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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第一章 ノークロース
9/86

嘘だろ

――約束の時間だ。


ラッセルは薄暗い廃倉庫から出て、橙に染まった空を見上げる。

宿の周辺をうろついている怪しい男から身を隠すのは、狩人であるラッセルにとってそれほど難しいことではなかった。

警戒を強めて、他にもいるであろう怪しい者たちの手を逃れるため、居場所を転々としながら身を隠していたのだ。


(この状況について、ロアちゃんから教えてもらえるといいんだけど)


兄貴の店に行ってから、何かおかしいと感じていた。

あの店が後ろ暗いことをしているとは思えないが、おかしなことが起きすぎている。


事実、ロアに関してもわからないことが多い。

兄貴と仲が良いようだが、その詳しい素性は兄貴も分かっていないのだ。


自分の勘を信じるなら、ロアは良い人だ。

威圧的な言葉使いをすることもあるが、口癖のようなものだとわかっている。

あの命令口調は兄貴と相性も合うだろう。

だからこそ、腑に落ちないところもあった。


兄貴はたしかにぐうたらで、社会性もなく、あれでよく結婚できたものだとラッセルは思っている。

しかし今の兄貴は心底楽しそうで、その様子は操られているようにも見えない。


兄貴は家に帰れていないと言った。

なのに、それを悲観しているようには見えなかったのだ。

あの、目先の利益を何よりも優先する男が。

苦痛に感じたら逃げ出さずにいられない男が。


ラッセルの知っている兄貴の像と、少し違うのだ。

違和感の正体に気がつくと同時に、ラッセルは閃いた。


(兄貴は操られているんだ。名前じゃなくて、何か特殊な魔法や薬品で……)


そう思った途端、あの可愛らしい魔女が、憎たらしい魔物に思えてきた。

悪魔は、自分に魅力的な姿で現れて人をたぶらかすと言う。

もしかすると、あの魔女は、悪魔なのかもしれない。


(――許せない)


――ナラバ、コロセ。


頭の中に声が響く。


夕暮れの大通りを振り返るが、声の主は見当たらない。

それは、たしかに聞いたことのある声だ。


――コロセ。


(そうか、これは……)


兄貴とも違うその声は、内に眠るもうひとりの自分の声だった。






約束の時間を少し過ぎたころだろうか。

血まみれだった部屋を掃除して、罠を張り巡らせて、準備を終えて暇を持て余した儂は、ボンバイにそれとなく話しかけた。


「――思ったんだが」

「……何ですか?」


ボンバイは座禅を組んだまま、目を開かずに応える。

必ず戦いになるだろうと予測して、精神を研ぎ澄ましているのだろう。


「狩人というものに時間の感覚はあるのか? 例えば、動物の活動時間は日の傾きに左右されるから、夏と冬でもだいぶ違うだろう。儂は今の時期の夕暮れである六時を指定したが、六時が夕暮れ時であると奴らは知っているのか?」

「どうでしょうねえ」

「何とも気のない答えだな。お前、さては何も考えずに返事しただろう」

「わかりますか?」

「わかるわ。チッ。精神統一なぞせんでも、敵なら儂が焼き払ってやるわ」

「それは頼もしい」


サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノームの四体の精霊を、儂は周囲に侍らせていた。

来てから出していては遅いことを、ボンバイが出会い頭に教えてくれたからだ。

やはり、失敗から学べるのが儂のいいところだ。


サラマンダーを撫でて待っていると、店の扉が勢いよく開いた。


「お、やっと来たか」


儂は友好的に笑みを浮かべていたが、ラッセルは違った。

無表情で、瞳は虚ろ、覇気もない。


「僕はあなたを殺さないといけない」

「おい、穏やかではないな。突然何を言い出す? 儂を殺さないといけない理由は何だ?」

「あなたが兄貴を騙して操る悪魔だからだ。兄貴はあなたの特殊な魔法で抵抗できなくされている」

「魔法……?」


彼は一度きちんと儂が名前を縛る古の魔術を用いていることを看破したのに、思考がそれ以前へと戻ったかのように、突飛な発想を口に出す。

はて、彼はこれほど話の噛み合わない相手だっただろうか。


「悪は殺す。殺す。殺す。コロス。コロス」


彼はぶつぶつと呟きながら、手にした麻袋から大きな鉈を一振り取り出し、何を思ったのか、その袋を頭に被った。


「ロアさん、ありゃ正気じゃない」

「そんなもん見りゃわかるわ。人格をやられておるようだな。それも、だいぶ以前から」

「だったら、私の仲間を殺したのも?」

「さて、あれに聞いて答えてくれるのならいいが」


ラッセルは袋を被って力強く一歩を踏み出す。

そこには儂が仕掛けた蔦の罠があるとも知らずに。


「馬鹿め。来ると分かっていて何の準備もしていないはずあるまい!」

「あなたギリギリまで信じてなかったじゃないですか」

「うるさい。見ろ、もう動けんだろう」


彼の全身を、床や天井から伸びた太い蔦がからめとっていた。

通常の人間なら圧死しかねない力で絞めつけられているはずだ。

彼の巨体なら、全身の骨が砕けていたとしても、命は耐えられるだろう。


「いや、ダメですねえ。あれ、全然止まっていませんよ」


ボンバイのその言葉と同時に、蔦が破れ、ラッセルは再び歩みを進め始めた。


「なんだ? 今はそんなに頑丈な人間がいるのか?」

「魔力で身体を強化しているのでしょう。それに、余裕ぶってる場合ですか。来ますよ」


ボンバイが腰を落として剣を構える。

彼が本当に狂死郎の弟子なら、得意とするのは高速の剣技だ。


ラッセルが次の一歩を踏み出す前に、彼は一気に距離を詰めた。


「月光剣、下弦」


一筋のきらめきが走ったかと思うと、ラッセルの両脚から血が噴き出した。


「両足落としたつもりだったけど、硬いねえ」

「ガアアアアア!!」


ラッセルは雄叫びを上げながら、大鉈をボンバイへ振るう。

彼からすれば余裕で見切れるものだったのだろう。

次へ繋げるためか、剣を横に構えて防御の姿勢をとる。


「この程度、受け流せば――」

「待て! その鉈には魔力が」


儂の言葉が届く前に、ボンバイの体が壁へと吹き飛ぶ。

彼は魔法のかかっている鉈の存在を示唆していた。


だから儂はどんな魔法がかかっているか、近くで確認する必要があった。

特殊な処置を施した儂の瞳なら、少し離れていても、魔力と魔術式――魔法そのものが見える。


あれは恐らく『選択』の性質がある魔法だ。

切ることと切らないことを選べて、切らない場合、その力を全て衝撃へと変えることができる。


逆に衝撃を無くして切ることを選べば、どんなものであっても滑らかなバターのように切れるだろう。

かなり複雑な魔術式だが、飛ばせるようなものではなく、近づかなければその効力は使えないはずだ。


「ウンディーネ、ボンバイを治せ。サラマンダー、奴を焼きつくせ」


ボンバイを包む水球と、ラッセルを飲み込む火炎球が同時に発生する。

鉄をも溶かす高熱の炎に耐えられる生物などいない。

儂は経験と知識に基づいた確信があった。

これで終わりだと。


しかし、『選択』の魔法は、想像以上に厄介だった。


「なんだと……」


炎が切り裂かれ、大鉈に吸収される。

鉈は赤熱し、今にもはちきれそうなほどの魔力を蓄えている。


それを見て、一瞬で理解した。

熱を魔力として蓄えることを『選択』したのだ。

急激に吸い込まれた力は膨張し、今にも破裂しそうなほど鉈の内部で荒れ狂っている。


何という厄介な魔法だ。

まるで、人と戦うことだけを目的に作られた魔法ではないか。


「――しまった」


儂はその後の動きを予測して思わず呟く。

ラッセルが、そのまま袈裟切りに鉈を振るった。

その直線状に、放射された魔力が、まるで飛ぶ斬撃のように、儂の眼前へと迫る。


「シルフ! ノーム!」


風と土の壁を発生させて相殺を狙うも、斬撃は切ることではなく衝撃を『選択』していた。

その爆薬の如き衝撃は、物理的な存在ではない風と、早さを優先して作れらた簡素な土壁では止めきれない。

破裂音と閃光が起きて、儂は衝撃で吹き飛ばされながらも、消えゆくシルフとノームを目の端で捉える。


精霊は身体を失っても死なない。

しかし、今の形を取り戻すのには時間がかかる。


「くそ!」


悪態をつきながら、ラッセルに視線を向けると、もう手の届くところまで近づいていた。


「ガアアアアア!!」


ラッセルが吠える。

大鉈は儂の胴体を、まるで霞でも切るかのように二分する。

痛みすら感じないほどに、あっさりと。


「やっぱり、まだ暴力に対する認識が……」


儂が言葉を続ける前に、頭を真っ二つに割られ、脳漿が辺りに飛び散った。






何秒、何分経ったかわからない。

ボンバイは水球の中で目を覚ました。

金槌で頭を殴られたのかと思うほど視界がふらつく。

麻袋を被った大男――ラッセルは、奇声を上げながら、何か赤いものを粉々にしている。

あれは、さっきまでとなりにいた、ロアだ。


「……こンの野郎」


ボンバイは水球から抜け出す。

ロアの精霊が中に入っておくように手振りで伝えているが、首を振った。

無意識に受け身をとれていたようで、大きな怪我はしていない。

まだ戦える。


「おい、化け物。まだこのボンバイが生きている。お前の嫌いな悪人だぜ」

「悪人、許サナイ」


恐ろしく暗いふたつの穴がこちらを睨んだような気がした。

背筋の凍る思いだが、それでも先生との特訓に比べたら生易しい。


「その鉈、変な魔法塗ってるんだったねえ。どうせ狩人だろうと油断した。私もまだまだ未熟だね」


剣を構える。

ラッセルの脚の傷は癒えていない。

先生からの教えが頭を過ぎる。


『相手が殺せるかどうかは、血が出るかどうかで判断したらいい』


血が出るということは、生きているということ。

つまり、殺せるということだ、と。


「仲間たちの仇とお前のケジメ、ここでとらせてもらう」


鉈の魔法が何であるかなど関係ない。

当たらなければいいのだ。

速さなら、誰にも負けない。


ボンバイは、剣を構えたまま間合いまで踏み込む。


「上弦!」


首を狙った斬撃を、ラッセルは上体を反らして躱す。


「十三夜!」


連続して、伸びきった胸部を切る。

当たったが、分厚い体のせいで刃が通らない。


鉈の振り下ろしが来る。

今度は受けずに側面部へ跳ねて躱す。


恐らく次の攻撃は躱せない。

彼が振り向きざまに横薙ぎを出すまでが勝負だ。


「新月!」


高速の突き技で脇腹を串刺しにする。

貫通した手ごたえを感じると共に、刃を打ち上げようと力を込める。


「うおおおおお!!」

「グワオオオオオオ!!」


ラッセルの体は宙に浮き、たまらず大鉈を落とした。

両者の雄叫びがこだまする。

殺されまいとする者と、殺そうとする者の、耐え難き咆哮が鳴り響いた。


「……嘘だろ、おい!」


心臓まで切り上げようとした刃は、肋骨を別つことができずに、そこで止まってしまった。

普通の人間に比べて筋肉が分厚く、骨が太くて硬い。

こんな体には出会ったことがない。

徐々に、筋力と体重差によって、優劣が入れ代わっていく。

ラッセルの足が地に着いた瞬間、ボンバイは歯噛みした。


「捕マエタ!」


手を握られ、ボンバイの胴に拳が叩きこまれる。

肺の空気が一気に抜け、全身の力が抜けた。


「オ前カラ、コロス!」


動ける怪我ではないはずなのに、ラッセルは血と内臓をまき散らしながら、大鉈を拾い上げ、ボンバイへ向けて振るう。


(早く逃げろ! 死ぬぞ!)


思考が必死に訴える。

しかし、現実は、うめき声も出せない。

避けたくとも、力が入らない。

死んだ、と思った瞬間、ラッセルの大鉈が弾け飛んだ。

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