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30、それぞれの生活−2

ウォルターはどこかの小屋で頬を打たれて目を覚ました。

「うぅぅ、痛っ 何だここ?」

「お前、ウォルター・マイヤーか?」

「は? そう言うアンタは誰だよ!」

ドスっ!ドガっ!

「口の利き方がなってねーなー。お前状況理解しているのか? 正直に答えないとまた痛い目に遭うぞ? お前がウォルター・マイヤーかって聞いてるんだ、答えろ」

「そ、それがどうしたって言うんだ!」

ボコっ! 

「学習能力がねーなー。『はい』か『いいえ』で答えろ。ウォルター・マイヤーか?」

既に顔面には男の足の裏が見えている。

「ああ、そうだよ。だからそれがどうしたって言うんだ!」


「人質になったって事だ。ウォルター・マイヤーじゃなきゃ今すぐ殺して、ウォルター・マイヤーだったら餌として使う、それだけだ。暫くおねんねしてな!」

バスっ!




『ウォルター・マイヤーを預かっている。返して欲しくば、5日後にヴァルトス・デバール一人でシバレク山の山小屋に15時に来い。まさかと思うが、英雄様が一人で来なかった場合は、娘の婚約者 ウォルター・マイヤーは殺す』


そう記された手紙が王都のデバール辺境伯の屋敷に投げ込まれた。

だが、その時既に王都のデバール辺境伯の屋敷の者たちはクラウスと共にマフォイ国へ発ってしまっていた。だから屋敷はも抜けのからだったのだ。

誰にも見られることがない手紙は、元辺境伯の屋敷の門扉に落ちていた。


御者はいつまで経っても戻ってこないウォルターを待ち、屋敷の者たちも異変に気づくことはなかった。気づいたのは、翌朝になっても戻ってこなかったため、御者が一度屋敷に戻って報告し、屋敷の者数人で昨日ウォルターが遊んでいた屋台に聞き込みをして夕方には帰ったと証言を得てからだった。


屋敷の者は困惑した。現在、マイヤー伯爵家の者がいない。取り敢えず王都の警備兵に知らせ、急ぎマイヤー伯爵領のマイヤー伯爵にも知らせを送った。

しかし、マイヤー伯爵領は遠く、往復で戻って来るには20日間くらい必要だった。つまり今は王都の警備兵を頼る以外なかった。

クラウスが行方不明であればデバール辺境伯家にも相談したのだろうが、ウォルターの事では相談できなかった。それにデバール辺境伯家が空なのは知っていたので誰も訪ねることはなかった。



ウォルターは生まれて初めて喉の渇きや空腹を感じた。それに痛みも、幼い頃の訓練とは違い容赦のない暴力と言うものを初めて受けた。この間アルベルを思いっきり蹴り飛ばしたその時も自分の足がかなり痛かったが、その比ではなかった。親にも殴られたことないお坊っちゃまは暴力による痛みと恐怖に啜り泣いていた。

謂れのない理不尽な暴力にただ怯えることしか出来なかった。


「何で私を拐ったのだ?」

「……………。」

「何を待っているのだ?」

「……………。」

「私を殺す気か? 殺さないよな? 金か? おい!」

ドカッ!

「うるせー! 黙れ!!」


『何でこんな目に遭うんだよ!!』


「まあいい、お前の命はあと5日だ、待っているのは首だ。首が届かなければお前の首を持ち帰るまで」

「なんでだよ! 何で私がそんな目に遭うのだ!」

ドカッ!

「うぅぅ いだい…」

「口に利き方に気をつけな! お前がデバール辺境伯の婿になるからだよ!

こんなヒョロヒョロの役立たずが、次の辺境伯? 舐められたもんだぜ!」

「はぁぁ? 違う違うんだ!! 私とアルベルの婚約は解消された! 私は辺境伯とは何の関係もない!!」

「はっ! 言い逃れにしては稚拙だな、お前がデバールの一人娘と王妃の命令で婚約したのは有名な話だ」

「そうだ! 確かにそうだったが、今日家を出る前に王宮から婚約を白紙に戻すと書簡が来たんだ! だから今は婚約者ではない! お前たちの勘違いだ!!」

「ふっ、騙されるか! 一国の王妃の決定がそう簡単に覆るわけないだろうが!

まあ、お前はデバールが来ようと来まいと5日の命って訳だ。最後の晩餐を精々楽しめよ」

「違う! 違うんだ! 私じゃない!! またアイツのせいで私がこんな目に!

アルベル! 殺しておけば良かった!!」




「うぅぅ、イヤ! はっ、う゛ぅぅぅ、やめて! 嫌 怖い! 怖い!!」

アルベルはいつもの様に魘されている。

いつもならばウルバスかキースが抱きしめながら寝かせるのだが、今日はクラウスを呼んだ。実はクラウスも初めてではない、以前も一緒に眠っていたので知っている。

寝ているアルベルの横にそっと潜り込み、抱きしめてキスを贈りながら、宥め言い聞かせる。

「アルベル 大丈夫だよ、僕が傍にいる、ちゅ 安心して眠っていい、いい子だね よしよし ちゅ いい子だ。もう怖い夢は見ないよ、大丈夫 これからはずっと僕がいるからね」


「ふぅぅぅ…ふぅ、んーーーー」

苦しそうな声から力が抜けていく、安らかな寝息に変わっていく。

クンクン匂いを嗅いでいる。

『ヤバイ、臭かったかな? 風呂には入ったけど…、場所をずらすか』

「やん、クラウの匂い、行かないで」

無意識にクラウスの匂いと、その濃い匂いを辿り鼻を突っ込んでいる。

脇の下とか、上ってきて耳の中とか後ろとか、クンクンしてちゅ ちゅとキスを落としていく。スリスリと肌を寄せてニコニコしている。先程までの苦しそうな様相はどこにもない。

でも、こうされちゃうと、クラウスの男としての本能が呼び覚まされてしまう。


「あ、待って。ちょ!ベル駄目! あっ!そこは…あ! ダメだったら…ヤバ あっ!

駄目それ以上は触っちゃ! はぁう」

夢の中でアルベルはクラウスの匂いのする犬と遊んでいた。モフモフが気持ち良くてふんだんに匂いを嗅ぎながらモフって甘噛みしてクンクンしてキスをして抱きしめてへばりついて絡ませて…堪能していた。

その横でクラウスは必死に理性と戦っていた。


アルベルはクラウスに組み敷かれていた。

両腕を万歳の形で押さえつけられている。

「ねえ ベル僕の忍耐力を試しているの?」

「う…う〜ん」

寝惚けて開いた目にはギラついたクラウスの顔があった。

クラウスは狼狽えて、すぐに手を離した。

「ごめん、ベルがその…いっぱい触るから…その悪戯な手を押さえつけていただけで…」

アルベルはクラウスの首に腕を回すとそのままグイッと自分に引き寄せた。

そして正面からクラウスの唇にむちゅーーーーっと唇を重ねた。

「はー、幸せ。目を開けたらクラウスの顔がある。好き、好き、はぅ大好き ちゅ ちゅ」

『喰われる! ……ん、ま いっか』

抱きしめあって深いキスを重ね、互いを抱きしめて眠った。


結局その日からクラウスとアルベルは同じベッドで寝ることにした。




マフォイ国の学園では同級生として同じクラスにいる。

清く正しく美しく優秀で仲睦まじい二人は憧れの的だった。

アルベルは護衛を連れていない。ここではデバール辺境伯の一人娘ではなくただの伯爵家の娘、ベルーシャ・ランデッドだからだ。


クラウスは剣の腕を見込まれて、王宮の騎士団の見学が許されたのだ。

今回は、学園に剣を教えに来ている王宮騎士が、勝手に誘ったのだ。

クラウス・マイヤー伯爵子息、クラウスは偽名を使っているわけではない。もしかしたら知ってて、母国には帰らないつもりなら取り込むつもりだったのかも知れないが、今回は有望株のクラウスに『憧れの』王宮騎士を見せつけるつもりで、呼んだのだ。その際に、

「彼女ベルーシャは私と共にでなければ馬車に乗れない為、連れて行ってもいいでしょうか?」

何だそれ? ちょっとイラッとしたが、今回は見学という事もあって一緒に見学に来ることを許可した。



王宮の騎士訓練場に現れたクラウスとアルベルはおままごとのように仲睦まじく場違いであった。どこかの良家の貴族であることはすぐに分かった。品定めするかのような視線があちこちから飛ぶ。


「まあ、品のいい奴らじゃないからあまり勝手に動き回るなよ。

ここで基本的に訓練を行なっている。週に一度、指導官が来て剣技や実践訓練を行なってくださる。それからあっちが食堂で、向こうに見えるのが医療棟だ。怪我したり、大規模な軍事訓練の際、必要な物資などが置かれている」


案内役は王宮騎士のローラン、聞いてもいないのにご自慢の騎士棟を説明して歩いてくれる。物資の話までしてくるあたり、マイヤーについて何も気づいてはいないらしい。

男女の子供が手を繋いで歩いているくらいにしか考えていないのだ。


どこも下っ端は似たようなものだ。

丁度、向こうから10人指導教官と呼ばれる者が歩いてきた。するとすぐにピリッとした緊張感に包まれた。今までとは剣を持つ騎士たちの目が違う。指導は的確だった、まあ実行できるかは個人の差があるが、細かくチェックしている。


『指導教官たちの腕も見たかったわね』

『そうだね』


「おい、ローラン そいつらはなんだ?」

「はっ! この者たちは学園生です。このクラウス・マイヤーはなかなか見どころがあるので、卒業後の進路の参考に騎士の訓練を見せています」

「見どころがある…ねえ」

「面白いじゃないか、ならグイド手合わせしてみろよ」

「はい」

「お前もいいよな? かわい子ちゃんの前で恥かくのは嫌か?」

「そうですね、彼女に格好悪いところは見せたくはないです。でも折角の機会ですので宜しくお願い致します」

「良い面してるじゃねーか」

「いくぞ!」


『ふむ、ガラは確かに悪い』


レベルチェック!

クラウスはグイドと呼ばれる者と手合わせをしたが、グイドに負ける程度に戦った。


「確かに筋はいいな、将来が楽しみだ」

そう言って別れた。


「見たか?」

「ああ」

「グイドより強いな。しかも敢えて負ける余裕まである」

「かなり使えそうな奴だな」

「ああ、また見てみたいな」

「何が、彼女の前で格好悪い姿は見せたくないだ、食えないな」

「違いないな」



一方クラウスとアルベルは…

「今の指導教官がどの程度の位置にあるかが分からないな」

「そうね、でもマフォイ国は他国と上手くバランスをとっている。それはハワード・ロダンだけに頼っている訳ではないと思うの」

「そうだね、教官クラスも程々ってところだ。それに皆貴族ではないようだ。思ったより層が厚いのかもしれないね」


「そう遠くないうちに見れるといいわね、ふふ」




小屋の中で転がされているウォルターは僅かな水とパンだけで食い繋いでいた、2日経っても4日経っても何の変化も連絡もなかった。

「くそっ! 動きはないのか!?」

「はい、兵が動いている様子も誰かが動いている気配もありません」

「くそっ! どうなってるんだ!? デバール辺境伯と言えば、自分の兵たちは家族のように扱う甘ちゃんって有名だったじゃねーか!」

「デバールが辺境伯領を出たって話は間違いねーんだろ? って事はこっち来てんだろーよ! 屋敷は見張ってんだろう? どうなんだよ!」

「全く動きはなく、使用人でさえ出入りがないそうです」


「おい、お前何か知らねーのか? 婚約者なんだろう?」

「だから知らないよ! アイツの家のことなんて興味ないし。私はアイツの家に…」

『憎まれてるんだから! だけど言えば私は殺される…』


無情にも約束の期日は来てしまった。

来たが結局デバール辺境伯側からの接触はなかった。


「おい! どうなってんだよ!!」

「仕方ねー。別の人質を捕まえるしかねーな」

「コイツはどうするんですか?」

「そりゃー、邪魔だから殺して捨ててくしかねーだろ!」

「ヤダ…やめてくれ、死にたくない…」


剣を抜き近寄ってくる。ウォルターには逃げる力も、口で上手いこと言って逃げる力もない。

口を開けば相手を怒らせるだけ。

今はただ、理不尽な暴力に身を振るわせることしかできない。


「隊長!」

「お? どうした?」

振り上げられた剣は一旦戻された。

「大変です! 王都のデバール辺境伯の屋敷はもぬけの殻です!」

「どう言うことだ!?」

「分かりません! ただ使用人の一人も出てこないのはおかしいと思って近づいたのです。そうしたら、人の気配がなくこっそり侵入すると、我々が出した手紙が落ちたままになっていました。屋敷の中も誰もいませんでした」

「どうなっているのだ!」


リンザバラン国も密偵は困惑し、一時作戦を中止することになった。

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