49、新しい人生−4
王宮の門番たちは驚愕し言葉を飲んだ。予定にはない馬車ではなく、その横についているメディド卿やロステリア隊長の血塗れの格好と血を流している馬の様子に、異常事態を察知した。
ロステリア隊長たちの指示を受け、門を開いた。
馬車は坂を登って行く。見慣れぬ馬車に凝視すると中には王太子殿下の姿と最近は見かけなかった人物に驚いた、馬車の中の様子は至って平和だった。
そしてすれ違う者たちは、自国の王太子やその護衛たちのボロボロの姿を目撃し驚愕していた。
馬車で行ったはずの王太子はクラウスたちの馬車で帰ってきたのだ。
少し前に警備兵が向かっていったのも見た。何かが起きたのだ。だが、無事帰ってきた事に安堵している。
暫くすると、後から向かった兵たちと共に賊が捕らえられてきた。中にはその顔に見覚えある者もいた。何とも言えない空気が流れた。
久しぶりの王宮、一部の人間たちはクラウスたちを覚えていた。
懐かしい思いを抱える者、嫉妬を滲ませる者様々ではあったが、クラウスたちを知っている者は事件のことを知っていたので、気不味い気持ちを持っていた。
だが、クラウスたちが王太子殿下を救ってくれたのだと確信を持っていた。
血塗れの王太子殿下と共にやってきたクラウスとベルーシャに対し、そこにいた兵士、侍女、文官、大臣、下働きの者たちまで全員が膝をつき手を胸に当て心からの感謝をクラウスたちに伝えた。
「ああ、私の生還と共にあなた達の活躍に感謝を表している。改めて感謝を伝えさせて頂くが、私 マフォイ国 王太子 アイザック・ヴィル・マフォイ あなた達の勇気ある行動 今、ここに立っていられるのはあなた達のお陰だ心より感謝申し上げる」
大勢の目の前でまさかのアイザック王太子殿下まで膝をついて最上級の謝意をクラウスたちに贈る。
『………ここは茶化しちゃいけない場面だな…うん、私は黙っておこう』
「殿下がご無事であった事、嬉しく存じます。我々がお役に立てたなら何よりでございます。またこのように謝意をお示しくださり、身に余る栄誉でございます。
このマフォイ国とアイザック王太子殿下に永久なる繁栄をお祈り申し上げます」
「ふふ、…有難い感謝する。さあ、行こう積もる話もある」
アイザック王太子殿下は治療と着替えを済ませるとすぐにクラウスたちがいる部屋に向かった。部屋には既にセルベスもいる、どうやら事後処理はロステリア隊長に丸投げしたらしい。
「ご結婚されたのですね、おめでとうございます」
「「有難うございます」」
「お幸せそうだ」
「はい、お陰様で」
見つめ合う姿は今も昔も変わりなく甘やかだ。
「おい、邪魔するぞ!」
席を立ち膝を折ろうとすると、手でそれを制す。
「今更だろう? ここは人目がない。それより助かった、心より感謝する」
「偶々あの場で会えて良かったですね」
「ああ、全くだ。それで何であそこにいたんだ?」
「ただの観光です。見晴らしがいい場所にベルを連れて行ったのです」
「なあ、このままこの国で働かないか? お前達なら高待遇で好みのポジションを用意するぞ?」
「過分な信頼を賜り感謝申し上げます」
「ちっ、ダメか。まあ、これ以上はやめておく。新婚旅行と言っていたが次はどこに行くのだ?」
「自国に戻ってもいいし、もう少し足を伸ばしてもいいと思っています」
「なんだ、ならもう少しここに滞在して欲しいな、駄目か?」
「また嫉妬を受けるのも面倒なので」
「連れないことを言うな、な? 2〜3日だけでも。例の書類も作るから!」
などと口説かれて結局4人はお泊まりする事になった。
まあ、帰国の際も分かれて出発するため、ヴァルトスとは別行動なので問題ないだろう。
新婚旅行に無粋だが、普段は入れないような場所、大聖堂や国立美術館に王立図書館の最深部などを紹介して歩き、最高の食事でもてなした。更にドレスや衣装に宝石に物でも感謝を伝える。
「ほら、この間ベルーシャが言ってたやつだ。お前は偽名だからと言ったが、例えばウルバスたちがこの国で捕まった場合の身分の保証という事なのだろう?
お前は英雄デバールの娘か?」
アルベルは緊張もなく肯定も否定もしなかった。
「お前は名前以外は案外本当の事を言っていたからな。英雄デバールの娘では言えないだろう事も理解できた。お前たちはクラウスを追いかけてこの国に潜伏していた、だが帰るに従いこの国に根を下ろす人間もいてその者たちの身分の保証と言ったところなのだろう?」
ここでもクラウスもアルベルも肯定も否定もしない。
だが、それはある意味肯定であった。
「ほら、これがその証書だ。この証書が悪用される事を懸念すると名前を書かない物は作れない。だが既に私の印は押してある。お前たちを信用して作成した、だからお前たちも本名でここに記せ、そして渡したい者の名前も記載せよ、この書類はそのままお前たちに渡す、名前も見ない、それでどうだろうか?」
「承知致しました。寛大な処置に感謝致します」
そして書類は作成されクラウスに手渡された。
「なあ、お前たちの大切な者を置いて行くなら、また来るか? 来た際は寄ってくれ」
「そうですね。でも家が遠いので度々来るのは難しいかも知れません」
辺境伯領はマフォイ国とは正反対の方向にある。
「やはりお前の話は誤魔化すだけで嘘はないな。やはりまた会いたいと望むよ、それくらいはいいだろう? お前たちは命の恩人なのだから」
「そうですね、機会がありましたら伺います」
「なあ、お前たちはこの国を攻めてくれるなよ。お前たちが相手では勝てる気がしないからな」
「私たちは攻めるのではなく、護る人間ですよ?」
「ふふ、それにリンザバラン国がいる限り大丈夫じゃないですか?」
「それに私はクラウの奥さんであって兵士じゃないし、ウルバスやキースも私の護衛で兵士じゃないですもん。あ!でもクラウの護衛に立候補しようかな?」
「駄目だよ、それだと僕心配だもん。僕はベルを護りたくて鍛えたんだからね、危ないことはさせたくない」
「うふふ、ならリンザバラン国には大人しくしててもらわなくちゃね」
「はぁーーー、お前たちはすぐに自分たちの世界を作る。まあ、敵にならないならいいか」
こうして王宮を後にし、身の回りを整理すると3年ぶりにヴァルフォーク国を目指した。
ヴァルトスたちは辺境伯を返上したので領地には帰れない。
そこで王都の屋敷に戻った。
そしてアルベルたちも戻った。クラウスは翌日王都のマイヤー伯爵邸に挨拶に向かった。
そこで初めてウォルターがいなくなった事を知った。何とも言えない気持ちになったが、その後ウォルターが自分の意思で修道院に入ったと手紙が届いた事を知ってやっとホッとすることが出来た。
行方不明になって1年半ほど経ってから手紙が届いたらしい。そこには家族に宛てた謝罪の言葉とアルベルに対する謝罪の言葉もあった。ただ、『自分の劣等感から逃れられない。どこに行っても常に何かと比べ、自分がひどく駄目な人間と苦しくなる。だからもう、何かと比べなくて済む修道院に入り俗世と離れて生きていく。自分はもうマイヤー家には戻らない、だからどこに入ったかは明かさない。どうか、私を捨ててください』と書かれていた。
マイヤー伯爵夫人はその後少し寝込み、嘆き悲しんだが反面…安堵もした。
ウォルターが出家した、マイヤー伯爵夫妻は、結局息子を救えなかった事に無力感を味わい、修道院に入った事で無事が分かったのと、今後誰も傷つけない事が分かり安心したのだ。
マイヤー伯爵夫人も今は元気を取り戻していた。
クラウスとアルベルが戻った事で、結婚式を執り行うと手腕を振るっていた。
これは身内だけの式となるが、愛する子供たちの晴れの門出をキチンとした形で祝ってやりたかった。それに今はデバールも領地に縛り付けられる必要もないので娘の結婚式を楽しみにしていた。
よく晴れた日に2人の結婚式は身内だけで執り行われた。
教会で父の腕をとって歩くのは感慨深かった。
結婚式は両家の家族が見守る中 厳かに進行し、家族の方へ目をやると何とそこにはラティウス王太子殿下がいて驚いた。式が終わってお礼に向かうと、晴れやかな笑顔でお祝いを言われた。
「おめでとうアルベル、それからクラウス殿」
「有難う存じます。今日は何故…どうしてお分かりになってのですか?」
「冷たい事言うな、私はいなくなってしまったアルベルを本当に心配していたんだよ? その上デバール辺境伯まで爵位返上でアルベルを探すと消えてしまった。前両陛下も王族籍を廃され、アルベルとウォルターの婚約はすぐに取り消された、だけど肝心のアルベルが行方不明、その上将来有望なクラウス殿まで国から出ていってしまった。
改めて謝罪させて? アルベル、クラウス殿辛い思いをさせてすまなかった」
「おやめください 殿下。 正直本当に辛かったです。でもそれは殿下のせいではありません。ウォルターと婚約解消してくださって有難うございます。それにこうしてお祝いに来てくださって有難うございます。…クラウスとの事許してくださって有難うございます」
「うん。でも、国内にいなかったのにどうして婚姻届が先に出せたの?」
「それは…私も後から聞いたのですが、父が辺境伯領から動けないので、婚約式の時に婚姻届も作ってあったそうなのです。時期が来た時に出せるようにとマイヤー伯爵夫人が預かっていたので…」
「母が実の娘のように思っているアルベルが行方不明だったので、戻ってきて欲しいと願いを込めて届を出してしまったらしいのです、自分にもアルベルを心配する資格が欲しいと。アルベルが他の人と恋人になっていたらどうするつもりだったのか…。結果的にアルベルは私のところに来てくれたので良かったですが…」
2人は見つめあって微笑み合う。
「2人が今幸せみたいで安心したよ。そうだこれからどうするの?」
「そうですね、商売でも始めるか、マイヤー伯爵家の手伝いをするか、まだ戻ったばかりで考えてないのです」
「そう、僕はね 2人とも僕の側近に入って欲しいと思っている。デバール辺境伯の爵位は今もそのままなんだ、でも英雄が国を捨てたとして各地で影響が出てしまった。だから早く元に戻したい。
出来れば、デバール辺境伯には元に戻って貰い、2人には王都で一緒に仕事をしてほしいと思っている」
「殿下、折角ですが迷惑をかけた私が元に戻るのは各方面から反発もある事でしょう、お気持ちだけで…。本日は息子と娘の式に参加頂き感謝申し上げます」
「デバール辺境伯、迷惑をかけたと思うならあなたはその責任を負うべきだ。アルベルを探すのに3年は長すぎた。あなたの事だからすぐにクラウス殿のところと予想がついたのでは? そしてすぐに向かった、そこで娘の無事を確認したが戻らなかった。
私はあなたを責めるつもりはありません、元を正せばこちらの過失だ。それより私は私が統べる国に必要な人材を失いたくない。だから適材適所、あなたのいるべき場所に戻ってください」
「殿下…、しかし3年も経って私の居場所があるかどうか…」
「デバール辺境伯、リンザバラン国からの侵入者はあなたがいないと知るとデバール辺境伯領を襲った、そしてデバール辺境伯領が落とせないとなると各地を狙い始めた。だが、辺境伯領は未だ鉄壁の防御を誇っている。それはあなたの功績だろう? あなたが教えた事を忠実に守っている。そして何より…あの地の者たちはあなたが戻ると信じているようだったよ?」
ラティウス王太子殿下は遠い辺境の地に何度も訪れていた。
1つはこの地に更なる人材が必要かどうか、確認すること。
騎士団長であったマイヤー伯爵を送ったものの、辺境伯の軍の結束力が固くそこに余所者が入り込む余地はなかった。国からの指示でそこにはいるが、指示は全て副将軍のライオット・ハーベイが行っていた。だから、居た堪れなくなり前線に出たこともあった。
だが、ハーベイ副将軍たちはマイヤー伯爵を疎外する事もなかった。元よりアルベルの姑と言う扱いだ、ただ本当に自分たちのやるべきこと成していた。そのやり方にマイヤー伯爵も慣れていった。次第にハーベイ副将軍と連携をとり交代で休憩をとりながら上手く回っている。
折角上手く回っている地を乱すのは…と思うが、あの地をあの者たちを纏めていたのは間違いなく、今も ヴァルトス・デバールだった。
よって、戻るべき場所に戻す、それがラティウスの判断だった。
「いつまでもクラウス殿の父君に迷惑をかけたままでいいの? まだまだ現役でしょう? 引退して隠居するには早すぎるよ?」
「ふっ、買い被りすぎです。ですが、確かにマイヤー伯爵には随分迷惑を変えてしまいましたな」
「マイヤー伯爵にもね、私が王位に就くときには隣に騎士団長として横にいて貰いたいと思っているんだ、それにはデバール辺境伯に戻ってもらわないと困ると思わない?」
「ふふ、流石の手腕ですな」
「殿下、私には身に余る申し出です」
「知っているかい? 今や王家はデバール辺境伯とマイヤー騎士団長に見捨てられた言われているのだよ? 見捨てられたままでは王家の権威を示せないでしょう? 協力してよ」
「ぐっ、勿体なきお言葉です」
マイヤー伯爵は涙ぐんでいる。
ラティウス王太子の未来を信じてデバール辺境伯は辺境伯領へ、マイヤー伯爵はラティウス王太子殿下付きの護衛騎士となった。そしてクラウスとアルベルはラティウス王太子殿下の側近として王都で働くこととなった。ウルバスとキースはアルベルの護衛として同じように側にいることを許された。




