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悪魔との契約

作者: きる

「おい、起きろ」


家で寝ていたA氏はびっくりして飛び起きると、枕元に立つ異様な人影を見て更に驚く。


「お前は誰だ。強盗ならあいにくだが俺は貧乏人だ、そこの財布に入っている小銭くらいしかないぞ」

「俺が強盗に見えるか?それに泥棒ならわざわざ家人を起こさないで黙ってそこの財布を取っていくだろう」

「それもそうだな」


A氏は布団から起き上がるとその上に座ってたばこを探した。


「それで、お前さんはいったい何者なんだ?」


たばこに火をつけながら改めてそいつを見る。全身黒づくめで黒い鞭のようなしっぽが生えている。大きさは小学校低学年の子供くらいだが顔は大人だ。


「俺は悪魔だ。お前と契約に来た」

「ははあ、さては俺の願い事を聞く代わりに寿命をよこせとか言うんだな?」

「話が早いな、そういうことだ」

「で、どんな願い事を叶えてくれるんだ?」

「1日1回、ささやかな願い事を叶えてやろう。報酬は1回ごとにお前の寿命1分だ」

「ささやかな願いってなんかしょぼいなあ。どうせなら宝くじで1等を当ててやるから1年分よこせとか言えばいいのに」

「残念だが俺は小悪魔なんでな、出来る能力が限られている。こうやって地道に寿命を集めていって中悪魔に昇進したらそういうことも出来るようになるが」

「なかなか悪魔業界も世知辛いもんだな」


改めてしげしげと悪魔を見る。悪魔というからにはもっとおどろおどろしいものと思っていたが、なんとなく親しみというか親近感を感じる。これが大悪魔ならそうは行かないだろうが。


「で、どんなレベルの願い事なら叶えてくれるんだ?」

「例えば満員電車で座りたいとか、信号待ちに当たらないとか、そういうレベルだ」

「宝くじを当てたいとかってのはダメなんだよな」

「ああ、並ばないで宝くじを買いたいというのは叶えてやれるがな」


なんともしょぼいな。寿命をかけてまで願い事を叶えるようなことだろうか。


「確かにしょぼいが、1日1回1分寿命が縮まるだけの話だ。毎日願い事を使っても1年たっても365分、6時間程度だ。10年たっても60時間、3日ちょっと。これから50年生きたとしても150日、5ヶ月程度だ。お前の吸っているたばこなんて1本で3分寿命が縮まるんだろう?俺のほうがよほど良心的だ」


A氏は苦笑いした。


「それもそうだな。これからの一生で5ヶ月くらい寿命が縮まったところであまり問題はなさそうだな」

「それじゃあ契約成立ということでいいか?」

「ああ」


悪魔はそういうと消えた。


翌朝、A氏は目が覚めると思った。


「昨日はなんか変な夢を見たなあ。悪魔と契約してささやかな願いを毎日叶えてくれるとか。どうせならもっと景気のいい夢を見たかった」


会社に行く準備をしながらA氏は考えた。


「夢の話だから本当とは思えないが、ひとつ願ってみるか。今日1日乗る電車では必ず座れますように」


”その願い叶えてやろう”


どこからか声がした。


「えっ!この声はあの悪魔じゃないのか?まさか本当だったのか」


A氏はいつものように通勤電車に乗った。いつものように満員だったが俺が電車に乗り込むと目の前の席の男が慌てて降りていった。


「え、本当に座れた」


その日はなぜか外回りが多く、1日中電車であちこち移動したが全部の電車で席に座れた。


「うーん、あの悪魔との契約は本当だったのか。しかししょぼい願いだがこれはストレスフリーでなかなかいいな」


帰りの電車で座りながらA氏は思った。


「しかし毎日これを願ってしまったらここぞというときに使えないのもな。よほど朝から疲れてない限り使うのは考えよう」


翌日、電車に乗ると突然腹痛に襲われた。


「あ、これはやばい。途中で降りてトイレに行かなきゃ間に合わない。だが朝の駅のトイレってすごい並ぶんだよな。もし並んでいたら間に合わない。そうだトイレに並ばず入れますように!」


”その願い叶えてやろう”


悪魔の声を聞いてから次の駅で電車から降りてあわててトイレに駆け込む。列はなく個室もひとつ空いていた。


「ありがとう神様!仏様!いや悪魔様!これで人権が得られた!」


便座に座りながらA氏はほっとした。


「いやあ、しょぼい願いだがこれは本当に助かる。案外いいかもな」


それからA氏は願い事をうまく使っていった。よほどのことがなければ願い事は使わずに1日の最後までとっておき、何もなければ最後に帰り際のコンビニで人気のある商品が買えますように、みたいな使い方をしていた。

そんなある日、先輩がぼやいていた。


「いやあ、例の契約あと一押しなんだけどさ」

「え、あの莫大な売上げになるやつですか?」

「ああ。担当者とか周りは抑えてほぼOKなんだが、ラスボスがなあ」

「なんかゴネているんですか?」

「遠回しに接待を要求してるんだが、どうしても今すごい人気のあるレストランじゃなきゃダメなんだ。数年先まで予約はいっぱいだって断られて、どうすりゃいいんだ」


A氏は考えた。これはささやかな願いになるのだろか。ダメもとで願ってみよう。


”その願い叶えてやろう”


どうやらOKらしい。


「日にちと人数教えてください」

「え、お前なんかコネでもあるの?」

「ダメもとで聞いてみますよ」


A氏は予約の電話をすると席が取れた。


「やった!すぐに先方に連絡するよ、ありがとう!」


その後契約が取れて莫大な売上げとなり、全員にボーナスが支給された。


「ささやかな願いが大きな利益につながる、これは馬鹿にできないなあ」


A氏はボーナスを手にしながら呟いた。

そんなことがあり、その先輩があちこちでA氏の”コネ”の話をして功労者として称えてくれた。それはありがたかったのだが”A氏に頼めば席を確保してくれる”という噂も広まりいろいろなお願いをされるようになってしまった。


ある日、A氏は上司に呼ばれた。


「すまない、頼みがあるのだが」

「はい、なんでしょうか」

「実は社長が出張するのだが、行き先の街で学会とコンサートがぶつかって飛行機も宿も取れないんだ。君ならどうにかしてくれるかもしれないと思ってな」

「わかりました、聞いてみます」


A氏は予定表をもらうと願ってみた。


「往復の飛行機とホテルの予約を取りたい」


”その願いは叶えられない”


悪魔から初めて拒否された。


「え、それはささやかな願いじゃないから?」


”違う。包括的な願いは叶えられないということだ。ひとつひとつなら叶えてやろう”


A氏は3日かけて、飛行機を片道づつ、そしてホテルの予約を取った。


「ありがとう!これで社長への面目もたった」


上司はチケットを受け取ると急いで社長室に向かった。


「上司に恩を売れたのはよかったが、3回も願い事を使うことになるとはなあ」


A氏は帰りながら思った。


「今度は俺のために願い事を使おう。彼女が欲しい」


”その願いは叶えられない”


またNGだ。


「なんだよ、俺に彼女が出来るのはささやかな話じゃないってことかよ」


”そうではない。出会いを叶えることは出来るがそこから先はお前の努力だ。なので約束できない願い事は叶えることはできない”


「わかったよ。じゃあかわいい子とデートがしたい」


”その願い叶えてやろう”


それから数日、A氏はそわそわして待ったがデートが出来そうな出来事はなかった。


「なんだよ、あの悪魔のやつもったいぶって願いを叶えないじゃないかよ」


ぶつぶつ文句を言ってると、秘書課から女の子がやってきた。


「Aさんですか?秘書課のT沙です」


さすが秘書課の子だ、かわいい。


「社長からチケットを取ってもらったお礼にお土産を渡すように言われて来ました」


T沙はホワイトチョコレートをサンドしたお土産の定番のクッキーをA氏に手渡した。


「あ、わざわざありがとうございます」


A氏はお土産を受け取った。ふと見るとT沙はもじもじしたまま立っている。


「あの、何か?」

「実はAさんにお願いがあって」


きた。これはデートのチャンスでは?


「今度のコンサートのアリーナ席を取っていただくこととかできますか?」


T沙は有名なアーティストのドームコンサートの名前を言った。


「あー、ちょっと聞いてみますよ」

「よかった!友達と2枚欲しいんですけど」

「友達と2枚ですね」


A氏は落胆した。俺とじゃないんだ。


「もし嫌じゃなければAさんもご一緒にいかがですか?」


やったー!友達と一緒だとしてもかわいい子とデートには違いない。


”その願い叶えてやろう”


悪魔の声を聞くとA氏は発売開始とともにコールセンターに電話した。


「アリーナ最前席3枚お願いします」

「ただいま一番前ですと5列目になりますが」

「それでいいです!」


ネットでは3万枚の席が5分で売り切れたと騒ぎになっていた。そもそも1回のコールで繋がったこと自体奇跡に近い。最前じゃなくても文句は言わないでおこう。


コンサート当日、待ち合わせ場所にT沙と友達が来た。T沙もかわいいが友達も同じくらいかわいい。席につくと最前ど真ん中の席が3つ空いていた。


「なんだよ、3つ空いてるじゃないか」


A氏はちょっと不満に思ったがコンサートが始まるとそんな不満も吹き飛んだ。やがてアンコールとなり最後の盛り上がりのときに突然天井から照明の一部が落下した。


「きゃー!」


悲鳴があがり演奏がストップする。A氏が見るとぽっかり空いた最前の3席に照明が落ちていた。


「え、それって俺が欲しいと思っていた席じゃ」


帰りながらA氏は思った。


「これってもしかして悪魔が守ってくれたんじゃないか。俺の寿命まで生かしておかないと奴も寿命を削っていけないからな。そうすると俺は守られてるってことなのかもしれない」


悪魔に安全を保証されてる、ちょっと複雑だが心強く思った。なにしろ悪魔に守られているのだ。


数日してA氏はT沙とデートをしていた。コンサートの席を取ってくれたお礼に食事に行きませんか?と誘われたのだ。

それからも何度かデートが続いた。最初は人気のレストランなどをA氏の願い事で席をとって行っていたが、だんだんと普通の居酒屋などでデートをするようになっていった。


「Aさんと居ると楽しいし落ち着くわ」


T沙がA氏に好意を持っているのは伝わっていた。やがてA氏がT沙に告白するとすんなりOKされた。

ある日、いつものようにT沙とデートを約束していた。おいしいと評判のおでん屋さんだった。A氏は飛び込みの仕事が入り約束の時間に遅刻しそうになっていた。


「やばいな。店まで信号待ちをしないようにしてほしい!」


”その願い叶えてやろう”


A氏は小走りで向かう。ささやかな願いは叶い信号は全部青信号だった。そして店までもう少しという交差点で信号無視の車が横断歩道に突っ込んできてA氏をはね飛ばしてしまった。

A氏は路上に投げ出され、車は角の電柱にぶつかり大破して止まった。


「事故だぞ!」

「男の人がはねられた!」

「誰か救急車を!」


A氏は気がつくと周りは騒然としていた。だが体は動かず目を開けてもまっくらだった。


「だめだ、即死だ」


真っ暗な中で、周りの声は聞こえた。即死って俺は死んだのか?


「そうだ。お前は寿命を迎えた」


目の前に悪魔が立っていた。


「そんな、俺が死んだら困るのはお前だろ?この前のコンサートでも俺を助けてくれたし」

「お前が死んで困るのは確かに俺だ。だが寿命を管理しているのは大悪魔だ、俺はお前の寿命情報にアクセスする権限はない」


悪魔は悲しそうな顔で言う。


「お前から貰った寿命は1時間ほどだ。貰わなくても路上で死ぬか運ばれた病院で死ぬしかの違いでしかない」


そんな。せっかくいろいろとうまく行ってたのに。


「あまりにもかわいそうだ。サービスで最後にお前の彼女が一番最初にお前を看取れるようにしてやろう」


悪魔はそう言うと俺を死後の世界へ連れて行った。

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