第7話
手を伸ばしたら近づく距離まで近づいてきた。
いつの間にか、私に見えないように持っていたワインを、私の目の前に持ってきた。
休憩室に置かれているあのワインだ。
「そのドレス、お姉様には似合ってないわ?私が綺麗にしてあげる」
語尾にハートが付きそうな勢いで囁きながら、持っていた赤いワインを私のドレスにこぼした。
ドレスが見る見るうちに、赤く染まっていく。
ここまでの悪女なんて思っていなかった。
「それじゃあ、お姉様。素敵なドレスでパーティーを楽しんでね」
とびきりの笑顔を浮かべながら彼女は部屋から出て行った。
これで私の行動を制限できたとでも思っているのだろう。
さて、どうしようか。
このまま出て、噂好きの誰かに見つかってしまったら多分良くない噂をたてられるだろう。
しかし、このドレスを着替えるためにはここを出ないといけない。
自分から、人気のない場所を選んだ対価ともいえる。
とりあえず、この部屋を物色して使えそうなものを探すことにした。
カーテンが使えそうだと窓を見るが、自分の為だけにこのカーテンをはがすことは罪悪感がある。
出来ることが何もなく、途方に暮れて先ほどの椅子に座った。
この窓意外と大きいよな…景色をよく見せるため…?なんでなんだろ…
「あ、そうだ!」
ここの窓から飛び降りるのはどうだろう。
ここは2階だからそんなにけがをしないと思う。なんかあっても治癒魔法を自分にかければいいし。
痛いのが嫌で治癒魔法と防御魔法だけは使えるようにした。
辺りも暗いのもあり、誰かがここから降りるなんて絶対分からないだろう。
我ながら、今日は名案が良く思いつく日だな。
早速行動することにした。
誰もいないので淑女らしいか、なんて気にしてられない。
今日は服に準備に時間をかけてないということもあり、ドレスの形をよく見せるワイヤーなども付けてない。靴もヒールが低いものを履いてきた。好都合だ。
ドレスの裾を膝下まで折って、動きやすいようにする。
窓を開ける。窓の上枠を手で持ちながら、下枠に片足をかける。手に力を入れて両足をかける。
そのまま腰を下ろして、窓のふちに座るような体勢になった。
足は外に出ている状態だ。下をのぞき込むと以外にも高さがあって、少しばかり慄いてしまう。
ここで怖がってても仕方ない。腹を括る。
「リア―ヴェ、えいっ」
防御魔法の呪文を唱えると同時に、窓から体を離した。
一瞬の浮遊感が体を襲う。
そのまま鈍い音をたてて着地した。
防御魔法のおかげか着地には痛みが伴わなかったが、それがかえって違和感を感じさせた。
それでも私の防御魔法は使えた。これからもいろんな場面で使っていけそうだ。
さて、中庭に着地できたわけだがここからのことを全く考えていなかった。
大広間に戻れば確実に笑いものにされる。
大広間を通らなくても行けて、ここよりも人気がないところと言えば、庭園しかない。
中庭よりも大広間から遠いので、今日は人気が少なそうだ。
そうと決まれば行動しなくては。早速庭園に行く道を歩き出した。
幸い誰もがパーティーに夢中で、誰もこちらを見ていない。
外を見ている人がいても、辺りはこんなに暗いので人影も見えるか怪しいところだろう。
色々と都合がよく、誰にもばれずに庭園に到着することが出来た。
思った通り人は少ない。中庭に比べて庭園の方が、ずっと景色がいい。
鬱々とした感情もいつの間にか持っていたが、この景色をみると少しは癒された。
「えっーと、モニアレアさんだよね?」
人気のないところだったということもあってか、いきなり名前を呼ばれたことに驚き、
びくりと肩がはねる。驚いたことを隠しながらも、声がした後ろを振り返った。
「ティートバル様ですよね?なぜここに?」
「丁度、散歩がてら競技場の案内と騎士団の紹介で。」
「ああ、なるほど。」
そんな予定があったなんて。
「生憎、女の子達はついてきてくれませんでしたけどね」
「まあ、貴方が追い払ったのではなかったんですの?」
「人聞きの悪い、やめてくださいよ。」
居心地が悪そうに、苦笑いを浮かべ頭をかいている彼の姿は、完全に隣国の王族という取りつきにくさを無くしていた。
こんな様子なので、彼の案内役もすぐ決まったことだろう。
人がずっと周りにいて、男女共にモテるとは正直羨ましい。
「人の中心にいれるなんてすごいですね。…少しばかり羨ましい気もします。」
「モニアレアさん…。僕はモニアレアさんが素敵な人だと思いますけどね?
こんなもお話しやすいですし。」
「ふふ、お口が上手で。」
「本当の事ですよ?」
「私は、人見知りしてしまう方ですから。誰もにこんな感じで話せるわけでもないですし。」
「信じられないなぁ、本当ですか?」
「ええ、貴方はとても喋りやすいので、人気が出るのも頷けます。」
「いつの間にか形勢逆転してますね、僕が勇気づけられてる。」
そういいながら笑う彼は、どこまでも気さくでリズベルトさんが夢中になるのも分かる気がした。
「ああ、そういえば、そのドレスどうしたのか聞いてもいいですか?」
ずかずか入り込んでくる誰かさんと違って、どこまでも気遣いができる人だと感心する。
「ふふ。どうしましょうかね。」
「ああ、深入り禁止ですか」
茶目っ気たっぷりにウィンクする彼の心遣いが心地よかった。
出来れば、リズベルトさんにかけられた、と言ってしまいたいがリズベルトさんのことだ。
多分罠だろう。ころっと態度を変え、自分のいいように嘘をつくのだ。
「でもこのままだと、モニアレアさんがずっと人目を憚らないといけないですから。
すこし僕に付き合っていただいても?」
「え、ええ。もちろんですが、、」
そういうと、彼はおもむろに立ち上がった。
「ついてきてください。」
パーティーが開かれている大広間とは反対の方向へ進んでいった。
人気はないし、ティートバル様が私を隠すようにして歩いてくれるので、誰かほかの人に見られるという心配もなく移動することが出来た。
そしてついたのは、ティートバル様の寝泊まり用としてあてられていた、来客者用の部屋だった。
「え、えーっと、、ティートバル様?いったいどういうつもりで…」
「あ、いえ、そういう意味ではなくて…!プレゼント用にドレスを何枚かおいているので、、
使って頂ければな、と思っていまして、、」
ドレスを送るという行為は、気がある人や婚約者などにするものだ。
婚約者がいながら、他の男の人からドレス送ってもらうのは避けておきたい。送ってもらうだけではなく舞踏会に来ていくなど尚更だ。しかし、こんな状況だと話が違ってくる。
「…ああ、なるほど。でもそんなに貴重なドレス、私が頂いてしまっても大丈夫なのですか?」
「それはご心配なさらず。余分に持ってきましたから。」
「婚約者がいる身ですので、他の殿方からのドレスを着るのは…」
「勿論、誰にも言いません。それよりも、そのドレスでいる方が悪い噂が立ってしまいます。」
「…それもそうですね。ではお言葉に甘えさせて頂いても?」
「ええ、勿論。」
「選ぶのはどうしましょう。部屋の中に入るのもあれですよね、」
「確かにそうですね、このドレスが白っぽいので…似たような色味のドレスってありますか?」
「ちょっと待ってくださいね。」
そういって部屋の中にティートバル様は消えていった。
しばらく部屋のドアの前で待っていると、ティートバル様がドレスをもって出てきた。
薄くベージュのかかった色味をしたふわりと裾が広がったドレスだ。
デザインがかわいいので本当にもらってもいいのか、今更不安になる。
「本当にこんな豪華なドレス頂いてもよろしいのですか?」
「本当に大丈夫ですよ」
「でも…」
「なら、次僕が困っらた時には助けてください。その時までの貸しです、ね?」
ふわりと微笑まれえて、こちらも自然に微笑みがを浮かべた。
「では、、大変感謝いたします。
えっーと、これからどうしましょう?私は近くの空き部屋で着替えてこようと思うのですが。」
「そうですね。では先にパーティーに戻っておきますね。時間がありましたら、一度会いにいらしてくれれば嬉しいです。」
「分かりました。では、失礼します。」
会釈をして、頂いたドレスを大切に抱え、着替えるために私はその場を後にした。
こんな頻度でも心待ちにして下さる方がいると嬉しいです。」