異世界召喚
俺がうすぼんやりと目を覚ますとそこは真っ赤だった。
夕陽のような血の色のような、赤。近くに大きな山のようなものが、2つ、朧げに見える…
俺の意識は少しずつ覚醒を始め、身体の感覚が戻ってくる。
俺の名は氷見凛。FXとパチスロで稼いでニートしている20歳ソシャゲツイ中毒だ。より正確にいうと、FXで稼いだ金をせっせとパチスロソシャゲで溶かしている自己循環型ニートである。家柄も金も学もなく体力もない、彼女なんてもちろんいない俺が人生一発逆転するにはFXで大金を掴むくらいしかない。それか異世界転生とか。
「起きた?」
女の声。少女のような高い、綺麗な声だ。
あれ? 寝る時またASMRかけっぱなしで寝たか?
「起きてるなら返事して。返事できる?」
「はい…」
と目をパッと開き見ると見知らぬ天井。石造りのようなドーム型の天井、俺の住むワンルームマンションとは比較にならないほど高い天井。
俺はぱっと身を起こし周りを見た。
石造りの丸い部屋、空間に光の玉がういておりそこからの光が放射状に部屋を明るく照らす。壁には棚にぎっしりと本やらよくわからない器具やらが詰まっている…
そして俺の横たわる台の前に赤い髪から尖った耳が覗く、大きな胸をした女の子がいた。見た目は10代後半くらいで、尖った耳からして明らかにエルフである。
「ここはどこで、あなたは誰ですか?」
しばらく呆然としてからなんとか声をだし、俺は自分が素裸であることに気づいた。毛布が下半身にかけられているが、それだけだ。
「ここはあなたから言うと異世界で、この部屋は私の部屋。私の名前はレナです。よろしくね」
とレナ。
ごめん。それだけじゃ何が何だかわからないんだが、まず一つ分かったことがある。
「さっき山が2つ見えたと思ったんだけどそれはその、君の胸だったんだよね、きっとそうだよね?」
レナは、きょとんとした顔を一瞬してから盛大に笑い出した。
「あはははは! リン様はいやらしい冗談がお好きなタイプなんだね? 私もそういうの嫌いじゃないけど、初対面でいきなりそれはないよね」
と言ってレナがさっと手を振ると青白い光が放たれ俺の身体を途轍もない激痛が駆け巡り俺は悲鳴をあげ、そしてすぐなんの余韻もなくそれは終わった。
「わかった? これは純粋苦痛って魔法なの。もっともっと長く、断続的にしたり痛みを深くすることもできるし、絶対に気絶しないようにすることもできるの。これから私にコメントするときは十分注意してからにしてくださいね、リン様?」
と言ってにっこりと笑うレナ。
俺は素直に頷きすまなかったともぐもぐ言いながら、
「えーと、まずなんで俺はここにいるのか、ここはどういう場所で君はどんな…人間っていうかエルフなのか、教えてもらえる、かな?」
レナはまたにっこりと笑って長い髪を跳ねさせてから答えた。
「ここにあなた、リン様がいるのは、私があなたを召喚したから。あなたはとーっても珍しい属性を持っているの。皇帝にうってつけの”支配者"の属性ね。あなたの生活ぶりを見てたけどお金稼いではギャンブルで溶かしてお酒飲んでだらだらして、全くの自堕落そのものね。でも属性は最高なの」
とレナ。喋り声は声優みたいな可愛い声だが内容は着実に俺の心を抉ってくる。
「いやあれは自堕落ではなく自分で稼いで自分で消費するという自己循環型経済モデルの実験をしていただけで…」
レナの目が冷たい光を放ち出したので俺は言うのをやめた。
「毎日ギャンブルしてお金稼いでは溶かして、彼女もいないでニートするのは循環って言わないよね。ただ単にそこに立って消費して、毎日少しずつ死んでいっているだけ」
異世界召喚されたと思ったら、召喚主の美少女からひたすらダメ出しされるこの非現実経験をツイートしたいと思い反射的に携帯がないか周辺を弄った。が、当然そんなものあるはずもない。
「でもね、リン様のその皇帝属性があれば、リン様は的確な判断とか戦局の決断とか、その手の皇帝に必要なことがとっても上手にできるようになるの。だから私はあなたを呼んだの」
「だめだ、全く話が読めない。レナ…のいう通り、俺はクソニートなんだがその皇帝属性とやらがあるならもっとマシな生き方ができていたと思うが」
俺は少し躊躇ってから呼び捨てにしてみた。
レナは口角をあげて、可愛いお顔とアンバランスな邪悪な笑いを浮かべた。
「マシな生き方してないっていう自覚はあるんだね。そう、ここでリン様は遥かにマシな生き方ができるの」
レナは俺の顔を覗き込み、ゆっくりと話した。
「簡単にいうと、私の帝国の皇帝になって欲しいの。できるかな?」
俺は口をあんぐり開けた。
「俺が?」
と言葉が出てくるまで数十秒。可能な限り人との接触は絶って生きていきたいんですが。
「そう。そもそもなんで今まで自堕落な生活して生きていけてたと思ってたの? ラッキーだから? そんなわけないでしょ。そもそもそんな幸運があること自体、不思議に思わなかったの? あのFXとかいう金融ゲームで勝ち続けてるのは属性のおかげだよ。正しい判断ができてるからなんだよ」
「いやでも、そんなすごい属性があるなら俺はもっといい目見ていいんじゃないか?」
「それはあなたがあなたの力の使い方を知らないから。レベルが超低いからスキルの発動も弱いのよ。だから単に少しラッキーってだけなの。これから私が鍛え直してあげるから、皇帝になりなさい」
と言って、レナは前屈みになり寝台に手をついた。胸がぐっと強調される姿勢で俺を見る。
「いろいろとご褒美もあげるから、ね? “純粋苦痛”があれば、”純粋快楽”の魔法もあるからね…」
と囁くように話しかけてくる美少女。その言葉は魅力的だがまた裏を返せば純粋苦痛もあるわけで…
「私の帝国はティルティウス帝国、歴史は長いけどまだまだとーっても小さいの。規模的には1つの都市とその周辺くらい。帝国というよりは都市国家みたいなイメージね」
と言ってレナは手元にある水晶でできたスマホのような機械を操作すると目の前に、空中に映像が現れた。
城壁に囲まれた都市、それほど大きな規模ではないが大小様々な建物と大きな市場もあり活気はありそうに見える。周辺には畑が広がる田園風景と山、湖、川…まさに中世ファンタジーの都市国家で、基本オタの俺は血が湧いた。
「綺麗だな…」
と俺は呟いた。
「そう、綺麗。でもそれだけ。唯一の産業は観光なんだけど、目玉の観光ポイント”オルビス城”には魔王軍の残党が住み着いていて使い物にならないの。交通の要衝ではあるけど最近は隣の大国フェルメが別のルートを開拓して、そっちに人が流れがち。取り柄はのどかな雰囲気くらい」
とレナ。先程までの勢いは弱まり、困っている様子が伺えた。
「単純に疑問なんですが」
俺は慎重に言葉を選びながら聞いた。
「なんでそんな状況になっちゃったんですか? どのくらいレナは皇帝やっているの?」
レナはふっと息を吐き、
「私は皇帝じゃないの。だからリン様を呼んだのよ。私はこの国のオーナー、所有者なの。私はこの国を前の皇帝一家から買い取ったの。もっと正確に言うと彼らは借金まみれで国を競売にかけたの。で、私はそれを買ったの」
はい? 国って売れるもんなの?
俺の考えを読んだように、レナはニヤリと笑って俺に答えた。
「そう、不思議よね。でも売れるものなのよ。1つの資産みたいなものかしらね。こういう都市国家はたまに買収されることがあるのよ。その方が戦争で侵略するよりはマシでしょ」
レナは自分の胸に手を当てて続け、
「もうわかってると思うけど私は1000年に1人と言われるレベルの天才魔法使いなの。こんなにすぐ純粋苦痛を発動できるのは私だけよ。よかったわね、リン様?」
「何が良いのか全くわからないが」
俺の言葉を無視してレナは続けた。
「だから2年前の魔王軍駆逐の時も大活躍してね。東方面に展開した魔王軍はほとんど私1人で追いやったのよ。大規模隕石魔法でボッコボコにしてね。それの報酬とかいろいろでまとまったお金が手に入って、その大部分、200億テュラム突っ込んでこの国を買ったの。でも、実際の手元に残る税収は年1億テュラムくらいなのよ。利回り0.5%よ。もうとにかく買う前の説明と全然違うんだから!」
怒りに身を任せたレナの手から青白い光が漏れ出し、俺はあわててフォローに入った。
「わかったわかった。で、俺に国を立て直して欲しいと、そういうことなんだよな?」
「そう、そういうこと。でもリン様はまだただのニートだからこれから私がしっかりと教育してあげます。飴とムチ、苦痛と快楽ね。20歳の若いおぼっちゃんニートには想像つかないくらい私はたーっくさん、いっろんなこと経験してきてるから、色々教えてあげるから」
俺は一瞬、いやお前の方がどう見ても俺より若いだろそんな経験とか何言ってんだ、と思考してからハッと気づいた。こいつ、エルフじゃん。
「え、これって例の10014歳みたいな例の脱法行為みたいなやつ? 今更感あるなそれ」
「ごめん何言ってるかわからないけど私はそんなに年じゃないよ。でもそうね、あなたの10倍は生きてるかな。それもニートじゃなくてちゃんと仕事してきてるから、あなたの20年と比べると100倍くらいの密度かな?」
と言ってまたニコリと笑うレナ様。笑顔だけ見ていると純真無垢な少女でしかないのだが…
「とにかくいろいろ問題があるのよ。だから安い値段で落札できたんだけどね。とにかくあなたは皇帝の属性を持っているんだからそれを活かして私に仕えなさい。どうせ帰っても自己循環型のニートでしょ。ここでやり直すといいわ」
「もし嫌だと言ったら?」
なんとなく答えはわかっていたが聞いてみた。
「じゃあどこへなりといって好きに生きなさい。この世界のことを何も知らないニートだけど運だけはあるから物乞いでもやっていれば生きていくことはできるわね。夜は野盗とか低級妖魔に殺される可能性があるから気をつけてね。あと私の視界に入ってきたら視界から出ていくまでずっと純粋苦痛をかけてあげる。どうしたい? リン様には選択の自由があるよ」
つまり、選択の自由とやらは実質的には無いってことだ。
「わかったよ。それともう1つ、俺は元の世界に帰ることはできるのか? 召喚できるんだから送り返すこともできるんだろ?」
「それはちょっと難しいわね。不可能じゃないと思うけど。多次元世界線の流れはリン様の世界からこっちに流れてきてるから。私はそこにリン様を乗せたって感じかな。不可能じゃないけど似たような別の世界に行っちゃう可能性があるね。例えばそこではリン様は快楽殺人鬼で指名手配されている極悪人の変態野郎かもしれないよ」
レナは言葉を切って俺の様子をうかがってから続けた。
「だからとにかく、ここにいるようにしなさい。リン様はここでこそ輝けるの。だって皇帝なんだから。そしてこんな美少女がそばにいてくれるのよ。あの翡翠晶みたいなものでいーっつも見てた女の子達より私の方がずっとかわいいでしょ」
「まあ、見た目はそうだけど」
レナは俺を無視して続けた。
「あなたは皇帝。でも雇用主はこの国の所有者の私。当分は色々と話し合って決めていきましょう。ちゃんとやってればお給料たっぷり払ってあげるわ」
「えーと…つまり俺はお前から給料をもらってこき使われる、ってことか?」
社蓄にだけはなりたくなかったからニートしてたんですが、異世界まできて社蓄にならなければならないんかい。
「あなたは社蓄じゃないわよ。ちゃんと税収が上がってきたらリン様と私で等分にシェアする。ただし期待外れだったらいつでも首は切る。でもそれだってちゃんと回復のチャンスはあげるよ。私はあなたよりずっと大人だからそんな無茶苦茶しないから」
甘い声優ボイスで美少女からそんなこと言われても説得力も何もないが俺はとにかく頷いて言った。
「わかった、やるよ皇帝」
ぱあっと明るくなるレナの満面の笑みが近づいてきたと思ったらぱっと俺に抱きついて、
「ありがとう! 一緒に頑張ろ!」
と弾んだ声。
とにかくでも、まず服を着たいんだが…。
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俺の居室に移動したが、今までの俺のワンルームの5倍くらいはあるとてつもなく豪華な部屋だ。俺はいったん風呂に入ったり着替えたりして(あの何枚も布を重ねたような皇帝っぽい服だ)、少し落ち着いてからレナが部屋に入ってきた。メイドが1人ついている。肩のところがなぜかあいている涼しげなメイド服に、黒い豊かな髪からちょこんと耳が覗いている。ケモナーだ…猫?
「この子はユイナ。これからリン様の身の回りの世話をするからね。ユイナ、挨拶しなさい」
「リン様、よろしくお願いします! ユイナと申します。身の回りのことで何かありましたら何でも言ってください!」
と言ってユイナは頭を下げ、合わせて耳もぴょこんと下がった。
「尊い…」
我知らず俺の口からコメントが漏れ出ていた。
やれ純粋苦痛だのたれ死ねだのいう暴力女とは全く違う、魂の純粋さを感じる可愛らしさだ。
と、唐突に俺の身体を激痛が襲った。俺は身をおり悶絶し悲鳴をあげた。
「痛いいたいいたい痛いいい!」
また最初と同じように急に痛みがひいた。
目を上げるともちろんそこにはレナ様がいた。
「言っておくけどこの子はあくまでも身の回りの世話をするだけ。リン様から変なことしたり、考えたりするだけでも許さないからね。もしそういうことがおきたらどうなるか、いま教えてあげたから。わかったでしょ」
俺はわかりました、と大人しく呟き、こいつの暴力性をどこかで何とかしなければいけないと心のメモに大書した。
「レナ様、お気遣いありがたいのですが、私はどんなことでもリン様のご命令はお聞きします。それがお勤めですし嫌だとかそういうことはありません」
「ユイナ、あなたの気持ちじゃないの。私が嫌なの、私が」
ユイナは遠慮がちにおずおずと、でもはっきりと聞いた。
「なぜレナ様がお嫌なんですか?」
「なんでもよ! とにかく私のポイントは明確にしたからね!」
とのたまうレナ様。
「なんだ、俺がほかの女の子を可愛いとか言うのが嫌なのか?」
と言った瞬間今まで以上の爆発するような痛みが身体中を包み俺の体の中から暴力的な獣が飛び出そうとしているかのような痙攣が続き俺は
「ぎゃあああいいいいい痛いいいいいい!!!」
と叫んだところで痛みがさっと消えた。
「リン様、あなたが誰をどう思っても私にとっては全くどうでもいいの。でも無意味な決め付けはやめてね。私はどうこう他人に言われるのがなにより嫌いなの」
とレナ。勝ち誇った笑顔で俺をぐりぐりと見下してくる。
俺は太字の極太明朝体フォントサイズ48で心の中に”レナの純粋苦痛をやめさせる”と改めて大書した。
確かに苦痛だけ与えて、でも後に何も残らないのだから何度でも与えることができるわけだから、これは大した魔法である。サディストにはうってつけの魔法だ。
「わかったよ。じゃあとにかく、よろしくユイナ」
「はい、リン様!」
と気持ちのよいお返事。愛おしや…
「じゃあもう少し詳しくこの国のことを説明するね。ロイネ、入ってきて」
といって入ってきたのはふわっとした茶色の巻き毛に大きな目をした、多分俺と同じ年くらいの綺麗な女性だった。
「リン様、はじめまして。私はロイネと申します。リン様の元で宰相を務めさせていただきます。小さな国ですから他には軍長官、内務大臣、外務大臣のみですが、まずは政務のことは私になんでもおっしゃってくださいね。よろしくお願いします」
と言って頭を下げる。見目麗しい女性であり引き続き俺の人生はうまくいっているようだ。ありがとう、異世界よ。
「早速ですが、リン様に簡単にこの国のことをご説明しますね」
と言って手元のスマホ見たいなものを取り出しぱらぱら操作するとまた空中に映像が浮かび、この国の航空写真みたいな、俯瞰した映像が表示された。
「ちょっと待ってくれ説明の前に1つ聞きたい」
ロイネはいったん動きを止めた。
「そのスマホなんていうんだ?」
「スマホっていうのはわからないですけど、翡翠晶ですね」
「それが俺も欲しい。それがどういう風にこの世界で使われているのかも教えてほしい」
「わかりました、手配いたします」
とロイネ。答え方は優秀な秘書官という感じで頼りになりそうだ。これからレナという爆裂爆弾と付き合っていかなければならず、まともな仲間は多ければ多いほどよいのだ。
ロイネは翡翠晶を使って説明をはじめた。