47、新しい人生−2
夢じゃなかった!!
胸にキスマークがあった!!
ん? どこまでしたんだろう?
「クラウ…」
見ると真っ赤な顔で俯いてた。
「どうしたの!? 熱でもあるの!?」
「いや、違う そうじゃない。その…ごめん。昨日ちょっと理性が飛んで…嫌われたかと…」
「クラウ…あのね、下を触られて気持ち良くなって…その後覚えてないの。どこまでしたのか聞いてもいい?」
林檎より真っ赤になってる。
「あーーーー、その気持ち良くなったなら良かった…。えっと、その後すぐに眠っちゃったよ? だから、その最後まではしてないよ。元々最後まではするつもりがなかったんだ…、その最初は痛いって聞いて、ゆっくり慣らしたほうがいいって聞いた…勉強したから。
ごめんね、嫌いになった?」
「ううん、書類上で夫婦になっても何も変わらなかったし、これで本当の夫婦になればクラウスと離れないで済むかな?って少し不安だったから、あのまま…本当の夫婦になっても後悔なんてしないし、クラウスを嫌いになんてなるはずがない!
でもちょっと…クラウスが上手すぎて…、何でだろうって、不安には思った」
「ば!違う! 男同士だとそう言う話になったりしたのとか、勉強したのとかで、決して!決してベル以外の女性となんて考えたこともない!!
でも…、ベルを傷つけたり怖い思いさせるのは嫌だって思ってたから、ベルがもっと大人になった時って思っていたんだけど、少しずつ慣らすなら…とか 思ったりもして…欲望に抗えなかった、ごめん」
「ふふ、ごめんじゃないよ! 大好きクラウ ちゅ。いつだって私を大切に思ってくれる、愛する旦那様だよ!」
「…ふふ、実は今日ベルが怒って顔を合わせてくれなかったらどうしようって心配だったんだ。良かった、…愛してるよアルベル」
手を差し出したのでその腕の中に入って唇を重ねた。
今は学園にも通っていないので、自由を満喫している。
ここはマフォイ国のトリム男爵領。
ヴァルトス達がこの地を選んだのには勿論理由がある。
金遣いの荒いブラッド・トリム男爵に目をつけ探った結果だ。
ヴァルトスはデバール領の家令ゲイリック・ロータスを護衛たちと共に先に潜入させ、餌を撒いた。そしてまんまとトリム男爵は借金を隠してロータスを自分の養子にし、借金をロータスに押し付けトンズラしたのだ。
そして目でたくゲイリック・トリム男爵が出来上がったのだ。
こうしてトリム男爵領の乗っ取りが完了した。先に潜入させていた者たちで徐々に領民として潜り込み領地の2/3も確保していたので、滞りなく済んだ。
本来はクラウスに功を立てさせて、爵位を得させる気だったのだが、面倒に巻き込まれたので、結果、トリム男爵領に潜伏と言うことになった。ま、ここは小さな領地で農民以外は全員デバールの人間になったので、早々バレることもないだろう。
思ったより暇を楽しんでいた。
ウォルターはあの日、人質としての利用価値からリンザバラン国の兵に連れて行かれた。
最初のうちはデバール辺境伯の脅しのつもりで連れていたが、一向に連絡は取れず、更に探るとウォルターのせいで娘が行方不明となりデバール辺境伯にとっては宿敵のような存在とわかった。しかも戦況は良くない。役に立たないウォルターを連れ歩いて、情報が必要以上に漏れることを嫌い、捨てることにした。
リンザバラン国兵は山中で、何の役にも立たないウォルターに目隠しし、手を縛ったまま放置した。数週間一緒にいる中でウォルターは何も出来ない男だと理解した。
「調べたらな、お前の親父 騎士団長じゃなくなってたよ。お前は兄弟の中で出来損ないだったんだろう? 騎士団長の息子でありながら剣も振れず、馬鹿で役立たず。必要ねーから修道院に入れた、やっと出てきたのに、問題起こして一家離散に追い込んだって?
お前はこの国の人間じゃなくてうちの人間、仲間だな! 幸せな一家を壊すプロ、やるじゃねーか!! 何も出来ねーのに周りをどんどん不幸にしていく疫病神!」
「おい、まさか疫病神がいるから作戦が上手くいかねーのか!?」
「…まさかな。役に立たねーし、捨てるか!」
その言葉に打ちのめされていた。
自分では気づきたくない現実を他人から突きつけられ、どうしようもなく動揺していた。
本当は心の中で気づいていた。
修道院に入り奉仕の心を学び、神の教えに触れ、自分を顧みて、悟ったこと。周りが自分に興味を持って欲しい、褒めて欲しい、そんな子供じみた嫉妬だという事。
修道院での生活は次第にウォルターを楽にしていった。
誰にも比べられない、頑張らなくてもここでは平等に愛される。
何かを深く考える必要がなかった、ここでは決められたことを決められた通りにやり過ごせば良かった。誰かより優秀である必要がなかった。
家族と離れたことは寂しかった。
母親が恋しいことはあった。だけどここでは皆が持っていなかったから寂しさの共有が出来た。冷静になって優秀なアルベルも邪魔な存在だったが、本当のところ優秀な兄たちのようになれない自分が嫌いだった。
母親が3ヶ月に一度会いにきてくれる、それは自分を忘れていないと思えて他の者たちより幸せに感じた。
それが突如修道院から出て王都で学園に入るという、更にはあのアルベルと婚約するという…。自分の意思は関係なく連れ出され同年代と一緒にさせられた、そして生活が一変した。
何もかも上手くいかない、僕の苛立ちをアルベルにぶつけた。
ただ怯えるだけの女、昔はすごく優秀に感じていたが冴えない地味な女、人形みたいな女。
アイツらがいう通り、僕は1人で何もできない。やっぱり誰にとっても価値のない人間。
だから拘束を解かれても警戒もされない。モノの数にも入らない。
すぐに兵を呼ばれないために拘束されたが、本当に不用品を捨てるが如く置いて行かれた。
『僕は1人ではなにも出来ないんだ、置いて行かないでくれ』そう言いかけたけど、流石に敵国の兵士に『助けてくれ』ではなく『連れて行ってくれ』とは言えなかった。
ここには僕の居場所がない、何でもするから連れて行って…それを飲み込んだ。
そして置き去りにされた。
僕はこれからどうしたらいいんだろう?
疫病神である僕を誰が受け入れてくれるのだろうか?
家族は…無理だ、一家離散に追い込み、クラウス兄さんの大切な婚約者を奪い傷つけた僕を、誰が受け入れてくれるというのだろうか…。当てもなく歩き出し街を目指した。
そしてウォルターは自分の意思でもう一度修道院に入った。夜盗に襲われ記憶がないとしマイヤー伯爵家とは無関係に生きていくことを決めた。
それから1年半が経ち、ヴァルフォーク国のラティウス王太子殿下たちは卒業を迎えた。
卒業パーティーで断罪は行われるのか、行われないのか、アルベルは気になって仕方なかった。カスタングが何かあれば知らせてくれるだろう。ソフィアもいない、私もウォルターもいない、何も起こらない、きっと起こらないと思うけど、実際に終わるまでは落ち着かなかった。
それから数日経ってもカスタングから報告はない、どうやら乙女ゲームの時間軸が終わった。ラティウス王太子殿下は今もキャメロンと婚約関係にあるという。正式な婚姻は国内がもう少し落ち着いてからと言う事になっているらしい。
因みにウィリアムとシェネルは半年後に結婚が決まったらしい。
ギルバートとリアーナは2人一緒にラティウス王太子殿下の側近として補佐官室で働いているらしい。女性の側近に関しては周囲の反対も反発も多かったらしいが、ラティウス王太子殿下は強行した。
『女性だろうと男性だろうと優秀で仕事が出来れば私はそれでいい』
リアーナはアデレイド公爵家の人間で宰相であるケンウォーク侯爵家のギルバートの婚約者でもある事から、最終的には認められた。
ソフィアは結婚し子供も生まれてお母さんになっている。
既に次の子供がお腹にいるらしい。
それぞれがそれぞれの人生を歩んでいた。
私もクラウスと今は夫婦として幸せな生活を送っている。
やっと乙女ゲームの歯車から外れた気がする。
解放感で…涙が流れた。
もう、クラウスもお父様も巻き込まなくて済む!既に巻き込んだ感はあるが断罪はない!
良かった…良かった!!
もう、乙女ゲームに囚われなくて済む!!
「ベル! どうしたの!? 何で泣いてるの!?」
「ふぇぇぇぇぇぇ、大好きクラウぅぅぅぅ、うっぅぅぅぅ」
「あーよしよしよし 泣かないで…よしよしよし ほらおいで どうしたの?」
「なんかね、多分 ヴァルフォークで学園に通っていたら、卒業してきっと今頃クラウと結婚の準備していたのかな? そうしたらクラウはデバール辺境伯領に一緒にいたのかな? お父様は今も英雄として生きていたのかな? そんなことを考えちゃって…。
ずっとね、クラウやお父様、それにウルバスやキース、領の皆の幸せを私が奪っちゃった気がして考えると申し訳なくて怖くて、自分だけがクラウと幸せになっていいのか、偶に考えちゃってた。でも 皆が幸せそうに笑ってくれるから、このままでもいいのかなって」
「ベル…ずっと1人で抱えてきたんだね、苦しかったでしょう。 僕はね、あの時…ベルが僕に助けてって言ってくれたのがすごく嬉しかったんだよ。雁字搦めで息苦しい毎日、何かを恨みたい…でもどうにもならない、やるせない気持ちを抱えていた。その時に逃げたいって、助けてってその言葉で僕はやっと息ができるようになった。だからベルを恨んでなんかない、寧ろ僕を諦めないでくれて嬉しかった。
きっと、ウルバスさんもキースさんも仕方なくでも嫌々でもないと思う。それに義父上もね、みんなベルを愛してる、だから心配しないで、大丈夫だから」
「うん、うん、有難う…いつも愛してるって伝えてくれて有難う、私も愛してるよクラウ」
カスタングは現在ラティウス王太子殿下の護衛の任に就いている。
2年近く経っているのに、ラティウス王太子殿下はまだデバール辺境伯とアルベルを探していた。
「どこにいるんだ、アルベル…」
「殿下は何故デバール辺境伯やアルベル嬢を未だに探しておられるんですか?」
「んー、私はオリエンテーリングでアルベルと同じチームだったんだ。同じ歳でありながら彼女の洞察力、観察力、判断力、忍耐力、技能、行動力 何をとっても素晴らしく、あの時は自分が無知で無力に感じたよ。だから側近に入って欲しいと思っていた。失うには惜しい人材だと思っている。それに私の母の引き起こした事件の1番の被害者だ、早く彼女をいるべき場所に戻してやりたい」
「ですが、デバール辺境伯は既に爵位を返上しており戻る場所はないのでは?」
「そうです。それに正直、デバール辺境伯は我が国では英雄ですが、他国からは憎き標的です、少人数で動いて無事かどうか不明です。アルベル嬢にしても僅かな護衛と行方不明となれば、既に敵に捕まったか殺されたと考える方が自然ではないでしょうか?」
「そんなことはない! 彼女と護衛であれば敵に気づかれることもないだろう!」
シーーーーーーーーン
「すまない、ムキになりすぎた」
「殿下は彼らを元の地位にすぐに戻されるのですか? 罰をお与えにはならないのですか!? デバール辺境伯は守るべき領地を捨てたのですよ!?」
「私はそうは思わない、あれは王家の過失だ。信頼を失うだけのことをした。デバール辺境伯領は未だにリンザバラン国の侵入を許していない、これは辺境伯の功績によるものもあると思う。他の地域は戦火に塗れた地もあるが、デバール辺境伯領はないと言うことは、それだけ屈強な兵と戦略を作り上げたということだろう。
それに、娘が酷い仕打ちをされ家を飛び出したならば迎えに行ってやりたいと思うのもやむを得ないと思う。寧ろ、迷惑をかけまいと、父に伝えず護衛と屋敷を出たことに申し訳なさすら感じる。辺境伯とは領地に縛り付ける辛い仕事でもあるからな。
兎に角、私は元の場所に戻って欲しいと思っている」
ラティウス王太子殿下のアルベルに対する深い信頼がうかがえた。
『ふむ、ベルが戻ってこれるキッカケになるかな』
カスタングは状況をアルベルとデバール辺境伯にリラを使って報告した。




