、今日ジェイミーに私のステージを見てほしいと思ってアメリカに戻ってきたの。」

「おお!どんな歌?」

「<子供たちにしか見えないサンタクロース>。季節外れだけど、友達と一緒に作った歌だから聞いてほしいの。」

「そうなんだ。楽しみにしているね。」

「じゃあ、私着替えとメイクをしてくるね。」

 私は日本から用意したステージ衣装に着替えて、ピンクのカラコンを付けたあと、母さんにメイクをしてもらって、最後にピンクのヘアウィッグをつけました。

 音楽に合わせて、私は歌いながら踊りました。

 曲が終わって一礼をしたら、両親とジェイミーから大きな拍手が来ました。

「最高に素晴らしかったよ。」

 父さんは満足げな顔をしながら言いました。

「最高に素晴らしいステージだったわ。」

 母さんも涙を流しながら言いました。

「ブラボー!ミカ、最高だったよ。」

 ジェイミーもソファーから立ち上がって拍手をして、目に涙をためながら言いました。

 最後に4人で記念撮影を済ませたあと、私はメイクを落として、着替えを済ませて、軽く一休みをしました。


 時計を見たら、夕方6時を回っていたので私はジェイミーを家まで送ることにしました。

「ミカ、実は黙っていたけど、卒業したら私も日本に行くことにしたの。」

「本当に!?」

「家も横浜だよ。ミカの家から近いんだよ。」

「ちなみに横浜のどこ?」

「予定では藤が丘っていう場所になっている。」

「かなり近いじゃん!遊びに行ってもいい?」

「もちろんよ。ミカが来るのを待っているね。」

 私はジェイミーが玄関に入ったのを見届けたら家に戻ることにしました。


 そして帰国の日。私は父さんと母さん、ジェイミーに見送られながら、日本へ戻ることへしました。

「ミカ、次は日本で会おうね。」

「うん。」

 ジェイミーは目に涙をためながら私に言いました。

「ミカ、おばあちゃんのことを頼んだよ。」

「わかった。」

「寂しくなったら、いつでも戻ってきていいんだからね。声優のお仕事頑張ってね。」

「うん。」

 父さんと母さんも心配そうな顔をして私に言いました。


 私は父さんと母さん、ジェイミーに手を振って搭乗ゲートへと向かいました。

 そして、おばあちゃん、雪子、佳代子のいる日本へ向かうため、1人飛行機に乗り込み、空の彼方へと消えました。



おわり

みなさん、いつも最後まで読んで頂きまして、本当にありがとうございます。

 今回はアイドルを目指すお話になっていて、上巻はアイドルになるための前準備、下巻はアイドルとしての活動を書かせて頂きました。

 そのきっかけは私がちょうどアニメの「キラッとプリチャン」と「ラブライブ、虹ケ咲スクールアイドル同好会」の作品を見ていた時に書いてみたいと言う気持ちが芽生え始めたのです。

 本当ならカードのようにアイテムを使って衣装チェンジをしたり、イリュージョンステージでのパフォーマンスをするシチュエーションを設けたかったのですが、さすがにそれを書くと某アニメ制作会社からのクレームが来ちゃいそうでしたので、こちらは控えさせていただきました。

話は変わりますが、この作品を書いている時、ちょうど年末の紅白歌合戦の出場歌手の発表がありました。

 これを見た瞬間、私は来年はミカちゃんたちの出場があればと、一瞬バカげたことを思いついてしまいました。

 冗談はこの辺にして、皆さんにとってアイドルとはどういう存在なのでしょうか。是非、機会がありましたらお聞かせ願いたいと思います。

 それでは、次回の作品でまたお会いいたしましょう。

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