34、嫉妬−1
セルベス・メディドはメディド公爵家の次男で、アイザック・マフォイ王太子殿下の幼馴染で親友。近衛騎士となり、親友を側で護りながら良き相談相手でもある。王太子殿下の側近は、近衛騎士でありながら自由になるのはそう言う事なのだ。
高貴な家柄に、群を抜いて何事も優秀、類稀な容姿、剣を抜けば大会で優勝。嫌味なくらい何でも出来る男なのだ。そして王太子の親友。だから次男といえど縁談は後を立たない。
周りの人間にとってセルベスはアクセサリーであり、利用価値がある存在。自分自身を愛しているわけではないと感じていた。
いくら『心から愛している』と囁かれても、セルベスの心に届くことはなかった。
あの時、ベルーシャを馬車に1人で試しに乗せようとしたのは、何かを疑ってのことではなかった。ただの興味本位からだ。ベルーシャが簡単に『気を失う』なんて言い、クラウスは色々言っていたが大袈裟に思っていた。だけど実際に見て罪悪感に苛まれた、実際にはクラウスの話より想像より衝撃的だった。
ベルーシャの体からは凄まじいまでの闘気が立ち上り、必死に恐怖に争っているのが分かった。意識が途切れるその時まで、必死に戦いもがいていた。
それを強く美しいと感じた。
そして彼女はクラウスとの間に深い絆を感じた。それも眩しく感じた。
生まれて初めて女であるベルーシャ・ランデッドに興味を持った。
何でも思い通りになる酷く退屈な人生に、心地よい風が吹いた。
メディド卿はオンバック副騎士団長のフリーの時間を調べ、夕方に2時間ほど空いている時間を見つけた。恐らく、この時間クラウスを呼んで稽古をつけているのでは、とアタリをつけその時間に図書館に行くようになった。予想通りベルーシャは護衛と共に図書館にいた。
真剣に読んでいたかと思うと、護衛と屈託なく笑う笑顔に打ち抜かれている自分がいた。
腕を組んで声も掛けられずに書棚の陰からベルーシャを見つめている。彼女が本を読んでいる姿をただジッと見つめた。
キースと呼ばれていた者が、彼女の耳から落ちた髪を掬って耳にかける。
『いいな』
また落ちてしまう髪、それに気もかけずに本を読み耽る彼女。キースはその髪を持って軽く編み込んでいく、ベルーシャは何をされても何の反応も示さない。右側だけ編まれた髪は不思議な髪型だったが、表情が良く見えるようになった。
彼女にもう一度謝りたかったが、邪魔する気にもなれず黙って見ているしかできなかった。
いや怖気付いたのではなく、彼女を見ていたかったのだ。
彼女は体を伸ばすと、ウルバスの耳打ちによってこちらを見た。
やはり2人はとっくに気づいていたのだ、私がここでベルーシャを見ていることを。
「どうかなさったのですか?」
ベルーシャの表情は何の憂もなかった。
「いや、この間のこと正式に謝罪しようと思って」
「この間のこと? 何かありましたか?」
「あー、多分馬車のことだろう」
「え? 馬車のこと?」
「そうだ、ベルーシャ嬢 先日はすまなかった。君には辛い事だっただろうに、興味本位でやらせるようなことではなかった。この通りだ、すまなかった」
メディド卿が頭を下げて謝罪していることに、図書館で見ていた全員が驚愕しその光景を見ていた。
「えっと気にしてませんし、問題ないです。それよりこんな公共の場で私に頭を下げることの方が問題があります。止めてください」
「いや、謝罪は誰にも分からないようにしては意味がない。許してくれ!」
「もーーー、止めてください! 怒ってませんし、許すだなんて大そうな立場でもありませんからー!! はい、はい許す、許します!! だから頭を上げてください。 長い長いメディド卿の足に引っ掛かった私が悪いのですから、怪我も治りましたしそんなに気になさらないでください、身の置き所がありません!!」
「キースごめんなさい、ここ片付けてもらっていい? ウルバス外へ行きましょう」
小声で指示を出し外へベルーシャとウルバスが行くと、メディド卿もついてくる。
周りは、ああ、そう言うことだったか、メディド卿は律儀だな、謝罪とは穏やかではないと思っていたが、まあそう言うことなら、と納得して行った。
「メディド卿、本当に毎日の日課みたいなものなので気になさらなくて結構ですよ」
「だが、君のとっては苦しみでしかない事を興味本位でやらせた私は最低だ」
『あーー、ど真面目で面倒だな』
ウルバスとキースの顔を見ても苦笑いするだけ。
図書館でも『メディド卿が来て見ているぞ』と言われていたが、アクションがなかったので放置していたとはとても言えない。
「何かお詫びをさせて欲しい」
「じゃあ、メディド卿の闘っているところが見てみたいです! 駄目ですか?」
花が開いたみたいに悦びに溢れた顔をしたメディド卿。
ベルーシャは当然、コレクションを増やすため。だけど護衛たちは見た!
『あー、これはアルベルに気があるな』
そう思ったが勿論教えたりしない、高みの見物でニヤニヤするのだ。そしてこれ見よがしにイチャイチャして見せつけるのだ。ふっふっふ。
メディド卿は自分の良いところを見せられると、やる気に満ちている。
そこへ丁度クラウスが帰ってきた。
と言う事で、実践形式でメディド卿がクラウスの稽古をつけることになった。
ニヤニヤが止まらない。
メディド卿はベルーシャに良いところを見せたくてニヤニヤ、ベルーシャとクラウスは強者の剣技を見る良い機会とニヤニヤ、オンバック副騎士団長はメディドが人間らしくベルーシャに構う事でピーン!ときてニヤニヤ、ウルバスとキースは様々な人間模様にニヤニヤ。
上級騎士訓練場にはギャラリーもいっぱい。
メディド卿が本気になっているところはあまり見る機会がない。しかも誰かに稽古をつけることなんてない。少しでも技を盗もうと真剣だ。相手は騎士でもない少年と言うことが腹立たしいが、文句を言えるはずもない。そして知る、あの男は騎士でもないのにオンバック副騎士団長に可愛がられて稽古をつけてもらっている者だと! 嫉妬の炎をメラメラと燃やしながらクラウスを見つめている。
圧倒的な強さでメディド卿が勝つ事を誰もが望んでいた。そしてクラウスの実力を白日の下に晒し、あの美少年の顔に土をつけて欲しいと願っていた。
オンバック副騎士団長の掛け声で始まった。
そこにいる誰もが思いがけない状況に驚いていた。
クラウスはさっさと負けると思っていたのに、目の前では死闘を繰り広げている。
オンバック副騎士団長も、今まで見てきたクラウスは手を抜いていることは分かっていたが、まさかここまでできるとは思ってもみなかった。しかもまだ余裕があるような気すらする。
クラウスはなるべくメディド卿の本気をベルーシャに見せるために、メディド卿を追い込んでいく。メディドは最近訓練をサボっていたツケが出たのか、クラウス相手に思ったように剣が振れていない。クラウスは先程から決定的なタイミングをわざと外して長引かせているように思えた。
『くそっ! 舐めやがって!!』
真剣にクラウスと向き合ったが、メディドはクラウスを上回ることはなかった。
クラウスはベルーシャの方を見るとメディドの首に剣を当てた。
「それまで! 勝者クラウス・マイヤー!」
シーーーーーーン
パチパチパチパチ
満面の笑みのベルーシャ、あの笑顔を自分に向けてもらうはずが…惨敗だった。
「お2人ともお疲れ様でした。無理を言ってすみませんでしたメディド卿」
「あ、いやこんな結果になって…情けないな」
「クラウもすっごく格好良かったよ! ふふ」
悲しいかな、ベルーシャの眼中にメディド卿は入っていなかった。
憐れんだ目でオンバック副騎士団長とウルバスとキースが見ている。
「クラウス、いつも手を抜いているのに今日は珍しいな」
オンバック副騎士団長はフォローのつもりで目一杯塩を刷り込んでいく。
「ベルーシャがメディド卿の懸命な姿を見てみたいと言うので、なるべく真剣になって頂くよう頑張りました」
「え? 私の懸命な姿? どう言う意味?」
「メディド卿は何でも出来るからあまり夢中になれるものがないと仰っていたので、メディド卿の懸命になっている時の姿が見て見たかったんです」
メディド卿の感情はジェットコースターのように乱高下。
私の格好良い姿が見たかったのか? → クラウスを使って格好良いところを見せた!
→ いや、負けたんだった…。結局格好良いにはクラウスじゃないか、ズーン
ウルバスとキースは手に取るようにメディド卿の気持ちがわかる。目を細めてニヤける顔を必死に押し殺し無になる。
元来絶対的不利なのだ、アルベルは剣技を模写することが得意で、カスタング、ウルバス、キース、パパ 英雄 ヴァルトス、剣聖ディラン・クロムウエルも完コピしている。
だから必然的にアルベルと訓練する者は「今日は剣聖で」とか「デバール様で」とオーダーすると、本人はいなくともコピーと戦うことが出来るのだ。日々訓練していると、それは上達しちゃうよね。
そして、今のメディド卿の実力はクラウスより弱い、それが全てだった。
「お2人とも格好良かったです。有難うございました!!」
ご満悦なベルーシャを見ていたら、負けて情けない姿の自分を惨めに思う気持ちがどこか消えた。次第にメディドは笑いが込み上げてきた。
「ははははは! うん、こんなに必死になったのは久しぶりだったよ、あーあ、勝って格好良いところ見せたかったな! 負けたけど楽しかったな、うん 有難う確かに夢中になったよ」
オンバック副騎士団長は驚愕した、メディドのこんなに晴れ晴れとした顔を初めて見たのだ。一皮剥けた、そんな気がした。いつも素直になれず斜に構えているところがあったが、今は年下の彼らに心を開いている気がした。良い出会いだったようだ。
オンバック副騎士団長がクラウスを可愛がる理由を示せたが、スーパースターであるメディド卿を負かした事を面白く思わない者が増産してしまった。
メディド卿は空いた時間は積極的にクラウスとベルーシャと関わるようになった。
「セルベス、最近楽しそうだね」
「殿下、そう見えますか?」
「ああ、見えるね。昔は余計な視線が面倒だと、この部屋から出ることもなかったと思うけど? 違う?」
「ふふ」
いつもだったらムキになって無愛想になるのだが、軽く流した。これも凄い変化だ。
セルベスは私と同じ人間不信だからな。
「何だ? とうとうセルベスも結婚するのか?」
「馬鹿! 11歳も年下なんぞ! それに彼女には恋人がいる!変な事を言うな!」
「ふーん、お前は誰を思い浮かべたの?」
「あっ!…いや、何でもない」
その顔は真っ赤に染まっていた。
『へぇー、これは驚いた、あのセルベスが27歳で遅めの初恋か…。もう少し突っ込みたいが、恋人がいるならそっとしておくべきか』
「でもさ、お前には初めての感情だろう? お前ほどの良い男であれば奪えるのではない?」
「ふっ、私は生まれて初めて『負けた』と思ったんだ、本当に完敗。彼女の恋人は何もかもが優れている。だけど彼女は人の優劣で好きになったり、身分で好きになったりしない。だから、どう足掻いても無駄なんだ。
ああ、確かに私は彼女に惹かれている、だから2人の仲睦まじい姿を見るのは、ほんの少し苦しくもある、でも若い友人を持てたことを嬉しくも思うのだ。何の柵もないただの友人、これも初めての感情だ」
「ふーん、なんだか嫉妬を覚えるな。私との関係は何なんだ?」
「ああ? あー、柵だらけの悪友だろ?」
「はは、違いないな」
セルベス・メディドは今までと少し変わった。
その変化を好ましく思った。
「あー、私もその2人に会ってみたいな」
爆弾が投下された。




