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道標、人知の集合、道理、真理、故に手に入れた者は高みに至る。この宝は永遠を汝に与えるだろう

作者: 天川ひつじ

世界は広く、伝説は眠り、人は栄光を求め、命を落としても、命をかけても、手に入れられるはずだと信じて進む。

秘宝。真理。


大勢の中、ついに1人が伝説の碑文と呼ばれるものに辿り着いた。


彼は勇敢で聡明な若者で、個性豊かな協力者にも恵まれた。旅の始まりはそうだった。


しかし不屈の精神と屈強な肉体で彼がたどり着いたとき、彼は一人だった。周囲が彼についていけなかったこともある。しかし一番の理由は、すっかり老いる年月が経った今、仲間も遠い昔の者たちだったから。


それでも彼は辿り着いた。

彼は間違いないと確信を持ち、人生をかけて辿り着いた、古い時代からの叡智を見た。

これを読むものは永遠を手に入れる。


彼は呟いた。

「読めねぇな」


石板だ。紋様のようなものが刻まれている。


手にしたからといって、古代の神が姿を見せたり、発見者の脳内に直接語るなんて奇跡は起こらない。

当たり前に解読不能で意味不明だった。残念だ。


彼は深く深く溜息をついた。

「宝箱はあったが、鍵がないってやつだなこれは」


老いてなお屈強な彼は石板を根本から持ち上げかかえる。

幼児のような大きさの石だが、彼にはもちあげることのできる重さである。


それから彼は山の下、崖の下を見遣った。

彼についてこれない部下たちが右往左往している。


「国に帰って、それで、次は…」

彼は手中の財宝を見ながら、見晴らしのいい景色を遠く眺めた。


鍵を。

つまりこれを読み解く財宝を、探す必要がある。


だが聡明な彼は気づいてもいた。

生涯かけて辿り着いたこの石板こそが自分が求めるもの。

そして。この石板を紐解くために必要な、新たな別の財宝を求める時間など、もう彼には残されてない。


秘宝一つに辿り着くにも、大勢の人生分の時間が必要だから。


***


彼は王だった。

秘宝を求める中で王になった。

明らかに大勢より突出し、全てにおいて秀でていた結果だ。


皆は彼を慕っていた。

皆は彼が永遠を手に入れることを望んでいた。

故に彼の帰還を皆が喜んだが、その結果には失望を覚えた。

皆の彼は老いており、今、永遠を手にできないのであれば、彼はそのうち死に迎えられてしまうのだから。


そんなことは重々分かりながら、彼は皆に厳粛に告げた。

石板をかかげて見せる。

「この文字を読める秘宝を手に入れてくるのだ。褒美を出そう。皆、我こそはと思うものは励むのだ」


彼の言葉に、皆は彼の役に立ちたいと願った。


多くの若者が志願した。

彼は頼もしいと言葉と食糧を与え、若者たちに石板を惜しみなく観察させた。

どのような文字か、知らなければ読み方を探す事ができない。

若者たちは激励を受けて感激さえしながら、秘宝を求めて世界に散らばっていった。


***


彼は死ぬ。寿命だ。


「仕方ねぇな」

と死ぬ前に彼は呟いた。


彼の部屋、彼が横になっていても目に入る位置にあの石板が置いてある。普段は皆が見ることのできる場所に置いているが、先を悟って彼は側で見ていたかったためだ。

これを見つけ出すのに人生をささげた。偉業と称えられる全てはその中で行ってきたことだ。


父上、旦那様、おじいさま、様々な呼びかけの中で彼は目を閉じた。


仕方ねぇさ、生涯かけて辿り着いたんだ。

他の者がたどり着けてもその生涯が必要だろ。

到底間に合いっこねぇんだよ。


仕方ねぇなぁ。

読みたかったなぁ。


そんな気持ちがありありと分かる中の一人が、分かりました!と叫んだ。

今、旅立ったものの一人が成果を持って戻ったのです、だから私が今読み上げましょう、と。


皆が注目する中で、その者は石板の近くにいき、頷いて見せてから、死に際の彼に向かって叫ぶように告げた。

「これを見つけた者には永遠の命を与える! そう書いてあります!」


それは嘘だと分かった。彼にも、誰でも。隠しきれない、喪失を恐れる震えがその声にあった。


腹はそこまで立たなかった。僅かな苛立ちは起こったが。一方で自分との別れを惜しんでいる。喜ばせようとしている。死なないでくれと願っている。


彼は虫の息だったが、笑った。

「嘘つくなよ」


それが彼のこの世での最後の言葉になった。


彼が息を引き取ってしまったので、部屋、それから国中が嘆き哀しんだ。


最後に大芝居を打って、嘘だと言われた若者は、後悔に酷く泣き崩れた。


亡くなった彼がもう少しだけ生きていられれば、ありがとうよ、と言ったのだろうに。若者をこれほど後悔させることなどなかっただろうに。


仕方のないことである。


***


ある時。

あるところの国が、あまり知られずに終わりを迎えた。

自然災害だ。

勿論、逃げて助かった者たちもいたけれど、国の中心が大きく崩れてしまったので、もとのようにならなかった。

崩れて不便になったので、そのうち誰も来なくなった。


***


長い年月が過ぎた。


世の中には研究者と名乗る人たちもいた。

ある古い言葉を、代々ずっと研究している。

なかなか解読できないが、着実に新しい世に知識として、古い言葉の読み方が蓄えられ、少しずつ読めるようになっている。


***


あるところで、遺跡が見つかった。


石板が出てきた。

周辺のものを見るに、この石板は非常に大事にされていたものらしい。


しかし、古い文字で読めない。


困っていたところ、一人の男が自分なら読めると名乗り出た。この遺跡近くに住む一人だ。


皆が期待して見る中、彼は座り込み、なにやら呪文を唱えて、葉っぱで石板を撫で始めた。


誰にも理解できない呪文が終わった後で、彼は言った。

「ここには国があった。マシャンカ王と言った。偉い王様で、ここに国を作った。子どもがたくさん生まれて、争って死んだ。そういうことが書いてある」


そして男は、自分はその国の王の子孫の一人で、だから読めるのだ、と言った。


皆は驚いた。

皆は、伝承などあるのか、と彼に尋ねた。

彼は語った。


皆が興味深くそれを聞いた。


大勢がそれを知り合いに語った。


***


また誰も来なくなった。

不便な場所だったのと、興味を引くようなものがなくなったのだ、皆、この場所を忘れてしまったのだ。


***


ある時、一人の研究者が、自分を信じて冒険を続けた。

今では地元民のホラ話だった、と言われる伝説があるのだが、ホラではなく真実では、という考えが、彼の脳裏を強く占めていく。


彼は多くを読み、ついに、実在しないと呼ばれる場所に辿り着いた。遺跡があった。

いや、遺跡ではあるが、住処でもあった。

人が住み着いていたのだ。


彼は何とかそこの人たちと交流をはかった。

何年も何年も通い続けてようやく信頼を得た。

彼らの儀式を受けて、そこの一員と認めてもらった。


そして。

彼が、老齢になり、もうこの場所に来れるかどうか、という話になった時に。

彼は、今まで決して案内されなかった場所につれていかれた。


静かに、と指示される。

辿り着いたところに、石板があった。

何か刻まれている。模様なのか、絵なのか。


明らかに他とは違う様子の一人がゆっくり石板を撫で、それから男の頭を撫でた。


その土地の言葉で、

お前にこの大地の祝福を与える、

と告げられた。


死を迎えても戻ってくるが良い、ここは約束の永遠の場所である


彼は儀式と思えるものをすませて、再びいつもの場所に戻ってから周りに尋ねた。

何の儀式を与えてもらったのだろうか。


お前に神からの永遠の祝福さ、と周りは答えた。


彼は、あの石板がこの者たちの信仰対象なのだと理解した。


***


月日が流れた。


遺跡が発見された。


中でも注目は石板だった。


遺跡は長い時間の中で文化が入れ替わった様子ではあるが、石板には、突出して古い時代の文字が刻まれている、と分かった。


この文字は近年ようやく、発掘などの成果が身を結び大きく進展し、ある程度まで解読できるようになったという。

恐らく近年の技術の発達も大いに貢献しているだろう。

大勢が、遠くの光景や情報をすぐに手元に引きよせ調べる事ができるようになったのだから。


さて、皆が一人の研究者の読み上げる声に耳を傾けた。

彼は研究の歴史を語った上で、成果として石板の内容を読み上げる。

「読み上げましょう。ここからはじまり、この方向に読むのです。『盗んではならない』『殺してはならない』『自ら育てなさい』。これは心得、ひょっとして古代の法律の可能性があります。見てください、ここに、これは犬を表しています。古代ここに犬もいたのですね。面白いですね」


***


ちなみに、石板は他の出土品と同様に、シュリカ遺跡出土品、と呼ばれるようになった。


得難い古代からのものなので、世界の宝として扱われる。


それらは展示されることもある。


訪れた一人が解説文を見やる。

「こういう心得って昔も今も変わらないんだね」


このように明示される内容は、裏を返せばできていないということだ。示さずとも皆の身についているなら、こんな心得は不要である。

つまり人は長い時代を生きてなお、心得を変える事ができないでいる。


一人がそれに応えた。

「未来でも変わらない気がする」


一人は疑問を投じる。

「どうかな」


なお、違う場所から運ばれてきたに違いない。という研究結果の記載もある。

さらに紐解かれる事実があるかもしれない。

多くが消えて戻らないけれど。








『道標、人知の集合、道理、真理、故に手に入れた者は高みに至る。この宝は永遠を汝に与えるだろう』


そのような伝説があった。

多くが生涯をかけて求める。だが見つかってはない。


宝は己を持つ資格のあるものが来るのを待っているのだ。


聞け。それは神が人に与えた叡智そのもの。理解できるものを待っている。


…と、言われているのさ。


本当かどうか? 宝を見つけたやつにだけ分かる。


世の中全てそういうものさ。



と、顔見知りの年長者が話した。

幼齢の彼はその話に魅了された。




そして彼は旅に出る。仲間とともに意気揚々と。

過酷ながらも楽しい道中で。



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