45、嫉妬−11
「お待ち下さい!!」
「メディド卿とあの者たちだけでは…、私も共に参ります」
「お前は誰だ?」
「第20隊 隊長ロフタールです。ダニールとジールが…犯人かは分かりませんから…」
「低い可能性だな。お前はセルベスが信用できないと言うのか?」
「そう言う訳ではありませんが、随分そこの令嬢に入れ上げているようですので…」
「ふざけた事を言うな!」
「自分の隊の人間を信じられないとは大変ですね。正直どうでもいいです、私は一刻も早く救出に行きたい。だけど! 場所が分からないから案内が欲しいだけです! あなたが信頼できる人間かどうか私は分かりません、ただ、少なくともメディド卿はキチンとスベクソンに案内してくれる、そして犯人を確保した際、犯人は私の指示には従わなくともメディド卿の指示には従うでしょう、そして逃走を図ったとしてもメディド卿であれば阻止する事ができる、そう冷静に判断したに過ぎません。あなたがメディド卿の代わりになりますか?」
滅茶苦茶 喧嘩腰だった。
だけど、反論出来なかった。
そしてセルベスは内心かなり喜んでいた。
「ベルーシャすまない、分かった。ではセルベスと私も共に行こう!」
「結構です。であれば、ロステリア隊長をお願いします」
「何故私では駄目なのだ!」
「相手の人数も分かっていません。殿下の警備を考えると大人数で向かうしかありません、危険回避の観点で今は安全な場所にいて頂いた方が宜しいかと思います」
くっそー、グーの根も出ない。この状況下で私よりも冷静か!
「分かった、ではロステリア隊長 頼めるか?」
「承知致しました」
ベルーシャ、ウルバス、キース、セルベス、ロステリアはすぐにそこへ向かった。
スベクソンの厩舎に着くと、クラウスはいなかった。
だがそれにベルーシャの動揺はない。
「クラウスはどこだ!? 何故いないのだ!!」
「メディド卿、すみませんがここから馬での捜索になります。馬を用意して頂けますか?」
「ベル、お前も剣を持っておけ。メディド卿 申し訳ないが、私に1本剣を借りられますか?」
「承知した」
そこにいる者は、ベルーシャの勘違いではないかとは聞かない。何故か確信を持っているベルーシャに黙って従う。
その決断にウルバスもキースも異を唱えない。
馬に乗った3人はある程度距離を取り横に並走する。
前も横も下も上もあらゆる方向に意識をやり、クラウスの痕跡を辿りながら敵にも注意を払う。手で合図を送り合いながら馬の跡を右に左にと追っていく。暫く走ると、どこかの山の中腹にある山小屋に着いた。
馬が6頭繋がれていた。自分たちも馬を降り、静かに山小屋に近づいた。
山小屋の中に意識のないクラウスを発見した。
クラウスは薬を嗅がされ意識はない状態だった。
そして犯人と思しき人間は誰もいなかった。
「どこに行った?」
「恐らくこちらが近づいてきたことに気づいて逃げたか、潜んでいるかです。申し訳ありませんが、クラウスを見ていて貰えますか?」
「ああ、だが ベルーシャ殿だけで大丈夫か?」
「そうですね。6人もいると、捕まえた人間を捕縛出来ませんね。刺してもいいですか?」
サラッとひどい事を言う。
「まあ、獣が近くにいると餌になるかもしれませんが」
「ロステリア隊長は残って見ていて下さい。私は彼らと共に犯人を追います」
「ああ、そうだ 犯人はこれからも兵士として使いますか? 使わないなら足の腱を切りますが、問題があるなら、一応昏倒させておきます」
「なるべく昏倒で。暴れるようなら仕方ない、腱を切っても構わない。どの道兵士としてはもう使えない」
「了解しました」
「アイツらは追い込まれて何するか分からん、気をつけろよ」
「はい」
ベルーシャ、ウルバス、キースは既に当たりの様子に耳を澄まし気配を探る。
セルベスも騎士だ、山中の訓練も戦闘訓練もある。ただ、視界は木々で遮られる。相手が隠れ潜んでいる場合も、こちらを伺い襲ってくる場合もある。それに獣の心配もある。普段の戦闘より神経を研ぎ澄ます。
気付けば3人は全く違う方向に走っていく、それを目で追うだけでも難しい。誰の後をついていくべきか。
「ウゲッ!」
「うわー!」
「クソっ!」
様々な声の後、「うっ!」と声がして倒れていく音がする。
セルベスは3人の中、問題ないと思いつつもベルーシャを追った。
ベルーシャは鮮やかな手際で逃げて潜伏している者をあっという間に昏倒させた。
だが厄介なのは次だ、仲間が倒されたことにより、残っている仲間が自分の国の兵士ではない者たちに対し殺意を漲らせ、襲い掛かる。
「危ない!」
そう声を発した瞬間、コマ送りのスローモーションのように画面が止まる。
ベルーシャは獣のような柔軟に体を翻し、剣の鞘で後頭部を殴り倒し、あっという間に相手を昏倒させた。
終わってみれば、全くもって危なげもなく全員が倒されていた。
唖然として見ていた。
彼女は何故こんなにも戦闘になれているんだ!? 人に武器を向けることも、傷付けることも、足場の悪い山中での戦闘、3人は迷いなく潜伏した獲物に向かい目的を遂げた。
騎士としてこの国でトップにいる自分よりも余程戦士だった。
「あのーー、この人たち運んで貰えますか?」
近くで見たクラウスの体は傷だらけだった。
その体を優しく、大事そうに抱きしめている。
「ベル、クラウスを運ぶ」
その場を退くと、キースがクラウスを抱き上げる。
「私が連れて行く」
セルベスがそう言ったが、「結構です」その声は凍るほど冷たい。
『ああ、今 縁が切れた』
明るい場所に出ると更に酷い傷に目を伏せたくなった。
クラウスの顔の形は変わるほど殴られ、骨が折れていることも分かった。キースの体に紐で縛り付け固定した。
キースが背負い山を降りて馬を止めた場所まで来た。ここには馬車がない…、馬に乗せるのは危険と判断した、折れた骨が刺さったりすると厄介だ。3人は歩いて下山する事を選択。
急ぎロステリア隊長は馬車の手配をした。
セルベスはそんな3人に黙って付き従った。
先程までは山道をひょいひょい飛石を飛ぶかのように軽やかだったのに、今は慎重に降っているのが分かる。3人は王宮へ戻る道ではなく屋敷へ戻るつもりのようだったが、心を鬼にして言葉を発した。
「王宮で治療をします」
「治療…本当に治療して貰えるんですか?」
突き刺さる視線に身がすくむ。
「それに怪我の程度の報告もあります。私が責任を持って治療させます。ですから、このまま王宮へお戻り下さい」
セルベスは膝をつき、頭を下げて懇願した。
「王宮で拐われたのに信用できますか?」
辛辣な言葉だがその通りだった。
「今は信用出来ないのは尤もだ。ただ、王宮医官に診せる事は譲れない。後で言い訳させないためにも必要な措置だ。クラウスには回復するまで私が付き添う、絶対にこれ以上危害を加えさせない! 私の騎士生命を懸けて誓う、だからどうかこのまま王宮へ向かって欲しい」
そこへ馬車が到着した。
異様な光景だったが、やって来たロステリア隊長もその場に到着した他の兵士もセルベスに倣い皆が膝をつき懇願した。
ベルーシャは、握り拳を作って苦悶に満ちた表情を浮かべ、
「分かりました」
短く返答すると、キースの紐を緩め始めた。ウルバスも手伝いそおっとクラウスを外した。ウルバスに横抱きにされ、馬車に中に入る。その後をベルーシャもついていき、キースは馬で追いかける。
王宮に入る時ベルーシャはまだ帯剣したままだった。
「剣はこちらでお預かりします」
定型どうり警備兵が告げたがそれに対しベルーシャは
「お断りします」
拒絶した。一気に不穏な空気になったが、セルベスが取り成した。
「大丈夫だ、私が保証する。先に治療だ」
「は、はぁ」
クラウスの治療が施された。
一方捕まった6人は大した傷もなかった。
そして自白させた後、自白剤でもう一度自白させた。それにウルバスも立ちあう。
そして分かった事は、クラウスは薬で意識がないまま運ばれ、暴行を加えられていた。男たちの憂さ晴らしをその身で受けていたのだ。
薬で眠らされていたのは、1つは反撃を恐れてのこと、もう1つは顔を見られないようにする為だった。
その卑劣さに吐き気を覚えた。
男たちは第20隊の者たちで、大した苦労もしていない年下の若造が気に入られて、オンバック副騎士団長から剣術の手解きを受けたり、ロダン指南役と模擬戦を行ったことが許せなかったから。それに上層部がクラウスたちにヘコヘコしているのも気に食わなかった。
実にくだらない理由であった。
その馬鹿げた理由をじっと黙って聞いていたウルバスは、医務室に戻るとそのままベルーシャに聞かせた。それをベルーシャも黙って聞いていた。治療は済みあとは様子をみるしか出来ない。
アイザック王太子殿下の宮殿に1室与えられた。
翌日目を覚ましたクラウスは体の痛みに驚いた。男たちは不安から薬を嗅がせていたがそれがある意味、鎮痛剤にもなっていたので薬が切れるとかなりの激痛を伴った。
「クラウ大丈夫? 痛いよね? 何か欲しいものある?」
「クラウス 大丈夫か? ごめんな、お前にも護衛をつけるべきだった、1人にして悪かった」
「クラウス 骨が折れているからまだ動くなよ、何かあれば俺に言え、な?」
「ベル、ウルバスさん、キースさん 有難うございます。ところで、これはどう言う事なんですか?」
「「「あっ!」」」
説明していなかった…、クラウスに説明すると、やっと事態が飲み込めた。
クラウスに危害を加えた6人の兵士はすぐに処罰され利き手を切断され放逐されたと聞いた。
何とも後味の悪い結果だった。
クラウスにしても極刑は別に求めなかった。あまり大事にするのも悪手だからだ。
だから淡々とその結果を聞き飲み込んだ。
意識が戻ってからアイザック王太子殿下もセルベスたちもクラウスに謝罪に来てくれた。その後も泊まり込みでクラウスは看病され、1ヶ月王宮に留まった。
殆ど回復し自宅に帰ることになった。
「クラウス、酷い目に遭わせてすまなかった」
「二度とこのようなことがない事を望みます。そして、お世話になりました」
「ああ、もう少し静養が必要と聞いた、留学中だと言うのに無駄に時間を過ごさせて重ね重ねすまない」
すっかり消沈している。
「また元気になったら是非王宮にも遊びに来て欲しい」
そう言ってアイザック王太子殿下とは別れた。
セルベスも馬車まで送りに来てくれた。
「本当に迷惑をかけてすみませんでした。早い回復を願っております」
「お世話になり有難うございました。それでは失礼します」
馬車で帰って行く姿をずっと見送っていた。
『いつかまた、剣を合わせたり話をしたりできるだろうか…』
セルベスの願い虚しくそのままベルーシャたちの消息は途絶えた。
郊外の屋敷には戻ることはなく、忽然と消えてしまった。




