42、嫉妬−8
ベルーシャは帰ってからカスタングとクラウスとウルバスとキースの5人で早速 ロダン指南役として剣を合わせた。
確かにロダン指南役の動きは無駄がなかった。
「なるほどなー。流れるようなしなやかな動きだ」
「でもロダン様もそうでしたが、この動きをずっとやっていると左の腱に負担がかかるようです。この動きの時に、特に普通とは違う…そうか、こう足運びをすれば次の行動の阻害をしないんですが、ここでこっちに足を出すのでいつも限界まで伸ばした状態で捻るから、寒い時や何の準備もしていない時に腱が切れたり伸びっぱなしになっちゃうんだと思います」
「なるほどね…」
「剣聖クロムウエル様とも違う動きですね」
「デバール様とも違う」
「うん、お父様の剣筋は実用的で次の手が読めない、クロムウエル様は力で全てをぶった斬る様な真っ直ぐで力強い感じ、ロダン様は…剣技のお手本みたいな動きですね」
「ふふ、ベルじゃないけど、自分と戦ったらどっちが勝つ?の第2弾、この3人が戦ったら誰が勝つんだろうな?」
「本当だな、誰だろ…」
「心象では、1番先に負けるのはロダン様ですね」
「何故? 無駄のないお手本なんだろう?」
「まあそうですけれど、今のままでは左の腱に負担がかかってますし、何より既に足を痛めています。長引くほど庇って動きが悪くなっていましたから。それにこの国では実践をあまり積めていません。ロダン様を神格化し過ぎて、萎縮して本気で向かう前に負けてしまっている。それにロダン様が負けることを許されていないんです」
「あー、それはあるかもな」
「んじゃあ、次は?」
「そうですね。敵に対してで言えば、お父様の剣や動きは優れていると思います。ただ、1対1の剣術大会だとクロムウエル様かな?と思ったり…しますぅ?」
「あー、なんか分かるかも。デバール様は相手によって自分を柔軟に変える、だけどそこには完全なる殺意から来るっていうか、狙った獲物は逃がさない野生的な勘がある」
「ああ、睨まれると竦むよな」
「ああ、慣れるまではチビる」
「だけど、試合だと思うと手を抜く訳じゃないんでしょうけど、スイッチが入らないんですよねー」
「すげー分かる!」
「だから、同じアベレージを保てるクロムウエル様かな?って」
「「「「分かる〜〜〜」」」」
「でもベルは凄いな、こうして再現しちゃうんだもんな」
「ああ、真似に自分の癖が入らないのが凄い!」
「ああ、それ分かる! ベルの癖を狙おうとすると、切り替わってて癖が無くなったりする!」
「ベル、強くなったな。沢山訓練したんだろう? 偉いな、よく頑張った」
頭をポンポンするとカスタングの胸に顔を埋めてへばりつく。
「こんな甘ったれが こんなに強くなるなんてな」
「俺たちも世界の剣豪と滅茶苦茶訓練できて幸せだよ!」
「あははは、それな! 本来ならあり得ないよな! クロムウエル様となんてロダン様じゃないけど、会う機会もない」
「まさか、こんなに剣豪と(アルベル)剣を合わせられる下っぱはいない!」
「あははは、違いない」
のほほんと楽しい時間を過ごしていた。
王宮では、アイザック王太子殿下が目を覚ました。
「う、う〜ん」
「気づいたか?」
「あれ? セルベス…どうして?」
「覚えてないのか? いや思い出せ!」
「ああ? ……あーー、ベルーシャか。ベルーシャが面白くて…つい。
あっ! どうなった? ああ俺はこうなってるって事は倒されたんだろう? 他は? どんな状況だった!?」
「はぁぁぁぁ、お前ねーマジでヤバかったからな!! あのピシピシと殺気にも似た苛立ち、本気でヤバイと感じてた。それを煽りに煽って! ラン…ベルーシャ嬢が本気じゃなかった事に感謝するんだな! お前は格好つけてニヤっとしている間に一撃で倒されて、彼女は普通に一礼してみんなで帰っていったよ! 誰も動けなかった…。
お前、相手を見誤るな! ベルーシャ嬢は一度見ただけでロダン指南役を真似してみせた。それは規格外なんて生易しいものじゃない! 彼女はあの場で私たちを殺そうと思えば全員を抹殺する事ができた。 …彼女はお前とやり取りしながら言質を取っていた、苛立ちながらも冷静さもあった、だからお前は助かったんだ 分かっているのか!?
俺たちは! あの距離にいても何も出来なかった…動こうとした時には終わっていた。
それに…恐らくだが、ベルーシャ嬢だけじゃない。あの5人は皆それぞれが凄い技能を持っている。どんな事態に陥っても自分たちなら助けられると分かっていたし、ベルーシャ嬢であれば問題ないと判断し、見守っていたんだ。
ベルーシャ嬢が欲しいと思っていたならお前は間違えたんだ、最悪な形でな。彼女たちが国に帰ると言えば、止める手段はない」
「あーーー、悪かった。つい、夢中になって冷静さを欠いた」
頭をガシガシかくと、
「誰も怪我した奴はいないな?」
「ああ、みんな見ていただけだからな」
「そうか…。あーーーでも欲しいな、いやその前に知りたかったんだ。今までにない存在に好奇心が抑えられなかった」
「俺まで会えなくなったら…恨むぞ」
「すまん」
「ところで彼女はどう私を昏倒させたのだ?」
「はぁー、お前ねーーー。 あっという間だった…気づいたらお前の後ろに回って多分 回し蹴りで後頭部を殴ったんだと思う。倒れていくお前を見て次に彼女を見た時には何も持っていなかった。だから多分、恐らく、きっとってヤツだ、悪い お前の側にいたのに…何も出来なくて…」
「あーー、お前でもそのレベルかーーー、ますます知りたいなー!!」
アイザック王太子は少年のように目をキラキラさせてベルーシャ嬢に思いを馳せていた。
アイザック王太子殿下は使いを学園に送った。
だけど学園を2人とも休んでいた。
『クソっ逃げられたか…』
学園に権力を使って家を調べた。アイザック王太子とセルベスとロステリア隊長で住所の場所に向かった。
郊外のクラウスの屋敷に2人は同居していた。
身分を隠し屋敷を訪ねた。
「はい、何でございましょう?」
「私はレイヴン・ロステリアと申します。ベルーシャ嬢とクラウス殿と話がしたくて参りました。ご在宅でいらっしゃいますか?」
「申し訳ございません、只今お出掛けになっております」
「何処へ行ったか伺っても?」
「申し訳ございません、存じません」
「いつ帰って来るか言っていましたか?」
「生憎何も聞いておりません」
アイザック王太子は『役立たず!』と悪態をつきたい気持ちであったが、顔を隠して控えている為我慢していた。
「今日は帰って来るだろうか? もし帰って来たら私が訪ねたことを伝えて貰いたい。もし近くにいるようなら直接訪ねようかと思うのだが、どうだろうか?」
「左様でございますか、お訪ねになった事は勿論お伝え致しますが本日お伝え出来るかお約束できません。私見ではございますが、本日はお戻りにならないと思われます。お父上もご一緒でしたので…数日はお戻りにはならないのではないでしょうか」
「ん? クラウス殿とベルーシャ嬢は同居されているのだよな? どちらの父親が一緒なのだ?」
「お嬢様のお父上ですよ」
にこやかに答える執事。セルベスは内心物凄くショックを受けていた。
『そ、そこまでの仲なのか!?』
屋敷の中に入ることも出来なかった。
ただ、郊外でありながらかなり広大な敷地に侵入が難しそうな造りだった。
「あの門番も執事も只者ではありませんでしたね」
「何者なんだあの2人は? 屋敷にしても人にしても高位貴族もビックリするほど隙がない」
「全くですね、これほどとは思いませんでした」
「ただの伯爵家? いや違うな。取り敢えず、人をつけて戻ってきたところ話をするとしよう」
クラウスたちは少し離れたところの山に登っていた。
勿論 訓練の一環。手頃な雪山があったので2泊3日で登山訓練。
カスタングもいたが、アルベルはウルバスとキースの足の間でいつもの様に寝た。因みにカスタングはクラウスと寄り添って眠った。大好きなカスタングを大好きなクラウスに貸してあげたのかは定かではない。
ヴァルトスは若い頃は各地で前線に立っていた。それは平地だけではない。それ故 こう言った場所でも戦わなければならない事もあると、定期的に訓練を実施している。希望する私兵たちと気ままな訓練に明け暮れていた。
訓練を終えて屋敷に帰るとロステリア隊長が訪ねてきたことを知った。
「何のご用かしら?」
「そりゃーこの間の事だろうよ」
「この間って?」
「「「………。」」」
「王太子殿下を殴って帰ってきた事忘れちゃったの?」
「………ああ、そうだった。でも良いって言ったし…、カスたんとの時間を邪魔するから」
「あー、でも一応王太子だし、少しは譲歩してあげよう、な? 出来るよな? カスタングが国に帰れなくなったら困るだろう?」
「カスたんがいるうちは無理。だってまた会えなくなっちゃうんだもん」
「ランデッド伯爵はどちらに?」
執事のデミスがキースに聞いた。
「私兵たちとトリム男爵領にお戻りになっています」
「そうか、それが良かったやも知れん、分かった」
デミスはデバール家の王都の家を取り仕切っていた者だ。古参の使用人はそれぞれ武勇伝がある為、敬意を持って接している。
夕食の後、カスタングが突然別れを切り出して。
「アルベル、クラウス そろそろ俺は帰る」
「「え!? …………はい」」
いずれカスタングがヴァルフォーク国に帰ることは分かっていた。
だけどずっとこの楽しい時が続いて欲しいと思っていた。
ちゃんと見送らなくちゃいけないと分かっていても、込み上がる想いを飲み込むことができず嗚咽となって漏れてしまう。
「ほらベル、クラウス泣くな。おいで」
2人を抱き寄せて抱きしめる。
「2人はもう立派な紳士淑女だ。仲間もいる、大丈夫だ」
「「はい」」
「よし、すぐにまた来るとは言えないけど、リラがいるから連絡は取れる、な」
「うぅぅ〜カスたん…カスたん ふぅぅぅ」
「カスたんさん〜〜〜」
「じゃあまたな!」
「「ふぁぁぁぁいぃぃぃぃずびびびびび」
「おい、随分急だな、まだ2〜3日はいるんじゃなかったか?」
「ああ、まあな。俺がいるとベルが離れないから、王太子に目をつけられている今、これ以上敵対する訳にはいかないだろう? 私が帰れば1番穏便に済む」
「そうか、そうだなベルを守るにはそれが良いな。だけどたくさん泣くだろうな」
「久しぶりに会えて数日べったりだったから余計にな」
「まあ、お前たちがいるから大丈夫だろ?」
「「ああ、任せておけ」」
皆に別れを告げてカスタングが旅立っていった。
その日の夜遅くにアイザック王太子殿下ご一行が屋敷に訪ねてきた。




