第56話 気が抜けない
結衣とせーちゃんが大きな声で叫ぶと、お母さんが騒ぎを聞きつけてこちらに駆け寄ってくる。
「どうしたの、二人とも? ……あら? あなた達の知り合い?」
「えーっとぉ……知り合いって言うか……」
「その……なんて言ったらいいか……」
結衣の言葉に、せーちゃんも同じような言葉を繰り返す。
結衣たちが困って、しどろもどろしていると、夏音は私のお母さんに向かって深々と挨拶をする。
「初めまして、秋風夏音ですにゃ! この旅館の一人娘ですにゃ。ここはどうですかにゃ?」
夏音に唐突に問われたお母さんは、少々戸惑いながらも、笑顔でこう言った。
「ええ、初めまして。ここはいい所ね。ご飯は美味しいし、館員さんたちもいい人たちだし」
お母さんの言葉に、ぱあっと目を輝かせる夏音。
その姿に、何故か結衣の心が暖かくなった。
「そう言えば、他のお客さんいないね? 脱衣場のカゴには他に二、三人ぐらい居そうな感じだったけど」
そう言って結衣は、キョロキョロと辺りを見渡した。
だが、辺りを見渡しても他に人の気配はなく、ここにいるのは、結衣たちだけのようだ。
それを聞いて、夏音はハッとした表情を浮かべる。
「にゃはは。結構脱ぐ時雑になっちゃってにゃ……ごめんだにゃぁ……」
状況から察するに、あの脱衣場の惨状は全部この子の仕業らしい。
他に二、三人ぐらい居そうな脱がれ方だったのに。
「まあ、別にそれは気にしないけど……」
「ほんとですかにゃ? 良かったにゃぁ……」
心底ホッと胸を撫で下ろしている様子の夏音に、結衣は何やら違和感を覚えた。
だが、その違和感の正体が分からない。何か見落としているのかもしれない。
そう思い、結衣は再び警戒モードに突入した。
しかし、そんな結衣の変化に気付いていないのか、夏音は普通にお湯から上がる。
「にゃはは。ちょっとのぼせてきちゃったにゃ。お先ですにゃ〜」
「え? あ、うん」
「おー、じゃあね〜」
「私たちのお部屋、201号室だから気軽に遊びにおいでね」
夏音の言葉に、結衣たちはそれぞれ言葉を返す。
その様子を見て、満足そうに微笑みながらドアを開けて出ていった。
それから結衣たちは温泉を堪能し、充分に満喫したのだが、結衣はどうも夏音の事が気になっていた。
何だか胸騒ぎがするような、変な感じ。
心に靄がかかっていて、晴れない感じがする。
そんな嫌な予感は見事的中するのだが、今の結衣にそれを予期することは出来なかった。
「にゃぁ……にゃるほど……うふふ、やっぱ大した事なさそうだにゃぁ」
そんな夏音の意味深な言葉は、ついぞ誰にも拾われることはなく。
そして――
「なっ……! こ、これは……!」
と、驚愕に塗れた声色で目を見開いたせーちゃんの事も、結衣は気付くことが出来なかった。
☆ ☆ ☆
真菜と緋依も、後から温泉を堪能したようで、すごく幸せそうな顔をしている。
それで結衣たちの温泉旅行は幕を閉じたのだが、何やらまた一波乱あるようで。
結衣は気が抜けなかった。




