48、新しい人生−3
多くの家臣を交えて家族会議をした。
ヴァルフォーク国へ帰るか、マフォイ国に残るか…。
様々な意見は出たが、基本兵士たちは戻りたいと言うのが本心に見えた。
ここでは平穏な生活が出来る、だが兵士としての誇りもある、親 兄弟はここにはいない。
結論はヴァルフォーク国に戻る。
そこで、デバール辺境伯が娘アルベルを捕獲、説得の上 帰国。
と言う筋書きにした。
では、このトリム男爵領をどうするか…?
ゲイリックがそのまま家族と残ることになった。
ゲイリックは息子 ハワードに代替わり。流石にすぐにデバール辺境伯家の家令をすぐに引き継ぐのではなく、王都の執事 サイバルが家令を務め、ハワードは王都の執事となり経験を積む。
それから数人、また国を縦断するのが体力的にキツイ者や、怪我をしている者、そしてこの地をデバール辺境伯の第二の故郷・潜伏先として守りたい者たちは残ることになった。
クラウスとアルベルは今日はこの国で最後のデートする事にした。
今日は2人きりで街に出て買い物をしたり食べ歩きをして手繋ぎデートを楽しんだ。
不意にアルベルの頬にキスするクラウス。
ふふっと見上げるアルベル。
幸せそのものだった。
「ヴァルフォーク国へ帰ったら何しようか?」
「クラウは留学から帰るだけ…、文官にでもなる?」
「そうだね、それでもいいかな? アルベルは?」
「んーー、お父様の今後が決まってから考えたいわ」
「そうか、ならそれまでは僕のお嫁さんとして独占できるね!」
「うん! 旦那様ぁ」
「ふふ 奥さん」
「はい、あ〜ん」
「ん! おいひぃ じゃあこれも食べて あ〜ん!」
バカップル全開でイチャラブを楽しんでいた。
「そうだ、もう少し先に見晴らしのいい場所があるから行こっか?」
「うん」
アルベルが馬車に1人で乗って、クラウスに手を差し伸べる。
実は、1人で馬車に乗れるようになった。
クラウスが酷い仕打ちを受け死にそうになった事と、ウォルターを忘れると決めた事、そして訓練の結果、馬車に乗れるようになったのだ。ただ長年乗れていなかったので未だに緊張するし、用もなく乗りたくはないが、一歩前進したのだ。だからいつもはクラウスに手を引かれるが、今は大丈夫だよ、と示すかのようにアルベルが先に乗って手を差し出す。
その姿を見るたびにクラウスは胸が詰まる。
「頑張ったね」
「ふふ、クラウスの為なら頑張れるみたい」
アルベルは18歳、クラウスは20歳、長い年月を2人で乗り越え生きてきた。
何がなくても2人で一緒に居られれば幸せだった。
「うわぁぁぁぁ! 凄く綺麗ね!」
「うん、このマフォイ国の王都が見渡せて凄く爽快だね」
あっちでもイチャイチャ、こっちでもイチャイチャ。
肩を寄せ合って、見つめ合って、キスして、抱き合って、微笑み合う。
ザ・新婚!
そこに遠くからドドドドドとけたたましい轟音が鳴り響く。
何事!? と警戒した。
音の正体は、どうやら馬車が馬に追いかけられていた。
馬車の周りの護衛らしき人物が応戦しているが、馬には2人乗りして後ろから矢を放って攻撃してくる。その上、火矢を馬車目掛けて次々放った。命中した火矢は油が飛び少しずつ火がつき始めた。馬車を捨てるしかない。停まろうとすると火矢は馬車の馬にも突き刺さり暴走し始めた。だが、このままでは馬車は火だるまでどの道死ぬ。
「殿下―! 扉を突き破り外へ! 外へ出てください!!」
「殿下! 殿下を守れ!!」
「後方 ザイルとモーランは火矢を持つ馬を狙え!」
ドガッ!
「セルベス!」
4頭立ての馬車は加速していく、ここから飛び降りても大怪我を負うことは間違いない。
「アイザック! 手を出せ! 手を掴むんだ!」
「ああ!」
もう少しで掴めると言ったところで、矢が飛びセルベスの頬を掠める。
「くそっ!」
「ロステリア隊長! 馬を! 馬を切り離してくれ!!」
「分かった!」
二手に分かれて馬車から馬を切り離す。前の2頭を切り離すことができた。少しスピードが落ちた。次の2頭にかかろうと言う時、馬車の火が限界だった。
ロステリア隊長が後ろに下がり、飛んでくる矢を払い、セルベスがアイザック王太子殿下を馬車から救出する。
何とかアイザックを引っ張り出し、馬に引き揚げる事に成功した。
だが、まだ追手は諦めていない。
アイザック王太子を狙う輩は明確な殺意を持って追ってきている。
人数が多い、向こうは距離をとって襲ってくる、このままでは時間の問題だ。逃げ続けるにも限界がある。
そんな危機迫る状態で前にいたのは無関係の若い男女。
「危ない! 逃げろ!!」
それしか言えなかった。矢が飛び交う先にいるのは明らかにデート中の一般人。
「あれ!? もしかして、逃げろ!!」
「あっ!」
「あー、アイザック王太子が追われてるんだ」
「そうみたいだね」
「あ! あの男!!」
「どうしたの?」
「あの馬を操縦している男、クラウを襲った奴らだわ!」
「……つまり、僕を襲った罰で手首を切り落とされた奴らが殿下を襲っている…復讐?
うーん、それなら僕にも復讐する権利があるよね?」
「あるある、倍返ししてもいいと思う!」
重石にロープをつけて馬ではなく人間を狙い巻きつけて落馬させる。サッサと男2人の腹部を奪った剣でぶっすりと刺した。一応急所は外す。外したが勿論出血し激痛を伴う。そしてそこら辺に転がして、奪った馬で敵に向かう。アルベルが馬を操縦し、クラウスが敵の矢を落とし、斬りつけていく。
防御一辺倒だったものが一気に形勢が逆転した。
アルベルは奪った馬を操縦しながら奪った矢を放ち、敵の馬を操縦している人間を仕留めていく。近づくとクラウスに後ろに乗っている者は斬られ落馬、あっという間に敵は捕らえられていく。
クラウスとアルベルはご丁寧に全員 ぶっすりと腹を刺していく。
その後で、鞘でバッティングの様に頭を殴りつけていく。
「クラウス! ベルーシャ!」
バシッ! ドサッ! バシッ! ドサッ!
「クラウス、殺しては犯人を取り調べられない」
覆面している男たちのマスクを外そうとする。
「この内の6人はクラウを拐って暴行を加えた兵士です」
「まさか!」
マスクを外すと確かにあの兵士だった。
手を見ると、手袋に詰め物をして手首で縛ってある様に見せているが、確かに手首から先はなかった。
「何故、この様な事!!」
聞くまでもない事だ、兵士として生きる平民にとってはその収入源を断たれることは家族の生活を脅かす事と同義だ。しかも兵士になった者は家族の中では英雄、その英雄の利き手が切り落とされ罪人となった。恨みを晴らすべく人を集め機会を伺っていたのだろう、この者たちは超えてはならぬ一線を超えてしまったのだ。
「殺せよ! どうせ殺すんなら今殺せ!!」
「お前たち分かっているのか!? お前たちのやったことは立派な謀反だ! お前たちの家族まで全て皆殺しとなる大罪だ!」
「ねえ、以前クラウスを殴ったり蹴ったりしたのは誰?」
「ベルーシャ嬢、少しお待ちください!」
「前回はちゃんと我慢しました、その結果がこれでしょう? まあ、裁きに関しては関知しません。でも、クラウスの痛みに関しては別です。お返しさせて頂きます」
「悪いが、こちらが先だ」
「いいえ、譲れません。私たちは旅行中ですので今しかないのです」
「どこへ……」
思わずセルベスが聞きかけたが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「早く答えて? あなた? それともあなた? それとも全員?」
シーーーーーーーーン
「あー、この顔は覚えがあるな。確か朦朧とする意識の中で何度か踏みつけられたな」
クラウスはそう言うと回し蹴りをして男を吹っ飛ばした。
「それから、この臭いも何となく記憶にある」
同じように蹴り飛ばしていく。
結局6人とも蹴り飛ばした。残りの人間はガタガタ震えている。何故ならば仲間内では喧嘩が強い英雄がたった一発の蹴りで意識を無くしピクリとも動かなくなったのだから。
「それじゃあアクシデントはあったけど風景も楽しんだし、次に行こうか?」
「うん、じゃあさようなら」
スタスタ歩いて行ってしまう。
「ちょ、ちょっと待て! 今までどこに行っていたのだ? 国に帰ったのではなかったのか?」
「……今は結婚して新婚旅行中です。もうお目にかかる事はないと思います、お元気で」
「クラウ、次はどこに行こうか?」
「そうだね、隣の国にでも行ってみる? 何でも凄い剣を作る工房があるって聞いたよ?」
「わぁ素敵! お揃いの剣とか? 短剣とか作ってみる?」
「ふふ、喜んでくれると思った。じゃあ、準備して行こうか!」
「うん!」
「え!? 待て、待って 結婚したのか…おめでとう。それでちょっと待ってくれ。
えーーーっと、まずは礼を言う、今回もそなた達のお陰で事なきを得られた深く感謝する。そうだ! 何か礼がしたい! 暫しこの国に留まって頂けまいか?」
「お礼は今言ってもらったので、別にいいです。それに旅行中ですし…。またトラブルに巻き込まれるのは面倒なんで」
「ベル、本音がダダ漏れだよ、くす」
「え? ふふやだ。お礼はもう結構です」
「せめて! 食事! 食事だけでもどうかな!!」
凄く面倒臭そう。
「今日はウルバス殿とキース殿はいないのか?」
「今日はデートなので、いない…こともありません。多分、気づかれないようについてきています」
「そうか、お2人にも久し振りにお会いしたいな」
セルベスはウルバスやキースにも尊敬の念を抱いている。
「何か贈らせてくれ! いつも世話になっているばかりで何も返せないのは、王太子として沽券に関わる。何か、何か食事とは別に返させてくれ!!」
アイザック王太子の悲痛な叫び…ウケる。
「んーーー、なら一筆書いたものが欲しいかな。宛名なしに『この者たちの身分は保証する、害意なしと王家が認める』みたいな感じで。駄目なら別に駄目でいいですけど」
「…難しいことを言ってくれる。何故宛名なしなのだ?」
「殿下たちが知る名前が偽名だからです」
サラッと爆弾投下。
「は? 偽名!? 何故偽名なのだ!!」
「んーー、手っ取り早く言えば、私たち駆け落ちなんです。クラウスの留学に私が追いかけてきちゃったんです。クラウスは結婚して私の家に入ったので、正式にはクラウス・マイヤーではなくなりました。そして私はベルーシャ・ランデッドではない。だから名前入りで証書を作って頂いても意味がないんです」
「なら、正式な名前を教えればいいではないか!」
「クラウスに迷惑をかけたくないんです。だから、無理にとは言いません。どうしてもって言うから…、この国で捕まった時に便利かな?と思っただけなので、無理ならいいです」
「いや、…少し考えさせてくれ。なら、晩餐には付き合ってくれると言う事なのだろう? よし、一旦王宮に帰ろう」
「ウルバス、キース! 王宮へ行く事になっちゃった!」
大声で叫ぶと、2人が姿を表した。
「了―解」
皆で王宮へ向かった。




