37、モヤモヤ
アイザック王太子たちは国営農園で孤児たちの扱いを確認。
「何か困っていることはあるか?」
「いえ、よくして頂いています」
「そうか、植物の生育状況はどうだ?」
「はい、こちらが植物の生育状況と出荷リストです」
リストを受け取り確認している間もセルベスはベルーシャと男のことで頭は一杯だった。
孤児院も成長した孤児を経営側に入れたことで、経営は随分改善された。
農園の野菜も回され食事環境も改善された。
孤児院に入所できるのは16歳までだった。だが、就職できなければ家なき子となる、そこで国営農園内に寮の様な宿舎も作ったことで、世の中に出る不安も減らすことができた。
今はここをモデルケースに地方にも作る計画中だ。
「おいどうした? さっきからベスは上の空だな?」
「ああ? あー、すまん、何でもないんだ」
その後もイマイチ身が入らない。
「おい、公園で何か食べてくか?」
「ああ、いいな」
『ふーん、公園に気になるものがあるのか?』
「ベルーシャか?」
「えっ! 何で!? ……あっ! 何でもない」
「無表情なお前が無表情じゃねーぞ? 何だよ、何が気になってんだよ! こっちが気になるわ!」
「悪い。 ……さっきランデッド嬢を見かけた気がするんだ」
「ああ、それでか。まあ公園に遊びに来ているんじゃないか?」
「ああ、そうだな」
それにしてもセルベスの様子は、気になる女を見つけたものとは思えなかった。
公園に着くと早速セルベスはベルーシャを探していた。
彼女は遠くで走り回っていた。
簡素な服に見えていた服は下にズボンを履いていて、先程の男とハヤブサを飛ばし合いっこしていた。暫くするとハヤブサをキースに渡して2人で体術をし始めたり、追いかけっこしたりして満面の笑みだった。
『あの格好って事はここまで馬で来たんだな…』
ジーッと見ていると、
「何だ、お?あれがお前のお姫様か?」
「馬鹿言うな。…ただの知り合いだ」
「ただの知り合い!? 馬鹿な奴…ふっ」
何度も顔を合わせているが、あんな屈託ない笑顔を見たのは初めてだった。
声もかけられずただ見ていることしかできなかった。
「キャーーーーーーーー!!」
バサバサバサ
女性の悲鳴に鳥が一斉に飛び立ち、声の方向を見るとガラの悪い男たちが1人の令嬢を人質に取り、連れ去ろうとしていた。
最初は物取りか誘拐かと思ったが、ガラの悪い男たちは次々に現れ武装していた。単なる物取りには見えなかった。
「た、助けて!!」
周りにいた者は波が引くようにいなくなって様子を伺っている。
「不味いな…アレは何なのだ?」
「ザック、離れるなよ!」
「お前たち、行けるか?」
「はい、勿論です!」
「いや、女性を人質にとっているのだ、軽く見てはならん!」
「何者なんだ!?」
「◯×△―!!」
「××◯×!」
「不味いことになったな。アレはよく聞こえないがカストラーニャ国の言葉のようだ」
カストラーニャ国とはこのマフォイ国の隣国で、最近不穏な動きを見せている国だった。
30人くらいと思っていたが、更に人が増えている。どうやら少し前から少しずつ入国し潜伏していたようだ。ここを集合拠点としていたようだ。今見たところ50人は居そうだった。
「ザック、相手が多すぎる、一旦ここは引いて作戦を立てよう!」
「…くっ! それしかない…か」
『はっ、ベルーシャは!?』
見回したが遊んでいた少女はいなくなっていた。
『ほっ、無事逃げたか』
そう思った次の瞬間、4人組が武装軍団を次々昏倒させていく。
あっという間に人質に取られた女性を救い出し、敵を倒していく。敵は殺す気でかかってくるが、4人は誰も殺さず昏倒させていく。粗方敵が倒れた頃、逃げ出す者もいた。それを追いかけて行き捕まえる手際の良さ。
「ア、アレは何なのだ!? 敵か味方か?」
「味方ではないでしょうか? 女性を救い出しましたし…」
「お前たちはあの転がっている奴らを逃げられないように捕まえて牢に入れろ!」
4人は顔を布で隠していた。
縛るものがないのか、そこら辺の蔦をナイフで切ってふん縛っている。
終わるとサッサと消えてしまった。
セルベスだけは4人に釘付けだった。
顔は隠していたが、さっきまで見ていた服装そのものだったから。
『今のはベルーシャだ、あの動きは何なのだ? 彼女は何者なのだ!?』
視察に来て思わぬところに遭遇し、すぐに帰らなければならなくなった。
帰ってすぐに事情聴取となった。
捕まってからと言うもの、誰も口を割らないので何も情報が引き出せない。
「お前たちを倒したあの者たちは誰だ?」
ピクリと反応はしたものに、やはり何も言わなかった。
セルベスは一人で昼間の4人について考えていた。
『あの動きは素人ではない。ベルーシャはウルバスやキースたちと変わらない動きを見せていた。何故 伯爵令嬢が剣を扱えるのだ? 彼女は何のためにこの国に来た? 私は果たして彼女の何を知っていたと言うのか…。
おかしいと思っていても私はまだこの事実をアイザックに報告もできていない。私はどうしてしまったんだ! 違う、これは直感? 私はこの時点でも彼女を信じているのだ、いや信じたい! 彼女から真実を聞いて自分の目で判断し場合によっては報告をする。だから…彼女と話す時間を欲しい』
セルベスは図書館で待ち伏せをした。
そして彼女が来たら話がしたいと願うつもりだった。
ところがこちらに向かって来る彼女はこの間の男と一緒だった。
仲良く手を繋ぎ寄り添い合いながら歩いて来る。その光景につい隠れてしまった。
『あの男は彼女の何なのだ!?』
そう思っていると声をかけられた。
「メディド卿 こんな所で何やってるんですか?」
ウルバスだった。
見るとベルーシャはいなくなっていた。
「ウルバス殿、彼女はいいのか?」
「ベルには彼がいるので大丈夫です。待ってたんでしょう? それなのに隠れて、どうしたんです?」
『既にこちらの事は把握済みだったか…』
「彼と彼女の関係は?」
違うことが聞きたかったのに、溢れた言葉は本音だった。
「え? あーーー、そう言うことか。酷い顔色だから何事かと思いましたよ。
あの男は、んーーー謂わばベルーシャにとっての育ての親です」
思っても見ない言葉に繰り返してしまった。
「育ての親? えっだって彼は若いじゃないか、何でそれが?」
「まあ内緒にしておいてくださいね。彼は私たちの元同僚です。彼女の母親は小さい頃に亡くなっていて、父親は仕事が忙しかった。だから護衛である彼が乳母のようにずっと世話してたんです。風呂に入れたり遊んでやったり、彼は訓練も背負ってやっていたし、添い寝もしてやってた。彼女にとって1番近い家族みたいなものです」
「そんな…だって彼はまだ若いじゃないですか!」
もう一度確認する。
「そうですね。屋敷にいる者たちはみんな家族みたいで皆でベルを育てていたところがあって、皆ベルに甘いんですよ」
「この間、カストラーニャの者から助けてくれた時、彼女の動きを見た。………彼女は何者なんだ!?」
「ああ、それが聞きたくてここで待っていたのですね。ベルはただの令嬢ですよ? さっきも言いました通り私たちが面倒を見ていたので、遊びが騎士訓練だったんです。そうしたら自然とベルまで剣が振れるようになってしまったってだけです」
「それだけ?」
「ふはっ! 確かにそう思うか。ベルは健気でね…、さっきも一緒だった男がいるでしょう? アイツの側にいたくて、寝る間を惜しんで訓練して、必死に真似して頑張ったんですよ? それにベルが5歳になる前になる為にアイツは騎士になる為にいなくなったのに未だに忘れない。ベルにとってアイツは父であり母であり兄であり家族の全てなんです。アイツが側にいると4歳の頃に戻ってしまうんですよ」
「いいお話ですが、それだけでアレだけの技能を持てるとは思えませんが?」
『おや、好きな女のことで上手く丸め込めると思ったが、案外冷静だな』
「そんなに不思議ですか? 2歳の頃から毎日訓練していれば女だって剣を振れるようになりますよ?」
「2歳から毎日?」
「そうです。だって我らの日課だから、我々と同じトレーニングメニューをこなしますよ。寂しがり屋でね。一緒にいる為には自分が我々に合わせるしかないと思っているみたいです」
「正直、私より技能が高そうだ」
「ははは、だからクラウスも大変なんですよ? 好きな女を守りたいのに好きな女が滅茶苦茶強いから必死で訓練してます」
ピクっと反応した。
『顔に出るあたり案外素直だな』
「確かにクラウス殿も高い技能だった…。あなた達は何者なんですか?」
「ん? 護衛ですよ? ランデッド伯爵家の私兵です」
「それだけ高い技能があれば近衛騎士にだってなれただろう? 少なくともこの国ではなれる、それだけあなた達は素晴らしかった」
「ベルは馬車に乗れないでしょう?」
「ええ」
「アレは我々の慢心が招いたことなんです。護衛でありながら確認を怠った、その結果 生死を彷徨うような目に遭わせてしまった。私とキースはもう二度とベルをあんな目に遭わせないと誓って訓練してきただけですよ」
「ただの事故ではないのですか?」
「ええ、まあ」
「襲われたのですか? まさか! 本当に彼女はただの伯爵令嬢なのですか!?」
『ちっ、喋りすぎたな』
「あまり詳しく話せませんが、幼馴染が優秀なベルに嫉妬してしでかした事です。申し訳ないがこの話は内密に幼馴染の悪意に未だに立ち直れないのですから」
「なるほど…それで未だに馬車に乗れないのですね」
心痛な顔を覗かせる。
「最近心境の変化があって、一人で馬車に乗り込めるようになったのですよ? 扉はまだ閉められませんが、ベルは日々自分に向き合い戦い進化しています」
「ふふ、あなたも父であり母であり兄なのですね」
「ええ、そうです。その自覚もあります。可愛くて仕方ありません! ですからあなたのファンに傷つけられるのを見ていられません。頼みますね?」
「すみませんでした。体調と怪我は大丈夫でしたか?」
「ふっ、ええ。あの時は体調が悪くて避けられなかったんです、それに私たちが殺されると聞いて逃げることも出来なかった。怪我はもう大丈夫です。
聞きましたよ? あの後もこっ酷く令嬢を罵り酷い噂になっていると…、ベルは気にしていませんからあまりやり過ぎないで下さいね」
「…はい、気をつけます。それから、有難うございます。話してくださったことも、あの公園でのことも…。気づいてらしたんですよね? 私があの場にいて、その場を動けなかったことも」
「まあ。カストラーニャの奴らが物騒なことを言っていたので、大事になる前にって。まあ、役に立ったなら良かった。おっと、だいぶ時間が経ってしまったので、これで」
「ちょっと待ってください! カストラーニャ国の言葉が分かるのですか!?」
「え? いや詳しくはないですが、少しだけ」
「あの時、アイツらは何て言ってたんですか!?」
「んー、確か少しだけ聞こえたのは…人質に取った令嬢の家を拠点にする…とかなんとか。だから、この国を攻めるのに令嬢の親を利用するんだと思って」
「そうだったのか!! 有難うございます! 本当に! またお礼は改めて!」
走って行ってしまった。
『ふぅー、ベルの事は誤魔化せたのか? まあいっか。アレ? 俺地雷踏んだ? イヤイヤ 大丈夫だよなぁ〜、はは』
完璧に何かの地雷を踏んだウルバスだった。




