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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

当小説に記す架空の事件が現代日本に発生したとして警察・司法・行政・マスコミ等は容疑者に対しどのような行動をし判断を下すのかという純粋なる興味

この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは本当に全く欠片も関係ありません。

――先日の放火殺人事件についてのレポート


ことの起こりは四十六年前に発生した一件の、凄惨かつ悪質極まりない、当時も散々に世間の注目を集め、日本中の誰もがどう見てもこの一人こそが犯人であると思いながら、なぜか未解決に終わってしまった、母子殺人事件であった。


これから記す内容の中心となる、事件(以下、『当事件』と記す)と、上記の四十六年前の事件(以下、『未解決事件』と記す)において、容疑者(被疑者)と被害者(被害者親族)が反転するため、その点に留意されたし。


まず、当事件の容疑者について記そう。

容疑者は、未解決事件における二人の被害者、被害者(母)の夫であり、被害者(乳児)の父であった。


未解決事件は被害母子に対し、他事件等の現場を数多見てきた現場検証者からも、およそ人間の取れる行為とは思えぬ、と言われるほどに生きたままありとあらゆる苦痛を加えられており、最終的に命を奪われていた、凄惨な事件である。

当時からしてセンセーショナルに報道され、報道各紙は連日、その犯人像や背景、挙句には被害者やその関係者に至るまで、こぞって書き立てていた。当時すでに生まれていれば、記憶するものも多いことだろう。


すぐに犯人が逮捕され、解決すると思われたその事件は、期待に反して長期化した。そして、最終的に報道に残った人物は二名。当事件の容疑者である未解決事件の被害者親族と、当事件の被害者である未解決事件の最重要被疑者である。


長期化した報道上において、被害者親族はずっと事件の解決と犯人への法に基づいた正当な刑罰を求め続け、最重要被疑者は世間や被害者たちや被害者親族を虚仮にするような態度を取り続けた。

それを見た読者の誰しもが最重要被疑者を犯人と疑わず、被害者親族の心中を察して涙した。


だが、最重要被疑者が上手だったのか、本当は犯人は別にいたのか、捜査に不味い点があったのか、何か別の力が働いたのか、最重要被疑者は事件が時効を迎えるまで逮捕どころか抑留すらされることはなく、犯人不明のまま法に定められた方法で処理され、その罪が裁かれることも、内実を語られることもなく、終結してしまった。


この、被害者親族(次から当事件の容疑者との表記に戻す)は、捜査の停滞した時期も、時効を迎えた時も、その後の人生においても、私的・公的問わず、犯人についての怒りや被害者に対する思い、悔いや無念こそ語れど、不明なままの犯人と最重要被疑者(次から当事件の被害時との表記に戻す)を結びつけた発言や、当事件被害者に向ける発言は、それを期待し言葉を差し向けたものに対してすら、一切しなかった。


未解決事件発生から四十五年、当事件の容疑者は、誰から見ても絶望の中に居ながら、時にそして多くの興味の目に晒されながら、曲がらず、腐らず、亡き妻と子への思いを持ち続け、実直に生きていた。


容疑者を知る誰もが、彼は意図して誰かを傷つけるような人間ではないと確信していた。実際、どのような想像をもってしても何も思わずには居られないであろう、被害者の関係者――よりによって妻と子――にそうとわかる状況で思いがけず対面してすら、彼女らが後日に他の者からそのことを知らされ瞬時に顔色を失うことになるまで、信頼できる良い人と認識されていたほどであった。


容疑者は、誰かのために、社会のために、真面目に仕事を続け、信頼され、人を助け、役に立ち、惜しまれつつも去り際を誤らず、一線を退いた。


そして、妻と子のためにがむしゃらに働き、妻と子の亡き後も彼女らの死に泥を塗りたくないと続け、立派に肩の荷を次に託した容疑者は、その軽い身体で知ることになったのだ。被害者の言動を。そのあまりの内容を。これが、約一年前の出来事で、直接当事件につながる、最も大きなきっかけであった。


次に、被害者について記そう。

被害者は未解決事件において最重要被疑者であると認識されつつも身柄を拘束されることも、罪に問われることもなく、世間に犯人と思われても意に介さない態度を取り続けた。


被害者がマスコミの前で未解決事件の被害者やその親族の心情を汲むような発言をしたことはなく、むしろ時に煽り、揶揄さえした。

当事件に直接関与しないため詳しくは記さないが、権力を持つ家に生まれ、行先に不安を覚えることのない、不自由ない人生を送り、誰に害されることもあり得ないと確信していたが故の行動であったのだろうか、という筆者の疑問だけ書いておきたい。


被害者は、未解決事件が未解決のまま終結し、手続き上、罰せられることがなくなったと確信を持って以降、未解決事件の犯人にしか知り得ない情報を身近な者、深い関係者に自慢げに語っていたという。当事件の捜査にあたり調査した結果、未解決事件の発生から四十六年、仄めかしまで含めれば、それを耳にしたものは百ではとうに収まらない人数に至っていた。


被害者は未解決事件の被害者母子にもたらされた行為に並々ならぬ関心があったと語り、母子に向けられた行為は自身の最高傑作になるだけのものだったろうと語ったという。

伝聞の体こそ取ることが多かったが、その言葉はリアリティと自慢気に溢れており、伝聞と受け取るものは居なかっただろうとすら、様々な場でそれを聞いた者たちは零した。


被害者は悼むことも、悔やむことも、反省することも無いまま、別荘に見たものが眉を顰めるような品々――かの昔にキリシタンの弾圧に、西洋の魔女狩りに、世界各地の似た行いに用いられたと語られる――を詰め込んだ趣味の部屋も持ちながらも、昔の趣味の思い出だとすら語り、四十六年を側から見て十二分に幸せに過ごした。


被害者は未解決事件当時すでに妻と子を持ち、その後も子宝に恵まれ、浮世を流して数十人の婚外子を認知し、当事件の時点で多くの孫や少しのひ孫を持つ身であった。

社会的な地位も親族より受け継いでそれなりの月日が経ち、今も現役でその地位にあって、やり方は苛烈であれど、その力は絶大であると認識されていた。


被害者はその地元において確実な権力と基盤を持っており、加害者はその範囲ではないといえ隣接とすら言える場所にあり続けていたのだから――二人は未解決事件によって結びつき、容疑者は未解決事件の被害妻子のためにそこに居続け、被害者の力はその場所でこそ強みを持っていたのだから、ある意味で当然かもしれないが――、走り続けた容疑者の耳にこそ被害者の声が届かずとも、周りがあまりの内容にその声から容疑者を遠ざけようと動けども、立ち止まり一息ついた容疑者がそれに気づいてしまうのは、必然であったのかも知れなかった。


ここからは、当事件の一連の流れに移ろう。

これは容疑者によって語られた内容と、一切隠されることも損壊させられることもなく示された記録の数々、計画の素案から詰められる経過を残した資料、実行のために用意された道具、実験の跡や練習の跡を基に、構成し肉付けされた、限りなく事実に近いと考えられる内容である。


当事件の発生から約一年前、容疑者は被害者から発せられた未解決事件に関する言葉を耳にした。容疑者は慎重を期しそこから約三ヶ月を事実の確認に費やした。

容疑者が自らのことを隠して依頼した調査機関から渡された結果と、それ以外にも彼自身で行った複数の調査の結果を合わせ、被害者が未解決事件の犯人であり、その行為を悔いることも反省することもなかったことを確信するに至った。


この部分に関して容疑者自身は「できる限り客観的な事実を積み重ねるよう努力したが、主観が混じってしまうことを根絶することは難しく、この確信こそが誤りだったとしたならば、現在の心情も変わらざるを得ない」と語っている。


被害者の四十五年前の罪を確信した容疑者は、被害者についての調査を進め、現在をほぼ正確に把握するに至る。これはそれまでの調査の延長であり、そこまで時間のかかる作業ではなかった。


容疑者は未解決事件の犯人として正しく罰せられるのを望むのは難しいであろうと考え、被害者の言動が一定以上拡散しなかったことから社会的な制裁を望むのすら――本来、私的な制裁を嫌う容疑者には社会的制裁に委ねるのも不本意であったが――厳しい状況にあると考えた。この時点で容疑者は対象を被害者のみに絞った上で、完全に私的な、容疑者個人から被害者個人に対する制裁を決意した。


容疑者の一連の調査から、被害者の別荘に容疑者の妻子に用いられたような道具が大量に保管されていることは判明しており、容疑者はその場での犯行を計画した。犯行の骨子を定め、必要な情報を収集し終えたと容疑者が考えたのは、当事件の約半年前であった。


そこから容疑者は被害者に接近する。もともと近い年代で、趣こそ違えど社会で頼りにされる存在であったが故か、容疑者が己のことを偽っていたとはいえ、両者は急速に仲を深めた。

被害者は周りにこの歳になって新たな縁を得たことを嬉しく思うと語り、周囲は被害者の横で柔らかな笑みを浮かべる容疑者の姿を見た。


大きな力を持ったが故か孤独感も常にあったと零す被害者は、それを埋めてくれる容疑者に大変に感謝し、しかし容疑者もそれを笠に着ず、対等で尊重し合う関係に努めた。

一連の行動は後に容疑者の口からも、記録からも、明らかになっており、容疑者からも過去のことが何一つなければ――そうであれば彼らがこの状況になることはなかったろうとはいえ――幸せな時間であっただろうと語られた。


そして被害者からすればおそらく瞬く間に、容疑者から語られるにも瞬く間に時間が過ぎ、被害者は容疑者を件の別荘に招くに至った。

その日の被害者の日記に「無二の友」と記され、続き「彼が私の古い趣味を理解してくれることはないだろうし、彼にひけらかしたいとも思えない」と記述されていたことから、被害者は例の部屋を見せる気を持たなかったのであろうが、彼の誇れる、自慢の別荘へ得難き友を招くのは、被害者からすれば当然の行為であったのではないかと、別荘の管理を任されていた関係者は語った。


当事件が判明する五日前から容疑者の当日への動きは開始される。容疑者は被害者と被害者の別荘へ向かう前に、別荘付近に大量の燃料を持ち込んだ。

そして、招待当日は何食わぬ顔で――近くにいた被害者の関係者には友人に招かれ嬉しそうにしていたと映った――現れると、彼らだけで三日過ごすと別荘の管理を任されていた者に伝え、意気揚々と別荘に入っていった。


被害者が目撃されたのはその時が最後であった。


それから三日、彼らは別荘から一歩も出ずに過ごした。結果から言えば、容疑者は別荘の秘密の部屋に被害者と共に足を踏み入れることになり、秘密の部屋の数多の道具はその持ち主に正しく使われることになり、被害者はその部屋から出てこなかった。

別荘で過ごす計画の三日目深夜から未明にかけて、別荘は炎に包まれ、そこにいたはずの二名が行方不明となり、懸命の消火も虚しく全焼した焼け跡から別荘の持ち主と思われる遺体が見つかり、諸々の状況からこの火災の火元は別荘内部への放火である可能性が高いこと、焼跡からは共に別荘に入った友人は見つからず行方がわからないままなこと、いくらか遅れて死者(この時点で被害者と呼ばれるようになる)は火に包まれるまで生存していた可能性が高いこと、が判明した。


行方不明者が共に何らかの事件にまきこまれたのか、犯人であったのか、はっきりとしないまま、その日を終えようとしていた。


そして、日が変わらんとする頃、とある墓地にて深夜になってもじっと祈りを捧げていた老人が、それに気付いた者の通報によって保護され、一時的に保護された先の警察署で身元が確認され、放火殺人事件で行方不明の友人であるとも判明、問うたところ一連の犯行を認めたため逮捕に至った。


それからの取り調べにおいて、容疑者はスムーズに取り調べに応じ、証拠となりうるものの在処を速やかに伝え、むしろ率先して事件の全容をあらわにしようとした。


容疑者は自らの行いを正しく犯罪行為であると認識しており、その計画性や殺意を明確に認めたが、同時に一連の犯行に他人を巻き込まない――怪我人や死人を出さないという意味で、社会的混乱や被害者関係者への影響を防ぐという意味ではない――ことを第一に考え、別荘から火が広がらない配慮や救助での二次災害を恐れた計画、実験を複数回行ったことを明らかにした。

ただし、それらもあくまで容疑者と被害者のみに事件の範囲を絞りたいという勝手な考えであり、犯罪行為を正当化する意図はないとした。


容疑者は後悔や反省があるかと問われると「被害者と過去の罪が無関係でない限り、過去と関係のない被害者の現在の関係者に若干の申し訳なさは覚えるが、行ったことに後悔も反省もなく、もし一年前に百回戻れたとしても、百回同じことをするだろう」と語った。


以上が現時点で判明している、当事件の全容である。

未解決事件から当事件にかけて、全ての発端からすれば四十六年にわたるこの事象がどのように処理されるのか。


行く末を見守りたい。

筆者の革本ちゃん公式自身がどうだったらいいなと思うのかは、あえてなろうには書きません。興味を持った方は、革本ちゃん公式のTwitterをご覧になられると、何かしら掴めるかもしれないし、全く別の世界に連れて行かれるかもしれません。


革本ちゃん公式 @kawahonchan

https://twitter.com/kawahonchan

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