ティルティウス帝国
ロイネが身振り手振りを交えながら説明してくれた。翡翠晶によって空間表示されたスクリーンのグラフやら何やらで説明された内容は、要約するとこうだ。
<全般>
-ティルティウス帝国は人口10万人程度の小規模都市国家。ウクバール大陸の海沿いに面しており交易港があるため商業は栄えている。また街道にもなっているため観光、商業での人口流入も多い。
-産業は水産業と若干の農業牧畜だが基本は都市国家のため大部分の食料は輸入している。観光は重要な資源であり、また貿易商業も発達している。
-周辺各国との関係は現時点においては概ね良好。ただし交易に関する利権争いや地下資源、海洋資源等の帰属をめぐっては常に各国と争いが絶えない(地下、海洋資源は翡翠晶の元になる”魔石"も含まれるとか)
<課題>
-魔王軍の残党が汎人類のシンボルであるオルビス城に住み着いて周辺に害をなしているため、この退去を推進する必要あり。
-平和な時代が続いたせいか、出生率と結婚率が急速に下がっている。原因解析中だが早急な対応が必要。
-各種族ごとのライフスタイル/ライフスパンに合わせた雇用機会均等法、労働法の施行(例: 熊獣人は冬眠が必要であるがそれを理由に解雇しない、エルフは週に3日程の森林浴が必要不可欠でありこれを休暇扱いとしない、猫獣人は発情期に休暇を取ることを認める、など)
-都市郊外の山岳地帯に魔石の鉱脈が発見されたが隣国フェルメが鉱脈は自分たちに帰属すると主張。鉱脈がでたエリアの土地の大半をフェルメ人が所有しており、その人間が土地をフェルメ王国に寄付したせいで権利関係が錯綜している。
-交易は競争激しく収支は年々悪化しており、新たな産業の育成が必要。
その他、
-周辺に独裁国家ロンデニウムがあり常々隕石魔法でティルティウスを攻撃すると脅迫している。実際に時々魔法の試射が行なわれる。
-社会の貧富の差の拡大、出生率の低下による人材難、それにともない増加する外国人労働者の取り扱い。
などなど…
いや、これ異世界ファンタジーなんだよね? 剣と魔法と冒険はどこいったんだよ?
「まず最大の疑問は、これだけファンタジー感のない沢山のありがたくない問題の数々をただのニートの俺に解決してもらおうという、皆さんの信じがたいレベルでの他力本願っぷりについてなんだが」
レナが口を開こうとしたところをロイネが制して、
「リン様、おっしゃる通りです。ですからリン様が必要なんです。ぜひ私たちの皇帝になって変えてください。よろしくお願いします」
とロイネが少し挑戦的な様子で言う。こういうところもなかなかかわいい。
「なんとなくだが観光の復活がまず速攻性ありそうだな。人が増えれば商業も活発化するだろ。オルビス城は昔は1,000万人くらい来てたんだろ? 魔王軍の残党っていつから住んでるんだ?」
レナが答えて、
「2年くらい前からね。戦って追い出すことも私の魔法と軍を動かせば不可能じゃないとは思うけど…」
「戦いやめましょうよー。平和的に解決しましょうよー」
やる気のない声が乱入してきた。
「パルマ…あんた相変わらずやる気ないわね…」
とレナ様。パルマと呼ばれた子はめんどくさそうに返事をした。
「だって危ないでしょ戦争って。トンテンカンテン血とかもドバドバでるし。やらないに越したことないでしょー」
パルマは金髪ロール髪で豊かな胸をしており、簡素ながらも凝った装飾が縁にされている軽装の鎧をつけていた。
「パルマ、それよりあんた新しい皇帝さんに挨拶しなさい。リン様よ。こんなんでもあたしたちの皇帝だから丁寧にするのよ」
こんなんでもは余計だろ。
「あ、はい…パルマです。軍務長官、大将やってます。でも戦いは嫌いです。めんどいし…戦わないで済むならそれに越したことないと思いますので全力で戦争回避する派です。よろしくお願いします」
と言って頭を下げる。また変なのがきたな…
「よろしく、新皇帝のリンです。素朴な疑問なんだけど、なんで戦争嫌いなのに将軍なんてやってるの?」
「だってレナが頼んできたから。あたし基本戦い嫌いなんだけど」
とパルマ。俺に対する口の聞き方が完全に友達のそれでありユニークな感性の持ち主と見受けた。
「パルマはね、私たちが前に冒険者やってたときの仲間で3年前の魔族決戦の時にも大活躍したのよ。ライトアーマーで素早く動く接近戦と魔法を組み合わせた攻撃が得意で、何より戦局を読んで作戦を組み立てるのが抜群に上手いの。個人としても戦う能力は高いから、リン様のボディーガード兼務でいいと思うわ」
「いや、それはわかるんだけど全く戦う気ないんだけどそんな大将ってありなのか?」
「それは…まあ、昔から確かに絶対必要じゃない限り戦い避けるようにしてたけど、でも戦ったらめっちゃくちゃ強いから、そこを評価してるのよ」
うーむ。なんとなく今のところまともなのはロイネだけっぽいが大丈夫か帝国。
「リン様、戦いってめっちゃ野蛮でしょ。怪我するし痛いしお腹空くし、とにかくいいことないから。レナとは友達だから大将やってるけどあまり戦いで私をあてにしないでね」
「じゃあどういう時に俺は君をあてにすればいいっちゅーねん!」
思わず声がでかくなり自然と手の甲をパルマに向けて振ってしまった。突っ込んでもらいたいとしか思えないんだが。
「ええ、急にそんなことみんなの前で言われても困るんだけど…」
と赤面してもじもじする将軍様。いやなんだ、この国大丈夫か? まともな人材はロイネくらいしかいないのでは…
「いやわかった。じゃあとにかく基本は平和路線だな。で、話を戻すと、ロイネ、城に巣食っている魔王軍の残党だがさっくり戦って追い出すことはできないのか?」
ロイネが口を開くタイミングでレナが割って入り、
「あのね、わかってないから仕方ないけど、基本いまこの世界では魔王との融和がテーマになってるの。3年前に魔王軍を駆逐したときの勇者の発案でね。これでまた魔王軍を全員倒したら遺恨を残すだけだからってことでね」
「なるほど。そうすると、もし俺たちがそういう感覚の中で突然魔王軍残党を攻撃したら他国に介入させる絶好の口実になるからそうすべきでない、ってことだな?」
レナは嬉しそうに笑顔になり、
「そう、その通り。やっぱりリン様は皇帝属性持つ人だね。そういうことまでちゃんと見通せるの嬉しい」
と素直に嬉しそうに話しかけてくれた。
「なんだ、やればできるじゃないか。いつもそういう風に素直にしていればいいんだぎゃああああああ!!!」
俺は突然の激痛に身をよじった。
「調子に乗らないでね、リン様はあたしの雇われ。下僕なんだから」
皆が心配そうに見てくるのが唯一の慰めだ。
「リン様のおっしゃる通りです。さすが皇帝様、そこまでお見通しなんですね」
と尋常じゃないキラキラした目で俺を見上げくる女、ロイネ。あれ? 君は普通だったんじゃなかったっけ?
「それではリン様はどのように解決されたいと思いますか?」
ロイネは聞きながら舌をだして少し上気し、頬もほんのりと赤くなっている。
こいつ大丈夫か?
「俺の解決は、もしその魔族との融和がテーマだっていうなら、お城をお化け屋敷にして観光の売り物にするってことだな。魔族達には圧倒的な恐怖を来場者に与えてもらって、来場者は純粋恐怖に興奮して金払いもよくなる。どうせ魔族達は人間の恐怖を食らうとかなんだろ? なら全員いいことだらけじゃね?」
俺の話しを聞きながらロイネはどんどん興奮していき話し終えた頃には涙目になり顔は真っ赤でハアハア荒く息をついていた。
「リン様、もうなんて素晴らしいアイデア…素敵すぎますわ…」
と言ってウルウルした目で俺を見てくるその様は明らかに性的な興奮を得ているとしか思えなかった。
ごめんなさいなんなんですかこの人は?
「そして、そんな素敵なっ…アイデアをっ…どうやって、どうやって実現するおつもりなんですか?」
とはあはあ言いながら言葉をあえぐように絞り出すロイネ。確定:ロイネは変態である。
「俺は正攻法で立ち退きを要求する。魔族だって遵法すべきだろ。宥和するならルールは守るべきだよな。そして立ち退きたくないのならお化け屋敷をやれと譲歩する。不法占拠は事実だし仮に向こうがそれで出て行くのなら普通の観光施設にすればいい。ロイネ、早速向こうのトップに会談を申し込んでくれ。あと法的手続に則った立ち退き勧告書を作れ。急いで頼む」
ロイネは、あっと短く声を上げるとそれから赤面したまま全身を震わせ、ゆっくりと静かに、
「承知いたしました、リン様」
と言ってウルウルした目で俺を見てきた。いやなんだ、どういう類の変態なんだこいつは?
「レナはほんとリーダーシップ発揮されるのが好きだよね。そんなんでなんで興奮できるのかまじで理解不能すぎるけど」
とパルマ。
レナも頷きながら、
「リン様、あたしもそのアイデアいいと思うな。でもね、ひとつだけ教えてほしいの」
俺は身構えた。
「なんだ?」
またなにかNGワードをいえば純粋苦痛である。もうごめんだ、あんなのは。
「うん。お化け屋敷ってなに?」
そっか。そうだよね。知らないよねファンタジー世界だし。リアルに危険なお化け屋敷いっぱいあるよね。