25、想定外
クリムト侯爵夫人は困ったことになっていた。
今までは王妃陛下のお気に入りとして誰もが羨む立場にいた。
たかが子爵の令嬢が侯爵家と結婚できるなんてあり得ないことだった。
バーンズ子爵家は何の特徴も資産もコネもない、名前だけの貴族だった。
出来れば子爵以上の家格の人と婚姻を結びたい、希望は伯爵家、しかも食うに困らない自領を持つ伯爵家! だけど家柄も顔も成績も普通以下の人間には夢物語の様な人生はそうそうなかった。
転機は学園で後に王妃となったブランシェス・ガートン公爵令嬢とオリエンテーリングが同じチームになったこと。公爵令嬢のブランシェスには過酷だった、そこでガルシアは何かとサポートしてやった。そこで思惑通り信頼を得ることができた。
このヴァルフォーク国と言う名に聞き覚えがあった。
前世でやり込んでいた乙女ゲーム『恋するフォーチュンリース』と同じだったから。
転生あるあるで自分の人生にも物語のような甘い人生が始まる事を期待したが、残念ながら自分の人生には何も起きなかった。だから忘れていたが、隣国と戦争があった。そこで気がついた、『今の時代はまだ乙女ゲームが始まる前なのだ、それもずっと前』そこで物語には出て来ないナレーションや公式ブックに載っていた情報を今更ながらに思い出していった。
その情報をブランシェスに教えてあげると彼女は上手く利用して数多くいる婚約者候補の中から見事、王子妃の座につきその功績から、自分の派閥から有望株を私にあてがってくれた。そして私を利用するために自分の側に置いてくれた。
大きな戦争はその要となる者を暗殺させた事により、多大な影響を受け復興するまでに時間がかかる筈だった展開が、大きな被害が出ずに済んだ。疫病は起こる前からその一部を閉鎖させて広がるのを防いだ。この事柄により高官の中では密かに『予言者』として認識されるようになり、確固たる地位を築くことができた。
だが、私が知っているゲーム開始前の出来事はもう出し尽くしてしまった。
『予言者クリムト様、私の商売はうまく行くますでしょうか?』
は?知るわけないじゃない!
『予言者クリムト様、今年は麦の出来が良くないのです! また何かが起こるのでしょうか!!』
はー? 専門家に聞きなさいよ!
ガルシアが知っていることは乙女ゲームに出てくる内容だけ、全能じゃないんだから何もかも全部なんて知るわけもない。
だけど、苦肉の策で乙女ゲームのキャストを書いて託した。大したことないと思っていた、自分の中では婚約者を当てるなんて凄いでしょう? その程度だった。
ところがその忘れ去られたキャスト表が思わぬことになった。
生まれてもいない人間の名前を当て、その婚約者を当てる、など人間業ではなかった。
やり過ぎた感じはあったが、お陰で再び予言者として脚光を浴びた。
ラティウス王子はヒロインと出会い、温もりのある愛情を知り幸せになる。
筈が、ラティウス王子はヒロインのソフィアとちっとも恋人関係にならない。ガルシアは攻略者の1人が違うことに気づいた、そこで乙女ゲームの様にスワップを試みた。その時になって『私がプレーヤー』なのだと気づいた。折角交換して正しく乙女ゲームのキャストと同じにしたのにやはりゲームに進展はない。そこで攻略者全員を呼んでお茶会をしたが、誰一人ソフィアに惹かれている者はいない。ソフィアも何で婚約者同士が揃うそこに男爵令嬢である自分が1人で呼ばれたかが分からない様子だった。
ラティウス王子殿下と友人関係ではある様だったが、どちらも特別な感情は持っていない様だった。それより、正しい組み合わせにしたはずのウォルターとアルベルの関係がおかしなことになっていた。
この時点で1番攻略が簡単なウォルターはソフィアに夢中になるにしても、婚約者を虐げるなんてシーンは無かった。と言うか、アルベルなんて脇役の詳細なんて知るわけもない。攻略者とヒロインそれにスパイスの悪役令嬢、それ以外なんて知らないし!
ラティウス王子殿下もウィリアムもソフィアもアルベルをとても気遣っていた。
何故ゲームの通りに動かないのかしら!?
まさかその後、ウォルターがアルベルに危害を加えるなんて誰が想像できるって言うのよ!!
風向きは逆風に変わり、貴族たちは掌を返したように王妃と私を責め始めた。
みんな知らないから私を責めるけど、私が正しいのよ!
後になればまたヘコヘコ顔色伺って媚びる癖に!
更に、陛下からラティウスとこの国の幸せとはなんだ、具体的に何があるのか示せと言われて困ってしまった。
だってストーリーは1つでは無いのだから。
ヒロインが誰と結ばれるかなんてイベントや好感度や親密度でいくらでも変わる。手堅いハッピーエンドはラティウス王子と結ばれる未来。悪役令嬢は淘汰され、正義は勝つ! 勧善懲悪 健気なヒロインと手と手を取り合いいつ間もでも幸せに暮らしましたとさ、チャンチャン。
だけど、そこまで行くには攻略者たちをまさに攻略し味方につけなければならない。
こればっかりは『こうなる!』なんて決めつけはできない。
この時代の人には理解できないよねー。
書けと言うから取り敢えずラティウス王子ルートでオーソドックスなストーリーを書いてみた。
王子として生きてきたラティウスにとって、平民として苦労してきたソフィアの健気ながらも必死に生きる姿に心惹かれて行く。他にも王子の側近である友人たち(攻略者たち)ともソフィアは親密となり、心優しいソフィアに惹かれる事により、それぞれの婚約者達から嫌がらせをさせる様になり、ラティウス王子とギルバート、ウィリアム、ウォルターはソフィアを守るように片時も離れず守る。多々イベント有り、中略、結果、友人3人は醜い嫉妬に囚われた婚約者と婚約破棄を言い渡す。そして更にソフィアを迫害し、卒業パーティーでとうろうラティウス王子もキャメロンの婚約破棄を言い渡し、キャメロンは国外追放で、ラティウス王子はソフィアと婚約し、後に妃となって幸せになった。国民たちは元平民の王妃を歓迎した。
書いてみたものの恋愛ストーリーしか分からない。
ラティウス王子は好きな人と結婚できて幸せだろうけど、他の攻略者たちやこの国の未来なんてゲームに書かれていないことは分からない。
どうしよう、嘘は書けない。
書いてしまって違う未来になって仕舞えば後戻りができなくなるから。
ここまで書いたが、他に書くことがない…だから 試しにギルバートとソフィアのイベントや、ウィリアムとソフィアのイベント、ウォルターとソフィアのイベントも書いてみた。
どんなに書いても陛下たちが望むこの国の未来については出てこない。
平和で幸せになりました、これを具体的に? 分かるわけがない。
誰にとっての幸せ? ラティウス王子は間違いなく幸せでしょう?
深いため息をついて自分の書いた予言書を見つめた。陛下に見せることの出来るものは書けずに引き出しにしまい、またため息をついた。
アルベルは休学したまま学園に戻ってくることはなかった。
当然、お茶会にも舞踏会にも一切見かけることはない。本来、王族主催のお茶会や舞踏会は参加義務がある。参加しなければ謀反を疑われる、だけど例外として辺境伯は免除されている。王都にいることがハッキリしている場合はその限りではないが。
アルベルの場合は王宮で怪我を負い、骨にヒビが入る大怪我を負っていることは王宮医官が証明してくれる。しかもその怪我をおして領地に帰ってしまった、しかもアルベルは馬車に乗れないことは学園に提出されているし、以前王宮で行われたお茶会で馬車に乗れない旨は伝えられている。呼び出す手段はない。
ラティウス王子殿下はデバール辺境伯領のアルベルに手紙を書いた、だが返信はない。
だいぶ経ったがそこまで怪我の具合が悪いのだろうか…。
マイヤー騎士団長が辞任すると言って、後任に仕事を引き継いでいた。
ラティウス王子はマイヤー騎士団長と内密に会って話をした。
クラウスに聞いたことも交えて話をした。
やはり思った通り、アルベルが馬車に乗れないのはウォルターのせいだった。真相があまりに痛ましく耳を疑った。5歳の子供が5歳の子供を殺すために馬車に細工をしたなど。
アルベルは長い間意識が戻らず、意識が戻っても寝たきりだったと言う。10年経っても馬車に乗れないのはやはり思った以上に凄まじい事故だったのだろう。そして自分を殺そうと殺意を隠しもしない者と縁組されたのだ。その恐怖はあまりに酷い仕打ちだ。
「殿下、私とデバール辺境伯はウォルターとアルベルの婚姻は認められません。であるならば、この職に就いたままではいられません。職を辞してこの国を出て行こうと思っております。騎士として誓いを立てながらこの様な形で去ることをお許しください」
その顔は既に覚悟を決めていた。
辺境伯も同じ気持ちだろうか?
「マイヤー騎士団長、辛い決断をさせてしまいすまない。
私はね、学園でクラウス殿とアルベルの姿を見るのが本当に好きだったのだ。
政略結婚が常の世にあって2人は互いを思い遣り、本当に仲が良かった。アルベルは馬車に乗れないだろう?それがクラウス殿がいると乗れるんだ。愛想がないアルベルがクラウス殿だけに柔らかい表情を見せる。クラウス殿もアルベルも共に帰るために互いを只管待ち続けるんだ。でも嫌な顔一つしない、待つ時間すら愛しさが募るようだった。
そんな2人を母が…王家が引き裂く様な真似をしてすまない。
将来有望な息子を奪い、賢く優しい嫁を奪ってしまった。3人の人生を狂わせてしまった、本当にすまない」
「ふっふぅぅぅ、勿体ないお言葉です。殿下の治世をお護りすることが出来ず、申し訳ございません」
ラティウス王子は次にデバール辺境伯領へ向かった。
アルベル人は会えなかった。代わりにデバール辺境伯に会うことができた。
ラティウス王子はデバール辺境伯の威厳と視線に射殺されそうだった。その態度で王家に不信感を持っていることはわかった。
「王子殿下がこの様な辺境の地まで何用ですかな?」
「アルベルには一方的に友情を感じていたのだ。怪我したまま領地に戻ってしまい手紙を出しても返信が来ないから、そんなに悪いのかと心配でね、会いにきたのだ」
「………左様でございますか」
「アルベルはね、魅力的な女性だった。私はオリエンテーリングで一緒になったのだが、誰よりも優秀だった。それで興味を持ったのだ。彼女は目がすごく良い。常に周りを観察し、うまく溶け込みながら、周りを使うことに長けている。
彼女は周りに頼りにされているのに、ちっとも関心を示さない。彼女の視線の先にはいつもクラウス・マイヤーがいた。愛し合う2人を引き裂いてしまいすまない、アルベルが唯一怖がるウォルターと無理やり縁組させてしまいすまなかった」
ラティウス王子は頭を下げた。
王族が頭を下げたにも拘らずそれに触れることもない。
「娘の話が聞けて嬉しく存じます。娘の怪我は回復致しました。ただ心労が祟り元気がないので旅に出しました。ですから殿下から頂いた手紙は渡せていないのです、申し訳ございません。戻りましたらご連絡させます」
ニコリともしない。怒りの波動を感じる。
「私は出来ればアルベルを側近に加えたいと思っている。ウォルターとの縁組も陛下に解消するよう働きかけている、必ずや果たしてみせる。だからいつか時が来たら私に預けて貰えないだろうか?」
「娘の能力を高く評価して下さり感謝致します。ただ、娘は旅に出ていつ戻るか…、この分では王都に戻り学園を卒業できるかも分かりません。ですから戻った時にお役に立てるかどうか…、あまり期待しないでくださいませ」
『ハッキリとした拒絶だな。娘に近づくなと言うことだ』
「王家に対する失望は分かる。だが、私にはデバール辺境伯もアルベルも必要なのだ」
「勿体ないお言葉です」
『口約束では動かない』
「時間を取らせた、また来るよ。アルベルに宜しく伝えてくれ」
「承知致しました」
ラティウス王子殿下はアルベルとは会えないまま遠い王都の地を目指した。




