勇者って?
「ただいま戻りましたー………」
疲れ果てた声で朝日が宿屋のおばちゃんに挨拶をした。お前ここは家じゃないんだぞ、とは思ったものの実のところ俺も結構疲れている。出来るならさっさと布団に入ってしまいたいくらいに。
「あら朝日ちゃん! おかえりなさい、大分疲れてるようね」
「はい………大分疲れてます………」
「あはは! それじゃ今夜はぐっすり寝られるわね! あぁそうそう、ナフトさん宛に手紙が届いてますよ」
「俺に? ありがとうございます……うっわ国王からだ………」
仮にも一国の王からの手紙を嫌がる理由は一つ、大抵というかほぼ確実に厄介事を投げられるからだ。そんな俺とは対照的に朝日はキョトンとした顔をしていた。
「国王ってあの王冠被ってる人ですか?」
「まぁ………それ以外いないだろうな、えぇと何々……?」
朝日のその覚え方に若干の呆れを感じながら手紙を読むとそこには明日、俺と朝日に城まで来いという端的な文章だけが綴られていた。まぁ、王が勇者に招集をかけるということはままあることだ。しかし、問題はそこではない。
「朝日………もし今すぐ出なきゃいけないって言ったらどうする?」
そう、今いる場所から王のいる城までかなりの距離があるのだ、具体的には半日と数時間くらい。ちなみに今の時刻は七時を少し回った程度、突然のトラブルを考慮すると数時間の余裕はほしいところだ。とすると当然今すぐ出なきゃまずいのだ。俺は一向に構わないが、問題なのは疲れ果てた朝日がどう駄々をこねるかだ。
「……どうしても、な用事なんですか?」
「まぁ……明日唐突にってことだから割と火急の用件なんだろうな」
「………私も行かなきゃダメなやつですか………?」
「勇者なんだから当然だろうな」
「ナフトさんだけじゃダメなやつですか……?」
「今の俺の立場は朝日の保護者代わりだし保護者に用事はないだろ」
「…………あ、後で…………」
「え? なんて?」
「…………あ、後で何かやって良かったーって思えるようなことがあるのなら行くんですけどねぇー………」
えーと? つまりご褒美をくれるのだったら行ってもいいということなのか?
「うーん………用件を聞き終わった後でいいなら甘い物を食べに行くとかどうだ……?」
「………それじゃあ………行きます……」
あれ? いつもはもうちょっと駄々をこねて最終的にゴリ押しする羽目になるんだがそこまで疲れているのだろうか? まぁ、スムーズに事が運ぶのならそれに越したことはない。
「良し、んじゃ早速出発するか」
「ナフトさん……まさか歩いていくつもりですか………?」
宿屋のおばちゃんが有り得ないものを見るかのような目で声掛けてきた。いや、流石にそんなバカじゃないですし……。火急の用件とは言え本当に緊急事態じゃないんだからそんなことはしない。
「いえ、さっきまで居た村で馬車を貸してもらおうかと…………こんな時間に頼むのは心苦しいですけどね………ハハッ……」
「それじゃうちの馬車を貸したげるからさ! それを使ってくださいよ!」
その提案は願ったり叶ったりだが………。
「いいんですか? 帰ってくるまでに二〜三日はかかると思いますが………」
「いいんですよ! どうせ滅多に使わないんですし!」
そう言って快く馬車を貸してくれたおばちゃんに感謝しながら俺たちは宿を出た。
宿を出てから数時間後、夜も深まり道が見えなくなってきたので日が出て明るくなるまで休憩をしようとしたとき、荷台で睡眠を摂っていたハズの朝日が質問を投げかけてきた。
「ねぇナフトさん………人を殺すってどんな気持ちなんですか…………?」
俺にその質問の意図は分からなかった。一つ分かったことはその声は酷く震えていたということだけだった。