33、マフォイの日々−2
「何だって近衛騎士がベルにいきなり話しかけてきた?」
「会ったことねーよなー?」
ウルバスもキースも常に側にいるので、ベルーシャの交友関係は完全把握、因みに常に周りに気を配っているため、ベルーシャを見ていればこちらも認識している。だが、3人とも心当たりなし。
本棚に本をしまい外に出てみるとメディドはいた。
メディドは先程の男の護衛だろうに単独行動が出来る存在だ。
話とは何だろう?
あの場で拘束されなかったところを見ると、まだ緊迫した状況ではないらしい。ここで姿を消すのは悪手だろう。
「すみません、お待たせ致しました」
「ああ、ランデッド嬢 わざわざすまなかったね」
「いえ、お話しとは何でしょう?」
「んー、少し本題に入る前に話をしても良いかな?」
「はぁ…」
「ふふ、面白い反応だ」
『面白い反応ってなんだ?』
「私はね、凄くモテるんだ。迷惑だと言っても放って置いてくれないほどね」
『は? 何の話?』
「だから、貴女みたいな反応は新鮮でね。私はメディド公爵家の次男で王太子殿下の近衛騎士、その上成績も優秀、眉目秀麗だからどこへ行っても女性から秋波を飛ばされることは多い、それが何の興味を示さないからどこの令嬢か気になってね」
ウィンクがキモい。
私はクラウス一筋! 何で世の中の女性の全員が自分に興味があるとか思ってんだか!
言っとくけどクラウスの方が格好良いし、剣術も上だし、頭もきっと良いからね!
そ・れ・に! ラティウス王子にも興味なかったのに、何であんたにハート飛ばさなきゃいけないんだよ! プンスコ!
「それは申し訳ありません。まだこちらの国のことに詳しくないのです、日々についていくだけで精一杯で、失礼を致しました」
「プハっ! 冗談だよ、冗談! ランデッド嬢は真面目ちゃんなんだね。 ただ図書館で令嬢にしては珍しい本を読んでいたから気になっただけ。まあ、私を見ても反応を示さなかったから興味を惹かれたのは本当だけどね。まあ、留学生と知って納得だよ。
それじゃあ本題ね、君は何者なの?」
一気に雰囲気が変わった。鋭い目つきでこちらを伺っている。
あら、まあ。チャラ男を装いつつ出来る男だったのね。油断させておいて反応を見る感じ?流石 王太子殿下の護衛と言ったところか。
「え? 何者…とはどう言うことでしょうか?」
「んーーー、だってさ、君の護衛は只者じゃない、であるならば君は何者か、気になってね」
あー、そっちか。
「護衛が…なるほど。私はただの伯爵令嬢です。ただ、父が心配性で、留学するに至りつけてくれた護衛です」
「留学するのに雇ったってこと?」
肯定も否定もせず。
「私は小さい頃に馬車に細工されて事故に遭ってから馬車に乗れないのです。その事故以来、父が神経質になってつけてくれています」
「馬車に細工!? 何故そんな目に? 誰の仕業だったの!?」
「幼馴染です。彼の大好きな兄を奪ったと…。生死を彷徨ったものですから、過保護になってしまったんですの。身に過ぎたことですがお許しください」
「そうか、それはお父上も神経質になっても仕方ないね。馬車に乗れない以外は問題ないの? いや、伯爵令嬢が馬車に乗れないって大変じゃないか! え? どうしているの?」
「おー、何してるんだ?」
声をかけてきたのはオンバック副騎士団長だ。
メディドはオンバック副騎士団長に敬礼で応える。
「図書館で変わった物を呼んでいる少女と護衛がいたので声をかけました」
それ本人の前で言っちゃうんだ、つまり警戒は解かれたのかな?
「変わった物? 何を読んでたんだ?」
「各地の特産品や生息植物、気候や生息動物などです。令嬢らしからぬチョイスでしたので」
「ふむ、確かに。ベルーシャ、何でそんな物読んでたんだ?」
メディドはオンバック副騎士団長がベルーシャと呼び、親しげであることに驚いた。
「折角留学しているので、クラウスと旅行にでも行きたいなって思って何処か良い場所がないか探してました」
クラウスとは…。
ベルーシャはクラウスと手を取り合って見つめ合っている。
「ベル、何処か良いところあった?」
「んー、知っている場所もないから何処がいいか分からないの。暖かい所とか美味しいものがある所とか、クラウはどんな所がいい?」
「んー、僕はどこでもいいよ? ベルが行きたい所が僕の行きたい所だから」
「やん、私もクラウが喜ぶ所に行きたいわ」
副騎士団長やメディド卿がいても構わずイチャイチャしている。
「副騎士団長はランデッド嬢と面識があるのですか?」
「ああ、クラウス・マイヤーに目をかけていて、その恋人だ。ベルーシャは馬車に乗れないから常に一緒にいる。図書館にいたのもクラウスを待っての事だ。ベルーシャ待たせてすまなかったな」
「いえ、クラウスとどこに行こうか考えるのも楽しかったです」
片手はクラウスと繋がっている。
「あー、なるほど。道理で私に興味がないわけだ。仲の良い恋人がいたからなのだな」
フフと笑って誤魔化す。
肯定すればメディド卿に恥をかかせることになるからだ。
「後ろの2人も随分優れた者の様に見えたので」
「そうだな、うちの近衛に入れるほど優秀だろう。だが、こちらも勧誘したいところだが、忠誠心が厚いのか、こちらに興味を示してくれないんだ」
ほへー、クラウスだけじゃなくてウルバスやキースも隙あらば狙ってたのか。
「どれ、話でもしながら送って行こう」
「「有難うございます」」
「私もご一緒して宜しいですか?」
「ああ」
「いつ旅に行くんだ?」
「いえ、まだ具体的には決めていません。私たちは学生ですし、行くとしたら長期休暇に入ってからでしょうか?」
「そうだね、折角だからゆっくり回りたいしね」
「ん? ちょっと待って、ランデッド嬢は馬車に乗れないのにどうやって旅行に行くんだい?」
「聞いて驚くな、ベルーシャは1人では馬車に乗れないが、クラウスと一緒であれば乗れるんだ! 愛だろう? 愛だよな。切っ掛けはあったのか?」
案外2人の恋バナを聞きたがるオンバック。
「私は馬車に乗れないので遠出する時は馬で行きます。社交界デビューの時も領地から馬で向かいました。馬が抉った小石や土で額に傷を作りそれを見たクラウスが、途中の馬車の中で待っていてくれたんです」
「おうおう 案外当たりどころが悪いと痛いよな、顔に傷か…可哀想にな。それで?」
「いつ着くか分からない中、馬車で待っていたので風邪をひいてしまって…、意識がなくなってしまって、クラウスを医者に診せなくちゃと必死で馬車に乗り込んで走ったんです。結果、クラウスとだけは馬車に乗れる様になりました」
「ですがそれもすぐにではありませんでした。少しずつ慣らして1年くらいかけてやっとです。小さい頃からずっと練習しているのですが、なかなか難しく可哀想でなりません」
ベルーシャの手を取り眉間に皺を寄せる。
「そうか、クラウスがいない時 馬車に乗るとどうなるんだ?」
「気を失うようです」
「ベルったら、そんな簡単に言って…。まずは顔色が悪くなって固まり、震え出し汗を浮かべます。呼吸が不規則になって見ていても分かるくらい体が揺れだし、眼球が上下し始め、ふっと体の力が緩み意識を失います」
「いつも迷惑をかけてごめんなさい」
「馬鹿、迷惑なんかじゃない。心配なだけ」
そう言うとベルーシャを抱きしめた。
メディド卿は驚愕しオンバック副騎士団長と彼女の護衛たちを交互に見るが誰も動揺しないところを見るといつもの光景らしい。
「2人は婚約しているの?」
まあ、当然の反応だよね。
「いずれはと思っています」
2人で見つめ合って微笑んでいる。
「まあ、これだけ仲が良ければ割り込む奴もいないだろう。あー、でもクラウスは優秀だからチャチャ入れてくる家もいるんじゃないのか?」
「どうでしょう、僕は6歳の時から彼女を護ると決めて彼女一筋なので、彼女以外の女性は興味ありません」
「そ、それは凄いね」
恥ずかしげもなくベルーシャへの愛を語るクラウスに若干引き気味。
「ところで何故2人はマフォイ語がそんなに上手なのだ?」
マフォイ国にヴァルフォーク国の者が殆どいない理由の1つが母国語が違うからだ。
2人は辺境伯の元で周辺国の外国語も小さい頃から学んでいたので読み書きに困らない。
他国に潜入する場合も、密偵から情報を得るためにも必要だからだ。
「彼女が学んでいたので僕も学びました」
「私は幼い頃に母を亡くしたので、家庭教師と共に過ごすことが多かったので何となくです。小さな私が屋敷の中で1人で出来ることが本を読むことくらいしかなかったのです」
「へぇー、それでここまで流暢に話せるだなんて凄いな」
「ふふ、この国に来るまでは通じるか分からなかったのですよ? 通じて良かった、ねえクラウ!」
「本当だね」
「クラウスは何で? 簡単ではなかっただろう?」
「ベルは努力の子で、僕たちと一緒に遊ぶためや、周りの者が喜ぶからといつも全力で頑張ってました。そう言えば、覚えるためにベッドの上でピョンピョン跳ねながら体を動かしたり、独特なことをよくしていました。覚えが早くて僕たちより勉強が進んでしまうから負けないようにこちらも頑張っていたんです」
「もう、クラウったら! 今はそんな事してないんだから!」
「ふふ、本当に? 嘘だよ、知ってる。廊下ダッシュはしてないよねー?」
「もう、クラウったら! 意地悪!」
クラウスの胸を軽く叩く。その手を掴み抱きしめる、そして見つめ合って体を揺らす。ベルーシャの膨らんだ頬を指で突いて微笑む。
所構わずどんなネタでもイチャラブする2人。こうなると流石にメディド卿も見慣れてきた。
馬車についた。
「ねえ、1人で馬車に乗って見てくれない?」
「おい、いい加減にしろ、すまんなベルーシャ」
「構いませんよ、では行きます!」
「おい、無理しなくていいんだぞ?」
「いえ、普段練習しているので構いません、出来ればクラウスに迷惑かけない様に頑張りたいんです!」
馬車の前に立ち挑む。
ベルーシャは、話に聞いていた通り冷や汗を流しガタガタと震え始める。肩が上下に揺れドレスを握りしめ、自分の足を叩いて一歩を踏み出そうとしているがその一歩が出ない。横から見ると目は見開き、眉間に皺を寄せ、口は「出来る、出来る」と唱えている。
メディド卿は自分の軽率な言葉を反省し、もういいと声を掛けようとすると、護衛たちが素早く近寄ってきた。次の瞬間意識を失い崩れ落ちた。それを護衛がキャッチし抱きしめる。
その顔は真っ青で玉のような汗が滲み、流れた汗が必死に過去のトラウマと戦っていた様子を物語っていた。
ベルーシャは護衛の胸に抱かれ、背中をポンポンされている。
クラウスは意識のないベルーシャの手を取り、声をかける。
「ベル、大丈夫、大丈夫だよ。もう怖くない、みんないるからね。大丈夫だよ、ベル」
あっけらかんとして挑んだが、ベルーシャは5分経っても意識は戻らず、オンバック副騎士団長とメディド卿は焦り始めた、クラウスにも護衛たちにも動揺はない、恐らくいつものことなのだろう。
「ん、んー。有難うウルバス」
そう言うと胸にしがみついている。
「もう、平気か?」
「うん」
それを聞いて頭をぽんぽんと叩いた。
クラウスはウルバスから受け取りベルーシャを立たせると自分に寄り掛からせて、ボーッとしているベルーシャの背中を同じようにポンポンと叩いて落ち着かせる。
「ランデッド嬢、無理をさせてすまない」
「いえ、いつもの事ですから」
カクンと膝が落ちる。それを受け止めるとクラウスはベルーシャを姫抱っこした。
「まだキツいなら寝てていいよ」
「ん、有難う」
そう言うとクラウスの肩に頭を乗せて目を閉じた。
「クラウス、ベルーシャは大丈夫か?」
「ええ、きっと大丈夫です」
そう言うとベルーシャの頭にキスをした。メディド卿は気まずさを感じていたが、何事もなかったようにクラウスたちは2人と別れ馬車で帰って行った。




