15、カムトック山へ−2
馬車の中は最高の場所だった。
この国の第1王子と親しくなるにはうってつけの場所だ。
王族派も貴族派もなく、クレアにとってはキャメロン・バリー公爵令嬢から奪い取る! 取れずとも、上手くいけば側室に上がれるかも!と期待に胸を膨らませて、ドレスも膨らませて華美に装っていたのだ。
ソフィアにしても、一国の王子と仲良くなれば一生貧乏とは無縁になれる。ソフィアは身分の序列も、婚約者も関係ない、絶対に王子を落としてみせると息巻いていた。
しかし女性だけではない。ローアンもだ。ローアンのホーク伯爵家は貴族派の中でのポジションは然程高くない、王子に取り入ることができればそちらの方が都合がいい。
ウィリアムは何気に魔術書を読んでいて、我関せず。
馬車の中は作戦会議どころか、ラティウス王子に媚び売る輩で3人がずっと言い争いばかりして煩い、作戦会議しないならひと眠りしたいところだが眠ることも出来なかった。
思わず溜息を漏らすのも仕方ないことだろう。
ふと窓外を見ると、アルベルが目に入った。
『本当に寝てる』
馬に跨り、手綱を片手で握り、腕を組んで寝ていて前なんか見てもいない。
『よくあれで落ちないものだ。馬だって何故思い通りの方向に進む!?』
護衛がその分管理しているのかと思っていたのだが、見るとアルベルの護衛は2人の内1人は寝ていた。何となく他に見たいものもないので様子を見ていると、1人が急に笛を吹いた。するとアルベルともう1人は目を開けて笛を吹いた人間に目をやった。何かを合図をすると1人が離脱していった。するとまた残りの2人は全体の様子を確認した後、アルベルだけが寝始めた。
離脱した者が戻ってくるとまた笛が鳴った。するとアルベルは寝ながら手を軽くあげた。
『あれはどう言うことなんだ?』
「殿下の好きな物は何ですか?」
「あ、ごめん聞いていなかった。何だって?」
「お菓子をお持ちしたので、お好みのものがあればと思いまして うふ」
「もうすぐ昼食だから要らないよ、有難う」
「ああ、そうですわね」
「クレアさん、私ならお菓子も昼ごはんも食べられます! 食べてもいいですか?」
殿下の手前、あげないとも言えずに、
「ど、どうぞ」
と言うとバクバク食べ始めたソフィアにドン引き。
「あなた、その価値をご存知? あなたのそのドレス程度なら買えるのではなくて? 信じられない」
「そんな馬鹿なことがある訳ないじゃないですか! 食べ物が着る物より高価だなんて。仮にそうだとしても、人に差し出しておいてお金のこと言うのってイヤらしいですよ?」
「本当に腹立たしい子!」
「殿下! 殿下の考えたルートを私なりに更にいろいろとですね勘案しまして、こちらなんて如何でしょうか? こうすればもっと早く攻略することが出来ると思うのです。ここをチェックポイントとしましたが、実際にここにあるかは分かりません。そうした場合に時間的余裕がなくなってしまうので、やはりここまで大回りする必要がないと思うのです」
やっと作戦会議らしきものになったが、何とも的外れだ。
「ローアン、それは今まで散々話し合ってきたことだろう? 体力も技能もない私たちではそのルートは難しい、それが結論だったじゃないか、忘れたの?」
「いえ、忘れたわけではなく…、体力・技能が無いと判断したのはデバール嬢ではないですか! あれから私も家で護衛に聞いたりしたのです。そうしたら私たちくらい体力が有れば十分だって言われたのです。そうなると根本的に見誤っていたことになります! 見直すべきです!」
「ローアン、みんなで話し合った結果だろう? それを勝手に変更するのは良いことだとは思えない。まずは現場を見てからみんなで話し合おう、いいね?」
「…はい」
『ああ いいな、私ものんびり馬で行きたかったな。でも本当に寝てる…凄いバランス感覚だ。あっ、さっき何処かへ行った護衛がアルベルに近づいてきた、何するんだ?』
並走すると、アルベルは目を開けて口を開けた。すると、何かを口の中に入れられた。もぐもぐして今度は自分から口を開けて催促している。
『クスッ、まるでヒナだな。それにしても馬の上で何でもできるのだな』
休憩ポイントに着き、昼食を摂る。アルベルはいつの間にか合流している、だが存在感はない。背後霊のようにそこにいる。この昼食もチームごとで食べる。それを他のチームは羨ましそうに見ている。食べ終わってもまだすぐには出発しない為、多くの者がラティウス殿下に話しかけに来る。ラティウスは笑顔の下で全く落ち着くことが出来ない。
『アルベル・デバールは何してるかな?』
きっと彼女は自分に興味がないので救いを求めて彼女を探してしまった。
やはり近くにはいない。探すと彼女は護衛と共に馬のところにいた。馬を撫でて餌をやって護衛たちと談笑している。護衛たちはそこで食事を摂っている、その間に護衛たちが乗ってきた馬も彼女が世話をしていた。
「ラティウス殿下」
「キャメロン嬢、やあ どう? 山登りは、緊張している?」
「まあ、意地悪ですわね。でも正直最終日まで保つか不安ですわ」
「そうだね、私たちは不慣れだからね、実は私も少し不安なのだ」
「まあ、殿下ったら。有難う存じます、励ましてくださっているのですね」
「チームは敵だがお互い頑張ろうね」
「はい、殿下」
そしてカムトック山へ出発した。
宿泊施設に到着し荷解きをすると集合した。てっきり動きやすい格好に着替えると思っていたのだが、クレアもソフィアも先程と変わらず華美でドレッシーなままだった。
『はひぃーーー、女性たちは動ける服装より美しく可愛いが優先されるのだな。これで皆最終日までいけるのだろうか?』
アルベルにも護衛はついているが当然ラティウス殿下にも護衛が6人ほどついている。だが、誰も手を貸してはならない。少し離れてついていく、前は取ってはならない、道を指し示してはならないからだ。
見るとアルベル以外はスカートの下にズボンを履いている人はいないようだった。簡易な動きやすいドレス出来ていた。そして靴も驚いた。飾りがコテコテついた可愛らしい靴。軍足のような紐で縛った歩きやすい靴を履いている者は少ないようだった。
『世の中の令嬢は大変だなぁ〜、面倒くさっ!』
早速、チームごとに出発した。
ラティウスたちのチームは1番遠いところから攻める。
山に入ってすぐ皆驚いた。歩くことが難しくて。
例えば、300mほどの平坦な道を歩くとしたら5分もかからない、それが15分もかかってしまった。滑る、足の踏み場がない、虫がいる、獣の気配がある、薄暗い、どことなく不安感が募る。どれをとっても普段感じたことないものばかりで、周りをキョロキョロして平坦な道にも拘らず先に進めなかった。
女性たちは男性陣が少しでも見えないと「どこ! どこにいるの!?」と大声で声をかける。その声に驚いて獣たちが騒ぎ飛び立ち、怪しさが増していく。既に半泣きだ。
1時間程したろころで休憩をとった。
今日はアルベルが考えたルートをラティウスが少し簡略したルートだ。1時間歩いただけでみんな疲労困憊で、口数が少ない。
「どこまで来たのかな?」
「まだ、ここです」
アルベルが無表情で示すと、みんなショックで声が出なかった。
「あまり水を飲みすぎないでください。2〜3口まで位にしておいてください。トイレに困るのと、後で飲む水がなくなります」
「トイレなんてそこいらですればいいじゃないか! 女だからお前は困るだけだろう!」
「いえトイレの時が1番無防備だからです。獣は気配を消して近づいてきますから危険です」
「ローアン、私もデバール嬢の言う通りだと思うよ」
「はー、こんなにも大変だとは思いませんでしたわ」
「私も体力はある方だと思っていたけど、正直キツイな」
「デバール嬢はあまり疲れていないみたいだね、どう?」
「そうですね、私の実家は田舎ですから」
「私もまだまだいけます!」
「ソフィア嬢も凄いな」
「さて、そろそろ行きましょうか、これ以上休むと動けなくなります」
「分かった、よしみんな行こう!」
また更に1時間程歩いたところでクレアちゃんがシクシク泣いている。
一同は止まって確認すると、足から血が出ていた。パンプスが脱げやすくそれをカバーしながら歩いていたので、靴擦れも出来ていた。脱げて地面に足をつき傷を作り出血させていた。だけど根性で言わずにここまで頑張ってきていたが、もう痛くて限界だった。
「少し休憩して治療をしよう。薬箱を持っているのは…キャンベル嬢だね」
「ないんです。しまったつもりだったのですが、さっき見たら入ってなくて…。ヒックヒック」
「お、お前の担当なのにどうなっているんだよ!」
ローアンも爵位が上のクレアちゃんに取り繕えなかった。自分達だっていつ怪我するか分からないのだから。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
「ならお前のリュックには何が入っているんだよ!」
「ヒックヒック…お菓子とか、チョコレートと、クッキーと、サンドイッチとタオル…」
「はぁ!? ふざけんなよ!」
「ちょっと待ってください」
アルベルは布を切り裂いて患部に巻き、靴もその布で巻いて足に固定した。
「これで少しは楽になると思います。クレア様、折角ですからチョコレートかクッキーを頂いてもいいですか?」
「ヒックヒック、はい」
「有難うございます。取り敢えず1つずつ口に入れてください。水は1口でお願いします」
「こんな甘いもの、食べる気になるかよ」
「甘いものを食べて力を出して歩きましょう。あと40分ほどで目的地周辺です。30分ほど探して見つからなければ移動しなければなりません」
「なんでお前が仕切ってんだよ!」
「すみません」
「ローアン、今 1番状況が見えているのがデバール嬢なのだから従おう」
「はっ! くそ、……はい、分かりました」
クレアも痛かった場所も治療されて靴も固定された事で、俄然歩きやすくなった。
目的地周辺に着き、探してみると10分程で見つけられた。
「これですかね?」
「恐らくね」
「やったな!」
「よし、では次は」
何故か全員アルベルを見るが、何も言わない。
「なんで何も言わないんだ!」
『わがままなやつだ、言っても言わなくても文句か』
「何がですか?」
とぼけてみた。
「チッ、イラつく奴だ」
「ローアンは口が悪いね。さっきなんでお前が仕切るんだ!って言ったからでしょう?
デバール嬢、何がベストかな? 君の意見が聞きたい」
「基本的には下山でいいと思います。ただ4つ目のポイントがフェイクな気もするので、こちらのルートを通って帰るのは如何でしょうか?」
「4つ目がフェイクってなんで分かるんだよ!」
「ローアン! どうしてそう高圧的に話すんだ! 少し冷静になって静かにしてくれ!」
「…………。」
「位置的なもので少し気になるって言うだけなのですが、ここは少し後ろが崖になっています。ここに配置するには安全面で…少し疑問に思っただけです」
「なるほど…、確かにここにポイントがあったとすると、目の前のことに夢中になって事故を起こしそうな場所か…」
「ですから ここら辺に本命がある気がするのです、ここを通って帰れば、上手くいけば今日だけで2つ獲得できるかもしれません。今日は無理せず無ければ明日予定の場所に行ってみればいいと思います」
「うん、そうだね。無理せずに2つか…。それでいいかな?」
クレアとソフィアは正直疲れて話す気になれない。
ウィリアムは普段から無口だが、内心もう少しも動きたくないと思っている。
ローアンはいいところを印象付けてラティウス殿下に近づきたいのだが、自分の望むポジションをアルベルに取られて面白くない。口は出すが正直体はついていかない。このまま帰れるなら本心では帰りたいと思っている。
「いい?」
「「「はい」」」
もう反論も出来ないまま出発した。




