8、婚約
いつも社交シーズンになると寂しかった。
マイヤー伯爵家が王都に行ってしまうから、つまりディビットもクラウスもいない、寂しいシーズンだ。
11歳の時はカスタングの結婚のお祝いがしたくて、王都まで馬で向かったが、私1人が王都に向かう為に多くの人がついてくることになる。それは申し訳なくて気軽に行きたいとは言えなかった。だから社交シーズンになると、尚更訓練に身が入る。
その上、12歳の時にはディビットが王立学園入学のために王都へ行ってしまった。
寂しい……頭が空っぽになるまで訓練した。
13歳の時、今度はクラウスが王立学園入学の為王都へ行ってしまう。
もう寂しくて寂しくて、訓練した。
お陰で領に来る新人兵士を打ち負かせるほど強くなっていた。
父は娘が寂しいと言えずに紛らわせる為に訓練する事が切なかった。
立場上、何度も再婚話は出ていた。特に幼いアルベルの事を思うと母親が必要ではないか?と本気で考えたこともあった。だが結局、もし新しい母親との間に子供ができて、それが男の子だったら? アルベルがこれまで懸命に辺境伯の跡取りとして努力して来た事が無に帰してしまったら? あの子の居場所が無くなってしまうような事になったら? 新しい母親とアルベルの間が上手くいかなかったら? そう考えると怖気付いてしまう。そして何よりアルベルの母親を愛していた。彼女のいた場所を上書きするようなことはしたく無かった、結局はそれが1番だったかもしれない。結果、娘に新しい母親を与えることは出来なかった。
娘アルベルは美しく逞しく成長している。
その中でクラウス・マイヤーの存在はかなり大きい。
あの事故から10年以上経っても未だに馬車に乗れなかったのに、唯一クラウスとは乗れるようになってきた。以前、王都からの帰り道で長時間は無理だったが、休みを入れながら馬車に乗れたと聞いてどれだけ嬉しかったことか。クラウスは幼いながらにも献身的にアルベルに尽くし、盲目的に愛してくれていた。
クラウスは優秀すぎてマイヤー伯爵家も手放さないだろう、だがアルベルにとってクラウス以外の選択肢はないように思えた。そこで徐々にクラウスを未来の婿として鍛えるようになった。クラウスも心得たようで必死に食らいついてきてくれる、何よりアルベルを守る為に強くあろうとしてくれていた。そんなクラウスを好ましく思い可愛がった。
13歳の時、またアルベルを王都に向かわせた。
クラウスは過保護にも王都からアルベルを迎えに来た。どうやら馬で向かわせるのは怪我をするのでは、と心配だったようだ。まあ、馬車に少しでも慣れてくれればこちらとしても有難い。正にクラウスはアルベルただ1人の騎士だった。
14歳の時も王都へ向かわせた。この時もクラウスは迎えに王都から戻ってきた。いや一緒に行く為にアルベルはクラウスが戻ってくるのを待った。
クラウスは更にアルベルを溺愛していった。
この領地の兵は母のいないアルベルをみんなで守り育てた。その兵たちもクラウスを認める程、2人は互いを認め尊重し幼い愛を育んでいた。
クラウスは王立学園でもかなり人気があるらしいが、目もくれずアルベル一筋だ。
アルベルが15歳の時、クラウスが迎えに来るタイミングでマイヤー伯爵家に婚約を申し入れた。マイヤー騎士団長は王都にいる為いなかったが、夫人から二つ返事で承諾された。実はマイヤー伯爵家でもアルベルが学園に入る前に話を詰めようと思っていたらしいのだ。マイヤー伯爵夫人もアルベルを溺愛している1人だ。天塩にかけて育てたアルベルをよそ者奪われたくない。アルベルほど可愛く優しい娘であれば家格の上の者から婚約を打診されてしまうかもと焦っていたのが伺える。
2人は婚約し、2人と共に王都へ向かい、マイヤー伯爵夫人が王都で書類の提出をしてくれた。
ディビットも祝ってくれたが、『私だってアルベルが好きだったのに』といじけて見せた。ただ、アルベルがあんなに苦手としていた馬車にクラウスとなら乗れるようになったと聞いた時に自分の気持ちを整理した。アルベルにとってクラウスは特別なのだ、そう理解したからだ。ディビットも2人の婚約を心から祝ってくれた。
15歳よりアルベルも王都での生活が始まった。
アルベルについていく兵士を募ったら、思ったより多くの兵が希望した。ウルバスとキースは勿論のこと、アルベル付きの者は殆ど行くと言った。兵士たち自分の訓練を疎かにするなんて珍しいと思ったが、皆口を揃えて言うのが、『訓練はどこでも出来ます! それにアルベル様は寂しいと訓練に励まれるのである程度の人数が必要です』真面目な顔をして言う。
まるでアルベルの事は自分たちがよく分かっているとでも言うかのように。
まあ兎に角、国から派遣されている兵士は外すと言うと、私兵になるなんて馬鹿な事を言う奴らまで。ウルバスとキースも国境兵なのだが、辺境伯の家族を護る護衛が任務なのでアルベルの護衛兵と正式に登録されている。
「ウルバスとキースに人選は任せる、20名程度に収めてくれ」
「はい。……はぁー、揉めるな」
「20名かー、厳しいな」
「ゴホン、アルベルは要人ではない、ただの娘にそんなに護衛をつける必要はない」
ヴァルトスは精一杯の強がりを見せる。
「お言葉ですが、小さい頃から見守って来たのです。些細な変化も見逃したくありません!」
「そうです! それに王都に行くと必ずアルベル様はカスタングの所へ行くのです。日に日に女性らしくなるアルベル様を野郎どもがいやらしい目で見て!! 何度目玉をくり抜いてやろうかと!」
「そう、それな。最近では男装では隠せなくなり、それに王都で変な噂がたってもいけないとドレスで訓練場に向かってからと言うもの! 帰り道、隙あらば声をかけようとする者が後を立たないのです!」
「そ、そうか。うん、まあ、人選は任せる。20人だ、宜しく頼む」
ウルバスとキースの圧に負け気味のデバール辺境伯だったが、なんとか要件だけは伝えた。
こうして選考会を繰り広げ、脳筋らしく総当たり戦で勝ち星が多い者から選んでいった。文字通り力で欲しいものを奪い取っていった。その近年稀に見る死闘を繰り広げた戦いぶりを見た辺境伯が若干引いたのは内緒だ。
王都へ向かう道、隣にはクラウスがいる。
「婚約者になって初めての旅だね」
「毎回お迎えに来てもらってごめんね」
「そこは有難うでいいよ。やっとアルベルを守れる名分を得た感じ、凄く嬉しい」
「私もね、…今までクラウスといつも一緒だったでしょう? クラウスが王都に行っちゃって凄く寂しかったの。クラウスが側にいてくれることが当たり前になっちゃってて、きっともう離れてはいられないと思うの。これからも宜しくね」
「嬉しいよアルベル、大好きだよ ちゅ」
頬にキスを贈った。アルベルもキスを贈り返した。
2人は手を繋いでお互いだけを瞳に映している。
クラウスはずっと我慢して来たのだ、自分の欲望を見せてしまってアルベルを怖がらせるような事になったら後悔しても仕切れない。やっと自分自身に解禁させてやれるのだ、怖がらせないように少しずつ慣らしていく。
『ふぅ〜、クラウスと婚約したって事は運命を回避出来たんだよね? はー、良かった!! これからクラウスと幸せいーっぱいになるぞー!!』
王都のタウンハウスで入学の準備を進めつつ社交をする。
しかしここへ来て問題が発生した。
王宮でお茶会が開かれる。
勿論これまでも王宮でのお茶会はあった。だが今回いつもと違うのは隣にクラウスがいない事だ。クラウスは王立学園に行っている。今回は次年度入学する者たちだけを集めたお茶会なのだ。王妃様主催で、うちの息子宜しくね!の品定め会と言う訳だ。
事前に馬車に乗れない旨を伝えて、馬で行って着替える為の部屋を貸して貰えないかお伺いをたてた。無事許可を頂き、早めに行って準備する事になった。念の為、馬車に乗れるか確かめてみたが、やはり難しかった。もう、いっその事歩いて行きたかったが貴族は格式もしきたりもある為出来ない。クラウスが隣にいない事に些かの不安はあったが辺境伯の娘として頑張るしかなかった。
お茶会開催時刻よりだいぶ早く王宮につき、馬を預け、荷物を運ぶ。
すると前には見知った顔があった。
「カスたん! どうしたの?」
「ん? ベルから聞いていたから迎えに来た、こっちだ」
カスタングは現在、王妃陛下付きの近衛騎士に昇格していた。
「有難う カスたん」
「今度 俺とも馬車の練習するか?」
「うん…有難う」
きっとカスたんとも平気かも知れないけど、カスたんと一緒に乗る機会はないだろうと思っていた。
着替えて廊下に出るとカスタングはまだ待っていてくれた。
「アルベル、とても美しいな」
カスタングは跪いてアルベルの手にキスを贈った。
クルッと回って美しいお辞儀をした。
「有難うございます、カスタング様」
見つめあった後笑顔になった。
「すっかりレディなんだな…。ウルバス、キース 我らの姫は美しく可愛く眩しいな」
「ああ、勿論だ!」
「なんて言ったって我らの娘だからな!」
「カスたんパパ、ウルバスママ、キースママ?」
「そうよ、ママの言うことは絶対よ!」
「ゴツいママだなー」
「ふふふふふ」
「「「あははははは」」」
「よし、行こう! アルベルお前なら大丈夫! 何かあったら俺たちがついている、安心して行ってこい!」
「はい、お父様、お母様」
「ブフっ」
王家主催のお茶会は今までのものより更にしきたりが厳しい。
誰も頼ることができない中で、一人でここに立たなければならない。
『ふぅ〜、落ち着け〜、皆同じ歳の子供よ!』
辺境伯や軍幹部、大臣の子供などは護衛がつく事を許可されている。だから見えるところのウルバスがいてくれる、何度も後ろを振り返りウルバスを確認してしまう。あおの度に頷いて見ていてくれる。カスタングは自分の持ち場へ行ってしまった、でもきっと何処からかでも見ていてくれる。マリーは侍女の控室にて応援してくれている。
『よし、私は一人じゃない! 馬車に乗ることに比べればなんてことない!』
一人きりのお茶会も不安だが、何が不安ってここには乙女ゲームのキャスト、主要メンバーが集まっているって事。私のウォルタールートは回避出来た筈だが、それ以外のメンバーは間違いなくいる。なるべく関わらず平和に生きていきたい。クラウスと辺境伯を守っていければ良い。
王妃陛下がご挨拶なさり、和やかなお茶会が始まった。
緊張していたが、周りも同じようなものだった。しかもよく見れば他のお茶会で会ったことがある人もチラホラいた。
『社交も今後は仕事となるのだから、うん 頑張る! クラウスのためだもんね!』
「こんにちは、アルベル様!」
「まあ、クララ様!」
「良かったわぁぁ、緊張してしまって…知り合いを探していましたの」
「クララ様も? 私も実は…でも知り合いを探す余裕もなくて。クララ様のお顔を拝見してホッと致しましたわ」
「「うぅぅぅ、ドキドキしますわね!」」
2人はこっそり手を取り合って緊張を分かち合う。
「失礼致しますわ」
「あ〜ん、カレン様!」
「うふふ、お探ししましたわ」
「あら、そちらは?」
「ご紹介しますわ、従兄のヨウム・フィールよ、困ったことがあればきっと役に立つはずよ」
「おい、ふざけるな。カレンの従兄のヨウムです。どうぞ宜しく。まあ、役に立つかは分からないけど、力になれるよう頑張るよ」
「こちらがねクララ・ストラーク様、それでこちらがねアルベル・デバール様よ」
「クララです、宜しく」
「アルベルです」
「あー、君は…見かけたことがある。隣にいつも一緒にいる男の人がいたよね?」
「ちょっと不躾よ!」
「いいの、彼はクラウス・マイヤー幼馴染で婚約者なの。年上だから今日はいないの」
「そうなのね…。いつも仲が良さそうだったものね」
「私ね小さい頃に馬車の事故に遭ってそれ以来、馬車に乗れないの」
「まあ、そんなに恐ろしい目に遭ったのね」
「それ以来、クラウス様が心配して何かと側にいてくださるの」
「まあ大変だったわね。馬車に乗れないなんて…何かと不便でしょう?」
「今日はどうなさったの?」
「そうよ、お茶会や夜会は馬車がなければ…ねえ?」
「今日はね、ここまで馬できて、王宮で着替えさせて頂いたの、うふふ 内緒よ?」
「まあ! 嘘みたい!」
「本当なの!?」
「アルベルちゃんは馬に乗れるの!?」
「馬車に乗れなくなってから練習したの、だってクラウス様の家に遊びに行けないんですもの。お転婆で驚いた?」
「馬車の事故は幾つの時のことなの?」
「5歳の時よ」
「まあ、それで未だに乗れないの?」
「ええ、そうなの。乗ろうとしても足が出なくて…、それでも乗ろうとすると恐怖から気を失ってしまうの」
「まあ! 大変だったのね」
「今でも駄目なの? お茶会や夜会はどうしているの? まさか毎回馬なの!?」
「落ち着いて!」
「実はずっと練習してきてクラウス様と一緒に乗るときは何とか我慢出来るようになったの、だから普段はクラウス様がエスコートしてくださっているの」
「まあ、愛ね! アルベル様の事故はお気の毒だけれど、クラウス様だけは特別って言うのが…素敵だわぁ〜!」
女の子はいつの時代もラブ話が大好物。
それからも根掘り葉掘り聞かれ盛り上がった。