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誓うとも

「――ここにももう何回来たかわかんねえな」


センは独り言を呟きつつ、王宮の中を進む。

回避できない衛兵だけは、出会いがしらに気絶させている。


全ての兵が、どこにいて、どの瞬間に、どこを通るのか。

幾度となく繰り返した王宮への潜入で、その全てを把握している。


最短ルートで、最も地下にある魔力大結晶の保管されている封印された部屋の前へとたどり着く。

センは魔法による封印のなされた部屋の前で人さし指を使い、文字を書くような軌跡を描く。


古の魔女文字だ。

センの用いた文字は『解』。

魔力的な鍵から、物理的な鍵まで、全ての封印を開くことのできる文字だ。

魔法によって施されていたその部屋の封は、簡単に破壊された。


扉を開くと、悍ましいうめき声と臭気が溢れ出す。

もう慣れているため、今更鼻や耳を押さえることもない。


奥へ進むと、薄暗い部屋の中、幾人もの人が折り重なって球状になっている物体がふたつあるところへたどり着いた。

『宝箱』と呼ばれる大結晶封印の形だ。

悪趣味という感想すらもう持っていないが、機能だけで考えればよくできている。

外側の人間が発狂し終えるまで、大結晶を保存できるのだから。


センはすでに使えなくなった、人間だったモノを剥がしつつ、大結晶を剥き出しにしていく。

燃えるように赤く光り輝く火の魔力大結晶と、透き通った透明な光を反射して輝く水の魔力大結晶。


四つの魔力大結晶のうちでもこのふたつは特殊なものだ。

生命そのものを示す火と、生命の源を示す水。


それは、ロアから学んだ。

火と水から生命は生まれる。

このふたつの魔力大結晶があるだけで、恐らくはこの世界で創造主と呼ばれる立場につくことは可能だ。


――ただ、今、それは必要ない。

センの仕事はこの魔力大結晶を持ち去ることだ。


これまでに何度かあった万が一に備える。

なりふり構わない人間が、最も恐ろしい。


ロアたちの交渉がうまくいっていかなかったとしたら、彼らは追い詰められている。

たとえ『新しい作戦』が順調に進んでいたとしても、生き残った彼らが直前で凶行に出ないことは保証できない。


センは大結晶を雑に懐へ入れる。

実は、センに大結晶の『毒』は効かない。


なぜなら、存在の持つ情報量が圧倒的に上だからだ。

魔力の持つ『世界の情報』は密度の低い方へと流れる。

だから、普通の人間に大結晶は触れない。


この秘密も、今回だけは、話した。

気がついたのがここ数百回での話なのだから、躊躇うのも無理はない。


しかし話した理由はただの気まぐれではない。

向こうも、初めての情報を話した。

それはセンからすれば、十分に価値のあるものだった。

今回を最後にする覚悟を持てるくらいに。


もしも失敗すれば、ロアはセンから周回者としての命と魔法をはく奪する。

世界への影響を考えれば、これ以上続けさせないのは賢明な判断だ。


「最後……。最後ねえ……」


考えたこともなかった。

成功しようが、失敗しようが、もうこれで終わりなのだ。


不思議と恐れはなかった。

死なら何度も経験したし、次は目覚めないかもしれないと思いながら、またあの坑道で目が覚めるのだ。

いつしか、感覚が麻痺してしまっていた。


本当の、終わり。

これはまだ、今まで、幾万回も繰り返した世界では経験したことのない、不完全な目標の終焉。

鈍感になったセンの感性でもそれが後悔に満たされたものであることはわかる。


「だ、誰だ――」


曲がり角から現れた兵士の喉を突き、屈んだ顔にひざ蹴りを入れる。

瞬時に気絶させるのもお手の物だ。


「あー、そういえば、アレも回収するんだったか」


階段を上がりながら、ため息をつく。


本当なら触るのも嫌な、気持ちの悪い生き物が残っていた。


「ゲイザーさん、行きましょか」


ゲイザーは返事の代わりに、顔に巻かれた有刺鉄線の隙間から、粘ついた液体を垂れ流す。

センはゲイザーを背負い、垂れる液体を無視するよう努めながら、王宮を後にする。






――今までの作戦は全て破棄する。

ロア、イライア、シーリントルと四人で話し合った時、そう決まった。


イライアが言い始めたことが、きっかけだった。


「そもそも、戻すっていうのが、間違いなんじゃないの?」


その言葉だけなら、何度か耳にしたことはある。

しかし、毎回、ロアは取り合わなかった。

だが今回のロアは、前回までの失敗を知っている。

耳を傾けざるを得ない。


「詳しく話してみよ」

「うん、私もまだ全部理解したわけじゃないんだけど、今までのって、全部過去に戻るため、失くしたものを取り戻すためにやってたんでしょ? みんなで……」

「ああ、その通りだ。死んだ人間を甦らせるため、過ごせたはずの時間を取り戻すため。それぞれ過去をやり直すことを目標にしているな」


幸せな未来を得るために、凄惨な過去は書き換える。

全員、手段が違えど、目指すところは同じなのだ。


「でもさあ、未来のことを考えたら、今までのやり方って全然ダメだと思うの。だって、矛盾していない? ロアの言うことを正しいとする場合なんだけど、死んだ人は生き返らないし、時間は戻らないっていうのが、えっと、理っていうんだっけ? それがこの世界の基本的な形なんでしょう? じゃあ、それに逆らっている限り、良い結果って得られないんじゃない?」


イライアの言っていることは浅慮極まりないことであるし、現実の結果の良い悪いは、そういう流れのようなものでは決まらない。

そんなことは分かっているはずだ。

だから、センはロアの言葉を待った。

今までなら確実に反対していただろう。


「儂なら絶対に考えない選択肢だ。いや、考えても選ばない案だ。だからこそ、良い。何か、新しい展開があるかもしれん」


ロアはクックックと笑う。

彼女がこの笑い方をする時は、面白がっている時だ。


「ちなみに、セン。イライアの考えに儂が乗ったことはあるか?」

「ない。自分でも分かっているだろ」

「だろうな。今までの経験の通用しない未知の選択に出るには、理論を確立するための研究がまるで足りん。だが、だからこそ面白い。それにな、これでダメなら、もうこれ以上は付き合わんぞ。お前にかかっている特殊な魔法は儂が解除する。なに、たかが死ぬだけだ。もう慣れたものだろう」


そう言われ、センは顔をしかめる。


「待て。俺はそこまで賭けるつもりはないぞ」

「馬鹿者。これは賭けではない。確実に結果は出る。それがお前にとって良いものであるかどうかは知らんがな」

「どうやって結果を出すんだ。途中で俺が死ぬこともあり得る」

「問題ない。恐らく、儂はまだお前に一度も説明していないことがある。していたら、これほどの回数を重ねているはずがないからな。――それは、この世界の成り立ちと仕組みについてだ。これを知る人間を増やしてはならんことであると同時に、誰かが引き継いでいかねばならない知識だ。そのために、儂は不老不死になったと言っても過言ではない」

「知ってるよ。この世界が夢ってことだろ? 今それに何の意味が――」

「その先の話だ。夢というものは、誰もが等しく見ることの出来るもの。例外はない」

「……意図がわからん」

「結果に意図は必要ない。このやり方なら、全てが丸く収まる」


ロアはそれから、その内容と行程について、詳しく語り始めた。

初めは半信半疑だったセンも、納得に値する内容だった。


確かに、賭けというほど分は悪くない。

だが、確実に成功するかどうかは分からない。


「先に決めておくが、今シーリントルが持っている鍵は儂が回収する。そして、二度と誰の手にも渡さない」

「誓えるか?」

「誓うとも。お前にではなく、この世界に」


ロアは紅の瞳を細め、胸に手をあて、わざとらしい仕草でそう言った。


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