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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第一章 ノークロース
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見失ったのか

夕方から夜半にかけて、ラッセルは数時間だけ眠りにつく。

狩りの習性が身についてしまっていて、これ以上睡眠をとりたくてもとれないのだ。


ラッセルはベッドから抜け出して、荷物の点検を行い始めた。

こういうものは毎日するものだ。

いつ不具合が起こるかわからないのだから。


常に命のやり取りを行う者にとって、道具の整備は自身を守ることに直結する。


そうしていると、夜明けごろ、不意に、外から話し声が聞こえた。


(どうしてここに……?)


宿の前の通りを、ロアともうひとり見覚えのない長身の男が歩いてくる。

ロアにも宿の場所までは話していなかったことを思い返すと、きな臭い。


それでも、ロアだけなら喜んで迎え入れるところだが、面識のない男を連れていることが気になった。

腰に下げた長刀は恐らく飾りではない。

ラッセルは素早く荷物をまとめると、留守を装うために窓から屋根の上へと登った。


この前から妙な連中が周囲をうろついていることは感じていた。

山暮らしが長ければ、自分に向いた興味の視線には鋭くなるものだ。


さて、命を狙われるような心当たりはないが、慎重に行動するにこしたことはない。

長く旅をしていれば自衛のために適切な行動をとることに躊躇しなくなる。

野盗など珍しいものではないからだ。


ラッセルはロアに対する不信感ではなく、このような時間に人を訪ねるという行為に対する不信感から自己防衛の行動をとった。

早朝に人を訪ねるという行為は、寝起きで頭の回っていない人間を捕える時に行われる手法だからだ。


ロアと謎の男は、ラッセルの留守を確認したあと、すぐに引き返して帰って行った。

何の用で来たのだろう、と部屋へ戻ると、一枚の置手紙がしてあった。


「地図? 夕方……?」


待ち合わせの旨ではあったが、どうも怪しい。

しかしロアがいるのなら、何かここには書けない理由があるのかもしれないとも考えられた。


(まさか、誘拐? いや、そんなわけ……)


身代金の催促なら、人質と同伴で来るはずがない。

何より、彼女はおとなしく誘拐なんてされそうにない。


精霊使いの中でも四体の精霊を使えるというのは一部の天才だけだ。

普通は一体の精霊と契約と解約を繰り返す。

同時に複数と契約していることは少ない。


その複雑な魔力操作は、右手と左手で違うことを行うようなものだからだ。


彼女のことを信用しているとはいえ、どのみち普通ではない雰囲気を感じていた。

金目のものは置いて、大鉈の入った袋だけを担いで行く方がいいか、と考えて荷物の整理をする。

不要なものは宿に預けておけばいいだろう。


(兄貴には教えなくていいか。無用な混乱を招きそうだしな)


兄貴のことは嫌いではないが、どこか抜けているし、いざという時に頼りにはならない印象がある。

事件性があれば衛兵に通報して、それからでもいいだろう。

ラッセルとて、腕には自信のある豪傑だ。

野生動物とでなくとも、その辺のチンピラよりは充分に強い。

だから、何の問題もなく解決できるだろうと思っていた。






儂はボンバイに連れられて、例の路地裏に向かっていた。

まだ儂はここに自分が来たことを彼に伝えていない。

いつ言ったらいいだろうか、と考えているうちに、もうあと数分のところまで来てしまっていた。

入り口近くまで来ると、あの日、儂の作った種に食われた奴らがそのままになっていた。


「む? これは触らなかったのか?」

「得体のしれねえもんですからねえ。何か知っているんですかい?」

「あー、そうだな。これ、まだ中の人間は生きているぞ」

「え?」


ボンバイは思いもよらなかったと声を出す。

得体のしれない魔力を放つ生き物には触らない方がいいのは常識だが、この場合、切って開いてみても良かっただろうに。


「もしかして、店の中にもあるんじゃないか?」

「たしかにあります。でも、どうしてわかるんですか?」

「……勘だ」


儂は先頭を切って階段を降りていく。

地下の店内に入ると、酷い惨状が目に入った。

ブロック状になって転がっている肉の塊たちが、まるで悲鳴を上げているかのようだ。

儂は一気に押し寄せた不快感に、つい声を荒げる。


「おい! なんだこれは! 掃除はしていないのか?」

「その暇がありませんで」

「ウンディーネ、この肉どもを部屋の隅へ洗い流――――」


ふと、ひとつのことに気がつく。

死体から漂う独特の腐敗臭がしないのだ。

それどころか、まるでついさっき殺されたかのように、表面がぬらぬらとしている。


「おい、これ、いつ起こった事件だ?」

「はい? そうですねえ、発見したのが四日前ですかね」

「妙だろう。まったく腐っていない」

「そういう魔法効果を持つ刃物だと思います。一部の狩人は死体の鮮度が落ちないように、殺した肉が腐るのを遅らせる魔法をかけた刃物を使いますからねえ」


昔は聞かなかった魔法だが、今は一般的にそういうものが存在するのか。

そんなものがあるなら、検体の保存も容易ではないか。


「……なるほどな。お前がラッセルを疑う理由がわかった」

「それだけじゃないですよ。しかしまあ、私の中ではほぼ確定です」

「だが、犯行時刻もあやふやなのではないか?」

「ちゃんとそこも考えて計算できていますよ。それより、他に何かわかることはありませんか? ラッセルが犯人であることが確定できるなら、話す手間も省けますがねえ」

「あのな、手順が逆だろう。儂の話を聞く気があるのなら先にこちらに連れてきていたはずだ。だいたい、未だに儂に協力を求めてきたことにも納得していない。大方精霊を複数使えることをどこかで知ったのだろうが、儂は自分のためだけにしか精霊を使わん。期待はするなよ」


部屋の中に咲くバラを右手で触る。

表面は静かに鼓動している。


「この辺りか。切ってみろ」


ボンバイは訝しみながらも、儂の示した部分を横一文字に切り裂く。

素晴らしい腕前で、切り口も真っ直ぐだ。

儂は惜しみない拍手を送った。


「この中に入っている。出してみろ」

「やけにぬめりがありますねえ……。よいしょっと!」


溶液の中で意識を失った様子の若造が、ボンバイの手で引っ張りだされた。


「しっかりしろ。生きてるか?」

「う、うーん……」


若造はうっすら目を開けて、儂の姿を見て、驚きと怯えの顔をする。

儂はボンバイの後ろから、人さし指を立てて口元に当て、黙っているよう命令を出した。

今回のこととは無関係なのだから、今更蒸し返す必要はない。


「何があったかわかるか?」

「……突然、鉈を持った大男が来たんです。あれはちょっとしたごたごたの直後でした。俺はその時にはもうこの変な植物の中にいたので見逃されたみたいですが、ここにいた連中は、為す術もなく殺されていきました。恐ろしく、強いやつでした」

「ちょっとまて。じゃ、お前は誰からそんな姿にされていたんだ」


若造がちらりと儂を見る。


「――その前にちょっといざこざがありまして。奴とは無関係です」


下手な言い訳だが、ボンバイは一度彼の嘘を無視することにしたようだ。


「……じゃあやはり私の見立てに間違いはなかったということですかねえ、ロアさん」

「うむ。状況と証言を聞くに、ラッセルで間違いないだろうな」


だったら、少し準備をしておこう。

万が一、違うかもしれないが、捕えるくらいはできる準備をしておく方がいい。


「お前の部下は、今どうしてる? あの臭い連中は」

「今は周辺を見張らせています。ラッセルにもひとりつけていますが……」

「まさか、見失ったのか?」

「みたいですねえ。思った通りの手練れだ」


狩人というものは、獲物を追う職業だ。

自分が追われた時に逃げる技術もあってしかるべきだろう。


「しかしなんという体たらくだ。今のところ良いところがひとつもないぞ。部下の入れ替えが必要なんじゃないか?」

「そう言わないでくださいよ。私にとって唯一の家族みたいなもんなんですから」

「いや、笑いごとではないぞ」


儂は呆れてため息をついた。


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