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動け

イライアはケイティアを連れて、王都へ帰ってきた。

抵抗のための杖も剣も失い、意気消沈した様子の母親はひと言も話さなかった。


(気不味い……)


イライアは気を遣って話題を振ろうとするも、声に出すところまでいかない。

何を話せばいいのだろう。

会って話したいことはたくさんあったはずなのに。


親子であることを激しく拒絶され、今はもう彼女のことを何と呼んだらいいかすらわからない。

もやもやと考えていると、ケイティアの方から口を開いた。


「――これから私はどうなるの」

「どうもならないわ。ただ、待っていればいい。私はあなたの娘にはなれないけれど、助けることはできる。細かいことは話さないけど、でも、ロアと話し合って、それで、一番良い結果が出せるように、考えたの」

「良い結果なんて、もう私にはないわ」

「頭硬すぎじゃないの?」

「何ですって?」


ケイティアの苛立ちを感じ、それにつられて、イライアもつい言葉が出る。


「だいたい、極端なことやりすぎなのよ。失敗したあとでも助けてもらえるようなラインってあるでしょ? そういうことは考えなかったの?」

「は、はあ? 私には助けなど必要ありません! 目的を達せなければ、すなわち死と同義なのですから」

「逃げたんだ」

「失敬な!」

「失敬で結構。私はあなたの娘じゃないんだし。いつでも忖度してもらえると思ってるんじゃないわよ。本音よ、本音」


軽く時間稼ぎも兼ねて、ゆったり王宮へ向かいながら適当な会話を続ける。

センがうまく作戦通りに行動していれば、もうじき合図があるはずだ。


――直後。

大きな爆発音と共に、王宮の一部が吹き飛んだ。


「……合図って、アレじゃないわよね」


計画にはなかった事態に、イライアは少しだけ歩みを早めた。






センは背中を激しく打ち付けられ、せき込んでいた。

一瞬、何が起こったのかわからなかった。


ゲイザーを運んでいた時だ。

もしかしたらぼやいたことが原因なのかもしれないな、と冗談めいた理由を頭に思い浮かべる。


ゲイザーが、突然動いたのだ。

運動機能も感覚器官も、ほとんど完全に失った彼がどうやって何かを感じたのか、センにもわからない。


そして、こんなことは、今までに一度もなかった。

ゲイザーが人間らしい生活を営んでいたことは、ある。


だが、その時の彼は穏やかな人格だった。

警告もなしに攻撃をするような人ではない。


センと同じく吹き飛んだゲイザーは横たわっていた。


微かに鼻孔をくすぐる硝煙の匂い。

爆破の魔法にこれはない。

だから、これが物理的な火薬による衝撃であるとわかる。


ケイティアがもしものために仕込んでいたかとも考えるが、意識のない人間――それも敬愛するゲイザーにそんな仕掛けを仕込むことは考えにくい。

それに、これまで、センが五星団に入った時、そのような備えをしていたことはなかった。


「おいおい、こういう『初めて』は求めてねえんだけど」


ゲイザーはゆらり、と立ち上がる。

本来、自分で立ち上がることもできない彼が立ち上がれた理由。


筋力や意思によるものではなく、魔力によるものだろう。

しかし意思無き者を自在に動かせるのは雷の魔力のみ。


そのため、彼はまだ自由となったわけではなく、生物としての体裁を保ったまま、全身に血液のような魔力を巡らせ、反射的に行動しただけだとわかる。


問題は、その原因、正体。

引き金になったのは、センの持つ魔力大結晶かもしれない。

直接触れていなくても、少量の魔力であれば伝染する。

それが起爆剤となって、目覚めたものがあるのか。


ゲイザーは糸繰人形のように、固まったまま動かない。

少し、センが近寄る。

すると、ゲイザーは頭を持ち上げ、がんじがらめの有刺鉄線で見えない顔を向ける。


「自衛か。魔力の性質は火と風と土か。今の感じ、爆薬だったな。原理はわかっているが、俺に防げるものじゃない」


肉体的な強度も魔力的な強度も、今の周では鍛えていない。

一撃もらえば即座に消し炭だろう。


懐にあるのは一本の小さなナイフ。

ボンバイを殺した時に使ったものだ。

しかしここでゲイザーを殺しては作戦が成り立たない。

それに、誰も殺すなと言われている。


「この状況をどうにかするには……」


やつの行動原理を理解して、それに触れないよう、無力化する。

潤沢な魔力があったとしても、杖もなく、ああして頭部を縛られていては魔法の式も使えない。


ロアの弟子だったのだから口頭での術式詠唱も習得しているだろうが、今の彼は喋ることができない。

だから、その心配はしなくてもいい。


動きを止めるため、狙うは手足の腱の切断。

それ自体は、このナイフでも十分可能だろう。


もう一歩、距離を詰めると彼は指先をこちらに向けた。


(射出系か。俺の反射神経で見切れるかな)


あの形は警告だ。

これ以上近づけば、撃つ。

それはつまり、撃つタイミングをこちらで調整できるということだ。


センは呼吸を整え、一歩踏み出すと同時に、踏み込んだ足で斜め前へ跳ねた。

さっきまでセンのいた場所が、球状に削れ、消滅する。


「あんたの魔法、重力系、だったな!」


言いながらも、素早く彼に近寄る。

ゲイザーの踵の腱をひとつ、切り裂いた。


体勢の崩れた瞬間に、腕の腱も切り、半身を完全に使えなくする。

失血死する可能性もあるが、そこは直前で回復魔法でもかければいい。


倒れ込んだゲイザーは、残った片腕で地面へ向けて魔法を放ち、宙に浮いた。


身体を浮かせられるほどの重力魔法、かなりの精度だ。


「――ほ」


話せないはずのゲイザーが、何か口にしつつ、ゆっくりと降り立つ。

動かない片足を重力の魔法で支えているようだ。

意識が戻りつつあるのか。


「ほし……は、めぐ……る。つき、の……」

「いきなりたくさん話すと身体に悪いぜ。ずっと意識なかったんだろ?」


センは喋りながら『封』の魔女文字を素早く描く。

今なら身体を支えている方に魔法を使っているため、アレがこちらに射出されることはない。


これは、魔力そのものを無効化する文字だ。

簡単に言えば一般人が使えるものよりも、上位の魔力への命令。

ゲイザーの重力の魔法は効果を失い、地面へ叩きつけられる。


「魔法勝負じゃ勝てねえよ。お願いだから大人しくして――」


今度は、ゲイザーが細かく痙攣を始めた。


「次から次へと、いつからそんなに芸達者になった?」


今までとは違う何かを始めようとしている。


これまでの知識の中で、思い当たるものを考える。

意識が薄くなり、意志だけがある時に起こりうること。


「――降霊」


自分で口にして、嫌になる。

人間は死後、肉体と魂に別れる。

肉体は塵に、魂は魔力の奔流に、それぞれ還るものだ。


だから、もしもそこへ通路を繋げられる状態にあるのなら、任意の人物を降ろせるかもしれない。

これに関しては、完全に本で読んだ知識しかない。

対処法もよくわからない。


そうしているうちに、ゲイザーの体勢が変わる。

魔法はもう使えないはずだ。


ゲイザーは大きく足を前後に開き、腰を深く落として、両手を握り、こちらへ向ける。

治癒したわけではなく、魔力操作で無理矢理動かしているのは、その動きの不自然さからわかる。


「なるほどな。お前ほんとは起きてるんじゃないか?」


冷や汗が流れる。

死んだ人間を身体に降ろす。


センは何度か会ったことがあるだけだが、それでも、彼を知っている。


巨腕の異名を持つ、徒手格闘の達人。

名をエイライ。

生来の怪力の持ち主で、さらには技術も修めていた。

性格には難があり、敵を作りやすい人物であったため、センの知る限りでは、長生きができたことはない。


しかし、それでも、彼の武勇はそれに疎いものでさえ、耳にしたことがある。

たったひとりで百人の兵士を打倒した、などの空想のような物語。

それらが全て事実に基づいたものであることを、センは知っている。


だからこそ、冷や汗が止まらない。

知っているからこその恐怖。

センはゆっくりと後ずさって、遠退いた。


今現在、宮殿の出口は彼を挟んで反対側にある。

ここから逃げ出すには、どうにか彼の脇を抜けなければならない。


しかし、もしも、あの拳がセンに掠めでもすれば、その瞬間に肉はえぐれ、絶命は免れない。


幸いにも、彼は追ってこない。

感覚器官は未だ機能していないのだ。

そのおかげで陽動もできず、これでは外へ逃げることもできない。


「参ったな。詰んでるとは思いたくねえが……」


窓の位置も高くてここからでは届かない。

城内の兵士は全員気絶させてしまったし、騒ぎを起こして助けを呼ぶこともできない。


魔女文字も、無制限に使えるわけではない。

魔力を使うものではないが、精神はすり減るし、その限界がいつ訪れるのかは自覚できない。

すでに何度か使っていることを思うと、限界は近いと考えた方が妥当だ。


「……こんなことなら、もう一回やり直させてもらえねえかな」


すでに習慣となっていた、死を用いてのやり直し。

我ながら感覚の麻痺している様子に笑いすら込み上げる。


時間を遡る魔法は、扉が開いてからでないとかけ直せない。

それに、他対称だから、自分にはかけられない。

ロアがそうだったように、その理はセンにも適用される。


いくつもの時間を渡り歩いてきたが、これほど情けない事態になるのは久しぶりだった。


――最後くらい足掻いてみるか。


センは懐から小さな杖を取り出す。

魔力を鍛えていない場合、成人男性の魔力量は、おおよそ魔法三回分だ。


大結晶から魔力を借りる手も考えたが、あれだけの情報量を持つ存在から魔力のみを抜き出すのは不可能。

それに、これで狂ってしまっては元も子もない。


知覚のコントロールもできないことはないが、完全ではない。

狂死郎ほどでなくては、大結晶からの影響を遮断できない。


停止の魔女文字を用いれば、奴の動きは止められる。

しかしそのための時間稼ぎが難しい。


勝ち筋をいくつか考えたが、身を犠牲にして止める以外思いつかない。

今まで自分の身体を犠牲にしてきたツケがここに来ていた。

怪我をせずに安全に攻略することなんて、考えること自体が久しぶりなのだ。


怪我はするもので、人は死ぬものなのだ。

そういう前提でしか、物事を組み立てられない頭になっている。


よくない思考だ。

今優先すべきは自分の身の安全、それから、ゲイザーの確保。

そのためにも、逃げる。

センは自身に不壊の魔女文字を刻む。

これで一撃なら耐えられるはずだ。


足がすくむ。

あの拳に魔女文字を上回る力があれば、防ぐこともできず、センの身体は粉砕されてしまうだろう。


(動け! 動かないと逃げられねえだろ!)


センは自分を奮い立たせ、駆け出す。

ゲイザーの拳が迫る。


腹に食い込むのがわかった。

これは魔女文字では防げない。


走馬燈が巡る。

今までの人生、記憶が一瞬のうちに流れ、そして――――。


壁が吹き飛んで、その衝撃で、センもゲイザーも床を転がった。

土煙の中、僅かに跳ねる細かな青白い閃光に、センはふっと安堵の息をつく。


「……おせえよ」

「あら、何回もやってるから楽勝なんじゃなかったのかしら?」

「お父さん、大丈夫?」


そこに立っていたのは、何より頼りになる、ロアの友人のふたりだった。


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