6、いざ、王都へ−1
あれから色々あった。
私は辺境伯の跡取りとして研鑽を積んだ。
マイヤー伯爵家とは相変わらず付き合いを続けている。
ディビットとクラウスは以前と変わりなく週に1度デバール家へ来て、共に学び共に遊び共に稽古をした。彼らはあの日約束した通り、一緒にポニーに乗る練習をしてその後馬に乗れる様にもなった。正に彼らは私の幼馴染、気の置けない仲となった。あ゛あ゛―、結婚するならディビットやクラウスみたいな人間だったらいいな。
馬に乗れる様になってからは馬に乗ってマイヤー家を訪ね、マイヤー伯爵夫人に以前の様にご教授頂いた。夫人も私を本当の娘のように可愛がってくれた。
マイヤー伯爵家では小さい頃から週に1度遊びに行っていたので使用人とも仲良しだ。だからディビットやクラウスそれに夫人の好物を聞いて、内緒で使用人たちと一緒に料理を作ってサプライズパーティーをしたり、その過程で料理を教えて貰った。それから夫人からはお裁縫や刺繍や歌を教えて頂いたり、最早第二の家と言っても過言ではない。
デバール家は男ばかりで少々 情緒にかけるので、女性らしい柔らかさを与えて貰っていた。
マイヤー伯爵家の使用人の皆さんは『花嫁修行ね…微笑ましい』なんて言っていたが、なんのことだか…。今は破滅フラグはへし折っておきたい。
その中でもウォルターの部屋や物を見ると怯えてみせるので、皆は極力アルベルの前ではウォルターに触れないようにしてくれる。
パパンにも絶対にウォルターとは近づきたくないと印象付けてきたので婚約はまだ誰ともしていない。これでフラグが折れているといいのだが…。
そして私が10歳の時、王子殿下とキャメロン様との婚約が結ばれた。
12歳の時、ギルバート様とリアーナ様との婚約が結ばれた。
15歳の時、ウィリアム様とシェネル様とも婚約が結ばれた。
まあ、3組は世の中の流れで婚約は必然だからさもありなん。
着実にゲームの舞台が整って行く。
イヤイヤ、絶対にウォルターなんかと婚姻はしなーーーーい!!
それから 15歳の時、マルティナ男爵の落胤が見つかり、養女として迎え入れられた。
明るく天真爛漫で表裏なく少しおっちょこちょい、天使のような笑顔で癒し系。
これがゲームの印象だったが…少し違っているようだった。
ソフィアは平民で育ってきたのだ、正直 天使のような良い人であればとっくにどこかに売られてのたれ死んでいる。表裏ないどころか計算高い人間のようだった。それが調べてきてくれた人の印象。一言で『あざとい』表裏なく天真爛漫とはかけ離れていた。
いいよ、いいよ、それで! それが何に生きるか分からないからね!!
まあ、私はお近づきはなりたくないけど。
私は馬車に乗る練習を何度もしてはみたがやはりダメだった。
困ったなぁ〜、学園が始まる時には王都へ向かわなければならない。
だけど若干の変化はあった。
12歳の時、ディビットが王都へ向かった。社交シーズンが終わるとそのまま王都に滞在し、学園の入学準備に入った。『遊びのおいで』と言ってくれたが、王都までは騎士が飛ばし馬を交換して昼夜問わず走って5日間かかる。馬車で宿泊込みで10日間くらいかかる。
12歳の少女が馬で往復するには遠すぎる場所だった。故に口約束で終わっていた。
ディビットが王都に居を移してからはクラウスとずっと一緒だった。
クラウスは私が寂しくないように自分の勉強を早く終わらせると、デバール家に来て一緒に辺境伯の勉強までしてくれた。それは次男であるクラウスの意思表示でもあった。
少しでも時間ができると、アルベルに会いにきた。
そして、互いの屋敷にはそれぞれの部屋が与えられた。勿論、小さいのでそんな関係ではないが、親たちの思惑もこの2人を婚約させようか、と話が出ていた。
部屋は互いに訓練で汚れた服の着替えのためや、アルベルは馬車に乗れない為、ドレスなどの着替えを積んでいないので、アルベルの部屋にはマイヤー伯爵夫人が用意してくれたものがびっしりと揃っている。だから着替えの心配もなく思いっきり遊んで訓練して料理も気軽にできる。
いつかは流れ星を見るためにお泊まりした。
護衛を連れて丘に登り、2人で1つの毛布に包まり、無数に流れて行く流星に願いを祈った。
冴えた空気はどこか神聖な感じがした。辺りは眠りにつき、吸い込まれそうな暗闇に満天の星、世界に2人だけ…毛布に中では互いの温もりを感じ寄り添い手を繋ぎ見つめ合う。こんな時間が永遠に続く事を願った。
社交シーズンになると、クラウスも夫人と共に王都へ行ってしまうのですごく寂しかった。私があんまりにしょげるので、お父様が王都に行くことを決断した。お父様は領地を離れられないので、側近と精鋭をつけて向かう。これが11歳の時の出来事。
本当は私も社交のために行く必要があったが、私には母がいないため面倒を見る人間がいない、そこで先延ばしにしてきたが、学園に通うようになれば何かと慣れなければならない事もある。そこで初めてのお遣い、ならぬ初めての王都旅となった。
1人で乗れるところまで馬にのり、疲れるとウルバスかキースに2人乗りして貰った。一応身なりは少年を装った。だけど周りが厳つい屈強な兵士ばかりなので盗賊も寄っては来ないだろう。
因みに馬車もある。馬車の中には侍女のマリーが1人で乗っている。申し訳なさそうな顔をしているが、仕方ない乗れないのだから…心置きなく乗り、うたた寝でもしていてくれ。
私の横にはいつもウルバスとキースがいる、2人がいればどこでも眠れる。
ウルバスとキースもカスタングと同じように騎士試験を受けて合格している。数年王都で騎士として勤務し、その後希望して辺境伯領へ配属された。
「2人は近衛騎士にはならないの?」
そう聞いたことがある。
その答えは、「まだ辺境伯様から教わりたいことが沢山あるのだ」
そう言っていたが、本当はそれだけではないようだ。2人の故郷は隣国からの兵や密偵が流れ込んで来ることがある地方で、正直 守りたいものは王族ではなく、この国の民なのだろう。その為には多くの経験を積み、優れた指導者に師事し技能を磨くこと。それにコネのないペーペーはどこも扱いが酷い。その点うちの辺境伯領は実力至上主義、脳筋たちには分かりやすい指針があるのだ。
それともう一つ、私のことがあるから…かも知れない。
ウォルターが仕掛けた罠によって今も馬車に乗れない事が、彼らの楔になってしまっているのかもしれない。
『次こそは必ず守る』その信念のもと側にいてくれている気がする。
馬で駆けることは然程 苦ではなかったが、だけどしんどいのは雨だ。外套を羽織り雨の中を疾走する。顔に打ち付ける雨粒が痛い、目に入ると視界が曇り沁みる、馬が抉った土の塊や石粒が飛んでくる。くー、バリアが欲しいせめてハットが欲しい。雨に濡れて体温を奪われ息苦しく疲労が激しい。
『はー、シールドが欲しい!! 雨ガッパ サンバイザー付きカモーン!』
宿で泊まる時は、私とマリーとウルバスとキースも一緒に泊まる。扉の外には別の護衛たちが交代で休みながら立っている。
私は生まれてから一度もデバール領とマイヤー領から出たことがない。
だから新鮮な発見もある。
見たことのない食べ物や景色、話し方、洋服、お酒の種類や、治安の善し悪し。
うーん、何事も勉強だね、可愛い子には旅をさせろ、は伊達じゃない。
工芸品も可愛くて目を奪われるし、山道以外はなるべく景色も楽しんだ。
『ディビットやクラウスにも見せてあげたいと思うけどあの2人はとっくに知っているのね。ふふ、あっ、でもこの飾りピン…こっちはディビット、こっちはクラウスに似合うそう。
うん、初めての旅記念ね』
2人にはクラバットピンを購入した。
ディビットには、剣のモチーフ。それは父の跡を継ぎ騎士団長を目指しているから。
(そうそう、先日予定通り?ゲームのシナリオ通りマイヤー伯爵が近衛騎士団長に就任した。以前からディビットは父と同じ騎士になりたいと騎士を目指していた。恐らく自分よりクラウスの方が領主に向いていると思っての事だろう)
それからクラウスには梟のモチーフ。クラウスは頭が良くて運動もできる。策謀にも長けている気がするんだよなぁ〜。
それからもう一つプレゼントを購入し、また出発。
だいぶ王都に近づいてきた。今晩泊まれば明日には王都に到着する。
翌日出発すると通り道にマイヤー伯爵家の家紋の入った馬車が停まっていた。
近づくと中にクラウスがいた。
「あれ、クラウス どうしたの?」
クラウスは中で本を読んでいた。声がアルベルだと分かるとすぐに顔を上げた。
そしてギョッとした顔をして青ざめた顔をしている。
『なんだ?』
慌てて扉を開けるとアルベルの額を見つめてアルベルの頬を両手で包み、恐ろしいものでも見たように目を全開にしている。
「えっと…クラウス 何でここにいるの?」
クラウスはアルベルの声が聞こえないのか、ウルバスやキースを見つめる。2人はその視線を受けてアルベルの顔を見て眉を顰めた。マリーに言って何かを用意させている。
それを受け取るとクラウス自ら手当てしてくれた。どうやら額に小石がぶつかって血が流れていたらしい。正直、何度も当たっているので「痛っ!」程度にしか思っていなかった。
「あの〜、クラウス? 泣いてるの? 大したことないから大丈夫だよ?」
アルベルからどんなに大丈夫って言われても心が痛んだ、馬車に乗れないアルベルが不憫で仕方なかった。辺境伯令嬢がこんな格好して長旅をするなんて…。でも、今更それを言ってもどうにもならない。
「うん……ここまで無事に来れて良かった。疲れたでしょう?」
「うん、まあ。もう少しだから頑張るよ。それよりクラウスはここで何をしてたの?」
ここにいるの全員が首がもげる勢いでアルベルを見た。
『どう考えたって、アルベルが来るの待ってたんだろうよ〜!』
「うん、ベルが来るって辺境伯様から手紙を頂いたんだ、だからここにいれば会えるかなって思って待っていた」
「えーーーー! 随分待ったんじゃない!? ごめんね、途中でお買い物とかしちゃったよ!」
「ふふ、全然構わないよ、初めての旅を楽しめたみたいで良かった」
「クラウス様、そろそろ出発しませんと」
「そうだね……。ねえ、ベル 僕と一緒に馬車に乗ってくれない?」
「えっ?」
クラウスの顔色は悪い。
「だ、大丈夫だよ、心配しすぎだよ」
クラウスは急に真っ青な顔で膝をついた。
「お嬢様、クラウス様は体調が悪いのです。恐らく昨日からここでお嬢様を待っていらしたのではないかと…」
「ええ!! 本当なの? いつ来るかも分からないのにずっと待ってたの!? ああ、早く医者に診せないと! キース、クラウスを馬車に運んで、お願い!!」
クラウスを馬車に運ぶとアルベルは一緒に乗り込んだ。
「出して!」
クラウスの手を握ったまま馬車は走り出した。
いつもは外を見ようと誰と乗ろうと呼吸が荒くなり、あの時の光景がフラッシュバックして迫ってきて、目がチカチカして耳がキーンとして意識が途絶えるのだが、今は目の前のクラウスが心配で自分のトラウマを気にする余裕がなかった。
クラウスの額に手を当てると物凄い熱だった。
「ベル、お願いだ馬車に乗って…」
「クラウスしっかりして…、私乗っているわ、馬車に、クラウスと同じ馬車に乗っているのよ? お願い クラウス無事でいて…お願い1人にしないで…うぅぅ」
クラウスは発熱し風邪をひいてしまったみたいだが、その後、3日位で元気になった。
元気になってからアルベルが自分のために馬車の恐怖に打ち勝ったと聞いて涙を流して一緒に喜んだ。ただ、我慢できたのは結局あの時の1回だけだった。その後はやはり馬車には乗れなかった。
クラウスが回復してから、一緒にお茶会に出席したり、マイヤー夫人とお買い物をしたりした。(ウルバスに馬で連れて行ってもらった)それから、アルベルは徐々に馬車に乗る事を慣らしクラウスと手を繋いでいる(ほぼしがみついている)と馬車に乗れるようになった。
アルベルが購入したクラバットピンを渡すと2人とも喜んでくれた。
そしてもう一つの目的。
王都につき数日経った頃、今日はクラウスは一緒ではないので、男装をして馬でウルバスとキースと向かう。目的地は近衛騎士の訓練場。受付を済ませ、辺りを見まわし目的の人物を探す。目的の人物は前からやって来る。ずっとずっと会いたくて仕方なかった人。
姿を見たらもう駆け出していた。
全力疾走し、思いっきりジャンプして飛びつき、足を背中に絡ませた。淑女あるまじき…マイヤー夫人に見られたら大目玉だ。
目的の人物も、あまりに大きくなってすぐには分からなかったが、後ろに控えているのがウルバスとキースなのでやっと確信を得て、しっかり抱きとめた。
それもそのはず別れた時は身長が95cmくらい、今では153cmもある。しかも今日は男装だ。
「カスたん! 会いたかったよぉ〜!!」
「俺もだ、アルベル!!」
アルベルはカスタングの胸あたりに足を絡ませ頭を抱え込むように抱きついている。それはそれは熱烈な抱擁だが、何度も言うがアルベルは男装だ。
「アルベル、いい加減顔をよく見せて?」
アルベルは足を緩ませズルズルと降りて来る。そして腰の辺りで止まり顔と顔を突き合わせている。
『これはクラウスが見たら失神しそうだな』
苦笑いを浮かべる。
アルベルとカスタングはあの日からずっと手紙のやり取りをして来た。会うのは7年ぶりだが、気持ちはあの日のままだった。アルベルの首元に光る物が見えて指でそっと引っ掛けるとカスタングが渡したネックレスが出てきた、それを満足そうに見る。よく見ると宝石を嵌め込んだ台座が黒っぽくなってアンティークの様な色合いだ。
すぐに原因に思い至った。
『これはアルベルの血だ』
そう、あの時の馬車の事故で染み込み洗っても取れないのだ。
カスタングは昔のようにアルベルを片手で縦抱きに抱き直すと、
「ここは目立つ、移動しよう」
そう言って歩き出した。カスタングもまた気持ちは別れたあの時のままだった。