39、嫉妬−5
オンバック副騎士団長もやって来た。
「先日は貴殿たちの機転で大事に至らなかったこと、この国の王太子としてる礼を言う」
この場合誰が話すべき?
内容的にはカスタングなのだが、カスタングはヴァルフォーク国の近衛騎士だ、あまり目立つ事は得策ではない。そこでベルーシャが代表に立った。
「勿体ないお言葉です。お役に立てたこと嬉しく存じます」
先程、案内役をしていたのは、レイヴン・ロステリア。
アイザック王太子殿下の護衛兵はこの兵の中でも『赤龍隊』と呼ばれ実力主義の殿下の下、精鋭が揃っている。正直 国王陛下の護衛兵より入るのが難しい。その赤龍隊を纏めているのが、レイヴン・ロステリア隊長だ。
つまり、皆が驚いていたのはその赤龍隊の隊長自ら出迎えている事も異常だし、オンバック副騎士団長だけでなくロステリア隊長まで共にいることにも驚いていたのだ。
ベルーシャ・ランデッド伯爵令嬢は先程までの気安さは全くなかった。
正しい礼儀作法に美しい所作、ついでに愛想もなく、どこから見ても完璧な伯爵令嬢だった。とても、先程と同一人物に見えないし、ましてや先日の公園で相手の剣を振るって戦っていた人物には見えなかった。
「それにしてもベルーシャ嬢は美しく強く礼儀正しく、正に完璧令嬢だね。この国の礼儀作法まで完璧となると、自国の礼儀作法も完璧なのだろうね。こんなにも完璧令嬢なのに剣術まで完璧なんてどんな風に育って来たのかな?」
「とんでもございません」
ベタ褒めされても驕るでもなくニコリともしない。
「ん? ベルーシャ 今日は随分畏まっているじゃないか?」
綺麗に微笑んで何も答えない。
「ん? なんでここにクラウスがいるんだ? お前はいなかったんだろう?」
オンバック副騎士団長は素を引き出そうとしているのか、話題を振ってくる。
「ベルーシャは馬車に乗れないので、事前に許可を頂きました」
「そんなに畏まるなよ、仲良くいこうや」
「オンバック副騎士団長はこの者たちと随分仲が良さそうだな?」
「ええ、クラウスは週に2度ほど剣術の稽古を見ていますし、ベルーシャも必ずクラウスにくっついているのでもう親しいと言っても過言ではありません」
いえ、過言です。
「ふふ、私の立場上難しいかもしれないが、私のこともオンバック副騎士団長のように仲良くして貰えると有難いな。
いやー、実はねベルーシャ嬢とは一度話して見たいと思っていたんだ」
王太子が話したいと言っているのに、ベルーシャは表情を変えない。
「ここにいるセルベスとよく話をするようだから、どんな人物か会ってみたいと思っていたんだ。この男は令嬢には無表情でね、誰かと話しているなんて見たこともない。それがベルーシャ嬢を巡って言い争いまでしたと言うから、興味があったんだ」
「止めてください、お戯を!」
そんな話にも反応しない。
「うちの国の令嬢が貴女に暴力を振るったとか、申し訳なかったね」
「覚えていないのです。その時体調が悪かったので、その令嬢については記憶がないのでお気遣い頂かなくても問題ありません」
「……そう」
5人ともあまり表情に出ない、食えない連中だった。
「和んでから本題に入りたかったのに、ちっともこちらのペースに飲まれてくれないね。
この間の刺客は、カストラーニャ国の者だった。あなた達のお陰で全員捕まえる事が出来たのだが、何も話さなくて困っていたんだ。だけど、あなた達があの公園で会話を聞き取ってくれた事で、だいぶ進展したのだ、感謝する。ところで、何故ヴァルフォーク国の者がカストラーニャ国の言葉を知っていたのか聞きたいと思ってね」
刺すような視線が飛ぶがベルーシャは全く意に介さない。
「私は小さい頃に事故に遭い馬車に乗れなくなりました。だから屋敷の中で家庭教師に勉強を教わっていたのです。その家庭教師が面白がって様々な国の言葉を教えてくれました。私は屋敷から出られないので、護衛と共に体を動かすか、家庭教師と勉強しているかしかなかったのです」
「ベルーシャ嬢はそうでも、他の者はどうなのだ?」
「我々は全員ベルーシャの護衛です。常に側にいたから自然と覚えました。それにベルーシャが覚えたての言葉を懸命に話してくれるので、合っていれば褒めるし、間違っていれば訂正する…一緒に勉強しているようなものでした」
「私は年下のベルーシャが頑張っているので負けないようにと一緒に覚えました。ベルーシャはベッドで飛び跳ねながら単語を覚えたりして、一緒にやるととても楽しかったから、勉強していると言うより遊んでいる感覚でした」
2人で見つめあって笑顔を見せる。
「ふふ 可愛いな。ベルーシャ嬢、他にも話せる外国語があるの?」
「どうでしょう? 昔は覚えていましたが、暫くやっていないので忘れたかも知れません」
「面白いね。普通の令嬢は少しでも出来れば出来ると言って、印象を良くしようと張り切るものだが、ベルーシャ嬢は自分を少なく見積もるのが好きみたいだ」
もし敢えてそうしているならバレたことに対して反応してもいいはずなのに、やはりベルーシャ嬢は反応しなかって。
「実践で使った事はないですし、私はこの国の人間ではないので…」
「当てにされたくない?」
「はい、いつまでいるかも分かりませんし、この国にも優秀な方は大勢いるでしょうから、小さい頃にちょっと齧った程度で大きな顔は出来ません」
「ふふ、本当に面白いな。セルベスが気にいるのも頷ける。
そうだ、ベルーシャ嬢の剣術を見たいのだけど、どうかな?」
「はぁー、私は何かテストされているのですか?」
「おい、不敬になる、素直すぎるぞ」
「いや、恩人に対し不快に思われたならすまない。テストとか見極めというより純粋に知りたかったのだ、周りにはいないタイプで。きっと貴女は学術でも剣術でも人並み以上に優れているのだろう。だがそれを自慢するでもなく、直隠すでもないその意図するところは何か? それを知りたい、どこまで出来るのか知りたかったのだ」
自信たっぷりの顔でベルーシャを見るが、ベルーシャは何の反応も示さない。
掴みどころのない女性だった。
セルベスもオンバック副騎士団長もロステリア隊長も呆れた顔で王太子を見ている。
「あー、ご不快に思われたらすみません、うちの王太子殿下はこういう人なんです。ところでウルバス殿のご意見を伺いたい。いや、意図的に隠しているなら言えないだろうが、もしそうではないなら、参考に伺いたい」
皆ギョッとしている、セルベスの物言いはウルバスに信頼を寄せている事が伺えた。
それは他国の密偵?に対する反応ではなかった。
『おいおいおい、冷徹な貴公子様がどうなってるんだ!? ベルーシャを好きになったらベルーシャの周りの奴らも全部良い人に見えるとかじゃねーよなー!?』
「ベルーシャが能力を自慢するでもなく隠す理由でしたか、発言をお許しいただけるのなら、簡単な事です。ベルーシャは他人と自分を比べた事がないんです。馬車に乗れないので、自分の屋敷の中が全てでした。周りは常に大人の教師、だから同年代と比べた時自分がどのくらいの位置か知らない。それから剣術もマナーの教師に厳しく躾けられていたので『令嬢たるもの』と叱られるので外では慎ましやかにと思っている。ただここにいる男はベルーシャにとって特別で一緒にいると子供に戻ってしまう、それだけです」
セルベスだけが納得している。
「最近はクラウスも子供に戻ってしまうほど…くっくっく 凄腕のこども使い? いや乳母です」
カスタングはウルバスを睨んでいる。
「こども使い? 乳母とはなんだ?」
「この男のことです。ベルーシャを赤ん坊の頃から面倒を見ていたので、ベルーシャは一緒にいると赤ん坊に戻ってしまうんですよ」
「酷いわウルバス…、キース違うわよね? え!? クラウ? えー!! まさか!」
カスタングを見ても全員が頷いている。
「だって…離れたくないんだもん」
カスタングの腕の服を掴んで上目遣いで見上げている。
そんな姿に目を綻ばせてベルーシャの頭をポンポンと叩く。
「うわー、激甘だなー」
思わず声が漏れる。
すると横にクラウスまで来た。周りはベルーシャを取られたことに対する嫉妬かと思ったが、次の瞬間目を細めたカスタングがクラウスの頭もポンポンと叩く。それを嬉しそうに受けるクラウス。1番驚いたのはオンバック副騎士団長、クラウスまで子供に戻ってしまう。
「おぉぅ、凄いな凄腕のこども使いだ」
「んーこうしてみると可愛い令嬢だな…それがあの腕、ますます興味深い、ベルーシャ嬢の腕を見てみたいのだが…、どうだろうか?不快であれば勿論強制したりしないが」
「クラウスしか見たことがなかったが、クラウスとベルーシャならどちらが強いんだ?」
素朴な疑問をオンバック副騎士団長が投げかけた。
5人の中でベルーシャ以外は苦笑いをしている。
ん? なんだこの反応?
「勝敗はあまり決めたことはないですが…あっ! 剣術大会の時はクラウスに負けちゃいました!」
後ろで4人が首を横に振っている。
「あれはベルが僕を避けようとして壁にぶつかったからでしょう? 僕じゃなかったら勝ってたでしょう?」
「クラウじゃなければあんなに楽しく出来ないもの」
「んー、そこが違うんだよね…はは」
「クラウスを追い詰めるほどの腕か…。試すなら誰が良いかな?」
「レイヴンはどうだ?」
「ご指示があれば構いません」
「ベルーシャ嬢はどうだ?」
「はい、詳しく存じ上げないので…、お任せ致します」
「あー、でもルールを明確にする必要がありますよ?」
王太子殿下の護衛たちに緊張が走る。
ルール? ロステリア隊長の勝ちに決まっている、こっちは王太子殿下のおふざけに付き合ってやるだけだ。そんな考えが透けて見える。
「あー、違いますよ。ベルーシャが勝てるようにルールを作りたいというのではなく、ベルーシャは勝敗に興味がないんです。だから剣を落としたら負けとかにすると、剣を落として終わりにしてしまうんで、実力を見たいというなら気をつけた方がいいと言う意味です」
「先程の剣術大会もクラウスと当たるまでは相手の剣を落として勝ち進んだので、周りからは大ブーイングでしたが、本人は気にしません。勝敗も勝ち方も負け方も興味ない」
「へぇー、何が1番ベルーシャ嬢を夢中にさせるんだろう?」
敢えて4人は黙っている。
餌をカスタングにすること…例えば、1日帰るのを延ばすとでも言えば、死ぬ気で勝利にこだわることだろう。だが、そうすると相手の生死が分からないのでお口チャック。
「オンバック副騎士団長はどう思う?」
「さあ、爵位とか?」
「馬鹿な!」
4人の様子を見るに違うらしい。
「この国の軍事機密?」
鎌をかけてみた。この者たちが何らかの意図があって入国したなら反応するはず、と。
だが何の反応もない。4人の反応も違う。どうやら本当に留学に来ただけなのか。
「軍事機密など冗談でも止めてください!」
「んーーー、降参だ。教えてくれ、ベルーシャ嬢を夢中にさせる魔法の言葉は何だ?」
コンコンコン
「殿下、ロダン指南役がお見えになっております」
「あー、そうだった。執務室でお待ちになって頂い…ちょっと待て」
明らかにベルーシャの目が輝いている。
「ベルーシャ嬢はロダン指南役に興味があるの?」
「ロダン指南役ってハワード・ロダン様ですか? 剣の寵児と呼ばれ、剣術の天才と有名なあのハワード・ロダン様ですか!?」
「ああ、そうだよ。ロダン指南役を知っているの?」
「いえ、存じません。ただご高名は予々、一度その素晴らしい剣技を拝見したいと思っていただけです」
「ふーん、そう。 ロダン指南役をこちらへお通ししてくれ」




