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無茶苦茶だわ

あまりいい策ではないと思っていた。

ロアから言われていたのは、魔法の撃ち合いでは勝ち目がないことだけだ。


ケイティアは他人に対して致死性のある魔法を撃つことに躊躇いがない。

知識、経験、練度の全てにおいて未熟なイライアには作戦が必要だった。

何とかして、向こうの魔法の精度を落として、こちらの土俵に持ち込まなければ、今度こそ死体も残らないよう黒焦げにされるのは目に見えている。


だから、まずはとにかくケイティアを怒らせることにした。

彼女はたくさんの人を殺した。

もう後には引けない状況で、同情を誘うような作戦は、きっと難しい。


戦意喪失を狙うには、正面から叩き潰すしかない。

もう望みは叶わないと思わせないといけない。


この容姿を使えば、ケイティアの感情を逆なですることは簡単だろう。

しかしそれは、イライアの良心には反する。


だから、悩んだ。

彼女の『イライア』を利用することに、嫌悪感を抑えられない。

だが、手段を選べるほど、イライアは強くなかった。

弱いから、道を外れた行為にも手を染めなくてはならない。


そこで、結局はケイティアと同じなのだと感じる。

彼女もまた、弱くて、他に手段を選べなかった。


――助けられないだろうか。

そう考えた時、必要なのは分かり合うことだろうか、と疑問に思う。


分かり合えないことを、分からせないといけない。

『イライア』は死んでいて、イライアは別人だと、分かってもらわないといけない。

そのためにも、あくまで血筋の関係のない、他人として彼女を叩き伏せる。


失った意識が戻ったところで、イライアは半ば確信する。

彼女が、こちらの土俵――魔法勝負の場へと上がったことを。


ここからだ。

演技無しの、本当の戦いだ。


全身を動かしていた雷の魔力を一度途切れさせ、綺麗な流れで巡らせる。


ケイティアは恐らく、こちらの肉体を丸ごと焼いてしまうつもりだろう。

もう二度とこんなことが起こらないよう、最大の火力で来るはずだ。


白いローブから見えるこげ茶色の短い杖が、それを悟らせている。

多少の緊張はあるが、ちゃんと対策も考えてきた。

大丈夫だと、心を落ち着かせる。






「――九式雷魔法」

「新式雷魔法!」


魔法を唱え始めたのはほぼ同時だった。

その反応の速さから、ケイティアはこの状況が彼女の予定通りだったことを理解して、歯噛みする。


「雷豪」

「火雷!」


ケイティアの放った雷の塊と、イライアの放った雷の矢が、空中で衝突し、光を放って霧散する。

魔力の光の粒子が散るなかで、先に次の魔法を放っていたのは、イライアだった。


「春雷……?」


彼女の姿が雷の軌跡を残して消える。

しかしそれは、ケイティアの知っている春雷とは違い、連続して、一か所に留まっていない。

周囲を目まぐるしく移動し続けている。


その身体にかかる負担を考えればそう長くは続けられないだろうと思ったが、もしも彼女の大出力の魔力とそれが噛み合っていた場合、ケイティアに彼女を視界に収めることは難しい。


ケイティアは、地面に杖の先をつける。


「地を走れ。『網状電導』」


九式にはない、雷の魔法だ。

先程、市街で用いたものと同じく、周囲全てに、均等に雷を流す。


いくら早く動いていても、地面から離れることはできないはずだ。

移動を続けていた彼女は、すぐに捕まった感覚がした。


しかし、捕えたと思って視線を向けると、そこに残っていたのは彼女の軌跡――わずかな稲光を残していたにすぎない。

わざと、反応させ、油断させられた。


遅れて気がつく。

彼女は風魔法を用いて、空中で身体の制御をしていたではないか。

移動先は、地表のみではないのだ。


次の瞬間、周囲から磁場の乱れを感じた。

顔を上げると、空中のいたるところから、無数の雷の矢が、こちらを狙っていた。


(こいつ、移動しながら……!)


移動と射撃を繰り返した。

ただ単純でありながら、一介の魔法使いには不可能なパワープレイ。


雷の矢が降り注ぐ直前に、ケイティアはその範囲外へ春雷で移動する。

もし、この魔法がなければここで終わっていた。


冷や汗のひとつもかく間もなく、背後に気配を感じ、反射的に陸の雷撃『雷霆』によって発生させた電磁シールドを張る。

たいていの魔法ならば弾き飛ばすことは簡単であり、物理的な衝撃であってもある程度ならば防ぎきれる。


しかし、飛来した魔法は雷霆を易々と貫き、ケイティアの左腕に突き刺さった。


(雷霆は当たった魔法を打ち消す……。矢じりを土に変えたか!)


少し離れたところで弾け飛んだ土塊から推察するに、そういう小細工を弄してきたことは理解した。

向こうも雷魔法に対する知識がある。

その性質についても熟知しているはずだ。


イライアから放たれたのは、おそらく本気の雷の矢、それも、先程見たものよりも大きくて太く、腕に刺さったあともしばらく残っている。

当然、その雷の矢が刺さったままの左腕は動かない。

右手に杖を持ち替え、周囲の磁場を感知するために集中する。


イライアの姿は未だ認識できない。

早すぎて、その魔力の残渣を捉えるので精いっぱいだ。


ただ、ケイティアもやられるばかりではない。

移動の方向と距離からある程度の法則性を導き出す。


意識して魔法を使っている以上、完全なランダムではない。

恐らく、彼女は止まった位置から視界に入る範囲にしか移動できない。


春雷を連続で行っているだけだ。

そこから考えて行けば、十分に罠は張れる。


魔力消費量の少ない参の雷撃『軽雷』を放ちつつ、相手の移動を阻害しながら、伍の雷撃『磁雷』で地中に鉄の括り罠を潜ませる。


「うあっ!」


狙い通り、強力な磁力により作られた鉄鎖が、彼女が着地すると同時に足首を絡めとる。

その時にはすでに、ケイティアは次の魔法を放つ準備を行っていた。

準備、と称したのは、それが即座に放てるものではないからだ。


――肆の雷撃『雷音』。

元々はただ大爆発を引き起こすだけだった魔法を、ケイティアは独自に作り変えていた。


杖から発生した雷の塊は巨躯を持つ獣の姿となりて、ケイティアの隣に並び立つ。

この魔法は自在ではない故に少々特殊な理を有しており、他の魔法と併用できる。

雷の獣は地を蹴り、イライアへ向かって一直線に飛びかかった。


足が外れないことを悟ったのか、イライアは立ち止まったまま指輪を『雷音』へ向け、土の防壁を築く。

しかしそれくらいなら、前足の爪で簡単に打ち壊せるくらいの魔力強度が『雷音』にはある。


「――そんなっ!」


イライアの驚く顔が見られて、ケイティアは表情には出さないまでも、内心ほくそ笑む。

雷音は獲物を仕留めるまで追い続ける、独立した機能を持つ特殊な魔法だ。


この魔法最大の利点、一度出してしまえば術者は別に行動を起こせることを今は活用する。


ケイティアはイライアの意識がこちらに向いていないことを確認し、春雷を使って瞬時に背後へ詰め寄る。

漆の雷撃『触雷』で捕縛して自由を奪い、捌の雷撃『襲雷』で意識を奪ったあと内臓を焼き、伍の雷撃『磁雷』で鉄の槍を無数に作り出し、二度と動き出すことのないよう、全身を粉砕するつもりだ。


ただ、ひとつだけ問題がある。

触雷を放つためには今使っている魔法を一度消さなければならない。

特例である『雷音』を除き、ケイティアも魔法の基礎的な理は無視できない。

つまり、イライアの足を捕えている罠を解かなければならないのだ。


今までのやりとりから、彼女には一瞬、あるいは一秒未満の時間があれば、簡単にここを抜け出すことがわかっている。

雷の魔法で雷音を撃退できないのは、足から地面に流れてしまっているからだ。

あれを解くと、その瞬間に春雷で逃げ出し、また遠くから軽雷を撃ってくるだろう。


戦いが長引けば長引くほど不利になることは間違いない。


向こうは魔力大結晶をふたつも持っており、雷と土と風の魔法をほぼ同時に使える。

ここまで一撃しかもらっていないことが、不思議に思えるほどの高性能さだ。


ケイティアは雷音と行動を合わせる。

相手の魔法を防御に使わせ、その瞬間にこちらは魔法を解く。


絶対に逃がせない。

罠は二度も通じないだろう。

外せば今度こそ雷の雨を受けて死ぬ。


今度こそ、イライアはこの手で殺す。

『イライアの死』を、取り返すために。


「イライア!」


ケイティアは叫びながら、杖を振る。

彼女の注意がこちらに逸れ、雷音の爪先が襲い来る。

彼女は反射的に防壁を立てようとする。


その瞬間、ケイティアは足の罠を解く。

砂鉄が崩れ落ちるよりも早く、杖からは縄状の雷が放たれ、イライアを完全に捕縛する。

そしてそのまま縄状の雷へ、扱える限界の量の魔力を注ぎ込み、イライアを麻痺させる。


『触雷』を崩すことなく『襲雷』へ変化させる作戦は完璧だった。

考えた通り、全てうまくいった。

どんな頑強な生物でも、筋肉が麻痺すれば動けない。


笑みがこぼれそうになったところで、ケイティアは気がついた。

気絶しているはずのイライアが、悲しげな表情を浮かべてこちらを見ていた。


「な、何で……!」

「――あなたがこうすることは知っていたわ。私も九式雷魔法を知っているのだから、手札は割れているも同然なのに、思った通り、雷の魔法だけで来てくれた」


彼女の足元は砂鉄で地面と繋がっていた。

気がつかなかったのは、さっきまでの自分の使っていた磁雷と“それ”が重なっていたからだ。


「全身を鉄で覆えば、雷の魔法はそっちを流れるみたいよ。理論はよく知らないけど、そうなってるみたい。雷の魔法を扱える人が近くにいなかったから、知らなかったでしょう?」


雷音の爪が彼女に触れると、乾いた砂地に水を垂らすかのごとく、吸い込まれて消えた。


「雷の家系は雷の魔法しか使えない。だから、この魔法の習性を知っていれば、一族同士での争いはできない。そういうふうになっているの。だから、最初に剣を奪った。それに、今の魔法でお母さま――いいえ、あなたは魔力切れ寸前。もう戦えない」


雷の魔法がこれほど頼りなく思えたのは初めてだった。

どれだけ魔力を流しても、もう効かない。

感覚でもそれを悟ると、ケイティアは杖を手放した。


剣で刺す以外、勝ち筋がなかったことに、最後まで気がつかなかったことに腹が立つ。

冷静さを一瞬でも失ったことが、命取りだったのだ。

まんまと、彼女にしてやられた。


魔法が解け、途端に、ケイティアの胸中に悲しみの波が訪れた。

ただ、幸せな家庭を作りたかっただけなのに。

どうして、こうなってしまったのだろう。


「……殺しなさいよ」


ケイティアはぽつりと呟く。

すでに戻る場所などない。

あれだけの騒ぎを起こしたのだから、もう王都にはいられない。

改変に支払えるものもない。

完全な敗北だった。


イライアも魔法を解いて、ケイティアに歩み寄る。


「絶対嫌よ。殺さない。あなたの死を背負うなんて冗談じゃないわ。それに、今のでわかったでしょう。たとえ戻ったとしても、あなたの好きには、もう、できない」

「イライアが戻ってこない世界に用はないの。あなたが殺さないなら自分で――」


杖を拾い上げようとすると、地中深くに沈んでいく。


「好きにさせないって、言ったでしょ。自殺なんてさせるものですか」

「じゃあ、どうするのよ。私はあなたたちと仲良くする気はないわ。あなたを殺したいほど憎んでいるのよ」

「仲良くする気はない? あなたの元に、あなたの望んだイライアが帰って来るとしても?」


何を、言っているのだろう。

自分が邪魔をしているのに、イライアを元に戻すことなどできるはずがない。


「私たちは時間を戻す。扉を開いて、時間を手に入れ、全て無かったことにする。それが叶えば全員無事に帰られる。私は、誰にも犠牲になってほしくないの。これは私の独断だし、まだロアにも相談していない。でも、そうするって決めた。あなたが『イライア』を思う気持ちは、とてもよく伝わった。彼女が彼女のまま未来を歩む。それを達成するには、あなたたちの協力がいる。わかるわよね?」

「……まだわからない。仮にあなたたちの目的がそうだとするなら、なぜ私たちの邪魔をしたの?」

「全く同じではないのよ、ケイティアさん。私たちは全ての改変をなかったことにするつもりなの」


そう言われて背筋が凍る。

全ての改変、つまり、イライアの起こしたあの惨劇も、無かったことにはさせないということだ。


「そ、そんなことをしたら……」

「あなたたちは、破滅、でしょうね。まあ、そんなことにはさせないわ。雷の魔法自体を、この世界から消してしまうから」

「え?」

「そうしないと、イライアは帰って来ない。そうじゃないの? 『イライア』の性格をいじることを許さないのなら、そうするしかない」

「でも改変を使うには、代償がいるわ……。雷の魔法自体を消せるほどの代償を、あなたは持っているの?」

「ここにあるでしょ」


イライアは魔力大結晶を指さして言う。


「それ無しに扉は開かないのよ? 無茶苦茶だわ」

「改変で失われた記憶の中に、鍵の存在があるのをご存知ないのね。そして私たちはすでに鍵を手に入れている。扉を開くのに、力は必要ない」

「……嘘よ。そんな方法があるなら、ゲイザーがやっているはずだもの」


イライアは小さくため息をつく。


「あなたもだけど、あなたたちみんな、ゲイザーに味方し始めた時のことを覚えている? これはロアの立てた仮説だけど、もしかして、全員改変で従わされてるだけじゃないの?」

「従わされてる? 私が?」


そんなはずはない。

五星団に入り、ゲイザーに協力することは自分で選んだはずだ。


しかし、彼女の言う通り、経緯が曖昧で、はっきりと思い出せない。


「五星団の団員は、たぶん、全員がそう。そもそも、五星団なんてものはなかった。ゲイザーが改変で作った団体なのよ。医療協会を乗っ取って、そういう組織を作った。月の扉を開くために」


彼女の磁場に嘘の揺らぎは感じない。

彼女たちは初めからそういうつもりで動いているのだ。


「まあ、雷の魔法を奪われたら、大ばあさまも含めて一般の魔法使い家庭になってしまうけれど、あなたのこれまでの罪を考えれば、それくらいの罰は受けてもいいんじゃない?」


受け入れがたいことだったが、ケイティアの中にあった妙な違和感の存在を認知するに至れたのは、彼女の助言があってこそだった。

だから、自覚はなくとも、無意識的な部分で納得をしてしまったのだろう。

魔力切れのせいもあるだろうが、激情に身を任せて掴みかかる気力は、もはや無かった。

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