あまり頑丈にはできていない
「化け物が……!」
リゲルが頭部の吹き飛んだロアを見て、思わずつぶやく。
脳の位置をずらしたのか、どういう方法を用いたのかわからないが、下あごを残して頭部が吹き飛んだにも関わらず、ロアは動きを変えなかった。
ジュイチの狙撃魔法の詳細は、リゲルも知らない。
魔力の塊よりももっと確かな物理的なものを、音の速さで射出するというものだ。
当たれば並の生物であれば粉々に吹き飛ぶ。
しかしその反動も凄まじく、ジュイチの腕はしばらく動かないだろう。
ロアの目の前に、輝く光の束が浮かび上がった。
それは徐々に形を成していく。
手の平サイズに収まりそうになった時、リゲルは彼女が何をしようとしているのか、気がつき、声をあげる。
「――ジュイチ!」
彼を心配しての叫びではない。
アレを止めさせなければマズいことになるという感情のこもった声だ。
恐らく、推測だが、この場で新しい精霊を作り出そうとしている。
このタイミングで産まれる“モノ”がただの精霊であるはずがない。
ジュイチの行った魔法を精霊に置き換えたものに違いないのだ。
ウンディーネによる水の魔法が消えている。
ジュイチに意志が伝わったことを祈る。
――次の瞬間、二発目の衝撃がロアを完全に吹き飛ばす。
血しぶきが広範囲に散り、風に乗って霧散する。
ジュイチへ目を向けると丸くなってうずくまっていた。
あれだけの威力の魔法を二発も放ったのだから無理もないことだ。
特殊な雨によって枯れ果てた草を蹴散らし、ジュイチに駆け寄る。
「ジュイチ、腕を見せてみろ。俺が治す」
「す、すみません……」
彼の両腕は骨がぐちゃぐちゃに折れて、皮膚を突き破って飛び出しているところもある。
気絶していないことが不思議なくらいに、想像を絶する痛みが襲っているはずだ。
しかし、不幸中の幸いか、これくらいならリゲルの回復魔法で時間をかければ綺麗に治せる。
「勝ったな」
「……ええ、勝ちました」
ふたりは自分たちに言い聞かせるようにして確かめ合う。
胸中に残る一抹の不安を拭いきれないでいる。
勝利を口にしたものの、ジュイチも思っているはずだ。
ノークロースの町で見せた異常な再生能力。
例え粉々になったとしても、あれくらいで死んだはずがない。
「……とりあえず、すぐさま再生することはないみたいだ。今の内に、師匠の持っていた本を奪ってここから逃げちまおう。何かまだ手札を持っているかもしれないが、追って来るのにも時間はかかるだろ」
「ええ。それが最善でしょう。我々にはもう戦う力がありませんから」
彼女の持っていた辞書のような分厚い魔本はそこに落ちていた。
それを手に取ると、重ね合わせるように、小さな白い手が、そこに浮かぶ。
「な――」
それは間違いなくロアの手だ。
左手だけが再生して、本が開かないように押さえているのだ。
「師匠! あんたいったいどこまで!」
宙に浮いた右手が、リゲルの顔の前で人さし指を立てる。
空中に光の束が集まる。
本体はそこにはいない。
なのに、ロアの意志が、そこに新しい精霊を作り上げようとしている。
思考よりももっと異質な、ロアの吹き飛んだ場所にある残留思念とでも言おうか。
座標に打ちこんだ楔が、新たな行動を起こそうとしている。
意識を失う直前に自分が成そうとしたことを、身体すらも失った状態で行おうとしているのだ。
止めさせたいが、こんなものを止めさせる方法などない。
新たに生まれた精霊を、リゲルは誰よりも先に掴む。
それは小さなオルゴールだった。
色はなく、細部まで純白で、しかしながら、精巧なオルゴールだ。
鳴らしたらどうなるのか、好奇心がリゲルの心に浮かぶ。
ネジを回そうとしたその手を、ジュイチが掴む。
「……何をやっているんですか」
「……ああ、どうやらそういうやつ、みたいだ」
リゲルはそのオルゴールを地面にそっと置く。
こちらの好奇心を刺激する魔力が作用している。
行動を操作し、音を鳴らせるつもりだったのだろう。
まだ未完成であるが故に、その効力も弱く、第三者の介入で解除できるものだったようだ。
「――どれ、儂がやってみよう」
背後から声がして、ふたりはほぼ同時に振り返った。
紅の粒子が人の形を取りながら、ロアの身体の修復が瞬く間に進んでいく。
彼女がそれを拾い上げることを止められなかった。
どうしたら止められるのか、わからなかった。
彼女はどうしたって、やりたいことをやる。
それを阻止することはできない。
わかっていたことだが、こうして現実に壁として現れると、途端に自分の無力さに気がつかされる。
「――お前たちはよくやっている。特にそっちの――ジュイチだったか。お前の魔法はなかなかのものだ。使う場面は少ないだろうが、適性のある魔法を極めるのもまた一興よ。もうしばらく鍛錬すれば反動も減らせるだろう。そしてリゲル。お前の魔法は少し練度が足らん。根性もな。お前、初めから勝てないと思って挑んでいただろう。勝つつもりなら、あと二回は重ねて使えたはずだ」
「あの魔法は、あれが限界だ」
「嘘だな。もう一度だけなら後遺症が残らないと分かっていたはずだ」
図星を刺され、リゲルは言い返せなかった。
安全を考えてもあと一度、命を賭けるならさらにもう一度。
覚悟を決めて肉体の限界を超えれば、ロアを取り押さえることができたかもしれない、と彼女自身の口から言われることが、あまりにも情けない。
「地に這う人間は、命をかけてようやく星に手を伸ばす権利が与えられるのだ。そこから掴めるかどうかは運と才能だが、お前たちは儂にほど近いところまで来ている。狂死郎よりは下だがな。天蓋たる儂の言葉を信じ、誇るがいい」
ロアは喋りながらオルゴールのネジを巻く。
「先のジュイチの魔法を見て思いついたのだ。『響き』を精霊にしたことがなかったとな。ああ、そう身構えるな。お前たちを攻撃しようとしているのではない。さて――」
ロアはネジを回し終えて、オルゴールを手の平に乗せる。
そこから流れてくる音色は、決して音楽と呼べるような代物ではなかったが、今までに聞いたことのない不思議な揺らぎのある音だった。
「魔力にも音があるのかもしれんな。旋律はさておき、それほど悪くない」
ロアは満足気に言う。
「――このように、お前たちは世界の可能性を知らなすぎる。この世界は変える必要のないものだ。未知の部分が溢れるほどにあり、まだ誰も踏み入っていない、新雪の平地が広がっているというのに、誰も足を前へ進ませようとはしない。儂には理解しかねる。誰も彼も、最初に足跡をつけるのは自分だという気概が足りない」
オルゴールは、奏で終えると同時に役目を終えたのか、魔力の粒子となって消えた。
元々不安定な存在だったのだろう。
「さて、お前たちとの戦いも終わった。儂の大勝利だったわけだが、何か反論はあるか?」
「いや、待てよ。結果だけ見れば勝ってただろ?」
「お前にとって勝利とは、相手の身体を粉々に吹き飛ばすことか? 少なくとも、儂に負けを認めさせる必要があるのではないか? そして、それは不可能だ。なぜなら、儂は天蓋の大魔女。儂より上に天は無い」
『天蓋の大魔女』。
その傲慢な異名を彼女が受け入れているのは、それが事実だからだ。
ジュイチの使える唯一無二の、音を模した魔法ですら、すぐに真似て新たな精霊を作ることのできる彼女に、負けを認めさせることは、今のリゲルにはできない。
何人たりとも、彼女の前を歩くことはできない。
それが、現実だ。
そう考えていると、リゲルの両頬を、冷たい両手がピタリと触れる。
自分よりも遙かに背丈の低い彼女が、腕を伸ばして、リゲルの顔を下げさせる。
「馬鹿弟子が。そこがお前の悪い癖だ。さっきも言ったはずだが、星を掴むには、まず手を伸ばさなくてはならない。いくら地を這り、物珍しいものを見つけ、高い位置へ昇ろうと、手を伸ばさなくては掴めない。分かるか?」
「……伸ばそうとした」
「ほう?」
「俺たちは、時間という名の星を手に入れるため、懸命に手を伸ばしている。それは認められるものだろ?」
未知への挑戦であれば、リゲルだって十分に行っている。
その過程は認められてもいいはずだ。
しかし、ロアは首を横に振った。
「認められんな。自分が手を伸ばしているものが光であるか闇であるかも見極められん者ではな」
「闇なんかじゃねえ! 希望だ! 死んだ人間を甦らせるにはそれしかねえんだよ!」
「死んだ人間を甦らせることが闇であると儂は言っているのだ。儂はお前たちの詳しい事情は知らんし、興味もない。だが、辛く険しい道ではあっただろう。しかしその道の先に光などない。自分の目的のためだけに、全ての人間を巻き込むことは許されん。お前のあずかり知らないところで、新たに生まれた理を悪用する者がいた時、お前はどうする? 自分はもう幸せになったから関係ないと目をそらすか? それともまた改変でも行うか? この世界の神になったかのように」
「それは――」
ロアは手でリゲルの言葉を制す。
「よい。返答を求めているわけではない。よく考えろ、というだけだ。そして、この世界に神がいるとするなら、それは精霊王だけだ。誰も彼もが何度も改変を行うと、世界そのものが崩壊しかねない。これは儂とシュナくらいしか知らないことだ――知らないことだった、が正しいか。この世界は徐々に滅びゆく世界なのだ。あまり頑丈にはできていない」
「滅びゆく世界?」
「そうだ。この世界が『夢』と呼ばれていることは知っているな? 夢とは儚く、脆い。外部からの刺激でも、内部からの刺激でも、ある日突然、とある瞬間に目を覚ますかもしれない。それくらいに薄くて壊れやすいものなのだ」
ロアが冗談を言っているようには見えない。
「ま、待てよ。夢ってのは比喩じゃないのか?」
「いや、言葉の通りだ。この世界は眠り続ける精霊王の見ている夢だ。いかに精霊王とて、永遠に眠り続けているわけはない。儂らは常に世界と共に消滅する運命にあるのだ」
「そんな、だったら、もっと足掻かせてくれよ!」
「だから、そのために他の人間、生き物全てを危険にさらすことはできんと言っている。本音を言えば、夢から覚めるかもしれない行為は慎んでほしいのだ」
どこまでも精霊の肩を持とうとするロアに、リゲルは苛ついて声を荒げる。
「ふざけんな! ここが夢の中だって!? 俺は生きている! ジュイチも、師匠も!」
「ああ、そうだ。生きている。だからいずれ死ぬ」
「……クソ!」
リゲルは地面を思い切り殴りつける。
もう魔法は切れていて、ただ拳がじんじんと痛むだけだ。
「――お前たちがやったことの後始末は儂がどうにかしてやる。幸い、儂は夢を安定させる方法も知っている。きちんと処理をすれば、この世界の寿命も幾分かは伸びるだろう。理に沿って研鑽せよ、我が弟子よ。それにジュイチ。お前の魔法は人を攻撃するために使わない方がいい。人を生かすために使う道もある」
彼女の言わんとすることは、ジュイチも思うところがあるのだろうか、何も言い返さない。
実際、彼女の言っていることは正しいのかもしれない。
人を傷つけることにしか魔法を使えない連中のことを、彼女は呆れて見ていた。
魔法や精霊がただの武器のように扱われているのを見ると、ひどく悲しそうにする。
しかし――。
「そんなことは全員が分かってんだよ! 人を助けるのは立派だろうさ! だけどそれで俺たちの心の痛みは癒えなかった! 大切な人を失った痛みは、誰が癒してくれるんだよ! 誰が助けてくれる!? 自分でなんとかするしかねえだろ!」
ロアはまだ食い下がるのか、とでも言いたげな表情をし、ため息をつく。
「ほう、自分でなんとかしようとした、か。他人に頼ることをしなかっただけだろう。困っている相手に手を差し伸べる手段は知っていても、差し伸べてもらう手段を知らなかった。それがお前の失敗であり、反省点だ」
「お説教はいらねえんだよ!」
「まるで駄々をこねる坊やに戻ったようだな。お前はまだ伸び代がある。たったの三十年しか生きていないのだからな。それに、この件に関しては儂が何とかすると言っているではないか。不出来な弟子の尻拭いをして、お前を救うのはこの儂だ。安心しろ」
「……具体的にはどうするつもりなんだよ」
「言わん! お前たちに余計な情報を与えるのはこりごりなのでな。大人しくしていればそれでよい」
ロアは紅の眼を細めて言う。
リゲルは納得いかないことを表情に出しながらも、彼女の提案を飲む以外、選択肢が見つからなかった。




