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24、休学

ラティウス王子はクラウスを密かに呼び出した。

「口を出すべきではないと分かっているんだけど…、アルベルが日に日にやつれて行くのが気になってね。ウォルターとアルベルの間に何があったの? 何でウォルターは修道院に入っていたの?」

「申し訳ありません、私の一存ではお話できません」

「アルベルの怯え方は尋常ではない。事情が分かれば父上に進言もできる、話して欲しい」


「無駄です。父から陛下には既に話をしましたが、予言者の話ではアルベルとウォルターが婚約するとこの国に平和と幸福が訪れるとかで、聞き入れては頂けませんでした」

「予言者!? 予言者のせいだったのか!?」

クラウスも虚な目をしている。


「何故ウォルターはアルベルに危害を加えようとするのだ? これも答えられないか?」


「嫉妬です」

「嫉妬?」

「アルベルは天才なんです。しかも努力する天才。私も彼女を守ると誓って彼女を守れる様に日々弛まぬ努力をし続けてきました。ウォルターは…、アルベルと同じ年だったから…、なんでも出来てしまうアルベルに嫉妬したんです。ウォルターも決して劣っている子ではなかった、でも隣にアルベルがいるとどんなに努力しても愚鈍に見えた。

幼かった日々、私たちはアルベルより年上だったからそれをカバー出来たけどウォルターは常にアルベルと比べられて…優秀なアルベルと何もまともに出来ないウォルターに映って思い込んで…捻くれてしまった(そして嫉妬の矛先を排除に向かわせてしまった)、ウォルターにとってはアルベルを見ると自分の劣等感を刺激されて、未だに癒えない傷を抉られて苦しい、そう言うことなのだと思います」


嫉妬…か、近いからこそ起こる感情だったのだろう。


「馬車の事故にも関与しているの?」

「お答えできません」

『それが答えになってるよ、有難う。恐らく、マイヤー伯爵家とデバール辺境伯の中で取り決めがあるのかも知れないな…』


「アルベルはこれからどうなるのだろう? ウォルターはアルベルをオモチャって言っていたけど、脅しだけだよね?」

「……お答えできません」

「心配だろう? アルベルの怯え方を見たら」

「分かっていますよ! ウォルターは私の弟です! これまでだって何度となく修道院から出て来れる様に面会にも行っていた! だけど! だけど、アイツはアルベルが絡むと人が変わってしまう…、だから幼い弟を修道院で成長させることに罪悪感はあったけれどアルベルと会っても自分の感情をコントロールできる様になるまではと皆支えてきた、カウンセリングも受けさせ凶暴な考えを矯正しようと家族で努力してきた! 最近やっと! やっと少し良くなりそうな兆しがあったんだ!ここまで来るのに10年もかかった! それなのに、こんな馬鹿げた婚約で何もかもパーだ。それに私はウォルターが取り返しのつかない罪を犯すのではと不安でならない!」

ラティウス王子も言葉を失ってしまった。冷静沈着なクラウスが感情剥き出しで取り出すのを初めて見た。


恐らく馬車の事故にもウォルターが絡んでいるから言えないのだ。

それから10年も修道院に入っていても未だにアルベルへの憎悪を膨らませるウォルター、本当にアルベルは殺されてしまうかもしれない。あんなに強いのにウォルターの前では怯えて気を失ってしまう、かなり深刻な状況だ。


「どうしたらいいのだろうな…」

「はっ! でしたら今すぐウォルターとアルベルの婚約を取り消してくださいよ! そうでなければアルベルが アルベルが壊れてしまう…うぅぅぅ」


切実な願いだった。

国王陛下が却下したのであれば、自分が言っても意味がないと分かっていた、それはクラウスも同じだった。

「もう一度、王妃陛下と国王陛下に話をしてみるよ」

クラウスは力無く薄く笑い

「お願いします」

そう言って別れた。




そしてまた厄介ごとが起きたのだ。

王妃陛下がお茶会を開いたのだ。クリムト侯爵夫人と共に呼び集めたメンバー。


ラティウス王子殿下とキャメロン

ギルバートとリアーナ

ウィリアムとシェネル

ウォルターとアルベル

それにソフィア

明らかのソフィアだけエスコートもなしに場違いだった。

アルベルは王妃陛下に呼ばれたので仕方なく参加したがそれどころではない、なんとか倒れない様に必死で堪えるしかできなかった。自分の腕を握り爪の跡から血が滲んでいる。


王妃陛下とクリムト侯爵夫人は満足そうに話をしているが、ラティウスもウィリアムもソフィアも顔色の悪いアルベルが心配だった。

帰る頃になると、アルベルは馬車を見ただけで悲鳴を上げて発狂寸前だった。それに苛立ったウォルターは、アルベルを背後から蹴り飛ばした。

「「「「キャーーーーーーーー!」」」」


ラティウス王子もウィリアムもアルベルが馬車に乗れないことは知っていた為、気になって様子を見ていたのだ。

「何をしているのだ!!」

アルベルは馬車に激突し頭から血を流して意識を失っていた。


「躓いたのだと思います」

「ふざけるなよ! 警告したはずだ! アルベルを傷つけるなと!」

ウルバスは鞘のついた剣でウォルターを殴り飛ばした。簡単にウォルターは吹っ飛ばされていった。


「彼女は躓いたと言ったではないか! この者を捕らえよ!」

「ああ!? アイツが蹴り飛ばしたんだよ! 背中を見れば痣があるから分かるはずだ!」

「待て! 私も見ていた、ウォルターがアルベル嬢の背中を蹴り飛ばして吹っ飛んだ彼女が馬車に激突したのだ。護衛の話に嘘はない!」

「私も見ていました! 怯える彼女に『うすのろ』と言って蹴り飛ばしたのです!」


「キース、アルベルを連れて帰れ。私は拘束されても構わない」

「ウルバス…、分かった。殿下宜しいですか?」

「いや、禍根を残さないために王宮の医官にアルベルを診察させよう、事実をハッキリさせる」

これはある意味、王家の過失とマイヤー騎士団長の汚点となるかもしれなかったが、ラティウス王子殿下は決断した。

アルベルの過去の馬車の事故が調べても明るみにならなかったのは、マイヤー伯爵家とデバール辺境伯が口を閉ざした為だ。二家は表沙汰にしたくなかったのだ、それを私が穿り出すのだ。アルベルを失いたくないと思ったから。


診察の結果、アルベルの肋骨にはヒビが入っていた。そしてドス黒い色の痣があった。間違いなく思いっきり蹴飛ばされた跡だと断定された。


そしてこの事は瞬く間に社交界に広まり、王家とマイヤー伯爵家は困った立場となった。

特に王妃陛下とクリムト侯爵夫人の立場は悪くなり、貴族派は勢いづく事となった。


「王妃! 本当にあの決断は正しかったのか? 日々王家に対する不満が大きくなるばかりではないか!」

「きっともう少し経てば正しかったと証明されるはずです!」

「マイヤー騎士団長は隠しておきたい話をしてくれた。ウォルターは危険な人物だから修道院に入れたと! 10年治療しても良くならないから戻して大きな問題を起こすのではないかと不安だと! どうするつもりなのだ!! アルベル嬢は背中を蹴られてヒビが入ったのだぞ! 最近、デバール辺境伯を慕っている者たちの動きも怪しい…、いざとなれば、クリムト侯爵夫人だけではなく王妃も責任を取ることになるのだぞ!」


「陛下! あんまりでございます、わたくしはラティウスとこの国の未来のために…力を尽くしていますのに!」

「最近の王妃の噂を知っておるか? クリムト侯爵夫人の傀儡だ! 自分で考える頭がない無能、愛する2人を引き裂き嗜虐的な人間をあてがった悪魔、王妃失格だ、だぞ!?

それにクリムト侯爵夫人の兄の所業も再び取り沙汰されて、日々王妃とクリムト侯爵夫人に対する不満が膨れ上がっている。 本当に予言の通りにしてこの国に平和を齎すのか? 予言の通りにした具体的な未来について提出させろ!」


「間違いありません! 彼女の予言は本物です! 陛下もお認めになったではないですか! 分かりました、ラティウスの幸せとは何か、この国の平和とは何か具体的なものを出させます、それでいいのでしょう!!」



だが、すぐには提出されなかった。



アルベルは背中に怪我を負い馬で連れて帰ることができない。馬車はウォルターが戻ってから近寄ることも出来なくなっていた。この状態で薬で眠らせて馬車で連れて行くことも危険であった。そこで、ウルバスはクラウスを呼んだ。

クラウスは薬で眠るアルベルの傍で謝ることしかできなかった。


アルベルはクラウスと共にデバール辺境伯邸へ馬車で戻った。

クラウスは意識が戻るまでずっと手を握って傍にいた。


「クラウ? ああ、夢よね……もうクラウは私の人じゃないのだものね。うぅぅぅ、夢が覚めなければいいのに。クラウ…クラウ…会いたいよぉ〜、怖いよぉ〜 ふぇぇぇん」

「アルベル…ベル、いるよ、僕はここにいる、ちゃんとベルの傍にいるよ。僕も会いたかった、ずっと触れたかった。…ごめんね、またウォルターが、ベルを傷つけた」


「本物? ふぇぇぇん、もうやだよぉ〜、クラウぅぅ、クラウぅぅ、助けてぇ〜、クラウぅぅ 怖いよぉぉぉ」

「ベル、ベル…ごめんな…どうしたら良いんだろうな…くぅっ。 どうしたらいい?

ベル、逃げちゃおうか? 2人で遠いどこかへ逃げちゃおうか?」

「うん、うん クラウと一緒なら何処でも良い、遠いところに連れて行ってぇぇ」

「うん、分かったよベル。何処かへ行こう、2人でこの国から出て遠いところへ行こう!」


怪我で動けないアルベルの横でクラウスは決断した。

そしてすぐに行動に移した。



アルベルは学園を休学してデバール辺境伯領に帰ることにした。




社交界では王妃陛下とクリムト侯爵夫人の所業について、大袈裟に広まって行く。流石に令嬢に蹴りを入れてヒビを入れる様な男と、愛し合う2人を引き裂いて無理やり王権でくっつけたのは何か裏があると専らの噂になっている。

そして大怪我を負ったアルベルが学園を休学し、自領に帰る。これはいよいよデバール辺境伯が動くのでは?と騒がれていた。


そして程なくしてクラウスは留学に行くことにした。

その話もすぐに広まった。

人々は 愛する彼女が弟と婚約し、その弟は婚約者を愛しむどころか暴力を振るっていても、自分には彼女を守る権利がない。それは近くでは見ていられないだろう。可哀想に…。

周りはそんな反応だった。


クラウスもアルベルもいない学園ではウォルターはストレスもなく楽しく通っていた。

アルベルが休学し領地へ帰ったと知るとウォルターは上機嫌になった。

気分は『邪魔者の排除に成功』だけど、そんなウォルターに周りの反応は冷ややかだった。

1番はアルベルに暴力を振るい怪我をさせたこと。

普段は屈託なく笑っているウォルターの豹変ぶりは、先日の教室の一件でも目の当たりにしていた。その二面性に恐怖を感じ誰も近づかなくなってしまった。あのクラウス・マイヤーの弟と期待の目を向けていた者たちも、次第に『何故修道院に入っていたか理由がわかった』と距離を置くようになった。

ウォルターは修道院より自由で修道院より多くの人がいる学園で孤立していった。


アルベルさえいなければ全て元通りになって、幸せになるはずだったのに、アルベルがいなくなっても自分の置かれている立場や環境は変わらなかった。

かつて母は修道院まで3ヶ月に1度会いに来てくれた。その時、私には私の良いところがある、誰かと比べなくても良い…そんな事を言っていた。意味が分からなかったが、修道院に入ってから気持ちが楽になったのは確かだった。大好きな母や兄たちと会えず寂しかったが、修道院にいる時はみんな僕を見てくれるから。

修道院から出てくることを望んでくれた母は、こうして一緒に暮らせる様になったのに泣いてばかりいる。

僕が悪いのかな? 自分でも分かっている『アルベル』の名前を聞いたり顔を見ると凶暴な考えが荒れ狂い自分で制御できなくなる。僕の幸せを奪って行くアイツを消してしまいたくなる。

アルベルと結婚!?

何の冗談かと思った。

久しぶりに会ったアイツは昔と違って輝いてはいなかった。

僕を見るとビクビクとして怯える。大したことない女になっていた。


アイツが休学して顔を見ないで済む様になった。スッキリする筈だった。

だけど周りの態度が今までと違う。僕はまた孤独になった。泣いてばかりの母も怒りの目を向けてくる。ああ、どうしてこう上手くいかないんだろう。


大好きなクラウス兄さんを独占できるはずが、兄さんは留学すると言って準備を始めてしまった。兄さんは

「ウォルター、アルベルを傷つけないで欲しいと頼んだはずだ。もうお前を弟と思えない」

そう言って背中を向けて出て行ってしまった。母は泣きながら兄さんを引き留めたが、兄さんの意思を変える事は出来なかった。


ハッキリ言って父上はここに帰ってくるから父上だと分かる程度の存在だ。

「お前は修道院で生きて行くか? このヴァルフォーク国の社交界で生きて行くのか?」

変な質問だった。

「どう言う意味? また私を修道院に入れるつもりですか?」

「現実を話しているのだ。お前の婚約は王家の命令なので断れなかったが、お前はアルベルと結婚する事はない、辺境伯を継ぐこともない。つまりお前は生涯誰とも婚姻は結べない。

もう15歳なのだから将来を考えなければならない。何をして生きて行くか、と言う事だ。

ディビットがこの家を継ぐ、クラウスは…恐らく二度と帰ってこない。お前の望む未来とはどんなものだ? お前は爵位は継げない、自分で身を立てる事を考えなさい」


「そうか…そうなんだなぁ〜。大変そうだから手っ取り早く辺境伯になれば解決じゃないですか!」

「それは無理だ」

「どうしてですか? 私の婚約は王家が組んだ縁組なのでしょう? だったら何の問題も無いではないですか!」

「私はお前とアルベルの婚姻を認めない。恐らく辺境伯も同じだ。お前たちが婚姻を結ぶことはない。それに私はもうすぐ職を辞する、お前も自分の将来についてよく考えなさい」

「何で!? 辞めちゃうんですか? え? ……は? はぁ…はい、分かりました」

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