7、いざ、王都へ−2
移動して木陰のガゼボにきたが、カスタングはアルベルを膝に乗せたまま腕に囲って話をする。
それを呆れた顔でウルバスとキースが見ている。
「ここへはどうやってきた?」
「馬でよ」
「そっか」
馬車の事故にあった事を知らないカスタングは、いつもならすぐに返信が来るのにいつまで経っても返信が来ないことを不審に思い、ウルバスに手紙を出した。そこでアルベルの事故を知った。
意識不明と聞いていてもたってもいられなかったが、騎士になりたてのカスタングには血縁関係でもないアルベルの為に長期休暇を取ることが出来なかった。更に辺境伯の息女であるアルベルの身について勝手に漏らすわけにもいかない。身動きが取れず安否がわからず1人王都で悶々としていたのだ。
そこでアルベルから手紙が届かない間はずっとウルバスから状況を聞いていた。
だから馬車に乗れなくなったことも知っている、その為に馬に乗る練習をしていた事も知っている。ずっと遠くまで離れた地から応援していた。
髪をすいて額の傷も見つけた。カスタングはペロッと自分の指に唾をつけるとアルベルの傷に塗った。他にも怪我はないか入念にチェックする。その後でやっと、
「アルベル、大きくなったな。もう素敵なレディにしか見えないな」
目を細め嬉しそうに見る眼差しは父親そのものだった。
カスタングはアルベルと別れた時が22歳、今は29歳だと言うのに、赤ん坊のアルベルの世話をずっとしていたのでアルベルに対し父性が芽生えた。
アルベルも会いたかったけど、王都は遠くて会いに行けないまま7年も経ってしまった、久しぶりに会うことができたカスタングに甘えたくて仕方なかった。三つ子の魂ってやつだね。膝の上に乗せられてカスタングの背中に腕を回しへばりついて、足をバタつかせている。
「ごめんな、なかなか会いに行けなくて…寂しかったか?」
「…寂しかった。ウルバスもキースもディビットもクラウスもいたけど、カスたんはいないから…寂しかった。ズズズ ずっとずっと会いたかった」
頭をぐりぐり擦り付ける。
その頭の「ちゅ」とキスをして、「ごめん」そう言って抱きしめる。
『なあ、もうこれ恋人同士だろう。これ見たらクラウスが また青褪めるな』
アイコンタクトを送り肩をすくめる。
それからもたわいもない話をツラツラ話していく。だけど楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「そろそろ戻らなくちゃか…」
カスタングも7年ぶりのアルベルとまだ一緒にいたいが、そうもいかず肩を落とす。
「今回ね、どうしても王都に来たくて頑張ったのはこれを渡したかったから」
贈り物の箱をカスタングに差し出した。
ピンクのリボンとブルーのリボンの箱。
「カスたん、結婚おめでとう!!」
ほっぺにチュッとキスを贈る、ニッコリ笑顔で贈り物を渡す。
「な!」
「これはカスたんにこっちはお嫁さんに。ターコイズはね、天の神が宿る石なんだって! 持っていると成功とか勇気とか幸せな結婚を齎すって、あと悪いものからも守ってくれるって教えて貰ったの。カスたんが好きな人とずっと幸せであるように願いを込めて作ったんだ」
皮で編まれ中央に石が付いている。
「お仕事の邪魔にならない様にカスたんのは石が1個しかついてないけど、お嫁さんのは結構綺麗にできたと思うんだ。あー、良かった直接渡せてぇ〜、これだけは自分の手で渡したかったんだぁ〜」
「その為に…こんな遠い所まで、ズズズ 馬で来たのか? 額に傷まで作って?」
「だって、カスたんの結婚だもの、そうだ、これね… これは来る途中で買ったの。これはカスたんと私のお揃い、同じモチーフなんだけど…お嫁さんに叱られちゃうかなぁ〜? えっとね、カスたんのはクラバットピンで私のはブローチなの、龍が刻まれてて格好良いんだよ。良かったら付けてね、あっでもお嫁さんが怒ったら捨てて良いからね」
「付けるに決まってる。有難うな」
「うん、怪我しないで体に気をつけて元気でね」
「分かってるって。お前も…幸せになるんだぞ!」
「うん、頑張る」
『ゲームの強制力から逃げ切るぞー!』
「仕事が終わったら屋敷に行くよ」
「うん、でも無理しなくていいからね」
「馬鹿、無理なんかじゃない、俺が会いたいの!」
「えへへ、いっぱい話しようね!」
「ああ」
カスタングはなんとか笑顔で別れたが、アルベルが見えなくなると蹲って泣き出した。
堪えきれなかった。
何度、自分がそこにいたらアルベルに怖い思いをさせたりしなかったのに!と自分の選んだ道を悔やんだことか。手紙では毎回アルベルは『心配しすぎ』と書いて寄越す、7年経っても未だに馬車に乗れないというのに…。
『アルベル、困った事があったらちゃんと言うんだぞ? 絶対に幸せになるんだぞ!!』
アルベルがカスタングとイチャラブしている時……、
「おい、めちゃくちゃ過保護だな」
「ははは、聞いて驚くなよ、アルベルの担当になると10日に1度はアルベルの近況報告をカスタングに送るんだぞ」
「は? 俺は一度も書いてない」
「そりゃそうだ、俺がずっと書いているからな」
「騎士試験の時はどうしてたんだ?」
「勿論引き継ぎしたさ」
「うへー! あの2人すげー仲良いな」
「まあな、辺境伯様はあの通りお忙しい方で、奥様が寝付いた時も現場に出ておられた。生まれた時から護衛に就き、2歳位の時から1日19〜24時間体制で付きっきり、時には風呂や着替えもしてたし、おぶってトレーニングしたり眠れない時は添い寝もしてた。アルベルにとってカスタングは父であり母であり家族の全てだった。
くっくっく、2〜3歳の時だったか、カスタングが訓練に行くとその間会えないだろ?それが寂しくて剣の練習や訓練を始めたんだぞ? 少しでも側にいたくて無茶なトレーニングもしてた。相思相愛だよ…まったく」
「ええ!! 辺境伯を継ぐためじゃないの!?」
「まあ、今はそうだろうけど、初めて真剣に訓練したのは、兵士の訓練場だから子供は立ち入りを禁止されていた訳。でも辺境伯様と約束して何とか立ち入りできる様に訓練してた。カスタングも俺も兵士だ、3歳の子供の子守りって言っても、結局できるのは体力トレーニングや剣の稽古くらいだろ? 教えてやったらカスタングが見えるところに行きたくて寝る間を惜しんで練習しててメキメキ腕を上げて辺境伯様に訓練場への立ち入りを許可された。
でもさー、健気なのが、訓練場に入ってカスタングの邪魔をしたらまた立ち入り禁止って言われてたから、折角入れるようになったのに横目で見るだけで絶対に声をかけたりしなかった。それで話しかけずに一生懸命カスタングの真似してた」
「愛だな」
「ああ、愛だよ。本物の親子以上に親子みたいだよ、いや恋人か」
「本当にカスタングの結婚喜んでるのかなぁ〜?」
「まあ、寂しくはあるんだろうけど、あの通りアルベル様は少し恋愛に疎い。きっと我儘言って嫌われる方が怖いんだろうさ」
「かー! 健気だな」
「ああ、健気で一途だ。絶対に幸せになって欲しい方だ」
「そうだな。なあウルバス、お前も十分に過保護だって気づいてるか?」
「当たり前だろ、カスタングに嫉妬するほどには自覚あるよ」
「あははは、多分 今ではカスタングよりお前の方が過保護だぞ」
「自覚はあるが、そう言ってるお前もだぞ」
「………まさか! なんて自覚ある。あるに決まってるだろ! 可愛くて仕方ない」
「俺たち彼女できねーわけだな」
「言うな、虚しくなる」
「他の令嬢みたいにツンケンしてなくて素直で可愛い、可愛いけど変わったお嬢様に育ったな。まああんなに懐かれるんじゃ関わった奴らは父性も母性も芽生えるか!」
「ふっ、辺境伯のお嬢様付きは皆自分たちがアルベルを育ててると思ってる。父親も母親も20〜30人はいるぞ」
「ゴツい母親だなー」
「ははは違いない。その筆頭がカスタングだ」
「ぶっ! あーあ、俺もそう思われてんのかなー?」
「当たり前だろう? お前は辺境伯領で今や第2位だ」
「……光栄でございます。ふっ」
「ふっ」
今日は父の妹のマーガレット・ダフィーヌ伯爵夫人とその息子ダミアンと一緒にクラーク侯爵家のお茶会に参加しなければならなくなってしまった。
アルベルは馬車に乗れないと父からも言ってあったのだが、
『馬車の何が怖いの? 怖いなら目を瞑って数を数えていればあっという間に目的地よ!』
アルベルのトラウマは理解されなかった。
クラーク侯爵家は格式を重んじる家、恐らくマーガレット叔母さんのダフィーヌ伯爵家では招待状を貰えなかったのだろう。アルベルをダシにして自分の息子を売り込みたいのだ。
こちらについてからクラウスが一緒であれば馬車にも乗れていた、だが今日は学園の為一緒ではない。そう思うと体調が悪くなるほどだった。馬車の前でステップに足をかけるが、やはり怖くて二歩目が踏み出せない。大粒の汗が玉のように膨れ上がり落ちていく。
『どうしよう、どうしよう、どうしよう』
目を瞑って深呼吸を重ねても、どうしても1人では怖くて、目がチカチカし始め呼吸は荒くなり、気を失う一歩手前だった。
「お嬢様、大丈夫ですか? 一度下がりますか?」
恐らくエスコートされている手袋越しにも汗ばんでいるのが分かるほどぐっしょりとしているのだろう。
『いえ、大丈夫 頑張るわ』
心では答えているのに、もう限界だった。
体から力が抜けていく。
青ざめた顔のアルベルを受け止めたウルバス、そこに別の気配を感じた。
「ベル! ベル大丈夫!?」
「クラウス? どうして?」
「うん、僕が必要かと思って来てみたんだ」
クラウスは彼女の叔母が無理やりアルベルをクラーク侯爵家のお茶会に連れていくと知って、母にその招待状を何とか手に入れて貰ったのだ。以前はただの伯爵家だが、今は騎士団長の家なのだ、持てる力を使って手に入れてくれた。
「クラウス…有難う。やっぱりまだ1人では乗れないみたい。迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑なんかじゃないよ。大丈夫、慌てなくていい」
「本当?良かった……。 ウルバス ポンポンして?」
「ああ」
ウルバスはアルベルを抱き締めると背中をポンポンと叩き始めた。ぐったりした体はまるで人形のようだった。少しすると安心したのか意識を手放した。
そこへ、叔母のマーガレットが到着した。
「あらあらまあまあ、どうしたの!? アルベル! アルベルはどうしたの!!」
「事前にお話ししていた通り、アルベル様は馬車に乗れないのです。懸命に乗ろうと努力されていましたが、恐怖のあまり気を失われました」
「は? 馬車に乗るだけで気を失う? そんな事ある訳ないじゃない!! 具合が悪いなら医者に診せなさい!」
「ですから! 馬車に乗ろうとして具合が悪くなったのです!」
ウルバスはつい声を荒げてしまう。ウルバスもまた小さい時から見守って来た1人、アルベルを大切に思っている。
「ダフィーヌ伯爵夫人ですね、私はクラウス・マイヤーです。アルベルはもう少し休めば大丈夫です。ですが、この通りすぐにクラーク侯爵家に伺うことは難しいので先にお行きください。私が後から連れて参りますので」
「マイヤー伯爵家…まあ! 分かりましたわ。では、お願いしますね」
アルベルは5分ほどすると意識を取り戻した。
ウルバスの腕の中でボーッとしていた、目の前にクラウスがいて驚いていた、一緒に行ってくれると聞いて、心底安心してクラウスの手を握りしめて馬車へ乗り込む事が出来た。
アルベルたちはマーガレットよりは遅く着いたが、遅刻というほどではなく到着できた。主催でありクラーク侯爵夫人に挨拶に行くと、ニッコリ笑顔で迎えられるが、その下ではねっとりとした品定めが行われている。
アルベルにとっては、マイヤー伯爵夫人のお勉強を初めて1人で実践するようなものだ。
習ったことを懸命に思い出し挨拶を済ませると、クラウスと共に観察する。
「何見てるの?」
「ん? カロラインおば様から教わったことを復習しているの。ほら見て、テーブルに飾られた花、とても大きいな百合に目がいくでしょう?」
「ああ、見事だね。普通の百合とは違うみたい。花弁がヒラヒラしててドレスみたいだね」
「ええ、とても存在感があって花々の女王と言った風格だわ
でもその横に咲いている青い花、あれは青いケシなの。物凄く希少な花でここら辺で栽培できるような花ではないの。高山の特殊な環境でしか咲かない、それがこのタイミングで美しく咲きテーブルを彩ると言うことは、この日の為にお取り取り寄せになられたのだと思うわ」
「んー、なるほど」
「それから、お茶菓子は最近王都で流行っているもので、今だと予約しても半年は待たないとならないらしいの。それもここにある…恐らく流行になる前に目をつけて用意させたもの」
「えっ? アルベルは王都に来たばかりなのにいつそんな情報を知ったの!?」
「ボーン侍女長よ、色々予習をして来たの」
「ふふ 偉いなアルベルは」
アルベルはこうして気づいたことを勉強がてらクラウスに説明している。
「今回のドレスコード『気品』だったでしょう? これは昔クレメンティーヌ王妃陛下が聖獣様の瞳の翠を『気品があって美しく尊い』と評したことから、『気品』と言うと翠の色を指している隠語らしいの。つまり今日のドレスコードは翠色を身につけること」
「なるほど! あれ僕?」
「カロラインおば様がクラバットピンにエメラルドを入れてくださっているわ」
「ほう、良かった」
「ふふ、私は髪留めよ。ボーン侍女長曰く小さいうちから大きな宝石を身につけていくとい下品になるからダメなんですって」
「そう言うものなのか…、女性の身なりは難しいな」
「ふふ、私も勉強中よ。でも沢山の人に助けて貰って、知らない知識が増えて幸せよ」
「宜しいかしら?」
声をかけて来たのはクラーク侯爵夫人だった。
「紹介するわね、息子のセルジオよ」
2人はセルジオ・クラークを紹介された。どうやら、クラーク侯爵夫人は息子の友人探しのために今回のお茶会を催したようだった。2人の様子を観察していて合格点を貰えたようだ。
こうして経験を積みつつお茶会は、クラウスが来たことにより無事乗り切った。
因みにマーガレット叔母さんの目論見は失敗したようだ。
叔母さんは翠を身につけていなかった。